英雄になれない元勇者   作:ダンまち=スキー

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異世界の力は割と使ってても、勇者の力を使うところはあんまり見せてなかった気がします。というか前回が初かな?

アスフィはベルに視線を送られて殺気を感じ、
『あっこれガチで戦わないとうちの主神○されるな』
と察しました。結果的に実害は出てないけど、ヘスティアが巻き込まれたので少し怒ってます。
ちなみに、素直に決闘しようぜと誘っていたら相手が何十人いようが普通について行ってました。アホですね。
ボールス「あんなんと戦えるか! 俺は帰らせてもらう!」
アスフィ「うるせぇぶっ○すぞ! 戦えオラァ!」



勇者の本意気

 

 そこには地獄絵図が広がっていた。黒い巨腕が振るわれるたび、人間が空を舞う。逃げ遅れた者から順に、まるで紙屑のように。しかし、それを成した怪物は、その光景に満足がいかないようで……散らばって一心不乱に逃げ惑うモルドたちに向けて、背を軽く反って口内を爆発させた。

 

「──アアァッ!!」

 

 放たれたのは衝撃波。ミノタウロスのような恐怖を呼び起こす咆哮(ハウル)とは異なり、物理的な破壊力を持つ魔力砲。その攻撃範囲と威力はヘルハウンドの比ではなく、ゴライアスから最も離れていたことで狙い撃ちにされた冒険者は、糸の切れた人形のようにごろごろと転がっていた。さらに最悪なことに、咆哮につられて階層中からモンスターが集結している。決して逃げられない、逃がして貰えないという絶望が、その場を支配していた。

 

 しかしそれを切り裂くように、疾風が吹き付ける。リューが最大限の加速を乗せた木刀の一撃は、真横から支柱である足を強打し、ゴライアスのバランスを崩す。そこにすかさず桜花と命が続き追撃を行う。

 

「おおおおお!!」

 

「ハァアアア!!」

 

 斧と刀による渾身の一撃に返ってきたのは硬質な手応え。金属よりもなお硬い階層主の表皮にLv2の攻撃が阻まれ、刃が欠ける。

 

「早く離脱しなさい!」

 

 リューの鋭い呼びかけによって驚愕が抜けきらない2人は回避行動に移る。反撃は巨腕の薙ぎ払い。間一髪で凌いだ2人に照準される開いた口。

 しかし、咆哮は暴発した。黒煙に包まれるゴライアスに魔剣の(きっさき)を向けるのはヴェルフ、対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)によるカウンターが文字通り炸裂した。

 

 しかしながら。

 

「自己再生?!」

 

 誰が言ったのか、或いはその場にいた全ての者の内心か、信じられないものを見たような叫びが上がる。ゴライアスはなんと、爆散して表面をえぐられた顔の下半分を赤い光と共に一瞬で再生したのだ。

 

(硬い……それに、速い。自己再生まで持ち合わせている。やはり通常の階層主(ゴライアス)とは違う。潜在能力(ポテンシャル)はLv5に届く)

 

 通常の個体なら過去の仲間と何度も撃破した経験のあるリューだが、目の前の個体は訳が違った。超大型級とは思えない反応と動作の速さ、Lv4最上位のアビリティを持つ彼女の攻撃でようやくダメージと呼べるダメージを与えられる防御力、顔面が半壊しても即座に治癒する再生能力、砲撃とも言える咆哮、そのどれもが普通なら持ち合わせていない力。

 

 現状リューの存在のみが唯一ゴライアスにとっての脅威。それを表すかのように、激昂した黒い巨人は両腕を振るい怒声を上げた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ゴライアスとの交戦地帯からそう遠くない場所で、モルドたちもまたモンスターの群れと戦っていた。

 

「お前らどこだ!? 助けろっ、助けてくれええええ!!」

 

 モンスターの咆哮と冒険者の悲鳴が入り交じる乱戦の中、仲間を呼ぶも応える者はいない。ミノタウロスも含めたあらゆる中層のモンスターが途切れることなく押し寄せる地獄の中で、モルドの精神は限界を迎えつつあった。

 

「ガアアアアア!!」

 

「ぐおっ?!」

 

 バグベアーの素早い一撃がモルドを捉え、地面に叩き付けられる。防具は爪によって切り裂かれ、武器は弧を描いて宙へ。

 

「や、やめろおおおおおおお!!」

 

 悲鳴が断末魔になるより早く、真紅の雷鳴がモルドの視界に割り込んだ。バグベアーを灰にしたのは、ベル・クラネルだった。

 

「なんで、てめぇ……」

 

 モルドの疑問を置き去りにして、息付く暇もなく戦い続ける目の前の白い少年。その光景に戸惑うことを許された時間は短く、がしっと襟首を掴まれてモルドは引きずられた。

 

「おおおおおお?!」

 

「リリには荷物を沢山持てるスキルがあります」

 

 それは、皮肉だった。身を隠すなり逃げるなり好きにしろと、せめて助けられた命を無駄にしないことくらいはやれというメッセージ。

 

「お、おい待て! なんで俺たちを助ける!?」

 

「底抜けにお人好しなベル様に、感謝してくださいねっ!」

 

「な、なんじゃあ、そりゃあ……」

 

 ひとり残されたモルドは、打ちひしがれたような顔で、呆然と呟いた。両目をつむってべっ、と舌を出してから走り去ったリリの奥には、モルドの仲間も含む冒険者たちを助けるベルの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 リヴィラの街では、階層中にいる冒険者たちがゴライアスの元へと向かっていた。退路を断たれた以上、生きて帰るには討伐する他ないのだ。そして、そんな援軍の中で、最も早くたどり着いたのがアスフィだった。

 

「ちょっと、勘弁してくださいよ……!」

 

 彼女が投擲した小瓶はゴライアスに着弾すると同時に大爆発。しかし、中層のモンスターなら余裕で爆散させる手投げ弾を受けても、その黒い体皮に損傷は見られなかった。反撃の咆哮を彼女は難なく回避し、リューの元へと合流する。

 

疾風(リオン)! 一斉射撃の準備ができるまで注意を引き付けておいてください!」

 

「わかりました。それでは私と貴方で敵の意識を分散させましょう」

 

「えっ、いや、待──」

 

「よおおおしテメエら! アンドロメダが囮になるから心置きなく詠唱を始めろォ!」

 

「──ボォールスっ! 後で覚えておきなさい!」

 

 前衛が時間を稼いで後衛の火力で殲滅する基本陣形。Lv3の盾役(タンク)が複数人いても巨人の剛腕を止めることは叶わないと判断した街の長ボールスは、魔導士の部隊を咆哮による狙撃から守るために彼らを配置していた。小高い丘の上で、彼らは上級魔導士の証たる魔法円を展開して長文詠唱を行う。

 それに対し前衛は、階層主を止めるべくリューとアスフィを筆頭に執拗なまでに2本の脚を狙う。その想像を絶する鉄壁ぶりに、歩みこそ完全には止められないものの、動きは確実に鈍っていた。

 

「リリ、ヴェルフ、作戦通り行くぞ!」

 

「おう!」「はい!」

 

 一方、冒険者たちをあらかた助け終えたベル達もまた、激戦の地へと到着していた。こちらとしては、恐らく火力が足りないであろう冒険者たちの一斉砲撃の後に追撃を加える作戦。ベルは十分な出力を得る為に魔力を練る時間が必要なので、リリの魔槍による結界とヴェルフの対魔力魔法で援護を行う。

 

「グオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 高まる魔力に警戒したゴライアスが、近くの相手から魔導士たちへと狙いを変えて前進する。さらに警鐘のような叫びでモンスターたちを差し向けた。

 

「死守します、彼の元へは向かわせない──『今は遠き森の空、無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々』」

 

 自分を無視して進み続けるゴライアスに、強い声色と意思をあらわにして、リューは疾走した。巨人の注意を引き付けるため攻撃を続けながら詠唱する。

 

「『愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を』

 

 高速戦闘下における並行詠唱。さらに、多大な魔力と高度な制御が求められる長文詠唱。僅かなミスで暴発も起こりえる中、格上の階層主を相手に、複数の行動を同時に展開する。己を律する強靭な精神と、それに伴う白兵戦と魔力制御の技量。レフィーヤの理想とも言える技巧をもって、リューは巨人へと躍りかかる。

 

「なんて高い……っ!」

 

 命もまた、その難易度に気付く者の1人だった。瀕死の桜花を千草に任せ戦場へと舞い戻った彼女はその光景に息を呑む。ゴライアスの攻撃をかいくぐり一陣の風の如く立ち回る姿は、まさしく疾風であった。同時に紡がれる美しい風の旋律が命の胸を掴んで打ち震わせる。

 彼女は目の前のエルフの戦士に遥かな高みを見た。未だ至らぬ己の不甲斐なさを実感する。そして、それ以上に、冒険者としての闘志をかき立てられた。こんな自分の魔法も、あの戦士の、そしてベルの一助になればと、負けじとばかりに詠唱を始める。

 

「『掛けまくも(かしこ)き、いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ』」

 

 全精神力(マインド)をこの一撃に。後先のことは(かえり)みず、詠唱と共に己の全身全霊を装填する。

 

「『尊き天よりの導きよ、卑小のこの身に巍然(ぎぜん)たる御身の神力を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣』」

 

 2人の詠唱が進められていく最中、頭が冷えたのか前進することに集中し始めたゴライアスに、アスフィは舌打ちをした。そして諦めたように履いているサンダルを撫でた。

 

「衆目の前で使いたくは無かったのですが……タラリア!」

 

 サンダルに巻き付くように施された金翼の装飾が、命を吹き込まれたように(ほど)ける。瞬く間に二翼一対、計4枚の翼を広げ、アスフィは飛翔した。その光景に、冒険者達だけでなくゴライアスすらも驚愕し、一瞬目を奪われる。

 

 飛行靴(タラリア)万能者(ペルセウス)至上魔道具(とっておき)。過去、誰よりも空に焦がれていた海国の王女が生み出した神秘の結晶。その力によって、アスフィは唯一の飛行可能な冒険者となった。

 重力から解き放たれた彼女は、純白のマントを翻してゴライアスの顔面に肉薄し、一閃。血のように赤い瞳を潰した。

 

「『(きた)れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも()く走れ。星屑の光を宿し敵を討て』!」

 

 片目を押さえて仰け反り動きを止めたゴライアスに、リューの詠唱が完了する。そして、魔法は放たれた。

 

「ルミノス・ウィンド!!」

 

 緑風を纏った光玉が無数に生成されては次々と叩き込まれる。それは魔法種族(エルフ)の長文詠唱に相応しい発揮し、閃光と共に黒い体皮が破壊されていく。

 

 しかし、黒い巨人は止まらない。

 

「ゴアアアアアアッッ!!」

 

 なおも被弾し続けながら、再生能力に任せて弾幕を強引に突破する。体を削られながら突進してくるという想定外に、リューとアスフィは逃げ遅れた。

 

「『今ここに我が()において招来する。天より(いた)り、地を統べよ──神武闘征(しんぶとうせい)』!」

 

 巨人の腕が2人を撃墜するその間際、もう1つの魔法が完成された。

 

「フツノミタマッ!!」

 

「〜〜〜〜〜〜グオオオオオオッッ!?」

 

 ゴライアスの直上に出現した光剣が地面へと突き刺さり、それを中心として巨大な魔法円が展開された。発現したのは命の切り札、重力の檻。一定領域を押し潰す超重圧の力場が深紫の光を放ちながら巨躯を縫い止めていた。

 

「ぐっ、うぅぅ……っ!」

 

 そのあまりの出力にリューとアスフィを驚愕に染めた魔法だが、術者である命の顔は苦痛に歪んでいた。黒い巨人の力もまた、規格外。深く地面を陥没させる重圧を押しのけ、ゴライアスは立ち上がりつつあった。

 

 しかし、時は来た。

 

「お前ら、引けえぇっ! でかいのぶち込むぞ!」

 

 号令が飛ぶと同時、全員がゴライアスから離れる。そして、魔導士たちがそれぞれの杖を振り上げた。魔法円が弾けるように輝き、怒涛の一斉砲撃が開始される。

 

『──────ッッ!?』

 

 さしものゴライアスもその場から動けなくなる程の攻撃魔法の嵐。聴覚を麻痺させる爆音の波。火炎が、氷雨が、暴風が、雷撃が……魔剣の攻撃も加わり、黒い巨躯が砲火の光に包まれた。

 そして、それらが途切れた時。そこにあったのは、それまでが嘘のように傷付いたゴライアスの姿。全身を覆う強固な黒色の体皮は虫食いのように傷付き抉れ、口からは白い蒸気が吐き出されており、膝を着いて沈黙していた。

 

「たたみかけろおおおおっ!!」

 

 息の根を止めようと前衛たちが四方八方から躍り出る。ピクリともしないゴライアスに、多くの者が殺到する。しかし、悪手。ゴライアスは既に再生を終えつつあった。振り上げられた巨腕に、冒険者たちが青ざめる。その上を、ベルは跳んだ。

 

「ファイアボルトオオッ!!」

 

 ビームと化した炎雷が、ゴライアスの顔面を撃ち抜いた。長い溜めと無駄のない圧縮によって形成された真紅の魔力砲は巨人の首から上を消し飛ばし、腕を振りあげた姿勢のまま沈黙させた。冒険者たちは歓声を上げる。

 

 しかし、ベルの顔は悲痛に歪んでいた。

 

 それは明確な判断ミスだった。

 

 人型だからといって頭を潰せば終わり、ではない。モンスターは魔石という核を持つからだ。一般的な、標準的なモンスターならば生物の急所となる部位を穿てば灰になるが、この特殊個体はボスモンスターでありながら自己再生すら行う悪夢の具現だった。

 

 答え合わせのように、骨の見える首元から赤い粒子が吹き出した。追い付くように冒険者たちの顔が絶望に染まる。

 

 同時に、巨人の腕が加速を再開する。

 遠心力も乗せられた渾身の薙ぎ払いがベルを捉える。

 身の丈に合わない大出力の発動直後でオーバーヒートしている上、今は空中にいる。回避どころか衝撃を軽減することすら出来ない。Lv3の盾役(タンク)でも防げない攻撃が直撃すればミンチだ。

 

「俺は口だけのいけ好かない奴になりたくないっ!」

 

「桜花?! 」

 

 攻撃の進路上、ベルの前に躍り出たのは大盾を持った桜花だった。

 

「他人を犠牲にしておきながら、体も張れない男になんてなりたくない! 俺は、タケミカヅチ様の眷属だッ!!」

 

 言い切ると同時、黒き巨腕が到達する。桜花と大盾を挟んでもなお体を貫通するような衝撃をベルは感じ、そのまま乱回転しながら吹き飛ばされた。

 

 間髪入れず、ゴライアスは指を絡めて両手を強固に握り、鉄槌として振り下ろす。階層が、割れた。そう錯覚するほどの衝撃が、集まっていた前衛たちを蹴散らし、詠唱直後の魔導士たちにまで及んだ。

 一瞬で壊滅した必勝の陣形。至近距離でその衝撃を受けた前衛たちは言うに及ばず、距離があった後衛の者達もほとんどが地に伏していた。そして、そんな死屍累々の状況に重なるように、ゴライアスの咆哮による砲撃と、それに呼応したモンスターたちの集結が始まる。

 

 戦況は、最悪だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「桜花殿っ!?」

 

 涙を流す千草と悲愴な表情を浮かべる命が地面に墜落した桜花に駆け寄る。血まみれになり力なく横たわる彼の体を抱え、タケミカヅチ・ファミリアは戦線から離脱した。

 

「クラネルさん! クラネルさん! ……ベル!返事をしなさい!」

 

「覆面君、いやエルフ君、ベル君の容態は?」

 

「息は、ありますが……」

 

 一方リューはベルにポーションを飲ませていた。しかし、ダメージに対してポーションの品質が不足していた。平静をかなぐり捨てた彼女の悲痛も虚しく、全身が余すことなく重症のベルは目を覚まさない。

 

 今なお冒険者たちを蹂躙している怪物。神を抹殺する為の特別仕様、頭を吹き飛ばされても10秒足らずで完治する異常事態(イレギュラー)。それでも。

 

「立つんだベル君! 君ならあのモンスターを倒せる!」

 

「神ヘスティア、それは」

 

 黒いゴライアスはただひたすらに強かった。強く、硬く、速く、その上で自己再生と無尽蔵のリソースを持つ。そんな相手に重症を負ったベルを向かわせられない。しかし、確かに勝ち筋はベルにある。リューは二律背反に襲われていた。

 

「みんな戦ってる! あんな恐ろしい相手に向かって!」

 

 よしんば冒険者たちがなんとか立て直して一斉砲撃を繰り返しても、階層主の莫大な魔力と消耗戦をすることになる。そんなもの勝てるはずがない。

 

「君しかいないんだ! あの子達を救えるのは、もう君しか……!」

 

 これこそが黒のモンスター、ダンジョンの本意気。

 

「立つんだ、ベル君っ!!」

 

 そしてこれが、ベル・クラネルの本意気。

 

 倒れ伏し全身から流血するベルの体が、白金に輝いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 闇の狭間を漂う意識、存在しない体の感覚。

 

 それでも分かっていた。

 

 傷付く冒険者たちの姿が見える。

 彼らの悲鳴と慟哭が聞こえる。

 血と鉄と死の匂いが漂う。

 

『もし、英雄と呼ばれる資格があるとするならば。剣を()った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない。己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ』

 

 原点(はじまり)を想起させる祖父(かこ)の言葉が、心の炉に火をくべる。

 

『あの子達を救えるのは、もう君しか……!

 立つんだ、ベル君っ!!』

 

 その火は不滅の炎となって、暗闇を照らす。

 

 ──覚醒する

 

「ベル様ぁ!」

 

 リリが持ってきた黒い大剣を受け取り、その性能に驚く。街に保管されていたそれは、恐らく深層のドロップアイテム。今からする乱暴にヘスティア・ナイフは耐えられなさそうなので、ちょうど良かった。

 

「──行ってくる」

 

「ああ、行ってらっしゃい!」

 

 ベルは飛翔した。そしてゴライアスから少し遠い所、何も無い空中に波紋を浮かべながら着地する。

 

 体から溢れる白金の輝きが背中の輝きを塗り潰す。

 神の恩恵(ファルナ)を超克する勇者の魂がその光を増す。

 

覚醒起動(バースト・オン)──限界解除(リミット・オフ)ッ!」

 

 同時、限界を越えたスキルの解放に伴い、階層全体を白金の光が包み込んだ。

 

 瞬間、冒険者たちの脳内に溢れ出す、存在しない記憶。

 

(これは、ゴライアスに潰された巨大樹?)

 

(里の大聖樹に近い……いや、もっと神聖な……)

 

 神聖な気配を放つ、圧倒的な大きさの樹木。その麓にある大教会で、大鐘楼(グランドベル)が揺れている。中では、ステンドグラスを通して差し込んだ七色の光が、女神から剣を授けられる勇者の像を照らしていた。

 

 オアシスを中心とした砂漠の大集落。

 獣人たちの生きる大森林。

 人魚の暮らす海底王国。

 天使の住まう空中庭園。

 

 様々な国で、多種多様な人々が、皆一様に勇者へと祈りを捧げていた。

 

 ゴォン、ゴォォンと鳴り響く荘厳な鐘の音が、その力強い響きが、冒険者たちの胸に届く。彼らの視線の先、空中には1人の冒険者と、構えた漆黒の大剣に収束する白金の眩い粒子。その発生源はベルではなく、冒険者たち。彼らが無意識に空へと伸ばした手から、光の粒子は出ていた。

 

 リューも含め、時が止まったように動きを止める冒険者たちだが、彼らが相手をしていたモンスターは無力化されていた。定期的にベルから放たれる光の波動によって、全身を焼かれるようにして灰と化したのだ。それは、勇者の権能。魔と相克する浄化の力。

 

 階層中から集まった光の粒子が黒い大剣を満たし、白金の輝きを放ちながら解放の時を今か今かと待ちわびている。それに対し、ゴライアスもまた咆哮(ハウル)をチャージしていた。感じられる魔力は鳥肌がたつほど。しかし、誰もそれを止めようとはしなかった。想いを託した相手がいるからだ。

 

「束ねしは希望、輝ける願いの奔流、全てを照らす救済の光」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 神に似た気配と己を滅ぼし得る存在感を持つベルに対して、ゴライアスは咆哮を解き放った。素の状態でも上級冒険者を一撃でノックアウトする規格外の魔力砲が、長い蓄積(チャージ)を経て、満を持して解き放たれる。反動(バックファイア)でゴライアスが仰け反る程の衝撃をもって、空間を歪ませる程の莫大な魔力砲が、重低音を奏でながら迫る。対しベルは、白金の大剣を大上段に構えた。

 

「聖剣、解放」

 

 振り下ろす。純白の極光が炸裂し、白金の斬撃がゴライアスの中心を上から下に走り抜ける。階層主の莫大な魔力によってチャージされた、本来ならば冒険者たちを壊滅させていたであろう一撃が。あらゆる攻撃を防ぐ黒鉄の皮膚に覆われた巨躯が。一切の抵抗も許されず斬り裂かれた。

 

 白金の輝きが収まり、漆黒の大剣が負荷に耐え切れずボロボロと崩れ去る。それに一瞬遅れて、斬られた事に今気付いたかのように、ゴライアスは灰となって爆散した。

 

「「「──うおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」

 

 次の瞬間、大歓声が巻き起こった。

 

 冒険者たちは諸手を上げ、隣の者と肩を組み、涙さえ浮かべながら、喉が張り裂けんばかりに声を上げる。階層を震わせる音の津波が轟き渡る。

 少し前まで地響きと咆哮が続いていたのが嘘だったかのように沈黙するダンジョン。戦いに終わりが告げられ、冒険者たちは興奮の赴くままに歓喜を分かちあった。

 

「ベル君!」

 

 涙ぐむヘスティアが最初に駆け出し、リリが、ヴェルフが、命が、リューが後に続く。力尽きたベルの元へと、仲間達だけでなく、冒険者たちも殺到する。途切れることのない歓喜の熱狂が、18階層を包み込んだ。

 





勇者覚醒がユニゾン読みなのはこういうこと。
超簡単に言うと元気玉ですね。

ベルくんは全身ボロッボロでしたが、魔力の過剰供給によって回復しました。なお出し切って精神枯渇(マインドダウン)した上、身に余る莫大な力の行使によって色んなところがまたぶっ壊れた模様。立ったまま気絶するのも2回目ッスねぇ。
こいつ中層に来てから毎日死にかけてんな……

存在しない記憶は、魂の輝きが強すぎて目を焼かれる現象が強制的に起こされた感じです。フレイヤみたいに魂を視る力がなくても勝手に見えるくらいピカピカしてました。勇者としての生き様が、救世の軌跡が、ちょっぴり見えちゃいました。

浄化の光はベルくんの権能みたいなものです。色々な要素が相まって発現した、魔を滅する退魔の力です。今は条件を満たさないと使えない上に燃費がクソほど悪く、さらに勇者時代を思い出すのであまり使いたがらないです。
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