文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

26 / 28
■第26話 一網打尽

 画面の向こうの悪意は、思っていたよりずっと軽かった。

 

 放課後、俺と初狩《はつかり》は廃墟ゲーセンREXの奥にいた。ポータブル電源から引いた延長コードの先で、古いデスクトップのモニターが青白く光っている。その横にスマホを立てかけ、ねむとの通話を繋いでいた。

 

「入りました」

 

 イヤホン越しのねむの声は、いつもより少しだけ平坦だった。逆に怖い。こいつが本気で集中している時の声だ。

 

『閉鎖Discordだよ。ほぼ掌握できてる。向こうからは、僕がいることも見ていることもわからないはず』

「さらっと言うなあ……」

『さらっと言わないと、才がびびるから』

「もうびびってる」

『想定内だよ』

 

 初狩が横で小さく息をついた。

 

「ねむさん、今の状況は」

『標的候補の相談が始まってる。ちょうどいいタイミングだよ』

 

 直後、古いモニターの表示が切り替わった。ねむが閉鎖サーバーの画面を、こちらにも見えるように流してきたのだ。いわゆるミラーリングというやつだ。

 

 黒い背景に、無機質なチャンネル名。過去に見たどの雑談サーバーとも似ているのに、空気だけが違う。そこでは今まさに、次の標的候補が話し合われていた。

 

『次誰にする?』

『今の副会長はもう反応薄い』

『いやあれはあれで面白い』

『でも次いくなら一年でもよくね』

『観測者気取りのやついるじゃん』

 

 喉の奥が詰まった。

 

「……俺か」

『まだ候補だよ。まあ、僕が入り込んでいるから確定させるけど』

 

 ねむが即答する。

 

 ログの下に、新しい発言が滑りこんだ。

 

『高尾才』

『あいつなら裏あるだろ』

『普段澄ましてるやつほど見たい』

『表で冷静ぶってる系は、剥がれると早い』

『小説書いてるやつ、内側きしょいの多いし』

 

 スマホを握る指に、力が入った。

 

 ひどい言いがかりだ。でも、そのひどさがこの場所では普通の温度で流れている。誰かを標的にする理由なんて、実際はこの程度で足りるのかもしれない。

 

 これが、篠原先輩にも起きたことだ。野崎先輩にも。斉藤先輩にも。新島先輩にも。こうやって名前が挙がり、こうやって軽い言葉で決まり、そのあとで裏垢を探され、潰され、黒板写真を流される。

 

 ねむの調査で辿り着いた「閉鎖サーバーが存在する」「標的が選ばれている」という推測が、今、目の前でそのまま動いている。推測ではなく、工程として。

 

「高尾クン」

 

 初狩が静かに言った。

 

「顔」

「わかってる」

「いえ、わかっていない顔です」

「どっちだよ」

「怒ってるのに、まだ"観測しよう"としてます」

 

 その一言が、妙に刺さった。

 

 俺は黙ったまま、次のログを見た。

 

『裏垢候補ある?』

『ある』

『たぶんこれ』

『鍵つきだけど過去ログ抜ける』

『だいぶ愚痴いな』

『こいつも結局そっちか』

 

 ねむが淡々と補足する。

 

『それ、僕が用意したものです』

「……だろうな」

『才の裏垢、という体裁のダミーです。愚痴と不満と、ちょっと刺さる文言を混ぜてあります。あの人たちは"見たいもの"を自分で補完するので、精度はそこまで必要ない』

「言い方が最悪だな」

『褒め言葉として受け取っておきます』

「褒めてない」

 

 だが、否定もできなかった。

 

 画面の向こうでは、相談というより品定めが進んでいた。こいつは表でどんな仮面を被っているか。裏ではどれくらい汚いか。潰したあと、どんな壊れ方をするか。

 

 人間の話をしているはずなのに、語彙がずっと薄気味悪い。飼いならす動物でも選ぶみたいだった。

 

 そしてその語彙の中に、一つだけ引っかかる言葉があった。

 

『実験しよ』

 

 実験。

 

 誰かがそう書いて、誰もツッコまなかった。当たり前の単語みたいに流れていった。

 

「……実験、って言ってるな。どこかで聞いた台詞だ」

『あはは……胸が痛いなぁ』

 

 ねむの声は平坦だった。続けて内容について補足する。

 

『裏垢を潰して、表の仮面だけになった相手がどうなるかを見る。壊れるか、持ちこたえるか。それを"実験"と呼んでるみたいだね』

「……」

『あと、こういう書き込みもあったよ。『裏で汚いことを言ってるやつは、暴かれて当然』『表の顔しか残らなくなっても、その役を続けられるなら本物だろ』って』

 

 初狩が、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「矯正のつもりなんですね」

「……かもな」

「自分たちが何をしてるのか、あまり悪いと思っていない」

 

 篠原先輩の顔が浮かんだ。表の役割を捨てられない人。副会長であることを前より強く演じてしまっている人。あの人はこの場所から見れば「持ちこたえている」側なのかもしれない。それとも、壊れ方が違うだけで、もう壊れ始めているのか。

 

『高尾でよくね?』

『観測者気取りが一番見もの』

『表の顔だけでやれるか試したい』

『賛成』

『賛成』

『じゃ次こいつ』

 

 投票と呼ぶのも馬鹿らしいほど軽かった。誰かが言って、何人かが乗る。それだけで決まる。

 

『決まったよ』

 

 ねむが言う。

 

『次の標的は才だよ』

「嫌な報告だな」

 

「嫌、で済ませるんですか」

 

 初狩の声が低かった。笹子先輩のスカートが切られたときと、同じトーンだった。

 

「済ませてるわけじゃない」

「そうですか。でも、わたしは済ませません」

 

 それ以上は言わなかった。だが、その一言の温度で十分だった。

 

『だけど、ここからが面白い』

「ねむさん」

 

 初狩が通話に向かって言った。声は落ち着いているが、底が冷えている。

 

「"面白い"は、今の状況に使う言葉じゃないと思いますよ」

『……ごめん。言い方が悪かった』

 

 ねむが素直に引いた。珍しい。初狩に言われると、このプログラマーは反論しない。

 

『ここからが本番、って言い直すよ』

 

 通話越しに、キーを叩く気配が混じった。そしてねむは行動に移す。

 

『黒板画像、投げるよ』

「もう?」

『向こうが転載に使う"オリジナル"を、こちらから先に置く』

「高尾クンの名前入りですね」

 

 初狩が横から確認する。

 

『そう。音楽室の黒板に『高尾才』。いつもの体裁だよ』

「それが罠?」

『その通り』

 

 ねむの声は、妙に静かだった。

 

『添付の扱いに細工してあるんだ。保存か展開をかけた端末から、まずDiscordが落ちるようにしてある。そのまま接続も乱れるはず』

「トロイの木馬ってやつか」

『大体合ってる』

「端末そのものを壊すわけじゃないんだよな?」

『そこまで雑なことはしないよ。けど、向こうには、急に呪い返しを食らったように見えるはず』

 

 次の瞬間、閉鎖Discordのログに新しい投稿が現れた。添付画像つき。無言。説明もない。だがその場にいる連中には、それで十分らしかった。

 

『来た』

『はやっ』

『高尾才で草』

『これ流すか』

『保存した』

『こっちで加工する?』

『いやそのままでいいだろ』

『都市伝説側に投げる』

 

 俺は、自分の名前が白い文字として貼られたサムネイルを見た。もちろんダミーだ。ねむが作ったものだ。わかっている。わかっているのに、妙に心臓に悪い。

 

「最悪だな……」

 

 自分が次の見世物として選ばれる感覚。しかもそれを見ているのが自分自身というのは、かなりろくでもなかった。

 

『保存できん』

『え』

『固まった』

『なにこれ』

『スマホ熱』

『落ちた』

 

 ログが一瞬、荒れた。

 

 そこから先は、速かった。

 

 一人消える。また一人消える。アイコンの横の緑が灰色に変わっていく。書き込みが途切れる。既読も止まる。

 

『まって』

『開けない』

『何』

『うご』

 

 その短い断末魔みたいな文字列を最後に、また一人消えた。

 

 俺は画面を見たまま、言葉を失った。

 

「……こういうことか」

『仕込んでおいたヤツが効いてきたね』

 

 ねむが言う。

 

『実際には端末そのものじゃなく、向こうのDiscordまわりが落ちてるだけ。かなり広めに巻き込んだよ』

「かなり広めにって言うな。怖い」

『反省はしてる』

「してる声じゃない」

『今はまだ結果を優先かな』

 

 初狩が、少しだけ引いた顔でスマホを見ていた。

 

「これ、都市伝説としては新しいですね」

「何が」

「呪いの画像を転載しようとしたら、自分のほうが消える」

「笑えない」

「はい。とても」

 

 閉鎖Discordの接続表示が、目に見えて減っていく。

 

 二十人近く点いていた緑のランプが、十七、十三、九、五と落ちていく。

 誰も戻らない。書き込みもない。通知音すら止まった。

 

『……可視接続、ゼロ』

 

 ねむの声が、ほんの少しだけ低くなった。

 

「現在、このサーバーで、一覧に見えてる接続がゼロってことだよな」

『そう。サーバー自体は残ってる。消えたのは向こう側の通常接続だよ。僕は別口で見てる』

 

 俺は思わず息を吐いた。

 

 勝った、とまでは思わない。けれど少なくとも止まった。あの気味の悪い流通は、いったん折れたはずだった。

 

「じゃあ——これで」

 

 俺が言った。

 

『少なくとも今ここで、次の黒板写真が流れることはない』

 

 ねむがそう言った、その直後だった。

 

 通話の向こうで、ねむが小さく黙った。

 

「……ねむ?」

『待って』

 

 画面が一度だけ、通知音を鳴らした。

 

 新着投稿。

 

 可視接続がゼロのはずの閉鎖Discordに、新しい添付画像が上がっていた。

 

 俺は数秒、意味がわからなかった。

 

 一覧に見える参加者はゼロ。通常の接続もゼロ。ねむがそう言ったばかりだ。

 なのに、投稿だけがある。

 

「何だよ、これ」

 

 自分の声が、少し裏返った。

 

 初狩が、今度は露骨に顔色を変えた。

 

「ねむさん」

『見てる』

「誰が上げたんですか」

『それが——』

 

 ねむが、そこで言葉を切った。

 

『投稿者情報が……ない』

「は?」

『正確には空欄。アカウントの紐づきがない』

「botじゃないの?」

『違う。しかもwebhookでもない』

「じゃあなんだよ?」

『少なくとも、僕が今見えている権限の範囲では、これを投稿できる主体が存在しない』

 

 意味がわからない。

 

 でも、画面の中身はもっとわからなかった。

 

 添付された画像を開く。

 

 夜の音楽室。黒板。窓から差す青白い光。譜面台の影。ピアノの輪郭。

 

 今まで何度も見たはずの構図なのに、今回の一枚だけ、妙に現実感があった。

 

 加工っぽくない、という意味じゃない。もっと嫌な意味でだ。人が作った"らしさ"ではなく、本当にそこにあった夜の静けさごと写ってしまったように見える。

 

 黒板の中央には、白いものが浮いていた。

 

 まだ文字とは言い切れない。けれどただの反射でもない。線がある。四文字ぶんくらいの白さが、暗い黒板の上でじわりと形になりかけていた。

 

「……高尾クン」

 

 初狩の声が、ひどく小さかった。

 

 俺は返事ができなかった。

 

 ねむが通話の向こうで、珍しくはっきりと息を呑む。

 

『おかしい! これだけは、人の手順として説明がつかない』

 

 その声だけが、やけに鮮明だった。

 

『このサーバーには参加者が誰もいないはずなのに……』

 

 それでも画面の中の黒板は、確かにこちらを見返しているみたいだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。