文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

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【座敷童】ざしきわらし
■第1話「居場所を失くした二人」


 

 居場所が減るのは慣れている。だから別に、これは大した話じゃない。

 ——と、あの時の俺は本気で思っていた。

 

 高尾才。県立桂明高校一年。文芸部員だった高校生。今日の放課後をもって、ただの帰宅部に成り下がった。

 

 そしてこの日、最後に残った居場所で、俺はあり得ないものを見ることになる。

 

**

 

 放課後の文芸部は、いつもより静かだった。

 

 扉を開けた瞬間、違和感に気づく。六畳ほどの部室に並ぶ長テーブルと椅子。その数が、昨日より一つ少ない。

 

 俺の席が、消えていた。

 

「おいっす」

 

 いつも通りに声をかけてみる。返事はない。部員たちは俺から目をそらすか、手元の原稿に視線を落とすかのどちらかだった。

 

 一番奥に座る部長だけが、不機嫌そうな顔で立ち上がる。黒縁眼鏡の奥の目が冷たい。

 

 次の瞬間、部長が抱えていた本の束を、俺の足元へ放った。

 

 ライトノベルの単行本が、ばさばさと床に散らばる。

 俺が部室に持ち込んでいたシリーズ物だった。一巻から五巻まで、順番もばらばらになっている。

 

 タイトルには可愛らしいフォントで『異世界で俺だけ無敵!』という文字が躍り、表紙では銀髪の少女と黒髪の少年が大剣を構えて決めポーズをとっていた。

 

 それを見下ろす部長の目は、本を見ているというより、俺そのものを見下しているようだった。

 

「お前。ラノベなんか持ち込むなって言ったよな?」

 

 部長の声は低い。

 

「いや、でも俺……部誌で書く小説の参考になるかと思って――」

「ダメだって言っただろ。うちは本格ファンタジーを目指してるんだよ。ラノベみたいな軽いノリはいらない」

 

 『指輪物語』が好き、と語っていた部長の顔はマジだった。唇は薄く結ばれていて、もう話は終わりだ、と言外に告げている。

 

 周りの部員たちが、追い打ちをかけるように口を開く。

 

「そうだよ」

「商業主義に毒されすぎ」

 

 女子部員は小声で囁き合い、クスクスと笑い声を漏らす。窓の外では鳥が鳴いていて、その明るい声が余計に場違いだった。

 

「悪いけど、君には文芸部は向いてない。もう来ない方がいいぞ」

 

 反抗する言葉は、出てこない。

 

 俺は黙って足元の本を拾い、カバンに詰め込んだ。表紙の銀髪少女が、申し訳なさそうに俺を見上げている気がした。

 

 部室を出る。誰も、見送りの言葉はかけてくれない。

 

 当然だ。俺は文芸部の中でも最も目立たない存在だった。本格ファンタジーの話題に加われず、部誌の夏号に向けて何を書けばいいかさえわかっていなかった。いなくなったところで、誰が困るわけでもない。

 

 廊下を歩く。足音が虚しく響く。窓の外ではオレンジ色の夕陽が滲んでいて、下校時間まではまだ間がある。

 

 指先がかすかに震えていることに気づいて、俺はポケットの中で拳を握りしめた。

 

(……バカみたいだ。なに熱くなってるんだよ)

 

 俺はただの観測者だ。世界を眺める側の人間であって、舞台に立つ人間じゃない。追い出されたなら、黙って退場すればいい。

 

 いなくなっても、誰の記憶にも残らない。

 

 そう自分に言い聞かせたはずなのに、胸の奥がちくりと痛む。俺なりに真剣に選んだものを、ゴミみたいに扱われた。それだけのことだ。

 

 ——それだけの、ことだ。

 

 考えるな。どうせ、考えたって何も変わらない。

 

 ため息をつきながら東棟の廊下を歩いていると、隣の部室から声が漏れ聞こえた。少しだけ開いたドアの隙間から、険悪な空気が染み出してくる。

 

「初狩、お前はガチすぎるんだよ。こっちは気楽にやりたいのに、クオリティとか求められるとしんどいわけ」

 

 漫研——漫画研究部の部室だ。

 

 部長らしき男子生徒が軽口交じりに言う。その声には、気楽に部活を楽しみたいという本音と、高すぎる壁への拒絶が混ざっている——ように聞こえた。

 

「楽しくやりたい気持ちは、わたしも同じなんですけれどね。まあ、叶いませんでしたが」

 

 女の子の声が返った。小さいが、弱々しくはない。ただ、どこか深い寂しさが滲んでいる——ような気がした。

 

 俺は足を止め、廊下から中を覗いた。

 

  そこに立っていたのは、同じクラスの初狩時雨だった。ボブカットで、地味な印象の小柄なクラスメイト。スケッチブックを胸に抱え、唇だけをわずかに噛んでいる。

 

 机の上には、閉じきっていないスケッチブックが一冊あった。

 その端から覗いているのは、鎧めいた装飾をまとった少女の横顔。数本の線しか見えないのに、素人の俺でもわかる。

 上手い、なんて言葉では足りない。自分の語彙のなさを呪うくらい、凄い絵だった。

 

「いや、初狩の絵はすごいよ。けどさ、俺たちは趣味でやってるだけだから……ガチでやられると他の部員が自信をなくすんだよ」

 

 部員の一人がそう言い、気まずそうに目をそらす。優しさを装った追放宣告。

 

「……別にプロとか考えてないですけど」

 

 初狩はわずかに視線を落とし、それから足音を立てずに部室を出た。

 

 その瞬間、俺と目が合いそうになる。反射的に視線を逸らした。

 

 彼女は俺に気づいていないようだった。小さな背中が廊下の奥へ消えていく。

 

 去り際、漫研の扉の前にペンが一本落ちていた。黒いコピックのミリペン。さっきまで初狩がいた場所のすぐ近く。

 

 俺はしゃがんで、それを拾った。

 

 追いかけて渡すほどの間柄じゃない。かといって、放っておけば誰かに蹴飛ばされるだろう。

 

 漫研の扉のすぐ横にある窓枠に、そっと置いた。

 ここなら、戻ってきたときに目に入るかもしれない。

 

 別に深い意味はない。足元に転がっているのが邪魔だったから、それだけだ。

 

(追放された者同士、か)

 

 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 

 いや、違う。俺と彼女は違う。俺は空気が読めなかっただけの凡才で、初狩は才能がありすぎて追い出された。同じ「追放」でも、理由は正反対だ。

 

 彼女がいつも教室で一人でいるのは、あの才能ゆえなのだろうか。

 

 ……考えても仕方ない。他人の事情に首を突っ込む余裕は、今の俺にはない。

 

 行き先は決まっていたのに、心だけが落ち着かなかった。

 

 

 

**

 

 

 帰り道、自転車を押しながらスマホをいじる。

 

 開いたのはDiscordの限定サーバー「桂明高校(非公認)」。暇つぶしに覗いているだけのチャンネルだが、ここ数日、妙に盛り上がっているスレッドがあった。

 

────────────────────────────

 

□チャンネル: #怪談・都市伝説

 

オカルト部幽霊部員 (Admin) 2025/05/11 17:45

【都市伝説】旧館二階の部室前の廊下、放課後に歩いてるフェノール臭の制服の子

知ってる人いる?

声かけたらヤバいって言われてるやつ。

#桂明高校の七不思議 #いない子にされる

 

匿名ユーザー3 2025/05/11 17:48

フェノールって何?ガチで匂うの?

前に化学室の近くで変な匂いしたの それのことかな?

まじ怖すぎ

 

匿名ユーザー5 2025/05/11 18:12

いや それは絵の具の匂いだろ。

制服に絵の具つけて歩いてるって噂だし。

 

匿名ユーザー9 2025/05/11 18:27

最近また出たって聞いたよ。

去年の夏頃、旧棟の二階で見たって話で持ちきりだったのに。

またってことはヤバすぎだろ。

声かけたらマジで『いない子にされる』ってやつ。

 

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 『いない子にされる』。

 ここ最近、校内で妙に流行っている噂だ。

 

  元ネタは、たぶん座敷童だ。

 座敷童がいる家は栄えるなんて言うけど、俺にはそれが、もう少しえぐい話に見える。

 

 誰か一人がいなくなれば、残った側は楽になる。

 最初からいなかったことにすれば、誰も手を汚さずに済む。

 

 そう読めてしまう時点で、怪異より人間の方がよほど怖い。

 

 怪異を分解して、人間の悪意に繋ぎ直す。そういうことを考えるのが、俺は昔から嫌いじゃなかった。

 

 自転車を押しながら駅前の商店街の中ほどへ来る。アーケードの骨組みだけが残った白花センター通り。

 シャッターの閉まった店ばかりが並び、営業しているのはコンビニとファストフード『ワクド』と理容店くらいだ。夕暮れどきの商店街には人影もまばらで、自分の足音だけが妙に響く。

 

 その一角、ファストフード店の隣に、目的地はあった。

 

 廃墟ゲーセン『REX』。

 

 元は叔父が営んでいたアーケードゲーム店だ。十年前に経営が立ち行かなくなり、倒産と同時に夜逃げ。それ以来、「管理されている空き物件」という便利な肩書きを与えられたまま放置されている。実際の管理といっても、母が鍵を持っているというだけで、誰も見回りなんてしていない。

 

 俺はその鍵のコピーを持っている。

 

 裏手の搬入口の鉄扉を開け、中に入る。埃っぽい空気と、微かなカビの匂い。暗い店内に並ぶアーケード筐体のシルエットが、かろうじて外から差し込む光に浮かび上がっている。

 

 ポータブル電源を起動し、昇圧ケーブルでタップに接続する。格闘ゲームの筐体が、低いブート音とともに目を覚ます。

 

 画面の光が暗い店内を照らした瞬間、肩の力がようやく抜けた。

 

 ここは俺の居場所だ。学校にも家にもない、俺だけの空間。十年前のゲーム機と、埃をかぶった筐体と、誰も来ない静寂。それだけで十分だった。

 

 ……はずだった。

 

 格ゲーのレバーを握りながら、頭の中ではさっきの光景が再生される。

 

 文芸部の部長の冷たい声。足元にばら撒かれた本。

 

 そして、漫研を追い出された少女の、小さな背中。

 

(俺は観測者だ。見てるだけでいい。巻き込まれるのは、損しかない)

 

 言い聞かせる。いつも通りに。

 

 その時、薄暗い店内の片隅で、受付カウンターに置かれた古いデスクトップPCが白く明滅した。

 気のせい、ではなかった。

 電源ランプが一瞬だけ点き、黒い画面の中央に、ノイズまじりの文字列のようなものが走ったのだ。

 

 すぐに消える。

 何もなかったみたいに、また闇に戻る。

 

 俺はレバーから手を離した。

 電源ボタンは押していない。

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 あの明滅が、ただの故障じゃなく、俺の放課後にクエストを送りつけてくる最初の合図だったことを。

 

 




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