『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』 作:牛☆大権現
山中の廃寺。
そこが、一時的な拠点になった。
壊れかけた本堂。
湿った畳。
古い木の匂い。
さっきまで爆撃を受けていたとは思えないほど、静かだった。
アレクセイは柱にもたれながら、息を吐いた。
「……生きてる」
「当たり前じゃ」
植芝が即答する。
その隣で、園部秀雄が肩の傷に布を巻いていた。
「申し訳ありません」
真澄が頭を下げる。
「こちらの索敵不足です」
「いや」
園部は静かに首を振った。
「良い経験でした」
アレクセイは思わず顔を上げた。
「良い……?」
あれが?
爆撃だぞ?
死ぬところだった。
「戦場を知る武は、必要です」
園部は淡々と言う。
「技だけでは、人は守れません」
その言葉に、アレクセイは何も返せなかった。
そこへ。
端末が震える。
着信。
今度は、映像付きだった。
『繋がったか』
ロード・エルメロイⅡ世。
疲れた顔。
机には資料の山。
その後ろに――
『おー、無事?』
フラットが顔を出す。
『いや全然無事じゃなさそうだね』
「うるさい……」
『拙は無事で良かったと思っています』
グレイの声。
少しだけ安心する。
さらに横から、ライネスが割り込んだ。
『へぇ、これが例のキャスター?』
興味津々の目。
植芝を見る。
「なんじゃ、あの娘は」
植芝が小声で聞く。
「エルメロイ家当主代理です」
「怖いのう」
「正解」
真澄が真顔で言った。
『聞こえてるわよ?』
ライネスが笑う。
その瞬間だけ、空気が少し軽くなった。
『さて』
エルメロイⅡ世が咳払いする。
『現状確認だ』
空気が締まる。
『敵サーヴァントは少なくとも四騎確認済み』
指を折る。
『アーチャー、セイバー、アサシン、ライダー』
『全員おかしいね』
フラットが軽く言う。
『普通の聖杯戦争なら、一人くらいハズレがいるのに』
「全員、完成しておる」
園部が静かに言った。
『……ああ』
エルメロイが頷く。
『今回の英霊は“英雄”ではなく、“技術の完成者”として召喚されている節がある』
アレクセイは眉をひそめた。
「どういう意味です」
『通常の英霊は逸話や伝説が霊基になる』
一拍。
『だが今回は違う。“武”そのものが抽出されている』
その言葉に、本堂が静かになる。
『だから神秘より、“到達点”が優先される』
マンデン。
黒田。
ヘイヘ。
ルーデル。
全員が、そうだった。
『つまりこれ』
フラットが割り込む。
『“誰が強いか”じゃなくて、“どう完成したか”の戦争なんだよね』
アレクセイは息を呑んだ。
その発想はなかった。
『だからお前は勝てない』
エルメロイが淡々と言う。
「は?」
『現時点ではな』
即答。
『お前は未完成だ』
悔しい。
だが、否定できない。
『でも』
グレイが小さく言った。
『未完成だから、変われます』
静かな声。
それなのに、不思議と響いた。
「……グレイ」
『完成者は、完成してしまっています』
グレイは続ける。
『ですが、人は途中で変われる』
植芝が、わずかに頷いた。
「良い娘じゃ」
『あ、ありがとうございます……』
グレイの顔が少し赤くなる。
『ちょっと待って』
ライネスがニヤつく。
『何この空気。うちの教室より健全じゃない?』
『えー? でもこのキャスター、絶対ヤバいタイプだよ』
フラットが植芝をじっと見る。
『何が見えてる?』
植芝が逆に聞いた。
フラットが一瞬、黙る。
『……空っぽ』
本堂が静かになった。
『でも、“空”じゃない』
フラットの目が、少し真面目になる。
『何かが、全部そこ通ってる感じ』
アレクセイは驚いた。
自分にはまだ分からないものを、こいつは見ている。
やっぱり天才だ。
『フラット』
エルメロイが低く言う。
『余計なことを言うな』
『はーい』
軽い返事。
だが。
植芝は少しだけ笑っていた。
『さて、本題だ』
エルメロイが空気を戻す。
『今後についてだが――』
「逃げる」
アレクセイが先に言った。
全員がこちらを見る。
「今のままじゃ勝てない」
悔しい。
だが、事実だ。
「だから、まず死なない」
白い稽古帯を握る。
「その間に、学ぶ」
静寂。
その後。
『……へぇ』
ライネスが少し驚いたように笑う。
『前よりマシな顔するじゃない』
『うん』
グレイが小さく頷く。
『良いと思います』
『いやでも、それかなり正解だよ』
フラットが珍しく真面目な声を出した。
『今回、“完成者同士の殴り合い”したら終わる』
『ああ』
エルメロイも認める。
『だから必要なのは、“未完成の戦い方”だ』
アレクセイは顔を上げた。
『お前のキャスターは攻撃しない』
『ランサーは守る武だ』
『なら、“勝つ”じゃなく“崩す”方向で考えろ』
崩す。
その言葉が残る。
『戦争は、最強が勝つわけじゃない』
エルメロイの目が細くなる。
『噛み合わなかった側が死ぬ』
静かな断言。
重い。
『だから』
一拍。
『まず、相手を理解しろ』
通信が切れる。
静寂。
だが、今度は嫌な沈黙じゃない。
真澄が小さく息を吐いた。
「……相変わらず、怖い先生」
「でも正しい」
アレクセイは呟いた。
悔しいほどに。
その時だった。
園部が立ち上がる。
「では」
薙刀を静かに持つ。
「始めましょう」
「何を」
アレクセイが顔を上げる。
園部は当然のように言った。
「間合いです」
「……は?」
「あなたには、距離感がありません」
ぐうの音も出ない。
「近すぎる」
植芝も頷く。
「遠すぎる時もある」
「どっちだよ!」
「両方じゃ」
真澄が吹き出した。
「ふふっ……確かに」
「笑うな!」
「でも本当」
真澄は少しだけ優しく言った。
「あなた、ずっと“他人との距離”が極端だったから」
その言葉に、アレクセイは黙る。
図星だった。
天才には劣等感。
凡人には見下し。
誰とも、まともな距離を取れていなかった。
「間合いとは」
園部が静かに言う。
「人との距離です」
風が吹く。
古い寺の空気が揺れる。
「武とは、それを学ぶためにあります」
アレクセイは白い稽古帯を握った。
柔らかい。
もう、新品じゃない。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
自分のものになり始めていた。