文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

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■第36話「言葉の塵介」

 昼休み、クラスLINEに画像が流れた。

 

 さっき誰かが撮った机の天板の写真だ。「呪いの机www」というコメントつきで、スタンプがいくつかぶら下がっている。笑い泣きの顔。びっくりした顔。「やばくない?」「誰が書いたの」「ていうかこの机誰の」。

 

 同じ画像が、数分後には桂明高校(非公式)のDiscordにも転載されていた。ねむが管理しているサーバーだ。都市伝説板に「呪いの机発見」というスレッドが立ち、昼休みが終わる前にコメントが十件を超えていた。

 

 俺は食堂でパンをかじりながら、その流れを眺めていた。隣では初狩がスケッチブックを広げて何か描いている。昼飯を食べながら描くのはいつものことだが、今日はペンの動きがどこか散漫に見えた。何度か線を引いては消し、引いては消しを繰り返している。

 

「初狩、飯食えよ」

「食べてます」

 

 言いながら、初狩は購買のおにぎりを片手で持ったまま齧ろうとしない。視線はスケッチブックに落ちているが、ペンは止まっている。

 

「……描けてないだろ」

「描けてます。考えてるだけです」

 

 その声に、いつもの軽い毒がなかった。

 俺は一瞬だけ気になったが、それ以上は踏み込まなかった。夏休み明けだ。調子が戻らないことくらい、誰にでもある。

 

 目を戻した先に、画面の中のスレッドが伸びていく。

 

——「マジで呪いなんじゃね?」

——「空席って元々やばいって言うしな」

——「てか持ち主いないのにこんだけ書かれるって怖くない?」

——「これ犯人誰だろ」

 

 犯人。

 その言葉を見て、俺は小さく息をついた。

 犯人なんていない。いないから、厄介なのだ。

 

 五限が始まる前に、俺は一つだけ確認しておくことにした。

 

**

 

 学級委員の入江に話を聞いたのは、五限の移動教室への廊下でだった。

 

 入江美都は、クラスの事務処理を黙々とこなすタイプの学級委員で、善意の塊ではないが投げ出しもしない。先生に頼まれたことを淡々とやる——そういう人間が持っている情報は、たいてい正確だ。

 

「雪花さんのこと?」

 

 入江は少し首を傾げた。

 

「入学式の日に事故に遭って、それからずっと入院してたでしょ。一学期の途中でお見舞いカードは書いたよ。クラス全員で寄せ書きみたいなやつ。でもお見舞いに行った人はいないと思う。先生が『本人の負担になるから控えて』って言ってたし」

「顔を知ってる奴は?」

「いないんじゃないかな。入学式も来てないし、クラス写真にも写ってない。LINEグループも、雪花さんだけ未参加のまま」

 

 つまり、名前と席だけがクラスに存在する同級生。顔も声も知らない。見舞いカードは書いたが、それは「クラスの行事」として処理されたもので、雪花真白個人に向けた感情はほとんど含まれていない。

 

「あの机のことなんだけど」

 

 俺は声を少し落とした。

 

「あの落書き、心当たりある?」

 

 入江はしばらく考えてから、慎重に言った。

 

「心当たりっていうか……あの席、ずっと空いてたから。自習のときとか、荷物置いたりする子はいたよ。机の上に教科書広げてた子もいたし。別にあの席だけじゃなくて、空いてる机って、なんとなく共有スペースみたいになるでしょ?」

「落書きも?」

「たぶん。一人が書いたってより、いろんな人が少しずつって感じだと思う。でもそれって、雪花さんの席を狙ってやったわけじゃないと思うんだよね。ただ空いてるから——」

 

 入江はそこで少し言葉を切った。

 

「空いてるから、使っちゃった、みたいな」

 

 彼女の声は、自分で言いながら居心地が悪そうだった。「空いてるから使った」という言葉の中に、何か座りの悪いものを感じたのだろう。でもそれ以上は掘り下げない。掘り下げたところで、誰かを責められる話ではないとわかっているから。

 

「ありがとう。助かった」

「え、なんの話? 高尾くん、雪花さんと知り合いだったの?」

「いや、全然」

 

 そう答えながら、俺は早足で移動教室に向かった。

 

 知り合いじゃない。顔も知らない。

 それは俺も同じだ。四月からずっとあの教室にいて、あの空席を毎日視界に入れていたのに、一度も「雪花真白がいない」とは思わなかった。空いている席。それだけだった。

 

 俺も、あの机に言葉を捨てた連中と同じ側にいる。

 書き込みはしなかった。荷物も置かなかった。だが、あの席を「誰もいない場所」として扱っていたことに変わりはない。

 

 いじめではない。

 でも、だから無罪でもない。

 

**

 

 放課後。

 

 教室に残っていた人間がまばらになったころ、俺はもう一度、雪花真白の机の前に立った。

 

 天板を見下ろす必要はなかった。見なくても、五十三の落書きは全部頭の中にある。どこに何が書いてあるか。筆圧の違いも、インクの色も、天板のどの位置にどの角度で書かれているかも。

 

 見なくていいのに覚えている。覚えていなくていいのに消えない。

 

 この感覚は、今に始まったことじゃない。昔からずっとそうだ。でも、他の人間もそうなんだと思っていた。一度見たものをそのまま覚えているのは、ただ記憶力がいいだけだと。

 

 今はそれよりも、やるべきことがある。

 

 ねむにメッセージを送った。

 

『机の画像、もう見たか?』

 

 返信は三十秒で来た。

 

『見た。Discordにも流れてるね。"呪いの机"って呼ばれ始めてる。クエストにあった塵塚そのものだね』

『塵塚ってなんなんだ?』

『正確には塵塚怪王。日本の妖怪で、捨てられたものが積もってできる怪異だよ』

『あの画像の初出を追えるか? 誰が最初に撮ったのか、いつどこで共有されたのか』

 

 数秒の間があった。

 

『空席の本人を調べるんじゃなくて?』

『ああ。机に——言葉を捨てた流れを追いたい。写真が撮られて、名前がついて、面白コンテンツとして外に流れた経路だ。それを追わないと、今回のクエストの意味が見えない』

 

 またほんの少しの間。

 

『……了解。ちょっと時間もらう。クラスLINEには入れないけど、Discordの方は追える。あと、クラスLINEから転載されたやつのタイムスタンプで逆算できるかもしれない』

『頼む』

 

 スマホを閉じて、教室を出た。

 

 廊下は薄暗かった。九月の日は長いが、校舎の廊下にはもう西日が届かない時間帯だ。ワックスの匂いがまだ微かに漂っている。

 

 渡り廊下を抜けて旧館を通り過ぎるとき、卒業生の絵画が並ぶ壁面が目に入った。笹子先輩の件で追った「のっぺらぼうの少女」の額縁もまだそこにある。顔のない少女が、相変わらず無言でこちらを見ている——見ていないのに、見られている気がする。あの絵は、立つ角度で二文字の言葉が浮かぶ仕掛けだった。本人しか見えないはずが、他人が勝手に考えた言葉で、いつの間にかレッテルになる。

 

 今回はもっと即物的だ。

 顔のない少女じゃない。席だけがあって、持ち主がいない。そこに他人が好き勝手に言葉を投げ込んだ。レッテルですらない。ただのゴミだ。

 

 校門を出て、白花駅の方へ歩く。

 商店街のアーケードの骨組みが夕空に浮かんでいる。閉まったシャッターが連なる通りを抜けて、細い横道を曲がれば、廃墟ゲーセンREXがある。

 

 今日はREXには寄らなかった。

 寄る気になれなかった。

 

 帰り道、スマホが震えた。ねむからだ。

 

『画像の初出、たぶん特定できた。X→Discord転載のタイムラグは約8分。最初の投稿者は特定できるけど、たぶん悪意のある人間じゃない。面白かったから撮った、くらいの子だと思う』

『その先は?』

『"呪いの机"って名前をつけたのは、きみのとこのクラスLINE。投稿から40分後くらいに誰かが最初に使って、そこから一気に定着した。みんな呪いって呼び始めた途端に、"空席の落書き"が"怪異の痕跡"に格上げされてる』

『……つまり、最初から呪いだったわけじゃない。名前がついた瞬間に、呪いになった』

『そう。で、その経緯を追ってて気になったことがある。画像を最初に外部に転載した子のアカウント、けっこうフォロワーいるんだけど、投稿の意図は"バズ狙い"だね。空席の子の名前すら書いてなかった。机の持ち主が誰かなんて、最初から興味がなかったんだと思う』

 

 興味がなかった。

 誰の机かなんて、誰も気にしていなかった。

 

 その一文が、今日一日の全部を要約していた。

 

 スマホを閉じかけたとき、初狩からのメッセージが一件入っていることに気づいた。

 

『おつかれさまです。明日、REXで打ち合わせしましょう。新しいクエストの件で』

 

 いつもの初狩なら、もう少し何か——皮肉なり、雑談なり——を添える。だがこのメッセージは事務的で、それだけだった。

 

 俺は「了解」とだけ返して、スマホをポケットにしまった。

 

 帰り道の空は、もう暗くなり始めていた。

 九月一日。二学期が始まった。教室にはひとつ、持ち主のいない席がある。その天板には五十三の落書きが散らばっていて、持ち主はまだ一度もそこに座ったことがない。

 

 捨てられた言葉の主を見つけろ。

 それは、机に落書きを書いた誰か一人のことじゃない。

 あの教室で「いない奴の場所は空いてる」と思った全員のことかもしれなかった。

 

 ——俺も含めて。

 

 

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