『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
音が、先に来た。
低い。
腹の奥に響く振動。
空気が揺れる。
「……何だ、これ」
アレクセイは空を見上げた。
何もない。
星と、雲。
それだけのはずなのに。
“何かがいる”。
見えないだけで。
「来るぞ」
植芝の声。
低い。
今までとは違う緊張。
真澄の表情が変わる。
「ランサー、下がって」
「いえ」
園部は一歩前に出る。
「これは――個ではありません」
その一言で、理解した。
これは。
(個人戦じゃない)
次の瞬間。
空が裂けた。
轟音。
風圧。
遅れて、光。
上空から、何かが落ちてくる。
速い。
だが――
速さの問題じゃない。
(広すぎる)
逃げ場がない。
爆発。
地面が揺れる。
蔵の壁が吹き飛ぶ。
アレクセイは反射的に身を伏せた。
衝撃。
耳鳴り。
砂と木片が、皮膚を叩く。
「……っ!」
息が詰まる。
さっきまでの戦いとは、まるで違う。
回避も、読みも、関係ない。
ただ、巻き込まれる。
煙の向こう。
影が降りてくる。
人影。
だが、人ではない。
義足。
歪んだ姿勢。
それでも、立っている。
「――ライダー」
真澄が低く言った。
「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」
名前が、重い。
それだけで、空気が圧迫される。
男はゆっくりとこちらを見た。
目が、狂っている。
いや。
狂っているのではない。
(壊れている)
戦場で。
何度も。
何度も。
壊れて、そのまま動いている。
「……いいな」
ルーデルが呟いた。
声が、乾いている。
「こういう場所だ」
笑う。
その笑いに、温度がない。
「個人の技が意味を持たない場所」
アレクセイの背筋が凍る。
(こいつ……)
分かっている。
自分たちの戦い方を。
理解した上で、壊しに来ている。
「キャスター!」
アレクセイは叫んだ。
「どうする!?」
植芝は動かない。
ただ、立っている。
爆風の中で。
揺れずに。
「無理じゃな」
その一言。
あまりにもあっさりしていた。
「は?」
「これは、返せん」
アレクセイは固まった。
「何でだよ!」
「攻撃が“個”ではない」
植芝の目が細くなる。
「場そのものじゃ」
理解した。
これは弾丸じゃない。
斬撃でもない。
“環境”だ。
地面。
空気。
爆発。
全部が一つの攻撃。
だから――
(返す対象がない)
ルーデルが一歩踏み出す。
その一歩で、地面が軋む。
「いいな」
また呟く。
「壊し甲斐がある」
次の瞬間。
また来る。
今度は見えた。
上空。
何かが落ちてくる。
避けられない。
広い。
速い。
重い。
全部が揃っている。
「――散れ!」
真澄が叫ぶ。
術式が走る。
地面に符が展開される。
五行。
方位。
結界。
爆発。
防ぎきれない。
削られる。
圧が残る。
アレクセイは歯を食いしばった。
(どうする)
考えろ。
今までの戦いは、全部通じない。
マンデンは速さ。
黒田は無動作。
ヘイヘは不可視。
だがこれは――
(戦場そのもの)
個人じゃない。
なら。
(個で戦うな)
白い稽古帯を握る。
柔らかい。
馴染んでいる。
ほんの少しだけ。
「……真澄!」
叫ぶ。
「結界を広げろ!」
「無理!」
「いいからやれ!」
真澄が一瞬、こちらを見る。
迷い。
だが。
「……分かった!」
術式が変わる。
広がる。
防御が薄くなる。
その代わり、範囲が増える。
ルーデルが笑う。
「いいな」
「キャスター!」
アレクセイは叫んだ。
「“場”を使え!」
植芝の目がわずかに動く。
「ほう」
理解した。
一瞬で。
次の瞬間。
老人が動いた。
速くない。
だが、正確。
地面に触れる。
空気に触れる。
爆風の流れを、わずかにずらす。
ほんの少し。
ほんの数度。
それだけで。
爆発の“抜け”ができる。
「そこだ!」
アレクセイが叫ぶ。
全員がそこへ入る。
直撃しない。
完全ではない。
だが。
“死なない”。
ルーデルの目が、わずかに細くなる。
「……なるほど」
初めて。
評価が入る。
「個ではないなら、場を使うか」
一歩踏み出す。
地面が揺れる。
「いい」
笑う。
「なら、もっと壊す」
上空が唸る。
次は、もっと来る。
量が増える。
圧が増す。
アレクセイの喉が鳴る。
(無理だ)
分かっている。
これ以上は持たない。
その時。
端末が震えた。
通信。
『撤退しろ』
エルメロイの声。
即断。
「でも――!」
『勝てない戦いはするな』
冷たい。
だが正しい。
『お前はまだ“個”だ』
その一言。
突き刺さる。
『戦場に対抗するには、準備が足りない』
アレクセイは歯を食いしばった。
悔しい。
だが。
分かる。
これは。
今の自分では無理だ。
「……撤退する」
口に出す。
初めて。
自分から。
逃げると決めた。
「よろしい」
植芝が頷く。
真澄が術式を変える。
煙。
遮蔽。
視界が切れる。
その瞬間。
全員が動いた。
走る。
離れる。
戦場から。
ルーデルは追わない。
ただ、そこに立っている。
爆発の中心に。
「いいな」
呟く。
「まだ終わらん」
その声だけが、遠くまで届いた。
アレクセイは振り返らなかった。
振り返れば、戻れなくなる気がした。
ただ走る。
息が切れる。
足が重い。
それでも。
(生きてる)
それだけが、確かな事実だった。