文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜 作:オカノヒカル
画像そのものを調べると決めてから、放課後のたびにスマホとにらめっこしていた。だが見れば見るほど、何が引っかかるのかを言語化できなくなっていく。
放課後、俺は教室の隅でスマホを横向きにしながら、都市伝説フォーラムに貼られたあの写真を睨んでいた。
夜の音楽室。黒板。白い文字。篠原《しのはら》慧《けい》。
もう何度も見たはずなのに、慣れない。気味の悪さだけが、毎回同じ重さで胸に落ちてくる。
「高尾クン、顔がよくないです」
横から初狩《はつかり》が言った。
「画像に負けてる人の顔してます」
「便利な分類作るな」
「でも、そうでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
否定はできなかった。
俺は画像を拡大した。黒板の面。チョーク文字。窓から差し込んでいるらしい青白い光。譜面台の影。ピアノの輪郭。壁際の備品。
ぱっと見れば、ちゃんと音楽室だ。しかも、ちゃんと夜の音楽室に見える。
でも見続けていると、少しずつ気持ち悪くなってくる。
「音楽室っぽいのに、音楽室そのものって感じが薄いんだよな」
「わかります」
初狩は俺の机の横に立ったまま、画面を覗き込んだ。
「"らしさ"だけがよくできてる感じです」
「そう。それ」
言いたかったのはそれだ。
音楽室らしい。夜らしい。怪異の証拠らしい。
全部、らしい。
なのにひとつひとつを見ると、落ち着かない。
黒板の反射が妙だった。写真全体は暗くてざらついているのに、文字の周辺だけ妙に読める。窓の明かりも差し込み方は自然っぽいのに、どこから来ている光なのか一瞬迷う。譜面台やピアノの位置はそれらしく置かれている。でも「前に見た音楽室の記憶」ときれいに重なるほどではない。
作られた現場写真。
その言葉が頭をよぎった。
現場を撮った写真じゃない。現場に見えるように作られた写真。
「……一瞬だけ現物を作ったのか」
「現物?」
「撮るための現場。跡を残すためじゃなくて、シャッターを切る数秒だけ、それっぽく見せるとか」
「なるほど。わりと嫌な発想ですね」
「褒めてないよな、それ」
「まったく」
初狩は平然としている。
俺はもう一度画像を縮小してから、過去の写真も並べて開いた。昼休みにねむが投げてきた過去分の画像。斉藤佐知子。野崎克彦。新島賢人。どれも構図は似ている。暗い音楽室、浮かぶ黒板、中央の白い名前。
でも、細部が少しずつ違う。
同じ場所を撮ったはずなのに、窓際の明るさが微妙にずれている。ピアノの輪郭の出方が違う。黒板の表面のざらつきが、写真ごとに少しだけ別物に見える。
一枚ずつなら誤差で済む。並べると、逆に気になる。
「同じ場所を同じ構図で撮ってるのに、揺れ方が変なんだよ」
「撮ったというより、寄せた感じですか」
「……かもしれない」
俺は篠原先輩の名前の部分をさらに拡大した。
線が均一すぎる。チョーク特有のかすれがあるようで、ない。黒板に馴染んでいるようで、少しだけ浮いている。
ここだけ別に乗せた——とまでは断定できない。でも、自然にそこにあった文字を見る時の感覚とは違う。
文字だけが「読めてしまう」ように、出来すぎていた。
「写真全体は暗いのに、名前だけ読ませる気が強い」
俺が言うと、初狩は小さく頷いた。
「怪談の証拠写真って、本来もっと不親切なものですからね」
「普通はよく見えないよな」
「はい。見えすぎる証拠は、それはそれで嘘っぽいんです」
見えすぎる証拠。
その言葉が、妙に残った。
今まで俺たちは、写真が本物か偽物かで考えようとしていた。でもそこだけでは足りないのかもしれない。
本物の写真か。加工か。生成AIか。あるいは、その混ぜ物か。
問題はそこじゃなくて——この画像が何のために、どう見せるように作られているのか。
生徒達はこの噂を面白がって「黒板のらしさ様」と呼ぶ。名前を書かれた人間がおかしくなる——そのとき剥がれるのは、その人の"らしさ"だ。
そこまで考えて、ふいにクエスト名が引っかかった。
覚——さとり。人の心を読む妖怪。相手が何を考えているかを見抜く化け物。
だが、この事件で暴かれているのは「心の中身」じゃない。暴かれているのは——"自分らしさ"という仮面そのものの正体だ。
覚が見抜くのは心じゃなくて、「自分はこういう人間だ」と信じている幻想のほうなのかもしれない。
その時、スマホが震えた。
ねむだった。
『やっと起きた』
『今日は遅いな』
俺は呆れながら返答した。
『訂正する。肉体は起きてたけど、知性が寝てた』
『大差ないだろ』
『違うよ。後者のほうが深刻』
いつも通りで、逆にちょっと腹が立つ。この空気の中でそのテンションを持ってこられると苛つく。
だが、次に来た文で、そんなものはどうでもよくなった。
『都市伝説フォーラムに貼られてた画像、元っぽいもの見つけた』
指が止まった。
『は?』
『同じ画像。スクショのスクショじゃなくて、もっと元に近いやつ』
『どこで?』
すぐに返すと、ねむは間を置かずに打ち返してきた。
『別のDiscordサーバー』
『招待制』
『中は見た』
『どうやって、までは聞かないで』
『今ほしいのは方法じゃなくて、都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに画像があったって事実でしょ』
初狩が俺の顔を見て、「来ましたか」と言う。その言い方も腹立たしいが、今は助かる。
『ねむのサーバーじゃないのか』
『違う』
『少なくとも、都市伝説フォーラムに最初に投げられた場所ではない』
『その前段がある』
前段。
その二文字だけで、胸の奥にひやりとしたものが落ちた。
俺はすぐに返した。
『どんなサーバーだ』
『招待制の閉じたところ』
『桂明高校の関係者が多い。そこはほぼ確実』
『都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに画像があった』
初狩が俺の画面を覗き込み、ほんの少しだけ表情を動かした。
「それは——」
「ああ」
「嫌ですね」
「最悪だ」
都市伝説フォーラムに誰かが偶然持ち込んだ怪談の証拠——そういうものじゃない。
先にどこか別の場所で画像があって、そのあとで、みんなが見る場所へ投げられている。
つまり少なくとも、"流す"意思がある。
俺はねむに追い打ちで打ち込む。
『元画像、加工の痕跡とかわかるか。Exifとか、生成AIの署名とか、メタデータ周りも全部見てほしい』
『言われなくても見てる。ただ、露骨なものはまだ出ない』
『でも、ファイルの付き方と投稿のされ方がちょっと妙』
『妙?』
『怪談を拾った人の投稿というより——』
『流す前提で置かれた感じがある』
その文を読んだ瞬間、さっきまで見ていた画像が別のものに見え始めた。
夜の音楽室。黒板。白い文字。
あれは、誰かが見つけた証拠じゃない。
見つけさせるために、置かれたものだ。
俺は過去の画像へ戻った。斉藤佐知子。野崎克彦。新島賢人。篠原慧。名前だけが違う。でもやっていることは同じだ。
「高尾クン」
初狩が静かに言う。
「これ、現場写真じゃないのかもしれませんね」
「……ああ」
言いながら、自分の中で何かが噛み合っていくのがわかった。
誰も現物を見ていない。でも写真だけはある。しかもその写真は、怪異としてちょうどよく出来ている。夜の音楽室らしくて、気味が悪くて、名前だけは読める。
本当に起きたことを撮ったからじゃない。
怪異に見せるための証拠として、必要な形をしている。
だったら、あれは記録じゃない。
「証拠を作ってるのか——」
思わず口から漏れた。
初狩が「はい?」と聞き返す。俺は画面を見たまま続けた。
「現場を撮った証拠じゃなくて、怪異があったと信じさせるための証拠そのものを作ってる」
「……」
「夜の音楽室で何かが起きた、じゃない。夜の音楽室で何かが起きたように見える一枚を、先に流してる」
喋っているうちに、自分の声が少しずつ冷えていくのがわかった。
篠原先輩はあの画像のあとで変わった。斉藤先輩も野崎先輩も新島先輩もそうだった。なら順番はもう見えている。
何かが起きたから写真が出るんじゃない。
写真が出ることで、何かが始まる。
その時、ねむからまたメッセージが来た。
『元画像が置かれていたサーバー、過去の分も同じ場所から出てるかもしれない』
心臓が一度だけ強く打った。
一枚だけじゃない。過去の分も。同じ場所から。
都市伝説フォーラムは、怪談が自然に集まる場所じゃなくて——誰かが怪談を流し込む、出口なのかもしれない。
教室の窓の外では、夕方の光が校舎の壁を斜めに染めていた。どこにも怪異なんて見えない。でもスマホの画面の中だけは、確かに何かが仕組まれている匂いがした。
俺は保存した画像をもう一度開いた。
暗い音楽室。浮くような黒板。白い名前。
篠原慧。
その一枚は、もう呪いの証拠には見えなかった。
もっとたちの悪い——
呪いの始発点に見えた。