文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜 作:オカノヒカル
放課後、俺はゲーセンREXへ直行した。
教室で眺めていても限界がある。スマホの画面では小さすぎるし、拡大と縮小を繰り返しているだけでは全体像が掴めない。やるなら、でかい画面で並べて見るしかなかった。
裏口の鉄扉を開けると、カビと埃の混じった匂いがいつも通りに鼻を突く。ポータブル電源のスイッチを入れ、叔父が残した古いデスクトップを立ち上げる。ファンが回り始める音だけが、薄暗い店内に響いた。
「それで、何を並べるんですか」
初狩《はつかり》が俺の後ろから椅子を引き寄せながら聞く。
「黒板写真。過去の分も全部」
俺はねむのサーバーの都市伝説フォーラムにログインし、黒板写真が投稿されたスレッドを遡った。篠原《しのはら》慧《けい》。野崎克彦。斉藤佐知子。新島賢人。四枚の画像をダウンロードし、画面上に横並びにする。
モニターの大きさで見ると、スマホとは印象が違った。暗い音楽室。浮かぶ黒板。白い名前。構図はどれもよく似ている。けれど、並べた瞬間に目につくのは似ているところではなく、ずれているところだった。
「……見ろよ、これ」
「はい」
「窓際の明るさが、一枚ごとに微妙に違う」
初狩がモニターに顔を寄せた。
「本当ですね。同じ場所、同じ時間帯に撮ったなら、ここまでばらつきませんよね」
「ピアノの輪郭の出方も違う。あと、黒板の表面のざらつきが写真ごとに別物に見える」
「同じ黒板なのに」
「そう。同じはずなのに」
一枚ずつなら誤差で済む。だが四枚並べると、逆にその誤差が浮き上がってくる。同じ場所を撮った写真ではなく、同じ場所に寄せて作った写真——少し前に感じた違和感が、大画面で見るとさらに濃くなった。
だが今日の目的は、画像の中身だけじゃない。
「投稿の方を見る」
俺はフォーラムの書き込み一覧に戻った。黒板写真が最初に投稿された時刻を、三件分並べた。
篠原慧——午前2時47分。
野崎克彦——午前2時12分。
斉藤佐知子——午前3時03分。
新島賢人——午前2時58分。
「全部深夜か」
「二時から三時台ですね」
「まあ、都市伝説フォーラムなんてそんなもんだけど」
問題はそこじゃなかった。
俺はフォーラムの書き込みをさらに遡った。黒板写真そのものではなく、それに言及している投稿を探す。「音楽室の写真見た?」「あれマジ?」「別んとこで回ってきた」——そういう反応の書き込みだ。
見つけた。
篠原慧の写真がフォーラムに貼られたのは午前2時47分。だが、午前1時台の書き込みに「さっき別のとこで見た黒板のやつ、まじ?」という投稿がある。
「……これ」
「見えてます」
初狩の声が少しだけ硬くなった。
「フォーラムに貼られるより前に、画像がどこかにあったってことですね」
「ああ。少なくとも一時間以上前には、別の場所に出回っていた」
野崎の分も確認する。同じだった。フォーラムへの投稿より前に、「他で見た」という言及がある。斉藤先輩の分は該当する書き込みが見つからなかったが、二件一致すれば十分だ。
フォーラムが最初の出所じゃない。
どこか別の場所から、ここへ流し込まれている。
次に、投稿者アカウントを見た。
篠原の写真を最初にフォーラムへ貼ったアカウント。投稿履歴を開く。黒板写真の投稿一件のみ。他の書き込みはゼロ。
野崎の分を貼ったアカウント。別の名前だが、状況は同じ。投稿はその一件だけ。
斉藤先輩の分も同様だった。
「四件とも、別のアカウント」
「でも全部、投稿履歴がほぼない」
「黒板写真を投げるためだけに作ったような——」
「使い捨てですね」
初狩が静かに言い切った。
偶然怪談を拾った人間が、面白いからフォーラムに共有した。そういう動きなら、そのアカウントには他の書き込みもあるはずだ。日常的にフォーラムを使っている人間の投稿履歴が残るはずだ。
でも、何もない。貼って、終わり。
「これ、共有じゃないな」
「流すことが目的の人、ですね」
「ああ。最初からそのつもりで来てる」
REXの店内は静かだった。止まった筐体に囲まれて、モニターの光だけが二人の顔を照らしている。
「あと、もうひとつ」
初狩が画面を指さした。俺ではなく、彼女のほうが先に気づいていた。
——ねむが言っていた「ファイルの付き方が妙」というのは、これのことか。
「ファイル名です」
「ファイル名?」
「フォーラムに貼られた画像のファイル名。篠原先輩と野崎先輩と斉藤先輩のは、スクリーンショットの時に自動生成される連番になってます。IMG_とか、Screenshot_とか」
「うん」
「でも新島先輩の分だけ、命名規則が違います」
俺は新島先輩の画像のプロパティを開いた。ファイル名は英数字の短い文字列で、スクショの自動連番とは明らかに体系が違う。
「これは——」
「元の場所から直接持ってきた画像と、スクショで二次的に保存した画像が混ざってるんだと思います」
「つまり、新島先輩の分だけ元データに近いものがそのまま流れた」
「はい。投稿者が手順を間違えたか、あるいは初期はまだ雑だったか」
俺はモニターから目を離して、椅子の背もたれに体を預けた。
見えてきた。
フォーラムは入口じゃない。どこか別の場所に元画像があって、そこからフォーラムへ流し込まれている。投稿者は使い捨てのアカウントを使い、流すこと自体が目的で動いている。
だが、その「別の場所」がどこなのかは、フォーラム側の情報だけでは辿れなかった。
「ねむに投げる」
俺はスマホを取り出した。
『フォーラムの黒板写真、投稿より前に別の場所で画像が存在してた形跡がある』
『投稿者アカウントも使い捨て。流す前提で動いてる』
『元画像があった場所、探せるか』
送信。
既読はすぐについた。珍しく起きている。
返事は数分後に来た。
『やっぱりそうだったか』
その一文で、ねむがすでに同じ方向を見ていたとわかった。さらに連続で返信が来る。
『こっちも追ってた。少しだけ潜れた』
『別のDiscordサーバーがある。招待制で閉じてる』
『全部は見えてない。チャンネルの一部と、過去ログの断片、添付画像の履歴だけ』
初狩が俺の画面を覗き込み、小さく息を吐いた。ねむからのメッセージはまだまだ続く。
『桂明高校の関係者が多い気配はあるけど、確証まではない』
『ただ——』
『都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに同じ画像があった』
やはりそうだ。
俺が投稿タイミングから推測したことを、ねむは実際にその場所を見つけることで裏付けていた。
「見つけたんですね、あの人」
初狩が言った。声は落ち着いていたが、目が少しだけ鋭くなっている。
「ああ。フォーラムの上流だ」
『過去の被害者の分も同じ場所から出てる?』
『可能性は高い。少なくとも、斉藤佐知子と野崎克彦の画像と同じファイル構造のものがあった』
俺は画面を見つめたまま、歯の裏側を舌で押した。
一枚だけじゃない。過去の分も。同じ場所から。
『あと、もうひとつ』
ねむの文が続く。
『その標的候補のメモに、名前があった』
『新島賢人。斉藤佐知子。野崎克彦。篠原慧』
『向こうは最初から、人を選んでる』
その一文を読んだ瞬間、背筋の奥に細い寒気が落ちた。
偶然じゃない。
怪異でもない。
誰かが標的を選び、画像を準備し、フォーラムへ流し込んでいる。
そしてそのあとで、裏垢が潰され、人が変わる。
これは都市伝説じゃない。
都市伝説の形をした、もっと別の何かだ。
俺はモニターに並んだ三枚の画像を見た。暗い音楽室。浮かぶ黒板。白い名前。
さっきまでは「怪異に見せるために作られた証拠」だと思っていた。
でも今は、もう一段深い場所が見えている。
あれは証拠じゃない。
誰かが選んだ人間に、何かを始めるための——札だ。
「高尾クン」
初狩が、静かな声で言った。
「まだ見えてないことがあります」
「わかってる」
閉鎖サーバーの中で、何が行われているのか。標的を選んだあと、どうやって裏垢を特定し、どうやって潰しているのか。そしてそれを、なぜやっているのか。
ねむが覗けたのは断片だけだ。全体像はまだ見えていない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
篠原先輩の名前は、最初からあそこにあった。
あの人は偶然巻き込まれたんじゃない。選ばれていた。
REXの店内は暗かった。筐体のガラスにモニターの光が反射して、三枚の黒板写真がぼんやりと映り込んでいる。
俺はスマホを握り直し、ねむにもう一通だけ送った。
『もっと潜れるか』
『時間はかかる。でも、やる』
『頼む』
送信してから、モニターへ視線を戻す。
篠原慧。野崎克彦。斉藤佐知子。
三つの名前が、暗い画面の上に白く浮いていた。
それはもう怪談の演出ではなく、誰かの意思で並べられたリストに見えた。
次にやるべきことは、二つある。
ねむに閉鎖サーバーの中身をさらに掘ってもらうこと。
そして——もう一度、篠原先輩に会いに行くこと。
閉鎖サーバーの存在を知った今、聞くべきことが変わった。前回は「裏垢がありましたよね」で踏み込んだ。次は、もう一段深い場所だ。
裏垢を、誰かに知られた心当たりがあるか。
名前が出回る前に、何か不審なことはなかったか。
あの人自身が、自分に何が起きたのかを最も正確に知っている。
たとえ本人が、それを言葉にしたがらなくても。