文芸部を追放された俺、廃墟ゲーセンで都市伝説クエストを攻略する 〜追い出された天才絵師と、学校怪異を解いていく〜   作:オカノヒカル

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■第8話「犯人は"選べない"を知っている」

 

 安田の事故を境に、空気が変わった。

 

 朝の昇降口は、いつもより明らかにざわついていた。スマホを見つめる生徒の数が目に見えて増えている。すれ違うグループの会話も、半分以上が「絶死の呪い」の話題で埋め尽くされていた。

 

「マジで、また来たらしいよ」

「今朝、3年の先輩のとこにも届いたって」

「俺、昨日既読スルーしたけど、またDM来てた。しかも選択肢増えてたし」

 

 教室に入ると、SNSの画面を見せ合っている生徒があちこちにいた。グループLINEには「俺にも来たw」「全問Cで答えてみた」「明日は全員生きてるかな?」といったネタが次々に投稿される一方、別のグループでは「田中くん、今日休んでる」「あいつも呪いのせいかも」と、不安げな投稿も目立ち始めていた。

 

 笑い飛ばす生徒と、本気で怯え始める生徒。その境界線は、思ったよりも曖昧だった。

 

 安田の事故は、都市伝説をフィクションから現実に引きずり出した。「安田も選択肢を選んだから事故に遭った」——そんな因果関係は論理的にはありえないのに、一度そう結びつけてしまうと、頭から追い出せなくなる。

 

 人間の脳は、偶然の一致にパターンを見出すようにできている。それが都市伝説の本質だ。

 

 休み時間、廊下の角から手招きする初狩を見かけた。何事かと近づくと、好奇心を隠しきれない瞳で、周りを気にしながら小声で話しかけてくる。

 

「高尾クン、見てください。SNSのトレンド、ほぼ"絶死"関連ばっかりです」

 

 差し出されたスマホの画面には、「#絶死の呪い」「#選択肢チャレンジ」「#生還チャレンジ」といったハッシュタグが並んでいた。

 

「……もう全校イベントだな」

「それで——ちょっと気になることがあるんですけど」

 

 初狩が声をさらに落とす。

 

「わたしが周りに聞いて回ったんですけど、何人かが同じことを言ってたんです。"とあるWi-Fiに繋がってから、頻繁にメッセージが来るようになった"って」

「聞いて回ったって、誰にだよ?」

「玲先輩とか、あとは先輩の知り合い経由です。直接“呪い”のことを聞くと警戒されるので、“最近変なDM増えてませんか”ってぼかして聞きました」

「とあるWi-Fiって?」

「学校のじゃなくて、どこかのフリーWi-Fi。SSIDがヘンなやつだって。わたしも確認したんですけど、スマホのWi-Fi履歴に見覚えのないSSIDが残ってました」

 

 初狩がスマホの設定画面を見せてくる。接続履歴の中に、確かに見慣れない名前があった。

 

「"frame_problem"……?」

「これ、何かの意味があるんでしょうか」

 

 frame_problem。

 フレーム・プロブレム。

 

 その単語を見た瞬間、頭の中で何かが繋がりかけた。

 

**

 

 帰り道、一階がコンビニになっているマンションの前で、俺は立ち止まった。

 

 スマホを取り出してWi-Fiの設定画面を開く。使用可能なネットワークの一覧が表示されるが、ほとんどは鍵付きだった。

 

 その中でひとつだけ、フリーで解放されているものがある。

 

 ――frame_problem。

 

 学校の校舎内では拾えなかったのに、ここでははっきり表示されている。しかも電波強度は他のフリーWi-Fiより一段強い。

 

 俺はマンションを見上げた。一階はコンビニ。上は居住スペース。

 

 ……少なくとも、この近くから飛んでいるのは間違いない。

 

**

 

 次の日の放課後、ゲーセンREX。

 

 俺は格闘ゲームの筐体に背を預けたまま、初狩に向かって口を開いた。

 

「frame_problem——フレーム問題って言葉、聞いたことあるか?」

「いいえ。何ですか、それ」

 

 初狩がペンタブから手を離して、こちらに向き直った。

 

「AIとかロボット工学の分野で有名な問題だ。簡単に言うと——AIが何か行動しようとするとき、関係ないことまで全部考慮しちゃって動けなくなる現象のこと」

「関係ないこと?」

 

 小首を傾げる初狩に、俺はできるだけ噛み砕いて説明した。

 

「たとえば、お前が部屋の電気を消そうとする。普通は『スイッチを押せば電気が消える』、それだけ考えるだろ? でもAIは、『電気を消したら隣の部屋の猫がびっくりしないか』とか、『地球の裏側の気候に影響しないか』とか、無関係なことまで無限に考慮しようとして——結局、電気を消せなくなる」

 

 初狩の目が、大きく見開かれた。

 

「——それ、安田くんそのものじゃないですか」

 

 俺もうなずく。

 

「あのA〜Zの選択肢。どの行動にもリスクが紐づけられていて、どれを選んでも何かが起きる。安田はあのリストを見続けるうちに、すべての行動が恐怖と結びついて——何も選べなくなった。まさにフレーム問題の人間版だ」

 

 初狩の表情が引き締まった。あの日、教室で安田を見ていたのは俺だけじゃない。

 

「じゃあ、SSIDに"frame_problem"って名前をつけた人は——」

「この現象を、わかっててやっている。都市伝説を使って、意図的に人間のフレーム問題を引き起こそうとしている奴がいる」

 

 頬に片手を当てて、少し考え込む初狩。

 

「……引きこもりの人が外に出られないのも、同じ構造かもしれないですよね。外で何かしたら危険なことが起きるかもしれない。その"かもしれない"が無限に増殖して、玄関のドアを開けることすらできなくなる」

「ああ。引きこもりって、怠けてるわけじゃなくて、外の世界のリスクを全部考慮しちゃって動けなくなっている——そういうケースもあるんだよな」

 

 フレーム問題。

 昨日、安田のスマホを見たときに感じた恐怖。あれに名前がついた。

 名前がつくと、少しだけ冷静になれる。得体の知れない恐怖から、分析可能な現象に変わる。

 

「つまり、謎のWi-Fiの持ち主が"絶死の呪い"の発信源ってことですか?」

「おそらくな。フリーWi-Fiに接続した端末の情報を抜いて、そこに"呪い"のメッセージを送りつける。技術的にはそこまで難しくない」

 

 初狩はスタイラスペンを指で回しながら、何かを思い出すように天井を見上げた。

 

「野良Wi-Fiに接続するとデータを抜かれるって、よく聞く話ですもんね」

「問題は、そのWi-Fiがどこから飛んでいるかだ」

 

 俺はノートPCを開き、先ほど学校周辺で調べたWi-Fiの情報をまとめたメモを見せた。

 

「"frame_problem"のSSIDが検出される範囲は限られている。学校近くのコンビニ周辺が一番電波が強い」

「あのコンビニって、マンションの1階に入ってるやつですよね」

「そう。郊外の独立店舗じゃない。上にはマンションの居室がある。MACアドレスを調べたけど、学校や店舗のルーターとは別物だった。家庭用ルーターをフリーWi-Fi化しているとすれば——」

「上の階に住んでいる誰かが、やっている」

 

 俺の思考を先回りするように、彼女が言った。

 

「そういうことだ。家庭用ルーターをそのままフリーWi-Fi化するのは普通やらない。それなりの知識がある奴の仕業だ」

 

 少し眉を寄せ、不安そうに尋ねてくる。

 

「法律的にはどうなんですか?」

「グレーどころか真っ黒だろうな。でも、俺たちは警察じゃない。まずは犯人を特定して、何が目的なのかを突き止める」

 

 力強くうなずくその瞳には、好奇心と使命感が入り混じっていた。

 

 

**

 

 

 深夜。自分の部屋で、俺はオボロを呼んだ。

 

『呼んだかのぉ?』

 

 白い妖狐が、部屋の闇にぼんやりと浮かぶ。

 

「おまえの助けが欲しい」

 

 我ながら、情けない声だったと思う。

 

『ほぉー、お(ぬし)が素直に我に助けを求めるとは珍しい。して、何を知りたい?』

 

 金色の瞳が、暗闇の中で細められる。からかっているのか本気なのか、こいつの表情はいつも読みにくい。

 

「"絶死の呪い"の送信主に繋がる情報だ。何でもいい」

『ずいぶんと大雑把な命令じゃのう』

 

 尻尾がゆらりと揺れた。楽しんでいる。こいつは確実に楽しんでいる。

 

「教えられるか教えられないか、はっきりしろ」

『そうじゃのう——犯人そのものはわからぬが、SNSでフレーム問題について頻繁にポストしている者がおる。"ジョンパトリック"というユーザーじゃ。フォロワーは約2万。お主もよくSNSを観測するじゃろ?』

「ジョンパトリック?」

 

 その名前に、何かが引っかかった。知っているわけじゃない。だが、妙に作為的で、耳に残る名前だった。

 

『それ以上は、自分で見てみることじゃな。観測者を気取るのであればの』

 

 オボロはそこで口を閉じた。珍しく、答えを最後まで渡してこない。

 

 俺はスマホを開き、SNSでそのアカウント名を検索した。

 

 すぐに見つかった。フォロワー約二万。プロフィールには、こう書かれている。

 

『日々観察と空想の人。なるべく“選択しない生き方”を模索中』

 

 投稿を遡る。哲学ネタ、日常の違和感、思考実験めいた短文。全体に、いかにも賢そうに見せたがる人間の匂いがした。

 

 その中に、何度も出てくる単語がある。

 

 ——フレーム問題。

 

 やはりこいつだ。

 

 さらに下へスクロールする。

 

『選択肢が増えるほど自由になる、というのは楽観的すぎる』

『人は無限の可能性を前にすると、幸福になるどころか停止する』

『“選べる”ことと、“選べる状態にある”ことは別だ』

 

 思索めいた文章の合間に、やけに刺々しいやり取りが混ざっていた。

 

 ある投稿では、引きこもりを「甘え」「異常者」と切り捨てた相手に対して、ジョンパトリックが執拗に食い下がっている。

 

『外に出られる側の人間は、出られない側をすぐに“壊れている”と呼ぶ』

『でも条件を揃えれば、普通の人間だって簡単に停止する』

『“異常者”の問題じゃない。“選択肢の設計”の問題だよ』

 

 そこまで読んで、指が止まった。

 

 さらに数日後の投稿。

 

『証明は可能だと思う』

『人は選択肢が多すぎると動けなくなる。それが特殊な人間だけの話ではないことを、僕は証明できる』

 

 胸の奥が、ぞくりとした。

 

 証明。

 その言葉の不穏さに、嫌な予感が輪郭を持ちはじめる。

 

 こいつは、ただの議論好きじゃない。

 自分の理屈を、現実で試そうとしている。

 

 さらに投稿を遡ると、エミール・デュルケームの引用が目に入った。

 

『便利になって、なんでも自由に選べる世界では、すべて自分の責任になる』

 

 そこに添えられていたのは、短い一文だった。

 

『自由は、時に人を追い詰める』

 

 SSIDの“frame_problem”。

 引きこもりへの異様なこだわり。

 普通の人間でも動けなくなることを“証明する”という宣言。

 

 点だったものが、少しずつ線になる。

 

「待てよ……ジョンパトリックって」

 

 名前を口の中で転がす。

 

 ジョン。パトリック。

 フレーム問題。

 研究者。

 

「ジョン・マッカーシーと、パトリック・ヘイズ……」

 

 思い出した瞬間、背筋が冷えた。

 

 フレーム問題を定義した研究者の名前だ。

 

 つまり、このアカウント名自体が——フレーム問題への強い執着を示している。

 

 心臓がどくりと鳴った。

 

 こいつは本気だ。

 都市伝説を使って、普通の高校生に人間版フレーム問題を再現させ、「誰でも動けなくなる」ことを証明しようとしている。安田は——その実験の犠牲者だったのか。

 

「止めないと」

 

 気づいたら、声に出していた。

 

 オボロが静かに問う。

 

『それは正義からか?』

 

 返事に詰まった。

 

 正義——なんて大層なものじゃない。俺は正義の味方でも何でもない。ただの凡人で、観測者を気取っているだけの高校生だ。

 

 じゃあ、なぜ止めたいのか。

 

 安田の、あの空席が浮かぶ。

 机に伏したまま動かなくなった背中。固まった指先。誰も声をかけない教室。

 そして——小学校の記憶。窓からの西日。床に散らばったノート。

 

 俺はただ、目の前で壊れていく誰かを、見ているだけの自分がもう嫌だったのかもしれない。

 

「……わかんねえよ。正義とか、そういうのじゃない。ただ——」

 

 言葉が見つからなくて、そのまま黙った。

 

 オボロは何も言わなかった。ただ、金色の瞳でじっと俺を見ていた。

 その視線には、呆れも、失望も、嘲笑もなかった。

 むしろ——どこか、安堵しているようにも見えた。

 

『ならば、明日から動くがよい。犯人の居場所を絞る手がかりは、もう揃っておる』

「手がかり?」

 

 ——俺はまだ何も見つけていないはずだが……。

 

『あの者のSNSの写真じゃ。夕空の写真を頻繁にあげておるが——お(ぬし)ならば、あの写真の中に何が映っているか、気づくはずじゃ』

 

 オボロはそれだけ言って、すうっと闇に溶けていった。

 

 俺はさっき閉じかけていたジョンパトリックのアカウントを、もう一度スクロールした。哲学ネタや日常思考の合間に、夕空の写真。

 何枚も、何枚も。どれも町並みが映り込まないように慎重にフレーミングされている。居場所の特定を避けている証拠だ。

 

 だが、最新の写真の端に——飛行機雲を引きずる一機の航空機のシルエットが映り込んでいた。

 

 俺は目を細めて、そのシルエットを凝視する。

 

 四発のプロペラエンジン。今どきプロペラで飛ぶ大型機なんて、民間にはない。あれは海自の哨戒機だ。一般の旅客機とは航路がまったく違う。

 

 俺の住むこの街には、隣の市にまたがって海自の航空基地がある。P-3Cが頻繁に上空を飛ぶ地域は限られていた。

 

 ——明日、確かめよう。

 

 スマホを枕元に置いて、天井を見上げる。

 

 犯人の輪郭が、少しずつ見えてきた。

 

 でも、それと同時に——別の疑問が頭をもたげる。

 

 ミッションメールには「無限の選択肢を潰せ」と書いてあった。てっきり都市伝説を止めろという意味だと思っていた。でも——本当にそうなのか?

 

 「潰す」のは都市伝説なのか。それとも——もっと別の何かなのか。

 

 答えはまだ出ない。

 ただ、初めて「観測」ではなく「行動」を選ぼうとしている自分がいることだけは、はっきりと感じていた。

 

 

 




【あとがき補足】
作中に登場する哨戒機について。現実では下総航空基地のP-3Cは後継機のP-1への転換が進んでいますが、本作では物語の都合上、まだP-3Cが運用されている設定としています。プロペラ4発のシルエットのほうが「民間機じゃない」と一目でわかるので、主人公の推理に説得力を持たせるためにこちらを採用しました。航空機ファンの方はご容赦ください。
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