花火っていいよね。
次の日、俺が言っていたとおりに勉強をしていると、インターホンが鳴った。出ると、五月が立っている。
らいはの出迎えもあって、するすると居間での会話に流れ込んだ。
「外で話すことでもないので、入れてもらえてよかったです。今日は、父から預かったこれを私に来たんです」
五月から渡されたのは、封筒に入った家庭教師の給料。
「一日五千円を五回分。計二回で、五万円だそうです」
諭吉を五枚、親指と人差し指で挟む。相場の五倍という話は、五つ子ということで納得していたが、一人分の給料が相場の二倍ほどではないか。かなり貰いが良いバイトである。
「こんなに貰っていいのだろうか」
「はい。あなたのお陰で、少なくとも四葉と二乃と三玖は勉強をするようになりました」
「三成のおかげが大きいけどな」
「いえ、あなたが本気でしなければ、彼もきっと力を貸してくれませんでしたよ」
「そうかな。いや、そうだな」
「え?三成お兄ちゃんも家庭教師してるの?」
「あ、ああ、らいはには言ってなかったか。そうなんだ。手伝いとしてだな」
「三成お兄ちゃんに頼っちゃダメだよ!」
「う、うん、そうだけど」
「ちゃんと三成お兄ちゃんにあげよ?」
「そうだな。そうだけど、無駄じゃない?あいつが受け取ると思うか?」
「例え受け取ってもらえなくても、私達はちゃんと三成お兄ちゃんに報酬を渡す義務があるんだよ!そこを怠ったら、ダメになっちゃうよ!」
妹がしっかりしすぎていて辛い。
「わかったよ。今度渡してくる。先に言っておくが、あいつは絶対受け取らないからな」
「わかってるよ」
「ら、らいはちゃんはできた妹さんですね。本当に」
「ああ、なんでだろうな。でも誇らしいよ」
「あー、よかったですね」
「うん」
「家庭教師の仕事も、できるだけお兄ちゃん一人で頑張るんだよ」
「あー、はいはい。それよりらいは、バイト代が入ったし、何か欲しいものはないか?買い物にでも行こう」
「え?ほんと?じゃあ、ゲームセンターに行きたい!」
らいはのお願いのため、日曜日はあっけなく潰れた。らいはが五月を誘い、三人でゲームセンターへ向かう。らいはの可愛さには、俺も五月も抗えないのだ。
屋台の射的とは少し違い、近代化している射的ゲームを見て驚いたり、クレーンゲームでイライラしたり。久しぶりに来て見たことのないゲームなどによく目を奪われながら、らいはに連れまわされてたくさん遊んだ。
「次あれやろー」
らいはは次の台へと向かって先に行ってしまう。
「五月はこういうところにあまり来ないか?」
俺はらいはの背中をゆっくり追いながらそう尋ねてみる。彼女は俺よりも目を奪われていた。
「そうですね。滅多に来ませんね」
「付き合わせて悪いな」
「いえ!全然。私も楽しめているので」
「なら良いんだが」
俺は少し口ごもってから、思いっ切って言う。
「らいはには家の事情でいろいろ我慢させてしまってるから、こうやってらいはの言うことを聞いてくれて、その、ありがとう」
「ふふ、あなたもできたお兄ちゃんですね」
「うるさい。早く行くぞ」
俺は先行してらいはが向かった方へ歩いていく。彼女の優しい笑みが見れなかった。
「ねぇ、これ!三人で最後に撮りたい!」
そうらいはが指さしているのは、プリクラだった。
プリクラとは女子がするものではなかっただろうか。あまり詳しくないのでよくわからないが、男子も撮るものなのだろうか。
俺は恥ずかしいからと断ったのだが、五月に背を押され、ボックスの中に入ってしまった。
「これで、よし。あとは撮るだけですね!」
「ほら、お兄ちゃん、手ぇ繋ご!」
「あ、ああ」
俺、らいは、五月の並びで、らいはは五月と俺の手をそれぞれ握りしめている。五月は固くなりながらもピースなんかしている。
「う、上杉さんも、何かポーズしてくださいよ」
「別に無理にしなくてもいいだろ」
「あはは、なんかこれ、家族写真みたい」
俺と五月は息を飲んでしまし、結果、俺達二人が変な顔をした写真ができあがった。らいはは幸せそうに笑っていたので、良しとしよう。
「私、これ一生の宝物にする!」
落書きも済ませてハチャメチャに盛られた写真を抱きしめながら言うらいはに、俺達は微笑んだ。
ひとしきり遊び終わり、俺達は帰路は歩きだしていた。
「あー、帰ったら勉強しないとだな」
「そういえば私が来た時も勉強してましたね」
「ああ、夜になってしまったけど、しっかりしないとな」
「あ、ああ、それじゃあ私はそろそろ」
「急だな。まぁ、そうだな。あ、宿題はどうだ?ちゃんとしろよ」
「は、はい、わかってます。それじゃ」
「お兄ちゃん、五月さんが四人いる」
「は?そんなわけ」
俺がらいはの指さす方を見ると、そこには四人、確かに五月と同じ顔の人物が浴衣姿で立っていた。五つ子がここに揃ったのだ。
「あれー、もしかして二人でデート?」
「あれ、フータローは勉強じゃなかったっけ?」
「そうよ!なんで五月と二人でいるのよ!」
「あ!上杉さんの妹さんですか?私達と一緒にお祭りに行きましょう!」
昨日二乃たちから知らされていたお祭りに向かう途中に出会ったようだ。
「いや、これから帰って勉強するつも」
「ねぇお兄ちゃん、私、お祭り行きたい。ダメ?」
「……まったくダメじゃない」
三成に連絡をいれよう。
こうして五つ子と、あとで合流となる三成と愛しの妹でお祭りに行くことになる。あとで合流になるというのも、それはこの五つ子、特に二乃と一花はまったく宿題を終わらせていなかったからだ。家に戻り一度宿題を終わらせ、そのあと三成と合流して祭りに行く。
彼女たちの宿題を終わらせ、三成との待ち合わせ場所である祭りの会場近くについたころには、日がほとんど沈んでいた。
「あ、いたいた。あ、らいはちゃん!今日はいっぱい遊ぼうな!」
「うん!三成お兄ちゃん!」
「おー、みんな浴衣なんだな」
「野田さん。どうですか?私の浴衣姿は」
「四葉さんの可愛いな。凄い」
「そ、そうですか。ありがとうございます!」
先ほどから花火大会だなんだとうるさかった彼女たちに三成が加わり、さらに騒がしくなった。しばらくするとその輪から抜けて、人込みからひときわ離れた場所で羽を休めていた俺のもとに三成がやってくる。
「宿題の面倒まで見てあげるの、そんなに疲れる?まぁ、おつかれ」
「おう。本当に疲れたわ」
「らいはちゃんのためなら、そりゃあ勉強なんかしてられないか。誘ってくれてサンキュー」
「らいはに頼まれたらな。なんか、昨日は断ってたのに。振り回してすまん」
「良いって。中野さんたちの浴衣姿を見たい男子は、世の中たくさんいるんだから」
そう言いながらどこの屋台から回るかと相談し合う五つ子に目を向ける。それに合わせて、俺も彼女たちに目を向けた。確かに、彼女たちの容姿はかなり優れている。二乃なら告白すればすぐに付き合えると思うのだが、三成はあの中に誰か意中の相手がいるのだろうか。
「あのさ、風太郎」
俺の恋バナセンサーが激しく反応している。だが、それを表には出さずに、平静を装った。
「なんだ?」
「なんかさ、四葉さん見ているとさ」
「それは恋だ」
「いや、違うって。なんか、懐かしい感じしないか?なんだか、雰囲気に覚えがあるんだよ」
「あー、んー、するか?どこかで会ったか」
「さぁ」
「上杉君、行きたいところがだいたい出揃った……なんですか」
「いや、すまん、髪型が変わっていて一瞬誰かわからなかったんだ」
「そうか?そこまで似てないだろ」
「は!?お前マジか。めちゃくちゃそっくりだろ」
「あー、似てるとは思うけど」
「二人とも!話を聞いてください!」
「すまんすまん。それで、行きたいところが出揃って、なんだ?」
「二人はらいはちゃんと同じところをまわりますか?」
「そうだな」
「俺もらいはちゃんと一緒にまわる!」
「だかららいはのことは気にしないで、お前らも好きなところを」
「何言ってるんですか、一緒にまわるんですよ」
「そうだぞ、風太郎。らいはちゃんも中野さんたちと楽しそうにしてるし」
少し視線をらいはに向けると、四葉から金魚をたくさん貰っていた。左手には花火セットを持っていて、これももらったのだろう。花火大会に一番いらないだろうと思うのだが、彼女は楽しそうに笑っていた。
らいはは俺の視線に気づいてこちらに駆け寄ってくる。
「見て!四葉さんから貰った!」
「多すぎじゃないか?」
「いやー、らいはちゃんが可愛くて、つい」
「よし、らいはちゃん!俺についてこい!俺がたくさん祭りの遊び方を教えてやる!」
「うん!」
「よし行くぞ!」
三成がらいはの腕を引いて射的の方へ駆けて行った。きっとらいはに懐かれた四葉に嫉妬したのだろう。実の兄である俺よりもらいはを溺愛しているのだが、彼のことを考えると無理もない。彼はらいはを妹のように思っているし、らいはも彼を本当の兄のように慕っている。
三成たちが駆けていくと、私もすると四葉、三玖が、その後ろを俺と五月が仕方がないといった様子で追いかける。
「一花、何してるの?はぐれるでしょ」
「ごめん、電話。射的でしょ?すぐ行くから」
俺の後ろから二乃が、そして一花が続いて来るだろう。
「あー、はずれた!」
「三成お兄ちゃん下手くそじゃん!」
「い、いや、待て」
「らいはちゃん、これあげます!」
「わー、四葉さんありがとう!」
「くそ!」
彼はなぜこうも苦手なものに強がって挑むのだろうか。
そのあとも三成は四葉に負け続け、いつの間にからいは関係なく二人の対決になっていった。らいはの手荷物、景品たちも重そうになってきたので、それを俺が引き受ける。二人を追いながら五月達は焼きそば、焼きいか、とうもろこし、わたあめ、りんごあめと、はらぺこ青虫を連想させる勢いで食べ歩いてた。
「つ、次は輪投げで勝負だ!」
「良いですね。楽しそうです!」
「三成お兄ちゃん頑張って~」
勝負だと思って競っているのはどうやら三成だけのようだ。そういえば高校に入ってから三成と祭り行ったり、花火を見たりしていなかった。高校に入ってからまた、勉強にバイトが重なって彼との時間が激減していたかもしれない。
こうしたことに気づかせてくれたきっかけをくれた五つ子には、少し感謝してもいいかもしれない。
「上杉君、これあげます。買い過ぎたので」
「え?くれるのか」
「はい。大切に食べてくださいよ」
「あ、おい」
五月は俺にたこやきを押し付けて先頭を歩いていく二乃のあとを追っていってしまった。見ればたこ焼きはまだ一つも食べられていない状態だったし、俺が遠慮して断るとわかっていての行動だろう。あと、恥ずかしさもありそうだ。
俺が何を買わないで歩いていたことに気を遣ってくれたのだろう。しかし、あんな渡し方ではこちらが感謝を言いそびれてしまうではないか。
俺は一つたこ焼きを頬張ってから、みんなを追う。
お祭りで食べるたこ焼きの味が不思議なくらいにおいしいことは、今までの俺は忘れていた。
俺はたこ焼きを噛みしめ、喉を通し終えたあと、目で捉えていた二乃の頭が人混みに飲まれふらついてしまうのを見た。反射的に体が前に出たが、すぐそばに馴染みのある男を見て安心した。
俺が二乃においついたころ、まだ彼らは手を握っていた。
「二乃さん、怪我ない?」
「う、うん、本当に大丈夫だから」
「おい、いつまで手握ってるんだよお前ら」
「風太郎!え、あ、違うんだ」
「おい、そのまま繋いでおいてやれよ。二乃が寂しそうだろ」
「寂しくないわよ!」
二乃に肩を叩かれたが、彼女を揶揄えたのだから安いものだ。ニヤニヤと頬を赤らめる二乃を見ている俺の頭を三成が軽くはたいてきたので、大人しく引き下がる。
「それより、花火大会がもうすぐ始まるんだから!早く移動しないと」
「といっても、どこで見るんだよ。こんな人混みだと見えないだろ」
「毎年店の屋上を貸し切ってるの。ちゃんとこのために事前に私が予約したんだから」
「す、凄いな。それじゃあ、そこまで案内してくれるか」
「任せて」
「あ、それじゃあ俺、輪投屋の近く探してくる。まだらいはちゃんたちがいるだろうからさ。あ、二乃さん、その店の名前教えてくれる?」
「そういえばお前はなんであいつらと一緒じゃないんだ」
「え、あー、財布今日見たら、全然中身なくて」
「どんくさ」
「仕方ないだろ!今朝買い物に行ったばかりなんだから!」
三成を笑ったあと、二乃は三成に店の場所を伝え、輪投屋のほうに向かった。俺達は四葉たちと共に来るだろう三成を、先に目的地に行ってしまったのだろうみんなと店の屋上で待つことにする。
人混みを抜けて行くと、高い建物が増えてくる。一般人は花火を見るためにここから離れるであろう場所だ。
「ここよ。遅くなったから、たぶんもうみんな待ってくれているはず」
二乃の言葉を聞きながら階段をあがり、屋上に出る。しかし、二乃の言葉通りみんなの姿を見つけるとはできなかった。
『だから、今いる四葉たちは二乃が迎えに行くから、他のみんなを探してくれるか?』
「わかった。探してみる。そっちで連絡がついて、合流できそうだったら俺に連絡してくれ」
三成は通話を切って携帯をポケットにいれる。
「それじゃあ四葉とらいははこの時計台の下で二乃を待っててくれ。俺はもう少し探してみるから」
「すみません……」
「ごめんね、三成お兄ちゃん」
「何も謝ることじゃないって。仕方ない。じゃ、俺はちょっと探してくるから」
そう言ってから三成は時計台から駆け足でどんどんと離れていく。なんだか成り行きで花火を一緒に見る流れになっているが、そんな話なかったよなと、内心では面倒だと愚痴を吐いていたりする。
三成は駆けながらあたりを見渡す。さっさと見つけないと花火大会が終わってしまう。一時間で花火は打ち上げ終わるのだ。
「たしか一花さんを風太郎が見つけたと言ってたから、あとは三玖さんと五月さん、あ、五月さん!」
時計台からスタートしてそれほど時間経たずに五月さんを見つけることができた。
「野田君!本当に良かった」
「こっちのセリフですよ。大丈夫でしたか?向こうの時計台のふもとにまだ四葉さんたちがいると思うんで、そっちに合流してくれる?」
「わかりました」
すれ違って合流できない未来を少し予感したが、三成はそこまで過保護にすることもないと頭を振ってその考えを消す。五月を送り出して、三玖の捜索を始める。
次はすぐには見つけられなかった。彼女はひょっとこのお面をつけていた。いつものヘッドホンをつけている。そんな条件を頭に浮かべながら、一人一人、浴衣を着る女性を視界から削ぎ落していく。息が激しく上がってきたころ、ようやく道の端できょろきょろとしている三玖を見つけた。
「三玖さん、見つ、けた」
「あ、三成!」
「みんな店の方に向かってますよ。行きましょう」
三成は大きく息を吸って呼吸を整えながら、彼女の手をとって人混みを縫って歩こうとする。手をとられた三玖は小さな胸の高鳴りを思わず短く口から出てしまったのだが、彼の耳には届いていなかった。しかし、痛みを訴える声には敏感にその足を止めて反応してくれた。
「どうした?」
「さっき、足を踏まれちゃって」
「痛むか?えー、うーん、そうだなー」
下駄なんて素足を出した履物でくるからだ。二乃といい、注意して歩けば自分のように踏まれることもなかっただろう。三成の頭の中では不満が渦巻く。
三成は決心を固めて背中を三玖に見せる。
「乗ってくれ」
「え?」
「早く早く。みんなで花火を見るんだろ?」
三玖は言われた通り三成の背中に乗る。彼は立ち上がりサクサク歩き出してしまった。
その大きく、武骨な男性の背中に密着して、思わず安堵の息が漏れそうになったが、それはギリギリで留めた。揺れが心地よくて、周りの喧騒が小さく聞こえてしまうほどだ。しかし、彼の激しい息遣いを聞き捉えると、すぐに現実に戻ってきた。
「三成、ごめん。大丈夫だから、おろして」
「ダメだ。二乃さん、今日凄く楽しそうにしてただろ?きっと、楽しみにしてたんだと思う。だから、一緒に見てあげてくれ。大人しく背負われてて」
人一人を背負って歩くのは相当に疲れるはずだ。それに三玖を見つけた時点で息切れを起こしていた。そのはずなのに、彼の足取りは決して遅くならない。それどころか、気のせいだろうか、速くなっているようにすら思えた。
三玖は一生懸命に歩く彼の背中に、できるだけ負担にならないよう自力で固くしがみつく。頬が熱くなるのは、きっと気のせいではない。
「三成、そのまま聞いて」
彼は黙ったままだ。リズムよく息を吸って、吐くだけ。
「今日の花火大会は、お母さんとの思い出なの。お母さんが花火好きだったから、毎年揃ってみんなで見てたの。母さんがいなくなってからも、毎年揃って見てた。私達にとって花火は、そういうもの。だから、本当にありがとう。三成」
そう言い終わると、三成は三玖を背中からおろす。三玖は何かしてしまったのかと狼狽えるが、三成の言葉を聞いてそれが止む。
「それじゃあ、なおさら一緒に見ないといけないな。俺も実は母さんがいないんだ。だから、それがどれだけ大事かはよくわかる。それに、風太郎だって同じだ。あいつも母さんがいない。だからあいつはみんなが一緒に花火を見られるように必死だ」
三成はそう言いながら三玖の手を取って歩く。足を気遣いながら軽く抱き寄せて。少し人混みを抜けると、店の前であたりを見まわしている二乃、四葉、五月、らいはの姿が見えた。
「あと、二十分だな。楽しもうぜ」
「うん」
三玖は三成にリードされて彼らのもとへ向かう。
到着すると二乃がやっと会えたと声を上げたが、ただそこには風太郎と一花の姿がない。連絡で一花が一番に見つかり、風太郎が担当して彼女をここに連れてくるはずだったのだが。
「みんな先に屋上で見てて。まだ時間はある。探してくる!」
「あ、三成君!」
二乃の声を無視して三成はまた駆けだす。久しぶりの激しい運動にすでに体は悲鳴を上げ始めているのだが、気持ちが体を突き動かし、止まってはいられなかった。
三成は三玖から聞いた話を思い出していたのだ。母との思い出の花火。その大事さは彼に強く響く。
三成は、もし三玖が容姿に優れていなければ背負いなどしなかったし、頑張らなかった。さらに言えば、五つ子たちとは最低限しか話さなかったし、家には招かなかったし、戦国武将の趣味だって笑い飛ばしていたかもしれない。彼には確かにそんな利己的かつ損得勘定な一面は存在する。
しかし、それらを度外視で人のために行動する源泉を備え持っている。とある親友と育んだその感情が、彼を一層強く突き動かすのだ。
ちぐはぐな感情に舌打ちをしながら、三成は我が親友は何をしているのだと悪態をついて走る。
「みぃ、見つけたぁ」
三成は視界に捉えた一花の後姿めがけて、足を速めて近づく。すると、彼女の前にいる男性の姿も目に入った。彼は一花の手を引いてかなりの忙しなく歩いていた。
駆け寄ってまずは一花の手を引いて、おっさんから一花を取り返す。
「一花、みんなが待ってる!」
「三成君!?」
「ま、またか。君は誰なんだ」
「俺は、その、なんだ、か、彼氏です!こいつの彼氏です!」
「そんな見え見えな嘘を」
「とにかく一花に構わないください!こいつはみんなと花火を見るんだ!大切なんだ!」
三成は一花の手を取って駆けだす。しかし、それは親友の上杉によって阻まれる。彼も息が絶え絶えで、肩を大きく揺らしている。
「風太郎、お前、何してたんだよ」
「三成、それは、こっちのセリフだ馬鹿!その人、一花の仕事の関係者!一花はその人に雇われてるんだ!」
風太郎の言葉が三成の頭に浸透していく。ほぼずっと欠如し続けていた酸素が頭を癒すのと同時に、さっと血の気が引いた。
三成はゆっくりと振り返り、膝を折り曲げ、両手を地に着く。つまりは土下座だ。
「すみませんでしたぁ!」
「いやぁ、まぁ、いいよ。わかったから、頭を上げて」
呆れた様子の男性の言葉を聞きながらも、三成の心に張り付いた、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感が頻りに悲鳴を上げる。
男性は時間がないのだと一花を連れて歩き出すと、三成はそれの後ろをついて歩き、頭を何度も下げながら許しを請う。何かできることをさせて欲しいと言われたあたりで男性も疲れの顔を見せ始め、三成は一花をどこにも連れて行かず、車を取ってくるまで一花の側にいてくれという依頼を受けた。
そこで一花の口から説明をしっかりと受けた。
前から駆け出しの女優として仕事を始めて、一人前になったら姉妹に言うつもりであったこと。大きな映画の代役オーディションがあり、今まさに本格的なデビューを果たそうとしていること。そして、風太郎の口からはさっきの男性が社長であると知らされ、三成はまた膝をついた。
「なるほど、なるほどな。社長ね。ふーん。一花さん、本当にごめんなさい」
「いいよいいよ、私のためを思ってしてくれたんでしょ。社長もそれくらいで怒るような人じゃないから」
「三成、一生懸命になるとまったく頭使わなくなる癖、本当にやめたほうが良いと思うぞ」
「もう、やめて。風太郎は鬼か?わかったから黙って」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら言う風太郎の突き押すが、効いてそうにない。三成はある程度平静を取り戻し、再び大きなため息を吐く。
「あ、社長の車来てる」
社長の車が遠くからこちらに走ってくるのが見える。
「それじゃあ、頑張って役を勝ち取ってくるね!」
「…あれ、一花さん、緊張してる?」
三成の何気ない言葉に、一花は何も言えずに固まってしまった。三成はふと違和感からそう指摘したものの、本当に緊張しているのかと少し驚き、風太郎は呆れたように首を横に振っていた。
「お前、本当に緊張してるのかよ」
「し、仕方ないでしょ。この仕事を始めて、ようやく長女として胸を張れるようになると思ったの。一人前になるまでみんなに言わないと決心して、花火大会の約束があるのに最後まで黙ったままで来ちゃった。これでオーディションに落ちたらもう、あわす顔がない」
彼女の暗い顔を見た三成、風太郎は黙ってしまう。彼女の初めて見せた顔だ。それに彼女が気負うのも無理はない。三成は携帯を取り出して時間を確認する。花火大会はあと五分で終わる。
三成は風太郎を一度見てから、彼女へまっすぐ視線を向けて聞いた。
「三玖さんから聞いた。大事な約束だったんだろ?」
「……うん」
「こんな形にしてしまったのは、間違いだと思う。でも、どれだけ間違ってもみんな最後には許してくれる。それはきっと、一花さんがが中野家の長女で、大好きな家族だから。それに、俺は今の姿が凄く格好いいと思うよ。夢を追いかける一花さんを尊敬する」
「三成君」
「あわす顔なんか気にせず、長女として胸張りたいなら今は全力で役を勝ち取って見せろよ。それでもまだ姉妹とのあれこれが不安なら、さっきみたいにまた土下座して一緒に謝ってやるって約束するから。風太郎も一緒に」
「なんで俺も!?」
「家庭教師さんは生徒たちの不和を見て見ぬふりするんですかぁ?」
「それは仕事の範疇外なの!というか、八つ当たりのために俺を巻き込むな!」
「ぷっ、ふふふ」
一花は揉めだす二人を見て笑った。その笑顔を見て、二人は顔を一度見合わせてから照れ臭そうに目線を逸らす。
「ありがとう、三成君。流石私の彼氏だね」
「本当に忘れてくれ。あの時はどうかしてたんだ」
「そういう話方が素なの?」
「え?あっ…、まあ、うん、風太郎とはこういう感じかも」
「私ともこれからそんな感じで話してよ。今まで話し方ちょっと違和感だし。あと、フータロー君と同じように三成君も一花って呼んで」
「そ、そうか?わかった」
三成は押されるように一花に言われて、勢いも相まって三度頷いてしまう。
「とにかく、元気出たよ。ありがとう」
「一花君、そろそろ待てないよ」
いつの間にか傍に停止している車から社長が声をかける。一花はそれに返事して車の中に入る。
「い、一花!頑張れ!」
「あ、うん。一花、頑張れ!」
慣れない呼び方で三成が応援し、それにつられて風太郎も応援する。ドアがしまる直前だったので、聞こえたかもどうかも怪しい。しかし、車の中の彼女は笑ってるように見える。
なんだか恥ずかしくなって逃げるように帰る男二人を置いて出発したあと、車の中であった会話だ。
「二人ともいい男だったね。どっちが本命なんだい?」
「もちろん彼氏の方ですよ。私、一途なんで」
「ふふふ、なるほどね。確かに情熱的で素敵な男だね」
車は急いでオーディション会場へ向かった。
二乃たちと合流したあとに三成が一花を探しにいったと聞いて不安を感じ、あとを追うように探しに出てみれば、案の定というか、不安は的中し、親友の土下座を見る羽目になってしまった。
花火のあと、一花を加えて五つ子の間で小さな花火大会が開かれることになった。らいはにあげていた花火セットがまさかこれほど早く活躍するとは思わなかった。
オーディション終わりの一花を迎えにいくと、かなり手応えがあったらしい、それを終えた彼女は晴々とした笑顔を見せてくれた。近くの公園に俺と三成で一花を案内し、全員が揃えば開催だ。
その前に、一花は姉妹に頭を下げた。隠していたこと、約束を破ってしまったことを真摯に謝罪した。俺達が土下座する必要はない。みんな彼女を許し、姉妹の輪に一花は混ざり、二つ目の花火大会が始まったのだ。
確かに、三成の言う通り家族は温かいものだ。こうして今では幸せそうに花火で戯れている五つ子たちを見ると、そう思った。
「ちょ、俺ももう限界だわ。ちょっと寝るから、帰る時になったら起こして」
「ああ、わかった。ゆっくり休め」
隣りで五つ子たちが花火で遊ぶ姿を眺めていた三成が、大きく息を吐きだして目を閉じた。座りながらだというのに、もうゆっくりと寝息をたて始めた。
それも仕方ない。あたりを走り回り、この男は四葉も五月も三玖も見つけたのだと二乃から聞いた。そして背中に背負って三玖を運んだらしいと悔しそうに言う二乃から聞いた。それほどに動いておいて、よく今までもったものだ。一花へのフォローといい、日ごろのバイトといい、こいつはどうも人のために働き過ぎる。
俺は隣で眠る親友の顔を見ながらため息を吐く。小学六年生のらいはと高校二年生の三成という、俺の妹兄弟はみんな疲れ果てて眠ってしまった。
「三成君、寝ちゃったの?」
「ああ、さっき寝るって宣言してからまだ三分と経ってないんだけどな。まぁ、仕方ないとは思うけど」
「私をオーディション会場の近くで出迎えてくれたときも、かなり眠そうだったもんね」
「よくこの公園まで頑張って歩いたよ。本当に」
一花は三成の顔を覗き込んで、髪を触ったり、頬をつついて笑ったりする。何が楽しいかはわからないが、確かに小さいころ俺もらいはにそんな悪戯をしていたのを思い出して納得した。
「フータロー君、まだお礼言ってなかったよね。いろいろ、ありがとうね」
「いや、俺は何もしてないよ」
「ちゃんと私を社長さんから隠してくれたし、事情をちゃんと聞いて、私を送り出してくれたでしょ?抜け出した私と一緒に、社長さんに謝ってくれたし嬉しかったよ」
「それらは三成が大きく掻っ攫って行っただろ?この活躍泥棒が」
「まぁ、確かね。最後の後押しは三成君が頑張ってくれたけど、でも、フータロー君も頑張ってくれたよ。本当にありがとう」
まっすぐに目を合わせて感謝を伝えてくるので、俺は目を逸らしながら曖昧に頷いて返事する。
「でも、やっぱこいつには単純に敵わなかったなと思ったよ」
「どうして?」
「こいつ、さっき足元ふら付いてこけそうになってたんだよ。もうガクガクだ。普通あんなにお前たちが一緒に花火を見ることにこだわらないだろ」
「あ、それなら三玖が、花火は私達の家族との思い出だって言ってしまったから余計に頑張らせてしまったとか凄い落ち込んでたよ」
「家族との思い出?」
「そう。花火が好きだったお母さんと、毎年見てたんだ。お母さんがいなくなってからも」
「あー、なるほどな。道理でがむしゃらに頑張る訳だ」
「そうなの?」
「あー、うん。そうだな。もう三人には言っているし、言っておくか」
俺は三成の両親についてを一花に伝えた。彼がどれほど家族についてデリケートな男かよくわかったらしい一花は、彼の頭を優しく撫でて悲しそうな顔をする。
「そうか。そうなんだ。だから頑張ってくれたんだね。三成君、ありがとうね」
「ちゃんと起きているときに、また言ってやってくれ」
「うん、そうするよ」
「ただ、あまり家族のことについては露骨に気を遣わないでくれ。それのせいで三成が余計に気負ってしまうから」
「フータロー君は優しいねぇ」
「それは三成のほうだよ」
軽く三成の頭をぽんぽんと叩くて、ふわふわと何やら寝言を口ずさんですぐ、また寝息をたてた。それがおかしくて二人でしばらく笑い、また何度か頭を叩いてみるが二度目はなかった。
他の姉妹たちはもう花火がなくなってしまうと名残惜しそうにする声が聞こえて、俺と一花は意識をそちらに向ける。この人数なので仕方がない。
「ほら、もう花火が終わるぞ。最後はお前もちゃんと一緒にしとけよ」
「そうだね。そうする」
「俺も少し寝るから、終わったら起こしてくれ」
「えー、見ててよ」
「うるさい。早く行け」
「はーい」
俺は五つ子が揃って同時に花火に火をつけるところを見守ってから、ゆっくり瞼を下した。
ようやく五月と風太郎の絡みが見れましたね。
今回の話は個人的にお気に入りです。多くのヒロインとの絡みがかけたので。特に三玖と三成のシーンが気に入ってます。