図書館から音韻言語学科の棟まではそう遠くない。二人は程なく棟の二階にあるヴァルファンスの執務室に辿り着いた。
「教授、先輩を連れて来ました」
扉をノックし、カーテスが中のヴァルファンスに告げる。
「おお、待ちかねたぞ」
中からホッとしたような声が聞こえ、ガチャリと扉が開く。
「さあ、早く中に入るんじゃ」
人目を
カーテスもそれを手伝うように、先輩の背中を押した。
中に入ったスターレンは、閉められた扉の向こうに佇む人物に思わず目を
「——話とは、この
妙齢の女性に目を向けたまま、自分を呼び出した恩師に訊く。
「そうじゃ」
重々しく頷き、ヴァルファンスは取り敢えず椅子を勧め、全員が腰を落ち着けるのを待って彼女について説明した。
名はエル・スティシア。三百年前この場所でルーン・レム・サークセラを唱え、異空間に引き込まれてしまった女性で、偶然セルクの唱えたルーンと共鳴し、未だ異空間に囚われてはいるとはいえ、この世界に近い場所まで戻る事が出来たらしいと。
「——そうか、『ルーン・レム・サークセラ』は既に発見されていたのか……」
話を聞き終え、スターレンは何やら考え込む様にぽそりと呟く。
「ええ、でも当時それはルーンに欠けた部分があるとされていたらしいわ」
最後の部分が
「同時に不完全なルーンで時空を渡る事の危険性が考慮され、長い間『ルーン・レム・サークセラ』は未発見のルーンとして秘匿され続けた……」
手にする薄い本の表紙に目を向けながら、エル・スティシアはその
「それを私は偶然見つけてしまったのよ」
そして求めていたルーンを見つけた喜びの余り、深く考える事も無く唱えてしまった。時空を渡る事の意味を理解もせずに。
その結果悠久とも言える永い時を、真っ暗な虚無の空間で過ごす事になってしまったのだ。
一部とはいえ研究室の備品と燭台の灯かりがなければ、あの暗闇の中絶望の余り発狂していたかも知れない。
「あの時唱えていたルーン・レム・サークセラがセルクの
「けど、そんな事有り得るんだろうか?」
ふとカーテスが疑問を口にする。
「普通共鳴現象を起こすのは同一のルーンか、それに類似したルーンだけだった筈だ」
自然に
「ええ、それは私も最初そう思ったわ。ただ、セルクと改めてルーンを唱和した時感じたの。あの子と私声の質が似てるって」
「声の質が?」
「男女の違いはあるけれど、他の人とではあそこまで完璧にルーンを
「成程、似たルーンではなく、似た声の質によって
「はい、今の処それ以外説明がつかないと思うんです」
「ふぅむ……」
エル・スティシアの推測に、ヴァルファンスは顎に手を当てて考え込んだ。
確かにそれが可能性としては最もありそうだ。とはいえ、それは個人の感想に過ぎない。正確性を期するには更なる検証が必要だが、肝心のもう一方の当事者がここにいないのでは確かめる
「教授、それよりも今は『ルーン・レム・サークセラ』でしょう」
通説を覆す新たな研究材料に気を取られるのは判るが、こちらの方が優先順位は上である。
「おお、そうじゃな」
スターレンに言われ思考の淵に片足を突っ込みかけたヴァルファンスは、軽く咳払いすると改めてエル・スティシアに向き直った。
「それで君は三百年前、偶然見つけた『ルーン・レム・サークセラ』を唱えて失敗し、時空を越える事が出来ずに異空間に取り込まれたという事じゃな」
もう一度聞いた話を確認する意味で問い質す。
「——失敗、かどうかは分かりません。あの時私は最後まで唱えなかったんです」
「でも、
時空に穴を開け、どこにも通じていない異空間に術者を閉じ込めるという風に。
「ええ……」
スターレンの指摘にエル・スティシアは悄然と頷く。
どうしてそうなってしまったのかは未だに謎のままだ。
「成程。じゃあ、ちょっとそのルーンを見せてもらえないかな?」
「え?」
「一人でなく複数の人の目で確認した方が、新たな発見があるかもしれないだろう」
「確かにそうじゃな」
ただルーンを黙読するくらいなら危険はないだろう。それに誰も見た事のない
元教え子の提案に、一も二もなくヴァルファンスは乗った。
「え、ええ……」
危険だとずっと隠匿されていたルーンを見せてもいいのだろうか。
途惑いながらも期待に満ち満ちた
三人が一斉にそこに書かれた優美なルーン文字に視線を走らせる。
とはいえ読めても別空間な為、最後まで読み切るにはエル・スティシアにページを捲って貰わなければならないが。
何度も彼女に頼んでページを捲って貰い、何とか全ての文面を読み終えた頃にはかなりの時間が経っていた。
「とんでもないモノじゃな……」
読むだけでもこれだけ時間が掛かるとは。実際これを唱えるとすると、相当な精神力と集中力に加え体力が必要となるだろう。自分の歳では絶対に唱え切る事は出来ないだろうと少々残念そうにヴァルファンスが呟く。
「これを途中までとはいえ唱えたなんて凄いな」
と、カーテスが感嘆の声を上げ、エル・スティシアに尊敬の眼差しを向ける。
一方スターレンは彼女にこのルーンについて幾つか尋ねた後に、「成程……」と何事か納得した様に呟き、老教授に視線を向けた。
「彼女が唱えた部分には、時空を指定する箇所が抜けていますね」
それは最後の方の彼女が唱えなかった部分にある。それが無いという事は三百年前この
「君は
「ディール?」
唐突なスターレンの質問に、エル・スティシアは小首を傾げた。
初めて耳にするらしく、きょとんとしてる。
「人を襲う異形の獣達の総称だよ。様々な種類の獣を掛け合わせたみたいな外見に、金色に輝く猫目の様な瞳に尖った耳を持っている。三百年程前にこの世界に突如現れ、今では主にアルセリオンの民達が遺した遺跡のある地域に多く生息している」
「三百年前って……、まさか——」
スターレンの説明に先程の彼の言葉の意味を察し、エル・スティシアは愕然となった。
恐怖に揺れる瑠璃色の瞳を向けると、スターレンは軽く頷いて話を続けた。
「私はずっと彼等の出現を不思議に思っていたんだ。実際以前調査した遺跡の中で、変な空間の歪の中から彼等が現れたのを見た事があるからね」
「お主、危険な真似はしておらんと言ってなかったか?」
それなのに、空間の歪からディールが湧くのを見ていたなどと、危険な真似の最たるものではないか。今ここにこうして居るのが、いっそ不思議なくらいだ。
五年程前、いきなり出奔して暫く行方不明になっていたスターレンが、未発見のルーンを記した冊子を大量に持ってここに戻って来た。どうやら勝手に各地の未発掘のアルセリオンの遺跡を調査していたらしい。
無論ヴァルファンスは心配した分の小言はしっかり言い聞かせたが、それ以外の事については新たに見つかったルーンに免じて御咎めなしという事で収拾を付けたのだ。
でなければ今頃スターレンがここの図書館の司書官として働いてはいなかっただろう。
それなのに、肝心な事を黙っていたとは。この調子ではまだまだありそうで、目くじら立てたヴァルファンスは思わず元教え子に詰め寄った。
「ええ、実に優秀な連れがいたので、危険は殆どなかったですよ」
つい漏らしたあの旅の実情の一端を聞き咎めた恩師をさらっと受け流し、更に小言を言われる前にスターレンは先を続けた。
「多分この中途半端な
元々アルセリオンの民によって造られた何処かに通じる時空の道が、エル・スティシアのルーンによって再び開き、ディールのいる異世界に繋がってしまったのだと。
各地に散らばるアルセリオンの遺跡がある森が、ディールの巣と呼ばれるようになったのも偶然ではないだろう。
「そ…んな……」
自分が虚無の空間に囚われている間に、そのルーンの所為で異形の獣をこの世界に呼び込む事になっていたなんて。
突き付けられた事実にエル・スティシアは真っ青になった。
それはこの学院の関係者二人にしてもそうだった。長年謎とされていたディールの出現の原因に、このルーンが関係していたとは。
あの当時この学院にいた誰もが、遠方で突如出没するようになったディールと、これを関連付けて考えることもなかっただろう。ただ単に一人のルーサーが禁忌のルーンを唱えて異空間に呑み込まれ、そのまま失踪したくらいにしか思っていなかったに違いない。
「それが本当なら大問題じゃぞ」
アルセルスの創立以来の大不祥事である。勿論三百年前のエル・スティシアの件も十分不祥事だ。
現にこの学院の歴史に彼女についての記録は一切ない。類を見ない不祥事としてその存在を消され、なかった事にされているのだ。だから今に至るまでこの学院に女性は一人も入学していないし、「ルーン・レム・サークセラ」は未発見のままなのだ。
それなのに今回判明したディールとの関連が公になれば、三百年前に抹消された彼女と「ルーン・レム・サークセラ」の件も公になってしまう。そうなったら今度はアルセルス自体の存続に関わる。
だが、スターレンは容赦がなかった。
「ほぼ間違いないと、私は思いますよ」
深刻な表情をして呻く老教授に、無情にも断言する。
それ以外では納得のいく説明のしようが無いからだ。
「…——どうしよう……」
『——空間がずたずたに裂けてしまうぞっ!』
ふと脳裡に最後に聴いた彼の言葉が蘇る。
「このままだと、もっと大変な事が起こってしまうかも……」
「どういう意味じゃね?」
震える声で呟いたエル・スティシアに、ヴァルファンスは片眉を撥ね上げた。
これ以上何かあるなど考えたくもない。
「最初のルーンによってあちこちの空間に歪が出来てしまったというのなら、今回も同じ事があっても不思議じゃないわ」
顔を
「それもルーンの共鳴によって増幅された分、前回よりも更に深刻なモノとなって……」
現に自分は未だ異空間に囚われたままだが、初めて元居た空間に近い場所まで戻って来られたのだ。影響力は前回の比ではないことは明らかだ。
「——最悪新たに現れた歪にこの世界の空間が耐え切れなくて、際限なくずたずたに裂かれてしまうかも……」
その言葉に、そこに居た全員が息を呑んだ。
「ま、まさか、そんな事——」
顔を引き攣らせ思わず声を上げたものの、あるわけがないと否定できるだけの根拠をカーテスは持たなかった。
「何と言う事じゃ……」
そんな事になったら、学院としても責任の取りようが無い。いやもう十分そうなのだが、更に次々と積み上げられる最悪の事態に、ヴァルファンスの顔色はどんどん悪くなっていく。
そんな事の重大さに恐れ
「原因は唱え損ねた『ルーン・レム・サークセラ』なのだから、完全なそれを唱えて時空の道を開き、空間の歪みを正せばいいのでは?」
と、当たり前のようにもっともな事を口にする。
確かにもはやそれしか問題を解決する方法はないだろう。
「じゃが、それは危険な賭けじゃぞ」
もし失敗したら、本当にエル・スティシアが言った事が現実になりかねなかった。そうなった場合、この世界がどうなってしまうのか分からないのだ。最悪ディールの世界と完全に混じり合い、人々は常に魔物の脅威に怯えて暮らす様になるかもしれない。
そう考えると、これは絶対失敗の許されない一発勝負になる。
「ええ、でもその為にはファランスの花がなければいけないわ」
これだけの長いルーンを他の術者と最後まで完全に和して唱えるのは極めて難しい。失敗する確率の方が高いと言った方がいいだろう。だからこそ「ルーン・レム・サークセラ」の最後の方に注釈として、共鳴現象を引き起こすファランスの花の事が書かれてあったのだ。独りでも異世界への道を開く十分な力を引き出せるように。
現にエル・スティシアは自分一人の詠唱では、この世界に近い所まで戻ることすら出来なかった。
「ファランスの花というと——」
「リンファリア遺跡の奥にある洞窟の中が群生地らしいわ」
問うようなスターレンの声に応え、エル・スティシアはセルクにも見せた資料の本を見せる。
「でも、さっきの話ではここは今、ディールとかいう異形の獣の生息地になってしまってるのでしょう?」
「そうだね。ディールの巣と言われる中では最大規模の一つとされる場所だよ」
「そんな所に私は、セルクに花を取りに行かせてしまったのね……」
もしかしたら還れるかもしれないと
「それは、どういう意味だい?」
嘆息して呟いたエル・スティシアの言葉にスターレンは耳を疑った。
彼は話が話だけに、セルクだけ先に下宿に帰されたと思っていたのだ。
「『
エル・スティシアが応える前に、カーテスがスターレンを呼びに行っている間に一通り話を聞いていたヴァルファンスがそれに答える。
ルーン・レム・サークセラと違い、エクセラーナは同じ世界の空間を渡る
実際それを聞いたヴァルファンスは、二人が来るまでに色々と簡単な検証実験をやって一応問題はないらしいと確認していた。
「それじゃあ、今セルクは——」
「実家に戻っておるかもしれんな」
「本当にごめんなさいっ」
平謝りにエル・スティシアは謝った。
「いや、それは戻って来たセルクに言うんだね」
今頃慌ててソリスティスに向かっているだろう。
幾ら取って来てと頼まれても、出来る事と出来ない事がある。セルクはまだ歳若いが、その事を良く
彼の事を良く知っているスターレン達は、セルクが無謀な真似はせずにここに戻って来ると信じて疑わなかった。それだからこそエル・スティシアもセルクに関してそれ程取り乱しもせずに、こうして平静を保っていられるのだ。
ヴァルファンス達は彼女の出現によって発覚したこの問題を、学院外に漏れる前に収拾すべく、それから更に夜遅くまで話し合うこととなった。
そしてその日アルセルスの図書館では同僚の帰りを待ちわびながら、独り黙々と業務に励む司書官の怒りに燃える形相に
∮ ∮ ∮
そこは、
伸びるに任せた樹々の枝葉や植物の蔓がクリスタル張りの明かり取りの窓を覆い、昼間の強い陽射しの侵入を阻んでいた。
鳥達の
——と、
ざわりっと、淀んだ空気が動いた。
ホールの白壁の一面に人物を刻んだレリーフ、その中の一人の体がゆっくりと動きだしたのだ。まるで命を得たかのように。白壁からその身を引き剥がし、音も立てずに磨かれた石畳の床にすっと立つ。
ウェーブの掛かった長い髪は何時の間にか艶やかな漆黒へと変わり、真珠の肌を縁どっていた。生命を得た瞳は猫の目のように瞳孔が細く、薄暗闇の中でもはっきりと判る黄金色に輝き、妖艶な笑みを浮かべる形の良い唇は血を滴らせたように
肩を剥き出しにした黒衣に包まれたふくよかな胸に引き締まった細腰、絶妙なラインを一分の隙も無く体現したその肢体と容姿は、伝説に
ただ壁のレリーフに描かれた人々と違うのが、縦に細長い金色の瞳の他に彼女の耳の先端が鋭く尖っている事だろう。
「ああ……、やっと出られたわ……」
歓喜に満ちた艶のある女の声がホールに響き渡った。
「これで
と言いながら、妖艶な女はホールの中にゆっくりと視線を巡らせた。
白い壁一面に優美な曲線を描く文様が刻まれ、柱には色とりどりの貴石を薄く加工したタイルが精緻な動植物の姿を模って嵌め込まれていた。そして素足で踏み締める床は、鏡の様に滑らかに磨き込まれている。
誰が造ったのか、このような美麗な建造物は今まで見た事が無かった。
ほうっと感嘆の溜息を漏らして漆黒の髪の美女は更に周囲を見回し、先程自分が出て来たレリーフに目を留める。
そこには自分に似て非なる美しき人々の日常が切り取られて刻まれていた。小鳥を指に止まらせて微笑む者。楽器を奏でる者。歌を唄う者。それらを聞いて楽しむ者等々。様々な姿で楽しげにくつろぐ者達がいた。
「——なんて、美しい……。
恍惚とした表情を浮かべレリーフに魅入る。その耳が不意にピクリと跳ねた。
自分一人しかいないこの清浄な空間を汚す微かな物音がする。
壁から体を離し、漆黒の髪の美女はくるりと音のした方に体を返した。
ホールの外に続く暗がりの中から何かが近づいて来る。
すっと目を細めて見ていると、やがて一人の男が姿を現わした。
長い銀紫色の髪をした整った顔立ちの男だ。長身のがっちりとした体に、きっちりと全身を包み込むローブのような服を纏っている。そして金色の瞳と耳は漆黒の髪の美女と同じ、瞳孔が縦に細く、耳の先端が尖っていた。
「誰だ、お前は? 誰の許可を得てここに入った」
良く通る声で男が詰問する。
妖艶な女は剥き出しの肩に掛かった艶やかな漆黒の髪を片手で払い、艶然と
「大層な口を利くものねぇ。お前は
見下すように冷ややかな声で言う。
「——
歌うように唱えると、淀んでいた空気が女の周囲に渦巻いて行く。
そして、銀紫色の髪をした男にしなやかな指を突き付け、傲然と漆黒の髪の美女は命じた。
「
他者を従える凛としたその声に、女の周囲に渦巻く空気が意志を持ったかのように鋭い刃となって男に向かって行く。
一瞬驚愕に目を見開いた銀紫色の髪の男は咄嗟に跳び退いた。
硬質な音を響かせ、空気の刃が今し方男が立っていた床を穿つ。
同時に男は両手の鋭い爪を長く伸ばし、続けて飛来する空気の刃を叩き落とした。
だが、大気の刃は男を嬲る様に、全方向から間断なく襲い掛かり、途切れる事がない。
それを寄せ付けまいと、息つく暇もなく男は両手を振るい続ける。
その必死な男の様を、妖艶な女は可笑しそうに見ていた。
まるで面白い見世物でも見物するかのように。
とうとう全てを捌き切れず、ざっくりと男の胸が斬り裂かれる。
が、鮮血が飛び散る事はなかった。
斬り裂かれた衣服の下から覗く皮膚は銀灰色の鱗に覆われ、傷一つない。
それによって漆黒の髪の美女の攻撃を辛うじて防いだのだ。そして、それこそがドムの証でもあった。
「くっ……」
片手で胸の鱗を隠し、銀紫色の髪の男は悔しげに奥歯を噛み締める。
体の周りに大気の刃を纏わり付かせ、妖艶な女がにんまりと口許に笑みを刻む。
「どう、妾が何者か分ったでしょう」
「——
「ええ、そうよ」
男の答えを肯定し、漆黒の髪の美女は当然の事の様に宣言した。
「妾はここが気に入ったわ。美しい妾に相応しいもの」
「………」
「今日からここは妾のもの。それでいいわよね」
「——ああ……」
漆黒の髪の美女の傲慢な主張を、男は拳をきつく握り締めて了承した。
拒んだ処でドムの自分ではどう足掻いた処でハイの者には
「うふふ、嬉しいわぁ。自由になった途端愉しい事だらけだわ」
長年閉じ込められた鬱憤を存分に晴らせると、妖艶な女はくつくつと
「お前も、これからも妾を精々愉しませることね」
殺されたくなければ——
さも当然の様に命じると、体に纏わり付かせた大気の刃を霧散させ、もはやドムの男になど眼中になく気の向くまま建物の中を探索し出す。その表情は禍々しいまでに喜びに満ちていた。
長年住み続けていた