インフィニット・ストラトス 白熱の翼   作:スイカ上乗せ

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第三話 Jump to Fly

 16時30分。

 空の隅が茜色に染まり出した頃、IS学園1年1組は放課後を迎える。

 

(今日こそは……)

 

 一夏と会話しなくなってはや数日。

 篠ノ之箒は今日こそ確かめようと決心していた。

 

 自分が一夏の邪魔になるのかどうか────いや。

 より素直に言うのなら、自分が一夏の隣に相応しいのかどうかを。

 

(はっきりさせるんだ。これから先、私が隣にいては一夏の邪魔になると言うのなら、私はもう……)

 

 一夏から離れる覚悟は、出来ている。

 出来ているのに。出来ているのに、考えただけで、目頭が熱くなる。

 そんな自分が情けなくって、さらに深く自己嫌悪に陥る。

 

(……私は元々『篠ノ之束の妹であること』以外取り柄のない人間なんだ。一夏の隣に相応しくないなら……離れるのが、正しいんだ)

 

 箒は机に視線を落として、何度か浅い呼吸をして。それから、力一杯にゆっくりと、一夏の座席に顔を向けた。

 もぬけの殻だった。

 

「あっ」

 

 遅かった。

 箒が迷っている数刻の間に、一夏は特訓へと行ってしまっていた。

 箒はぼーっと、無人の席を眺める。

 

 眺めるだけしか、できない。

 

(私はどこまで愚かなのだ。一夏は頑張っているのに……私は悩んで、人に確かめることすら躊躇ってばかりで)

 

 きっと答えなんて聞くまでもないのだろう。

 そう彼女は思い至る。

 

(無様だな、私は)

 

 箒が帰ろうとすると、クラスメイトが慌ただしく教科書を詰め込んでいた。

 

「急げ急げ! 馬車馬一夏君が見られなくなるぞー!」

「今日は何枚写真撮ろうかな〜」

「馬車馬一夏……?」

 

 不思議そうに単語を反芻した彼女に、クラスメイトが答える。

 

「そそ。織斑君、スタミナ鍛えるためにグラウンドを全速で走ってるんだよ。篠ノ之さんも見てみたら? 一夏君すごい形相してるから」

「とか言ってこいつトキメいてるんだけどね〜」

「ちょ、やめてよ! 今の冗談だからね、篠ノ之さん」

「あ、あぁ」

 

 箒は静かに見つめる。

 自分よりもずっと短い付き合いなのに、一夏のことをよく知っているクラスメイトを。

 

(みんなは一夏が特訓で何をしているのか、知っているんだな)

 

 彼にとって自分がどんな存在なのか確かめようとしてたくせに。

 自分はまだ、彼がどんな道をどう走っているのか知らない。

 漠然と『何かやっているのだろう』としか思っていなかった。

 

 幼馴染なのに。

 彼の隣を歩みたいのに。

 

(私は大馬鹿者だ……あいつを知ろうともしていなかった)

 

 彼女は思い出す。

 上級生の正論に打ちのめされたあの日。

 あの日も、自分は一夏のことを何も考えちゃいなかったことを、思い知らされたっけ。

 

 クラスメイトの背中が遠のいていく中で、途端に燻るひとつの思い。

 

(せめて)

 

 無意識のうちに、彼女は下唇を強く噛んでいた。

 

(せめて、一夏が何をしているかは見ておかなくては。見て……一夏を知るだけなら、私がいても邪魔にならないはず……)

 

 躊躇いを隠しきれない足で、それでもどうにかグラウンドへ向かった箒。

 

 広がっていたのは想像もしていなかった光景。

 後頭部をハンマーで叩かれたような衝撃が走った。

 

「────」

 

 息を呑んだ。

 一夏を見ようと集まっていた女子軍団はこの際どうでも良い。

 箒の焦点はその奥。サッカー部やソフトボール部の掛け声で活気溢れるグラウンドの、少し端に合わせられていた。

 

「おぇ、はぁ、はぁ……はぁ……」

「連日のダッシュで疲労もピーク……だから今日くらい、なんて甘いことは言わんぞ。さっさと準備をしろ、まだ4周残ってる」

 

 淡々と告げる千冬。

 と、膝に手をついて嗚咽する汗だくの一夏。

 

「いち、か」

 

 目をまん丸にする箒の唇から、彼の名前がぽろりとこぼれ落ちる。

 見たことがなかった。

 

 なんだあれは。

 なんだ、あの息も絶え絶えの一夏は。

 

(何をしてるんだ、あいつは)

 

 答えはすぐに見ることができた。

 

「はぁ、はぁ……ッァア!」

「それで良い。遅くても良い歩いたって良い。あと4周やり切ってみせろ。やり切ったと言う事実は必ず、お前をひとつ強くする!」

 

 絞りカスのスタミナをさらに捻り出し、一夏がグラウンドを走り出した。

 ぐるりと1周、を超えて2周。計800メートルをそれこそヘロヘロの馬車馬みたいに────なんてどこか小馬鹿にするような表現、箒は絶対にしたくなかった。出来なかった。

 

「頑張れ一夏くん!」

 

 女子軍団の中からひとつの歓声──さっきのクラスメイトの声──が飛ぶ。

 一夏は振り向かず、だけど小さな首肯で応じた。きっと余裕なんてないだろうに、それでも誰かの言葉に反応してみせた。

 

(……私は)

 

 初めて知った。ようやく知った。

 自分が見ていなかった────見ようとしていなかった間、彼がここまで苦しんでいたなんて。

 ここまで必死に戦おうとしていたなんて。

 

(私は、まだ何も知らなかったんだ。一夏のことを、何ひとつ)

 

 彼の隣にいたいのに、彼のことをなんにも知らなかった。

 そんな、言ってしまえばいつでも変えられたはずの矛盾に罪の意識すら芽生え、つい後退りしそうになった。

 けど。

 

 だからこそ。

 

(知りたい)

 

 矛盾を抱えたままでも。

 自分がどうしようもないくらい情けなくても。

 ここで目を背けたら、もう二度と彼に合わせる顔がないと直感したから。

 

(一夏のことを、まずはちゃんと知りたい)

 

 箒はひたすら黙って見続けた。

 

「くぁぁッ、ぁ」

 

 女子軍団が一人、また一人と減り始めても。

 体育館の2階で、苦悶に顔を歪めながらも筋トレをする一夏を。

 

「ゔぉえ!?」

「何度言ったら分かる、また切先が落ちていたぞ。構えは高く深くだ!」

「かぁ、ぁ! 構えは高くッ、深くッ」

 

 少しでも彼の邪魔にならないよう隅っこで。

 千冬に竹刀でめった斬りにされながらも、目をギラつかせる一夏を。

 

(頑張れ……)

 

 夜のとばりが降りたアリーナの観客席で。

 白い専用機を纏って羽ばたく一夏を。

 

(頑張れ一夏! 頑張れ、頑張れ!)

 

 箒はひたすら黙って、祈るように応援しながら、見続けた。

 

 加速をつけて頭から地面に激突した一夏に、思わず口を押さえながら。

 弾幕を超えて千冬の懐にあと一歩まで迫った一夏に、手に汗を握りながら。

 カウンターを喰らって目を腫らした一夏に、心の中でアドバイスを送りながら。

 

 最後の最後まで、彼の姿を見届けた。

 

 気づけば数時間が過ぎていた。

 千冬と一夏が着陸したかと思うと、ISを解除した。今日の特訓はここで切り上げらしい。

 一旦無事に特訓を終えたことに、箒が胸を撫で下ろしていると、

 

「あれじゃダメそうね」

 

 ふと、そんな言葉が聞こえた。

 箒が勢いよく振り返ると、出口付近で見知らぬ上級生らが会話していた。

 

「加速には目を見張るものがあるけど、地面に突っ込んでばかりじゃねぇ……」

「ISの基礎も知らないくせにどうやってセシリアに勝とうっていうのかしらね?」

「さぁ? 専用機貰えて調子に乗ってるんじゃない? それかマヌケか」

「織斑先生も言ってあげれば良いのに。時間が足りないから何やっても無駄だって」

 

 ぴくり、と。

 箒の表情筋が、僅かに揺れた。

 

(な、何を……何を言っているんだ、あの人たちは)

 

 どれも理解できなかった。

 箒も勝負の世界で多少なりとも過ごしてきたから、今の一夏がどれだけ厳しい位置にいるのかは分かる。

 それでも、一生懸命に頑張る人を侮辱する行為は、何人たりとも許されるものではない。

 

 箒の額に歪な青筋が立つ。

 

(あいつは自分にできることを精一杯やっているのに。どうして、どうしてそんな酷いことが言え────)

 

 上級生たちへ言い返そうとした箒を止めたのは、他でもない、今日ずっと見てきた一夏の姿そのもの。

 

(────あいつが精一杯やっているのに、私は……まだ何もやっていないではないか。人にものを言える立場ではないじゃないか)

 

 他人ではなく己を見つめ直す。

 きっとこの数日間、彼は今日みたいに苦しみながらも努力を積み重ねていたのだろう。

 それに比べて自分はどうだ?

 やれることをやってこなかった。そもそもやれることを探してもいなかった。

 

(何もやらないままで良いのか?)

 

 こんな環境に放り込まれても頑張ってる男がいるのに。

 箒は爪が割れそうなほど力強く指を握りしめる。

 

(嫌だ。このまま諦めたら一生後悔してしまう。私だって精一杯を尽くさなくては!)

 

 彼のあの目のギラつきを、彼女はまだ覚えてる。

 まだ、忘れたくはない。

 

(私でも一夏の隣にいて良いかを考えるのは……その後だ)

 

 自分のやれることが、彼の力になるかは分からない。

 もしかしたら迷惑になるかもしれない。そう考えたら呼吸が乱れそうになる。

 

 でもあいつは苦しみながらも頑張っていたから。

 凄いやつと戦おうとしているから。

 

 箒は躊躇いを踏み締めて、自室へと向かっていった。

 

 ◇

 

 アリーナでは今日も激しい戦闘訓練が行われた。

 

「今日の訓練はここまでだ」

「はぁ、はぁ……はぁ……ありがとう、ございました」

 

 肩で呼吸をする一夏は、ぐったりとした様子で頭を下げた。

 ここ数日の長時間に及ぶ鍛錬で、彼は肉体的にも精神的にもかなり参っていた。

 だけど、どこか達成感に満たされてもいた。

 

(千冬姉のおかげで一気に出来ることが増えた……へへ、やっぱ成長を実感できるってのは嬉しいなぁ)

 

 地面に突っ込むのは相変わらずだし、まだ千冬の懐も取れていない。

 でも、ちゃんと意識した動きが出来るようになった。初日なんて白式に振り回されていたのに、だ。

 

(それに自信もついてきた。こんな苦しい練習をしっかりやり切ってんだ、セシリアにだって喰らいつけるはずだ!)

 

 白式を解除しようとした一夏に、千冬が汗を拭きながら告げる。

 

「織斑。少し考えたが明日の練習はなしだ。ISも軽く流す程度にするぞ」

「え、どうしてですか?」

「体を休ませるべきだと判断した。緊張感の維持という面ではよくないが、疲れたまま練習を重ねても意味が薄くなる一方だしな」

「……分かりました」

 

 一夏は渋々返答をして、

 

(あと10日しかないのに……いや、千冬姉が言うなら……おし、ならそのぶん頭を鍛える日にすっか! 明日は指南書読もっと)

 

 すぐに思考を切り替えた。

 休めるなら思いっきり休む。隙間ができたなら別の手段で埋める。そう考えられる程度には、彼はIS操縦者として自立しつつあった。

 

「それともうひとつ」

 

 千冬が白式の翼部を指さす。

 

「スラスターが酷いことになっているから整備に出しておけ……いや。どうせならついでだ、整備のやり方も見学しに行ってみろ。

 理論は感覚を支える────その理論となるISの構造を、簡単にでも良いから見ておくと良い」

「理論は感覚を支える……分かりました、しっかり見学してきます!」

 

 一夏は白式を解除し制服に着替えると、そのままメンテナンスへと向かうことにした。

 

 ISのメンテナンスはよほど重大な損傷でない限り、整備課の学生によって行われる。

 彼女らのレベルはプロにも引けを取らないらしく、担任の山田先生曰く『2年生の時点で各国で即戦力になれる』程だとか。

 そんなハイレベルな技術を目の当たりに出来るのかと思うと、一夏のワクワクは止まらなかった。

 

「失礼致します! こんばんは、1年1組の織斑一夏です!」

「はーいって、うぉ! 噂の一夏くんじゃない!」

「はじめまして。今日は白式を整備していただきたいのと、整備の見学をさせていただきたいと思って参りました」

「あーそんな固くしないで良いから。ってか唯一の男の子にそんな距離感やられるとウチら泣くから。気楽に上がってよ」

「ありがとうございます、お邪魔します」

 

 整備課のリーダーに促されて入室すると、そこにはいくつもの量産機や装備と、それらを囲う少女たちが。

 彼女たちは一夏をひと目見て各々のリアクションを取ると、スッと吸い込まれるように作業へと戻っていく。

 

 ある者は工具を使ってISの装甲を取り外し、あるグループは投影ディスプレイに画像を映しながら何かを話し合っている。奥の方ではチューブに繋がれた量産機を動かして、あれでもないこれでもないとデータを収集していた。

 全く見慣れない、だけどロマンに満ちた光景に一夏は感嘆を漏らす。

 

「す、すっげぇ」

「でしょでしょ。っで白式のメンテに来たんだよね。ウチらが見るから展開してもらっても良い?」

「あ、はい! お願いします」

 

 一夏が白式を展開すると、リーダーの元に集まっていた少女たちが声を上げる。

 

「うっは〜! 専用機キターッ!」

「先輩、あたしにも白式イジらせて欲しいっす!」

「ゴツい上半身、マッシブな下半身。スピード感を漂わせながら確かな重量を感じさせるデザイン……うーんすでに100点中1000点ですこれ」

「はいはいみんな落ち着いて。あ、ごめんね一夏君、展開状態で降りてもらって良いかな?」

「分かりました」

 

 一夏が降りると、リーダーがパッと白式を確認して、

 

「結構傷ついてるね。翼の装甲(ハニカム)とノズルに至っては焼き切れてる、相当無理した感じかな?」

「白式のスピードを最大限活かそうと考えてたんですけど……無理、させてたのかな?」

「まぁここまでスラスターがデカいと通常の速度ですら桁違いだろうから、初心者にはかなり扱いづらいかもね。っとなるともうちょい丈夫なノズルにしてあげる方が良いか……あとは前面装甲の交換と塗装修理と……よーし決まった! みんな始めるぞー!」

 

 おー、と整備課が動き出す。

 彼女らは、太いチューブの繋がれたデバイスやらレンチやらを持ち出して一斉に作業を始めた。鋼鉄の鎧をテキパキと剥がしていく様はおよそ女子高生からは連想できない姿だ。

 

「整備も見学したいんだよね? ウチで良いならそばで見せてあげられるけど」

「ぜひお願いします!」

「ほーい。じゃ、この保護メガネだけ付けといてよ」

「ありがとうございます……保護メガネなんて中学の理科以来だな」

 

 手渡されたメガネを付けて、一夏は早速作業を見学する。

 リーダーは手際良く翼の装甲を取り外すと、中のフレームや機構に手を入れていく。次々と置かれていくパーツは確かにどれも焦げていたり、あるいは焼き切れていたりした。

 

「こんなに白式をぼろぼろにさせてたのか、俺」

「んや〜すんごいね。もうちょっとメンテ遅かったら事故ってたかもね」

「……悪いこと、ですよね」

「仕方ないよ、初めてなんだし。それに自分の操縦が機体にどんな影響を与えてるのかを知るだけでも十分勉強だよ」

 

 白式の翼にデバイスが刺されたかと思うと、複雑なソースコードを載せたディスプレイが投影される。リーダーは簡単にそのコードを読み進めていきながら、

 

最適化(フィッティング)一次移行(ファースト・シフト)も済ませてあるね。一夏くん、束係数(たばねけいすう)は調整した?」

「た、束係数? なんですかそれ」

「ISが生成する力場……PICの出力を調整する係数のことだよ。でもその様子じゃ最適化に任せた感じか」

「す、すみません」

 

 束────篠ノ之束。ISの開発者であると同時に箒の姉に当たる人物。まさか数式になっているとは思いもしなかったが、それは置いておくとして。

 今のリーダーの呆れたような様子だと、当たり前に知っていなければならず、調整するのが普通のパラメータなのだろう。

 一夏は己の知識不足に情けなさを覚える。

 

(多分、学園で知らないの俺だけだよな)

 

 帰ったら教科書を読もうと考えていると、周りの幾つもの会話が聞こえてきた。

 

「Cパーツの13番持ってきて。サイズは2ね」

「六次元篠ノ之定理合わないんだけど。ちゃんと一回プログラム確認してよ〜」

「打鉄の装甲(スライド・レイヤー)には取り付け方のコツがあんのよ。見てな新入生!」

 

 一夏はまるで異世界に飛ばされたような孤独感に苛まれる。

 

(全く理解できねぇ……でもみんなにとっては日常の会話なんだろうな)

 

 みんなが自分の知らない知識を熟知している。みんなが自分にない技術を振るっている。みんなが自分に出来ないことを出来ている。

 みんなが、みんなが、みんなが。

 

 みんなが、ISを深く探究している。

 

(凄ぇや)

 

 頭が上がらなかった。

 彼女らと同じ高さで目を合わせることが、ものすごく失礼な気さえした。

 

 きっとその域に至るまでに多くの犠牲を払っただろう。無数の辛酸を舐め、力に変えて来たのだろう。それこそ今の自分の鍛錬がちっぽけに思えるくらい。

 そしてそう言う人たちが犇めく中、驚異的な倍率を勝ち抜いて、ここにいる。

 

(俺はこれから、こんな凄い人たちと一緒に勉強しなきゃいけねぇんだな)

 

 自身の立ち位置を確認し、気を引き締めようとして、

 

「失礼致します」

 

 その声に、一夏は反射的に振り返った。

 

 

 

 セシリア・オルコットがそこにいた。

 

 

 

 15歳にしてイギリスのIS代表候補生に登り詰めた強者。

 通称────蒼穹の支配者。

 公式戦12戦10勝2敗の実績と専用機『ブルー・ティアーズ』を有する、間違いなく格上の存在。

 ずっと意識してきた宿敵の登場に一夏の闘争心はダダ漏れ。気づけば力強い眼差しを彼女に向けていた。

 セシリアは整備の手続きを済ませると、一夏に悠然と応じる。

 

「ご機嫌よう。織斑一夏さん」

「……」

「その瞳。数日でそこまで練り上げた闘争心は認めて差し上げますわ。

 ただ、今回は整備をしに来ただけですのよ。あまり心地良いものでもありませんし、()()やめてくださるかしら?」

「あっ、ご、ごめん。つい」

「くす、意外と聞き分けは良いのね」

 

 セシリアは微笑みを見せると周囲を見渡して、

 

「隣で作業してもよろしいかしら?」

 

 確かに一夏が見渡しても空いている場所は隣しかなかった。

 彼が首肯を返すと、セシリアは感謝を述べてISを展開する。

 

 空を写し取ったような、それでいて底の見えない海のような青色の機体が展開される。

 一夏は白式に意識を戻そうとしつつも、セシリアのISから目を離せなかった。彼女の機体を間近で観察できるまたとないチャンスだと思ったからだ。

 

 整備課の生徒が2人集まったところで、彼女は整備を開始した。

 ISから降りると保護メガネを付け。手袋をつけ、工具を持って……工具を持って?

 

「え?」

 

 呆気に取られる一夏を置いて。

 セシリアは専用機にテキパキとデバイスを差し込み、装甲を外し、無数の投影ディスプレイに指を滑らせる。

 

「実は今日、無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)が普段と比べて2°ズレてましたの。ブレードに問題がないか見ていただいてもよろしいでしょうか?」

「まっかせてよ〜」

「ありがとうございます。わたくしはPICパワーアクチュエータを確認します」

 

 一夏の空いた口が塞がらない。

 

「出力は正常。となると斥力伝達ユニットかしら?」

 

 独りごちながら整備を進めるセシリア。何人もの整備課に手を加えてもらっている白式。

 一夏はふたつの光景へ交互に顔を振る。みんながISを触るこの整備室でたったの一人、棒立ちしているだけしかできなかった。

 

「……自分で整備、できるんだな。オルコットさんは」

「本職の方には遠く及びませんけど」

「今度戦う人にこんなこと言うのはおかしいかもしれないけど……凄いと思う。本当に……凄ぇや」

 

 一夏は自分でも驚くほど素直に思いを吐露した。

 セシリアは作業を進めながら返答する。

 

「わたくしなんてまだまだですわ」

「オルコットさんが?」

「えぇ。操縦も整備も、心の在り方も。何もかもが足りていません」

 

 蒼穹の支配者とまで呼ばれる彼女から出た言葉を、一夏は訝しむ。

 だって、彼女ですらまだまだと言うなら、自分は……。

 

「そんなはずは……」

「……わたくしがどうして整備をしていると思いますか?」

「それは……、自分の専用機、だから?」

「それもあります。ですけども、やはり一番大きな理由は……怖いから、ですわ」

 

 イギリス代表候補生は言い切る。

 

「鍛錬も整備もわたくしはまだまだ未熟。だからこそ手を抜けない。しかし未熟ゆえに、無意識にどこかで手を抜いているかもしれない。それが、わたくしはとても怖いのです」

「……」

「どこかで手を抜けばその瞬間は楽でしょう。ですが必ず、勝負の一瞬にその甘さは出てしまう。

 わたくしは代表候補生です。例え一瞬だろうと……わたくしに託してくださった方々に甘い姿を見せたくありませんのよ」

 

 カシャカシャと、作業の音が響き渡った。

 

 一夏は、ほんの数メートル。

 ほんの数メートル先のセシリアが、途端に遥か彼方の存在に思えた。

 

(こんなに、こんなに違うのか)

 

 同じ年齢で、同じクラスで、同じ専用機持ちで。

 なのに自分と彼女は。

 

(俺とセシリアは、こんなに……)

 

 生き方が。勝負観が。

 違いすぎる。

 彼女は誰が見ても立派なIS乗りだと言うのに。

 それでも僅か一瞬にすら気を張り詰めて、常に己を高めようとしている。

 

 一夏はようやく理解できた。

 あの時。他薦でクラス代表になりかけたあの時、なぜセシリアが憤慨したのかを。

 怒って当たり前だ。こんな凄い人たちの代表に、ISに乗れるだけの男がなろうとしていたのだから。

 

 カシャカシャと、整備課の作業音が響く。

 小さく、セシリアの確認の声が聞こえる。

 

(俺は……俺は、こんなに凄い人たちに見られながら、こんなに凄い人と戦うのか……?)

 

 力が抜けていく。

 一夏は肩を落として、白式をぼーっと見つめる。

 

(できるのか俺に、一瞬でも意地を見せることが。一瞬すら気を抜かないセシリアを相手に)

 

 白い鎧は何も答えちゃくれなかった。

 

 戦うための翼はある。

 ならば勇気はどうだ?

 

 

 

 

 

 

 

 長時間の整備を終えて。

 0時前。一夏はひとり、静かな寮の廊下を歩いていた。

 修繕を施された白式は白いガントレットとなって、現在は一夏の腕に嵌められている。

 

(何にも出来なかったな)

 

 あれから結局、傍観するだけの時間を過ごした。

 見学とは呼べないくらい知識も技術も何も得られなかった。むしろ無力さを痛感し、熱を失ったまである。

 

(ISに乗って、出来ることが増えたと思ってた。セシリアに少しは喰らいつけるかもって思ってた。でも……)

 

 一夏はセシリアの横顔を思い出す。

 あの目と言葉の重さに、足が震える。

 

(はは、ビビっちまった)

 

 歯噛みして、ちっぽけな手のひらを握りしめる。

 

(俺だって自信があったのに。頑張ってきたって思ってたのに!)

 

 努力や経験の差は埋めようがない。そんなのはハナから分かってた。

 だからせめて、気持ちだけは負けないようにと励んできた。

 完敗だった。気持ち以前に生き方が根本的に違っていた。

 

 気圧された。言い返せなかった。付いていけなかった。

 全部全部どうしようもないくらい、形容しようがないほどに────

 

(畜生ッ、畜生畜生畜生畜生!)

 

 一夏は皺くちゃになるくらい瞼を強く閉じて、

 

「畜生……」

 

 今にも大気に溶けそうなか細い声音で、吐き出した。

 

(……もう、寝よう)

 

 自室が見えてくると一夏はポケットの鍵を取り出そうとして、

 

「え?」

 

 部屋の近くの長椅子に、見覚えのある少女がいた。

 

「箒?」

「む……い、一夏!」

 

 壁に凭れて、膝に風呂敷を抱えてうたた寝していた箒。

 一夏に気付くや否や、彼女は慌てふためいた様子で飛び起きた。

 

「あぁ、あぁ! はしたない姿を見せてしまった……!」

「どうしたんだよ一体。俺に何か用でもあったのか?」

「いぃい、いや! いやそうなんだが、あぁ!」

「……はは」

 

 一夏は早く部屋に逃げたかった。

 箒に意地を見せてやりたかった。その一心でやってきた。

 だけど一夏は、自分の中で箒を裏切ってしまっている。セシリアに畏怖を覚えてしまっている。

 目の前で顔を真っ赤にしている箒は何も知らないだろうけど。

 

 合わせる顔がなかった。

 

「あんま焦らさねーでくれよ。正直眠いしさ」

「あ……あの、そのぅ……っ」

「?」

 

 一夏が首を傾げる。

 と、箒はしばらく躊躇った末に、小さな風呂敷をそっと差し出した。

 

「……これ」

「ど、どうも。んと、弁当?」

「……晩御飯だ」

 

 困惑する一夏に、箒は喉の奥へ逃げようとする想いを振り絞った。

 

「頑張って欲しくて」

「えっ?」

 

 尻窄んでいく声で、でも彼女は、せいいっぱい伝え切る。

 彼の精一杯頑張る姿に、勇気を貰えたから。

 

「わたしはこんなことしかできないけど……ちからに、なりたくて。だから」

「箒……」

「た、食べられなかったら捨てても良いからな」

「そんなことする訳……」

 

 一夏はもらった風呂敷に目を落とす。

 お弁当から温もりが伝わる。これだけは手のひらから絶対に落としたくないって思えた。

 不意に目尻の重さに耐えられなくなって、小さく俯いた。

 胸が熱くなった。

 

 謝りたいと感じた。

 頭を下げずにはいられなかった。

 

「ごめん、箒!」

「な、どう言うことだ?」

「俺……俺、セシリアにビビっちまって。凄い人だって、怖くなって、今も正直怯えてる」

「お前……」

「でも見てて欲しい」

 

 彼は頭を下げたまま、言葉を震わせて、

 

「全身全霊を懸けるから! 最後の最後まで戦い抜くから!」

「────うん。うんっ!」

「有難う………………本当に、ありがとう……!」

 

 

 

 戦うための翼はある。

 ならば勇気はどうだ?

 

 ────勇気は今、灯された。

 

 決闘まで残り10日。

 熱を宿した白い翼で、少年は空へと羽ばたく。




 バトルシーンだけでなく、バトルへのバックボーンも厚く、熱くしたい
 勝者にも敗者にも関係者にもドラマがある
 そう思っています
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