『攻撃できないキャスターで聖杯戦争を勝ち抜く方法』   作:牛☆大権現

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強さは、間違っている

 朝だった。

 

 廃寺の境内に、薄い霧が降りている。

 

 静かだった。

 

 あまりにも。

 

 数時間前まで爆撃を受けていたとは思えないほど。

 

「立て」

 

 園部秀雄の声。

 

 アレクセイは顔をしかめた。

 

「……寝てないんだけど」

 

「戦場では眠れません」

 

 正論だった。

 

 ぐうの音も出ない。

 

 アレクセイは白い稽古帯を締め直し、立ち上がる。

 

 朝露で石畳が湿っている。

 

 冷たい。

 

 裸足の足裏に、感触が残る。

 

「今日は何を」

 

「歩きます」

 

「歩く?」

 

「ええ」

 

 園部は薙刀を持ったまま、静かに構える。

 

「間合いを知るには、まず歩けなければなりません」

 

 意味が分からない。

 

 だが、ここ数日で学んだ。

 

 この手の“意味不明”は、大体あとから効いてくる。

 

「来なさい」

 

 園部が動く。

 

 ゆっくり。

 

 本当に、ゆっくり。

 

 アレクセイも歩く。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 その瞬間。

 

 喉元に、冷たい感触。

 

 薙刀の刃。

 

「……は?」

 

「死にました」

 

 園部は淡々と言った。

 

「いや、今何も――」

 

「歩幅が大きい」

 

 即答。

 

「前に出すぎています」

 

 アレクセイは固まった。

 

「……それだけ?」

 

「それだけです」

 

 園部は構えを戻す。

 

「武とは、“それだけ”の積み重ねです」

 

 もう一度。

 

 歩く。

 

 一歩。

 

 今度は慎重に。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 また喉元に刃。

 

「近い」

 

「今度は何だよ!?」

 

「警戒しすぎです」

 

 アレクセイは頭を抱えた。

 

「どっちだよ!」

 

「両方です」

 

 後ろで、真澄が吹き出した。

 

「ふふっ……」

 

「笑うな!」

 

「でも珍しいよ」

 

 真澄は少し楽しそうだった。

 

「あなた、今まで“力”で解決しようとしてたから」

 

 言葉が刺さる。

 

 アレクセイは黙った。

 

 否定できない。

 

 魔術も。

 

 知識も。

 

 家柄も。

 

 全部、“上に立つため”に使ってきた。

 

 だから、強くなりたかった。

 

 笑われないために。

 

「お主は急ぎすぎる」

 

 植芝が縁側から言った。

 

「勝とうとするからじゃ」

 

「……悪いか」

 

 思わず反発する。

 

「勝たなきゃ意味ないだろ」

 

「そうか?」

 

 植芝の声は静かだった。

 

「では聞くが」

 

 一拍。

 

「マンデンに勝てたか」

 

「……」

 

「黒田には」

 

「……」

 

「ルーデルには」

 

 言葉が出ない。

 

 全部負けた。

 

 何もできなかった。

 

「でも、生きておる」

 

 植芝が言う。

 

「それは弱いのか?」

 

 アレクセイは息を呑んだ。

 

「強さとは」

 

 園部が続ける。

 

「相手を倒すことだけではありません」

 

 風が吹く。

 

 霧が揺れる。

 

「守ること」

 

「生き残ること」

 

「退くこと」

 

「支えること」

 

 静かな声。

 

 だが重い。

 

「武とは、本来そういうものです」

 

 アレクセイは白い稽古帯を握った。

 

 柔らかい。

 

 最初とは、全然違う。

 

「……でも」

 

 言葉が漏れる。

 

「負けたら、終わりだろ」

 

「ええ」

 

 園部は頷いた。

 

「だから、“負け方”を選ぶのです」

 

 その瞬間。

 

 意味が分からなかった。

 

「は?」

 

「戦場では、完全勝利など滅多にありません」

 

 園部の目が静かに細くなる。

 

「どれだけ失わずに済ませるか」

 

「どれだけ守れるか」

 

「どこで退くか」

 

「それを決めるのが武人です」

 

 アレクセイは息を止めた。

 

 今まで、考えたこともなかった。

 

 勝つか負けるか。

 

 それしかなかった。

 

「……そんなの」

 

 声が掠れる。

 

「そんなの、格好悪いだろ」

 

 沈黙。

 

 その後。

 

 真澄が、小さく笑った。

 

「うん」

 

「え?」

 

「格好悪い」

 

 即答だった。

 

「泥臭いし、情けないし、全然スマートじゃない」

 

 真澄は肩をすくめる。

 

「でも、生き残る」

 

 アレクセイは黙った。

 

「わたしは、そっちの方が好き」

 

 その言葉が、不思議と残った。

 

 その時。

 

 端末が震える。

 

 着信。

 

『朝から湿っぽい話をしているな』

 

 エルメロイⅡ世。

 

 どうやら聞こえていたらしい。

 

「盗み聞きかよ」

 

『繋ぎっぱなしにしているお前が悪い』

 

 正論だった。

 

『だが、方向性は悪くない』

 

 珍しく、少しだけ肯定が入る。

 

『聖杯戦争で最も多い敗因は何だと思う』

 

 アレクセイは考える。

 

「……油断?」

 

『違う』

 

 一拍。

 

『“勝とうとすること”だ』

 

 本堂が静かになる。

 

『勝利条件に囚われると、視野が狭くなる』

 

『だから死ぬ』

 

 淡々と。

 

 事実だけを言う。

 

『生き残る者は、“終わらせ方”を考える』

 

 その言葉に。

 

 アレクセイは、ようやく少しだけ分かった。

 

 植芝が言っていたこと。

 

 園部が教えていること。

 

 全部、繋がっている。

 

「……強さって」

 

 呟く。

 

「間違ってるのか」

 

『半分正解だ』

 

 エルメロイが答える。

 

『“強さだけ”で考えると間違う』

 

 その瞬間。

 

 境内の空気が変わった。

 

 全員が顔を上げる。

 

 重い。

 

 嫌な気配。

 

 真澄の顔色が変わる。

 

「……ライダー」

 

 遠く。

 

 山の向こう。

 

 空が低く唸っている。

 

 また来る。

 

 爆撃。

 

 戦場。

 

 個人を押し潰すもの。

 

 だが。

 

 今度は少し違った。

 

 アレクセイは、逃げなかった。

 

 白い稽古帯を握る。

 

 呼吸を整える。

 

「……どう終わらせるか」

 

 その言葉を、初めて自分で考え始めた。

 

 その瞬間。

 

 植芝が、静かに笑った。

 

「よろしい」

 

 次の戦いが、始まる。

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