文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜 作:オカノヒカル
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声なき声は、まだ拾われていない。
見えなかった「ひとり」は、元の場所へ戻らなかった。
捨てられた言葉は、別の空席を満たし続けている。
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内容を読んで、背中に嫌な汗が流れる。
失敗?
雪花は救われ始めている。被服部に通っている。少しずつだが、居場所を得つつある。あの子は「いなかった人」から「いてもいい人」に変わり始めた。
なのに、失敗。
疑念がよぎった。このクエスト文は、最初から二つの空席を指していたのか。それとも、俺が片方しか見えないことまで計算されていたのか。
——今はそれより先に、考えるべきことがある。
なら——誰が、まだ戻れていない?
【別の空席を満たし続けている】
別の空席。
その言葉が、頭の中で反響した。
空席は、教室の机の落書きだけじゃなかったのか?!
その瞬間——今まで保留していた全部が、一気につながった。
初狩のスマホにひっきりなしに届き始めた通知。
二学期に入ってから変わった絵柄。
『"わたしっぽい"って便利な言葉ですね。そのせいで、盗まれやすくもなるのに』
コメント欄に積もる塵のような言葉。
夏休み中に見た、初狩の画風に酷似したアカウント。
事務的なメッセージ。散漫なペンの動き。スケッチブックを閉じる乱暴な手つき。スマホの通知を見て伏せる初狩。
——全部、最初から見えていた。
雪花の机には、無数の文字が捨てられていた。
初狩の心の中にも、同じように無数の言葉が投げ込まれていた。
模倣。比較。評価。「雰囲気変わった?」。「流行り寄せた?」。「AIっぽい」。「前の方が好き」。
どれも単体では小さい。悪意を立証しにくい。だからこそ、塵みたいに積もる。
クエスト文の「空席」を、初めて別の意味で読んだ。
あれは教室の席のことじゃなかった。初狩の中に空いた——「自分の絵でいられる場所」のことだったのだ。
スマホを取り出して、初狩の投稿サイトを開いた。
新しい絵が上がっていた。
今日、被服部で見たのとは別の完成版。SNS向けに仕上げたもの。
上手い。
強い。
反応も多い。
でも、もう完全に違う。
夏休みに見た変化が、さらに一段進んでいた。透明感は完全に消えていた。代わりにあるのは、流行の色彩設計。トレンドの構図。SNS映えを意識した視線誘導。技術的にはむしろ前より洗練されている。
コメント欄を見た。
——「新境地じゃん」
——「こっちの方が好き」
——「今っぽくなった」
——「前より洗練された」
褒め言葉だった。
前の絵に向けられていた「方向性変わったね」「前の方が好きかも」という微妙な反応が消えて、代わりに肯定のコメントが並んでいる。いいねの数も増えている。
そしてその下に、別の種類の投稿が混じっていた。
リプライ欄。初狩の絵に対して、別のアカウントが画像を添付している。一件ではない。三件、四件。それぞれ別のアカウントから、初狩の絵と並べるように貼られた画像。
構図が似ている。色味が似ている。キャラクターのポーズまで似ている。
でも、どれも初狩の絵ではない。
最初は模倣アカウントかと思った。谷上先輩の件と同じ、人間の手による模倣。だがアカウントのプロフィールを見て、わかった。「生成AIを使用してイラストを作成」と書いてある。
初狩の画風を学習させた生成AIの出力。それが、初狩本人のリプライ欄に見せつけるように貼られていた。
プロフィール欄に書いてなければ、俺には区別がつかなかった。
色の置き方も、光の拾い方も、構図の取り方も。初狩の絵を何十枚も見てきた俺が見ても、どちらが本人の手によるものか、即答できない。
コメントがついている。
——「本家と並べてみた」
——「AIでもここまで出せるんだ」
——「どっちがどっちかわかる?」
悪意なのか、無邪気な実験なのか、境界が曖昧だった。たぶん貼っている側の大半は、初狩時雨という人間を傷つけようとしてやっているわけじゃない。「面白いから」「技術の実験として」「比較してみたかっただけ」。雪花の机と同じだ。誰かの場所に、軽い気持ちで言葉を——今度は絵を——投げ込んでいる。
だが、それだけじゃなかった。
スクロールを続けて、息が止まった。
初狩が画風を変えた後の——つまり、今の絵柄に近いタッチのAI生成画像も、すでに出回り始めていた。
前の画風を学習されたから、変えた。
変えた先の画風も、もう学習されている。
逃げた先に、追手がいた。しかも追手は人間ではない。学習速度に終わりがない。初狩がどこへ逃げても、AIは数日で追いつく。画風を変えるたびに、新しい画風が素材として吸い上げられ、また量産される。
そしてもっと嫌なことに気づいた。
初狩が自分の絵から「自分っぽさ」を削れば削るほど、残るのは技術だけだ。構図の正確さ、色彩の整合性、破綻のないバランス。——それは、AIが最も得意とする領域だった。
初狩が逃げた先は、AIの出力と区別がつかない場所だった。
「自分らしさ」を守るために変えた絵が、「自分らしさ」を捨てたことで、AIと同じ土俵に立ってしまっている。コメント欄に並んだ「洗練された」「今っぽくなった」という褒め言葉は、裏を返せば「誰が描いても成立する絵になった」ということだ。
これが地獄だった。
初狩が逃げるために壊した絵が、外からは高評価されている。自分を守るために「自分っぽさ」を削り落とした結果が、「進化」として受け入れられている。そしてその「進化」した絵は、もうAI生成との境界が曖昧になっている。本人が失ったものだけが、誰にも見えない。
初狩は壊れてから絵を変えたんじゃない。
壊れないために、自分の絵を先に削り始めていた。真似される前に、真似されやすい部分を自分で切り捨てた。そしてその逃走は、もう帰れないところまで行ってしまった。——外からの評価が「こっちの方がいい」と言い、AIが逃げた先まで追いかけてくる以上、元に戻る道がない。
雪花には手を伸ばした。居場所を渡した。間に合った。
でも初狩には——違和感を見ていたのに、「まだ大丈夫だろう」で止まった。模索中なんだろう。向上心の表れだろう。そう解釈して、保留した。
本当のクエスト対象は、そっちだったのに。
失敗の理由は、気づかなかったことじゃない。
気づいていたのに、間に合うと思ってしまったことだ。
スマホの画面の中で、初狩の新しい絵が光っている。上手くて、強くて、今っぽくて、「初狩時雨」の面影がどこにもない。コメント欄には「素敵」「好き」「応援してます」が並び、その下にAI生成の模倣画像がぶら下がっている。
その全部が、初狩の心を削った塵の上に成り立っている。
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REXの薄暗い店内で、古いゲーム筐体のシルエットが並んでいる。
オボロが、筐体の上に音もなく現れた。白い毛並みが、モニターの残光をかすかに反射している。
『……拾えなかった声は、重いぞ』
静かな声だった。いつもの軽口でも皮肉でもない。ただ、事実を置くような声。
俺は答えなかった。
雪花は、少しだけ元の場所へ戻れた。
被服部の窓際の椅子に、彼女の定位置ができた。そこにいる自分は、もう「いなかった人」ではない。
でも初狩の中には、もう誰も座れない空席ができていた。
自分の絵が自分のものであるという、当たり前の場所が。
その空席に、俺は気づいていた。気づいていて、見ないふりをした。
クエストは失敗だった。
助けたつもりでいた相手の横で、もう一人の「見えなかったひとり」を、俺は見逃していた。