『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
寒い。
さっきまで夜だったはずなのに。
空気が、一段冷えた。
吐いた息が、白くなる。
「……何だ、これ」
アレクセイは呟いた。
視界に異常はない。
蔵。
土。
木材。
全部そのままだ。
だが――
(いる)
確信だけがある。
見えない。
聞こえない。
それなのに、“いる”。
植芝がわずかに視線を上げた。
「静かじゃな」
その一言で、場が凍る。
真澄の顔から、軽さが消えた。
「ランサー」
「分かっております」
園部が一歩前に出る。
薙刀が、静かに構えられる。
動きはない。
だが、空間が締まる。
「……どこだ」
アレクセイは呟いた。
目を凝らす。
呼吸を見る。
気配を探る。
だが――
(分からない)
マンデンは見えた。
黒田も、ギリギリ分かった。
だがこれは違う。
“そもそも存在していない”みたいだ。
その時。
乾いた音がした。
パチン、と。
何かが弾ける。
次の瞬間。
園部の肩から、血が噴いた。
「――っ」
遅れて音。
銃声。
だが、順番が逆だ。
(当たってから、音が来た)
アレクセイの背筋が凍る。
「アサシン……!」
真澄が低く言った。
園部は崩れない。
その場で立ち、薙刀を握る。
血が流れている。
だが、構えは崩れない。
「問題ありません」
静かな声。
だが、無理をしているのが分かる。
「来ます」
その一言。
次の瞬間。
また音。
また遅れる。
今度は――
アレクセイの喉元に、衝撃。
身体が固まる。
息が止まる。
(死んだ)
そう思った。
だが。
何も起きない。
ほんの数ミリ。
ずれていた。
植芝が、すぐ横にいた。
手が、触れている。
ただ、それだけ。
「……返せない」
アレクセイは呟いた。
さっきまでの戦いとは違う。
攻撃が、成立していない。
いや――
(成立してるのに、捉えられない)
「キャスター!」
叫ぶ。
「どうすればいい!」
「見るな」
またそれだ。
「感じろ」
意味が分からない。
「空気を」
植芝の声が落ちる。
アレクセイは歯を食いしばった。
目を閉じる。
視覚を捨てる。
呼吸。
音。
温度。
皮膚。
風。
何もない。
何も――
(違う)
ほんのわずか。
空気の“薄さ”。
そこだけ、何かが通る。
「――そこだ!」
叫ぶ。
園部が動く。
薙刀が閃く。
空を切る。
だが、その一瞬。
血が、空中に浮いた。
「……当たった」
真澄が呟く。
ほんのかすかに。
だが確かに。
“見えない何か”に傷が入った。
次の瞬間。
気配が消えた。
完全に。
寒さだけを残して。
静寂。
誰も動かない。
やがて。
「……退いたか」
真澄が言った。
アレクセイはその場に崩れた。
全身が震えている。
「何だよ、あれ……」
声がかすれる。
「アサシン」
真澄が短く言った。
背筋に何かが走る。
知らないはずなのに、分かる。
(あれは……戦う相手じゃない)
「見えない限り、当たる」
真澄が言う。
「そして、見えた時には遅い」
マンデンとは違う。
黒田とも違う。
これは――
(そもそも戦いにならない)
「どうする」
真澄が見た。
試すように。
アレクセイは白い稽古帯を握った。
汗で湿っている。
柔らかい。
さっきより、確実に。
「……守る」
口から出た。
考えるより先に。
「攻撃できないなら、守る」
自分でも驚いた。
だが、止まらない。
「見えないなら、見つける」
植芝が静かに頷いた。
「よろしい」
その一言で、決まる。
アレクセイは立ち上がった。
足は震えている。
だが、止まらない。
初めて。
本当に初めて。
“戦う理由”が変わった。
その瞬間。
遠くで、雪が踏みしめられるような音がした。
誰もいないはずの場所で。
次の弾は――
避けられないと、分かった。