文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

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■第38話「メッセージ」

 五限目の体育が終わり、着替えの後に俺は教室へと戻る。

 

 すぐに六限目の予鈴が鳴った。

 

 六限目の授業は、現国だったので担任の安住先生だった。連絡を受けていたのか先生は「雪花《ゆきはな》さんは体調不良で早退しました」と事務的に告げる。

 クラスの反応は薄い。「やっぱりまだ無理だったんだね」という空気が、教室にうっすらと広がって、それで終わりだった。

 そのあとで、安住先生は窓際の机を見て少しだけ眉をひそめ、『あの落書き、今日のうちに消しておけ』と短く言った。

 

 放課後、俺は掃除当番なので教室へ残る。せめて昨日当番であれば、落書きを消し忘れることはなかったのに、と自分事のように悔やんでしまう。なぜ俺は、ここまで雪花に同情してしまっているのだろう?

 

 そういえば本来2人でやるはずの掃除が、もう一人はすでに教室にいない。そもそも掃除はサボられがち。そして、それをわざわざ教師に言いつけることは、ほぼない。昨日もこんな感じで、二人ともサボってしまい。落書きの拭き取りが行われなかったのだろう。

 

 俺は掃除を行いながら、雪花の机をちょくちょく見ていた。

 朝、雪花が座っていた席。天板の上には何も置かれていない。引き出しは空だ。鞄ごと持って出て行ったから、ここに座っていた痕跡は何もない。

 

 また、空席に戻っていた。

 

 スマホを取り出し、ねむにメッセージを送った。

 

『前に調べてもらった画像の拡散経路の件。もう少し聞きたい』

『何?』

『あの画像、最初の撮影者って、クラスLINEに上げたときに雪花真白の名前は書いてたか?』

 

 返信までに少し間があった。

 

『書いてない。最初の投稿でも、持ち主の名前は出てない。"呪いの机"って言い方だけ先に走ってた』

『なるほど』

『クラスLINEに上がった時点で、もう"1年3組の空席の机がやばい"ってノリだった。雪花真白って名前が出たのは、そのあと』

『で、みんな画像を面白コンテンツとして流通させていたわけか」

『うん。完全に匿名の"空席"で、持ち主がいることすら、ほとんど意識されてないよ』

 

 俺はスマホの画面を見つめた。

 画面の向こうで、ねむが何かを打っている。

 

『……それで、今日来たんでしょ。本人が』

『ああ。来て、半日で帰った』

 

 しばらく既読のまま、返信がなかった。

 それからねむが送ってきた文は、いつもの理屈っぽさが少し薄い一文だった。

 

『匿名の空席が、突然持ち主を取り戻す。で、持ち主の方が弾かれた。構造として、かなり嫌だね』

 

 嫌だ。

 その一語が、今日の全部を正確に要約していた。

 

 俺は職員室に行き、雪花の机の落書きを消すための有機溶剤をもらいにいく。

 匂いが強く火気に反応しやすい危険物なので、担任から若干の説明を受けた。

 

 教室に戻り、いざ雪花の机と対面したところで、違和感を覚える。

 

「?」

 

 最初はそれが何かがわからなかった。しかし、机の上の落書きを読んでいるうちに、その理由に気づいた。

 

「増えてる?」

 

 今朝まであった五十三件の落書きだけじゃなく、さらに一件知らないものが書いてあった。

 

『——やっぱり、私はいなかったみたいです』

 

 息が詰まった。

 

 その下に、四行。

 

> しろい花が、石段に落ちています

> らくになれるわけじゃないです

> はじめて鈴の音が近いと思いました

> なにも願えないままです

 

 文字の筆跡は丁寧だった。急いで殴り書きした感じではない。一文字ずつ、確かめるように書いている。それが逆に痛い。

 

 これはただの落書きじゃない。

 天板に散らばった五十三の落書きに対する、持ち主からの最初の返答だ。

 

 他の落書きより圧倒的に薄い。シャーペンの筆圧がほとんど乗っていない。周りのボールペンやマジックの落書きに紛れて、意識しなければ読めない。普通に机を見下ろしただけの人間の目には、ただの擦り傷にしか見えないだろう。

 

 俺に見えたのは、五十三の落書きの全部が頭に入っているからだ。ただ、それだけの理由だった。

 

 ひとつだけ確信があった。この文字を無視してはいけない。五十三の落書きの中に埋もれるように、持ち主の声がようやく返ってきたのだ。気づかれないまま消えるのも、面白がって晒されるのも、どちらも駄目だ。

 

 ——捨てられた言葉の主を見つけろ。

 ——声なき声を拾え。

 

 クエストの文面が重なった。

 

 机の落書きは、誰かが「いない人の席」に捨てた言葉だった。でもこの五行は違う。これは、その席の持ち主が初めて残した言葉だ。捨てられた側からの、最初の返答。

 

 このクエストが追わせようとしているのは、落書きの犯人探しだけじゃない。捨てられてきた場所から、やっと返ってきた声を拾え、ということでもある。

 

 ——なんでこうも、この文面は現実に噛み合うのか。

 

 気味の悪さは消えない。クエストへの疑いも消えない。

 それでも、今は送り主を追うより先に、この声を消したくなかった。

 

**

 

 再びねむにメッセージを送った。

 

『机に新しい文字が残ってた。送る』

 

 写真は撮らなかった。撮る必要がなかった。記憶に刻まれた言葉を打ち込む。

 

『やっぱり、私はいなかったみたいです』

 

 改行してから、四行。

 

『しろい花が、石段に落ちています

らくになれるわけじゃないです

はじめて鈴の音が近いと思いました

なにも願えないままです』

 

『これ、どんな意味があると思う?』

 

 ねむの返信は二分後に来た。

 

『行頭。拾ってみ』

 

 し、ら、は、な。

 

 ——しらはな。

 

『白花、かな。桂明の生活圏で「石段」「鈴の音」「願う」に直結するのは、白花神社くらいだと思う』

 

 白花神社。学校の北西、住宅地のはずれにある小さな神社だ。台地の縁にあって、短い坂と石段の先に境内がある。普段は地元の人間にも忘れられがちな、静かな場所。

 

『学校から歩いて行ける。人が少ない。逃げ込む先として選びやすい。条件は揃ってる』

『逃げ込む?』

『メッセージの(ぬし)は自分を探してほしいのかも。でも、あからさまな助けは求めたくない』

『だから暗号メッセージみたいにしたのか?』

『本人が意識的にやっているかどうかはわからないけどね』

 

 ねむの文面は、いつもの理屈っぽさのまま落ち着いていた。だがその落ち着きの中に、「早く行った方がいい」という判断が滲んでいるように感じた。

 

『あと、これ写真じゃなくてテキストで送ってきたよね。改行も正確だし。キミ、見たまま打ったの?』

『ああ。短いし、それくらい覚えられるだろ』

『もうひとつ。あの落書きだらけの天板の中から、新しく書き加えられた文字に一発で気づいた——ってことだよね? 何十個もランダムに散らばってる中で』

 

 数秒の間、思考がフリーズする。

 

『……たまたま目に入っただけだ。筆圧が違うから目立った』

『……まあ、今はそれでいいけど』

 

 ねむはそれ以上突っ込まなかった。俺はスマホをポケットにしまう。

 

**

 

 掃除を終えたあと、俺は教室を出た。

 

 担任の安住先生に雪花のことを聞くか、一瞬迷った。でもやめた。「早退した生徒がどこにいるか」は、学校にもわかっていないはずだ。相談したところで、手順を踏んで、確認を取って、家に連絡して——その間に日が暮れる。

 

 頭の中では、もっと嫌なことを考えていた。

 

 ひとりで教室を出た。

 そのまま早退する。

 机に「いなかった」と書いた。

 しかも、場所の手がかりまで残した。

 

 口には出さない。出すと言葉が重くなりすぎる。でも、この組み合わせで何も想像しない方が不自然だ。

 

 学校の北西へ向かう。住宅地の道を早足で抜ける。九月の午後は蒸し暑く、制服のシャツが背中に張りつく。住宅の屋根の上に、うろこ雲が広がり始めていた。

 

 オボロが、視界の端にちらりと現れた。

 

『——(あるじ)よ。少し落ち着け』

 

 軽口ではなかった。オボロの声にいつもの皮肉がない。ただ静かに、速度を落とせと言っている。

 

 落ち着けるわけがない。クエストだからじゃない。今この声を拾わなかったら、あの子が本当に消えるかもしれない。俺は歩く速度を落とさなかった。

 

 

 

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