文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

2 / 14
■第2話「"いない子"のつくりかた」

 

 翌朝、初狩時雨はいつも通りの顔で教室に入ってきた。

 

 窓際の席に鞄を置き、椅子を引く。机の引き出しに手を入れた、その瞬間だった。

 

 彼女の指が止まる。

 

 俺の席から初狩の机は斜め前に見える。引き出しの中には、くしゃくしゃに丸めた紙が突っ込まれていた。マジックで大きく書かれた文字。

 

『フェノール臭、ヤバすぎ』

 

 初狩はその紙を数秒見つめてから、何も言わずに丸め直し、鞄の中にしまった。表情は変わらない。

 

 その時、教室の反対側で視線が動いた。

 

 相模寧々だ。髪を耳にかけながら、さりげなく初狩の方を窺っている。目が合いそうになると、すぐにスマホへ視線を落とす。その隣にいる藤野陽葵も、何かを待つみたいな顔をしていた。

 

 そこでようやく、教室の空気がいつもと違うことに気づいた。

 

 何が変わったのか、最初はうまく言えない。スマホをいじる奴、昨日のドラマの話で盛り上がる奴、宿題を写させてもらっている奴。表面だけ見れば、どこにでもある高校一年生の朝だ。

 

 ただ、一箇所だけ妙に静かな場所がある。

 

 窓際の席。初狩時雨の机の周辺だけ、人の気配が薄い。

 

 偶然かもしれない。ただ席順の問題で、たまたまそうなっただけかもしれない。でも俺は昔から、教室の中の人の配置に妙に目が行く。誰がどこにいて、誰が誰と話していて、誰が孤立しているか。そういうことが、嫌でも目に入る。

 

 別に深い意味はないだろう。クラスメイト同士、朝の教室で目が合うなんて珍しくもない。

 

 俺は視線を逸らし、自分のスマホを開いた。

 

 

**

 

 

 状況は、日を追うごとに悪化していった。

 

 最初は小さなことだった。初狩の筆箱やペンが「落とし物」として下駄箱の上に置かれる。丁寧にタグまでつけて。先生は「誰かが届けてくれたんだね」と笑うけれど、机の中が荒らされた形跡は明らかだった。

 

 次に、噂が広がった。

 

────────────────────────────

@misamisa_jk(インスタストーリー)

「最近またアレ系出没中 泣」

#今日のホラー #いるはずないのに

────────────────────────────

 

 貼られていたのは、誰かの後ろ姿だった。

 顔は見えない。薄くぼかしが入っていて、スタンプも重ねられている。

 けれど、肩の細さと、あの癖のない髪型でわかる。

 初狩だった。

 

 本人はタグ付けされていない。ただ、誰が見ても「あの子」だとわかる形で晒されていた。

 

 そのあとを追うように、別の場所でも噂が増殖する。

 

────────────────────────────

□チャンネル: #怪談・都市伝説

 

匿名ユーザー3 2025/05/19

「廊下くさすぎ問題。誰のせい? 笑」

投票:

□ 1年3組のあの子

□ 漫研の幽霊

□ 美術部の亡霊

 

────────────────────────────

 

【LINEグループ:1-3男子会】

 

亮「明日の班決めどうする?女子は適当に混ざる感じ?」

修「初狩って子がまた独りだったらヤバくね?」

恭「てか あの子何考えてるか分かんなくて無理」

亮「話しかけたらこっちも地雷認定されそう笑」

(既読6)

 

────────────────────────────

 

 直接バカにする奴はいない。直接殴る奴もいない。

 

 でも、誰かが彼女のそばを通る時、さりげなく距離を取る。班決めやグループワークで同じ班になると、微妙な沈黙が流れる。目が合えば、すぐに逸らされる。笑い話の輪には呼ばれない。話題をふっても、返事が返ってこなくなる。

 

 静かに、冷たく、初狩時雨の居場所が薄れていく。

 

 それでも彼女は変わらなかった。周囲がどれだけ冷たくなっても、いつも通りの顔で学校に来る。休み時間は窓際でスケッチブックを開き、黙々と何かを描いていた。

 

 昼休みは一人でパンをかじりながら、時折窓の外を見ている。

 

 その芯の強さが……あるいは、諦めたように見える淡白さが、一部の女子にはさらに気に入らなかったらしい。

 

「しぶといよね」

「空気読んで、自分から消えてくれると楽なんだけどな〜」

 

 廊下のあちこちで飛び交う陰口。小さな雑音みたいに聞き流せばいいのに、教室の空気は妙に澄んでいて、一度耳に入った言葉はなかなか消えてくれない。

 

 俺には関係のないことだ。そう思っていた。

 

**

 

 木曜日の朝。

 

 学校の手前にあるコンビニで缶コーヒーを買った。

 一階が店、上が住居のマンションは、この辺では妙に背が高い。周りの二階建てや三階建ての家並みの中で、そこだけが見張り台みたいに突き出ていた。

 

 登校して下駄箱の前を通りかかると、また初狩の筆箱が「落とし物」コーナーに置かれていた。透明なケースの中に色とりどりのペンが詰まった、絵を描く人間らしい筆箱だ。

 

 周りに人はいない。まだ始業前で、下駄箱付近は閑散としていた。

 

 俺は少し迷って、それを手に取った。

 

 教室に入り、初狩の机にそっと戻す。誰にも見られていないことを確認してから、自分の席に座った。

 

(別に助けたわけじゃない。あんなところに放置されてたら、そのうち誰かに中身を抜かれる。面倒事が増えるだけだ)

 

 損得の話だ。善意とか正義感とか、そんな大層なものじゃない。

 

 ……つもりだったのだが。

 

 ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入口に初狩が立っていた。こちらを見ている――ような気がしたが、一瞬で視線が外れた。

 

 彼女はいつも通りの無表情で自分の席に着き、引き出しを開けて筆箱を確認すると、何事もなかったみたいに鞄を下ろした。

 

 気づいていなかったのかもしれない。

 

 それでいい。

 

**

 

 その日の放課後。

 

 もう文芸部の部室に行く理由はない。かといって、すぐに帰る気分にもなれなかった。何か適当な部活を探すつもりで校内をふらつき、職員室の前を通りかかる。

 

 廊下に面したガラス棚に、コンクールの賞状やトロフィーがずらりと並んでいた。書道、合唱、弁論、プログラミング——文化部系の受賞ばかりが目立つ。この学校は運動部より文化部の方が強いらしい。

 

 だから文芸部にも漫研にも美術部にも、妙なプライドを持った奴が集まる。

 そんな風に考えていると、美術室の前にさしかかった。

 

「何度も言ったはずです。うちの美術部には、あなたのような作風は合わないと」

 

 白衣を羽織った女性教師が腕を組み、仁王立ちしている。美術部の顧問だろう。たしか、樫田先生だったな。そして彼女の前に、初狩時雨が立っていた。

 

 先生の少し後ろに、もう一人。腕を組んだまま壁にもたれている女子生徒がいる。上履きの色から判断すれば2年の先輩だろう。口は挟まないが、初狩を見る目つきには明らかな敵意があった。

 

 不穏な空気に、「また、か」と思ってしまう。

 

「どうしてでしょう。同じ絵のはずですが、何かお気に召さない点があるのですか?」

 

 初狩の声は小さい。けれど、はっきりと怒りが滲んでいた。

 

「あなたの描くものは、男性に媚びた絵柄。うちの美術部は、芸術を追究する場よ」

「ご指摘はありがたいのですが、わたしはただ自分の好きなものを描いているだけですので。媚びているつもりはありません」

「あとで退部届を提出してください。あなたはもっと自分の作風に合った場所を探すべきです。そもそもあなた、漫研と兼部なんでしょう? そちらに集中すればいいわ」

 

 その漫研は、もう追い出されたんだ。

 

 俺は知っている。けれど初狩は何も言わなかった。スケッチブックを静かに閉じて、鞄にしまう。そして美術室を後にした。

 

 すれ違いざま、初狩の制服が目に入る。

 

 スカートの裾と背中に、色とりどりの絵の具の染み。

 

 本来なら、そんな場所に絵の具はつかない。パレットを扱う手や袖口ならわかる。でも背中は——自分ではつけようがない。

 

(あれは不注意じゃない)

 

 誰かが意図的にやったと考える方が自然だ。

 

 初狩は気づいていないのか、気づいていて無視しているのか。どちらにしても、あの染みは彼女にとって「フェノール臭の子」というラベルを裏づける証拠にされてしまう。

 

 彼女の背中が廊下の角を曲がって消えた後も、俺はその場から動けなかった。

 

 そろそろ帰ろうと自分の教室に戻る。前の席の机には、誰かが忘れていったであろう部活動の連絡用の回覧板。活動日程、部員名簿、顧問名、緊急連絡先の一覧。携帯番号も書かれているので、不注意とはいえ個人情報が雑に扱われているのに苦笑する。

 

 別に意識して読んだわけじゃない。視界に入っただけだ。一致する人間が何人かいた。

 

 俺は回覧板から目を逸らし、その場を離れた。

 

**

 

 放課後のゲーセン『REX』は、いつも通り暗くて静かだった。

 

 搬入口の鉄扉を開け、ポータブル電源を起動する。格ゲーの筐体に電源を通し、レバーを握る。画面の光が暗い店内を照らして、ようやく息がつけた。

 

 ここにいる間だけは、学校のことを忘れられる。

 

 ——そのつもりだった。

 

 レバーを動かしながらも、頭の中では初狩の背中についた絵の具の染みがちらついている。あの不自然な位置。廊下で交わされる陰口。SNSで拡散される噂。すべてが繋がって、一つの輪郭を描き始めていた。

 

 考えるな。俺には関係ない。

 

 その時だった。

 

 店内の奥から、「ピコン」という軽い電子音。

 

 受付カウンターに置かれた古いデスクトップPC。十年前に叔父が自慢していた高スペックの自作機だ。今年に入ってから起動させたことは一度もない。

 

 なのに、モニターが点灯していた。

 

 電源ボタンを押した覚えはない。LANケーブルも外してある。通信機能は死んでいるはずだ。

 

 俺はカウンターの裏に回り、画面を覗き込んだ。

 

 メールソフトが開いている。受信トレイに、新着メッセージが一通。

 

────────────────────────────

差出人:不明

件名:クエストNo.0001『座敷童は"いない子"の影』

本文:

【ミッション】"絵の具くさい子"を救え。

絵の具の匂いをまとう子は、座敷童の影に近づく。

名が薄れれば、影だけが残る。

 

その影がいま、揺らいでいる。

影が途切れぬうちに拾い上げよ。

 

……果たせば、ささやかな幸が汝に寄り添うだろう。

 

その形は、受け取る者次第だ。

────────────────────────────

 

 画面の光が、暗い店内で静かに揺れている。

 

「……なんだよ、これ」

 

 声に出してみても、返事は当然ない。

 

 "絵の具くさい子"。

 

 浮かぶのは、一人の顔だった。スカートの裾に残る絵の具の染み。背中に滲む不自然な色。美術部の前で唇を噛んでいた横顔。

 

 初狩時雨。

 

 座敷童は"いない子"の影。名が薄れれば、影だけが残る——。

 

 それはまさに今、学校で起きていることそのものだった。

 

 俺は画面から目を離し、天井を見上げた。

 

 埃だらけの蛍光灯が、かすかに揺れている。

 

(……俺に、何をしろってんだよ)

 

 メールは何も答えない。古いPCのファンだけが、低い音を立てて回っている。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。