アイは、新しい艤装を気に入っていた。
口に出しては言わない。
だが、結有にはわかる。
訓練後、アイは必ず艤装のガトリングガン部分を確認する。
妖精さんが弾帯を点検していると、じっと横で見ている。
明石が整備記録を読み上げると、わからない単語があっても逃げずに聞いている。
そしてある日、アイは高梨湊に聞いた。
「このガトリング、何の子孫?」
富士田子の浦鎮守府との合同通信中だった。
画面の向こうで、高梨はにこりと笑った。
『いい質問ですねえ』
結有は横で嫌な予感がした。
「高梨さん、今の笑顔、長くなるやつですか」
『少しだけですよお』
神通が静かに椅子を引いた。
「各務原提督、アイさん。座りましょう」
「神通さんも聞く気満々ですね」
「火器の由来を理解することは、運用理解につながります」
暁もやってきた。
「私も聞くわ。一人前のレディは、装備の歴史も学ぶものよ」
アイは画面に向かって言った。
「教えて」
高梨はうなずいた。
『アイさんの艤装に積まれた三十ミリガトリングガンは、もちろん艦娘用に再設計されたものです。でも、その発想の遠い親戚に、GAU-8という有名な機関砲があります』
「がう」
『GAU-8 Avenger。三十ミリの巨大な回転式機関砲です。アメリカのA-10攻撃機に搭載されました』
アイは首を傾げた。
「A-10」
『地上攻撃に特化した飛行機です。戦車や装甲目標を攻撃するために作られた機体ですね。丈夫で、低空を飛び、味方地上部隊を支援する。愛称はサンダーボルトII。ただ、よく“ウォートホッグ”とも呼ばれます』
「豚?」
『そうですねえ。見た目が少し無骨なので』
暁が言った。
「兵器に豚って愛称をつけるの?」
「暁、軍用機の愛称はけっこう自由だよ」
結有が言うと、暁は納得しきれない顔をした。
アイは画面を見つめる。
「GAU-8は強い?」
『とても強いです。ただし、何でも解決する魔法ではありません。重くて、大きくて、弾もたくさん必要です。A-10は、その砲を積むために機体を作った、と言われるくらいです』
「砲が主」
『はい。飛行機が砲を運ぶ、と言ってもいいくらいですねえ』
アイは自分の艤装を見た。
「私は、ガトリングを運ぶ?」
結有が即座に言う。
「違う。アイが主。ガトリングは装備」
アイは結有を見た。
「大事?」
「大事」
高梨は満足そうにうなずいた。
『そこは、とても大事です。兵器が主になってはいけません。使う人が主です』
神通も言った。
「装備に振り回されるのは危険です」
アイは小さくうなずいた。
「明石は振り回す」
「明石さんは、たまに装備と一緒にこちらを振り回しますね」
神通の声は静かだった。
*
高梨の講義は続いた。
『A-10は、近接航空支援という任務で有名です。味方の近くにいる敵を攻撃し、地上部隊を助ける。だから、ただ強く撃てばいいわけではありません』
「味方に当てない」
『その通りです。火力が強いほど、撃つ前に確認しなければいけません。敵はどこか。味方はどこか。民間人はいないか。撃った後に何が起きるか』
結有は少し耳が痛かった。
高梨は画面越しに結有を見た。
『結有ちゃんにも大事な話ですねえ』
「はい」
『ガトリングは派手です。でも派手な武器ほど、我慢が必要です』
アイが言う。
「我慢」
『はい。撃たない強さです』
「撃たないのに強い?」
『撃てるのに撃たない。撃つ時を選ぶ。それが強いんです』
アイは黙った。
その黒い目は、艤装のガトリングガンではなく、どこか遠くを見ていた。
「深海は、撃つ」
アイがぽつりと言った。
「来たら撃つ。呼んで、撃つ。沈める」
高梨の声が少し柔らかくなる。
『だから、アイさんは選ぶ練習をしましょう』
「選ぶ」
『撃つか、撃たないか。前に出るか、待つか。結有ちゃんを止めるか、一緒に行くか』
「脳筋は、止めることが多い」
「否定できない」
結有は小さく言った。
暁が大きくうなずく。
「本当にそうね」
高梨は微笑んだ。
『では、次にルーデルの話をしましょう』
結有は反応した。
「空の魔王?」
『はい。ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。第二次世界大戦のドイツ空軍の攻撃機乗りです。急降下爆撃機や対地攻撃機で多くの出撃を行った人物として知られています』
アイが聞く。
「強い?」
『非常に有名なエースです。特に対地攻撃で知られています。ただし、ここで大事なのは、彼個人を格好よく消費することではありません』
高梨の声から、少しだけ甘さが消えた。
『戦争の記録には、強い人の話がたくさんあります。とてつもない戦果。信じられない生還。普通なら不可能な出撃回数。そういう話は、人を惹きつけます』
「うん」
『でも、それをそのまま真似してはいけません』
神通が静かに目を伏せた。
結有は、時雨の最後を思い出した。
高梨は続ける。
『ルーデルは、何度も出撃し、何度も攻撃し、何度も生き延びた。だから“空の魔王”のように語られることがあります。でも、現代の指揮官が学ぶべきなのは、英雄を作ることではありません』
「じゃあ、何を学ぶ?」
アイが聞く。
『強い個人に頼りすぎる危険です』
部屋が静かになった。
『ひとりの強い人がいると、周囲はその人に無理をさせたくなります。あの人ならできる。あの艦娘なら沈められる。あの提督なら突っ込んでも帰ってくる。そうやって、無茶が作戦に組み込まれていく』
高梨は穏やかに言った。
『私は、それが嫌いです』
結有は何も言えなかった。
神通も、暁も、黙っていた。
アイは自分の艤装を見る。
「私のガトリングは、強い」
『はい』
「だから、無茶をさせられる?」
『可能性はあります』
「結有も、無茶をさせる?」
結有はすぐに答えようとして、止まった。
させない、と言うのは簡単だ。
でも、戦場でアイの力に頼りたくなる時は、必ず来る。
アイなら届く。
アイなら止められる。
アイなら撃てる。
そう思う時が来る。
結有は正直に言った。
「頼ると思う」
アイは結有を見る。
「うん」
「でも、アイだけに押しつけない。アイが撃つなら、僕も考える。神通さんと相談する。暁にも怒られる。高梨さんにも怒られる」
『怒りますよお』
高梨がにこにこ言った。
結有は背筋を伸ばした。
「はい」
アイは少しだけ考えた。
「なら、いい」
*
高梨は画面にA-10の写真と、GAU-8の図を表示した。
巨大な機関砲。
弾倉。
機体の中心線。
反動。
弾薬。
アイは真剣に見ていた。
「大きい」
『大きいですねえ』
「飛行機の中身、ほぼ砲」
『そう見えますね』
「明石と同じ発想?」
結有は吹き出しかけた。
高梨は少し笑った。
『明石さんの場合は、そこにロマンが混じります』
「ロマン」
『はい。危険な言葉です』
神通が強くうなずいた。
「非常に危険です」
アイは覚えたように言う。
「ロマンは危険」
「だいたい合ってる」
結有が言った。
高梨は続ける。
『でも、ロマンが全部悪いわけではありません。強い装備を作りたい。誰かを守れる力を持たせたい。そういう願いも、ロマンの中にあります』
アイは少し黙った。
「明石は、私を飛ばした」
『はい』
「でも、この艤装は私の」
『はい』
「ロマン、少し許す」
神通が言った。
「完全には許さないでください」
「少し」
「少しなら」
結有は笑った。
高梨は最後に、資料を閉じた。
『アイさん。あなたのガトリングガンは、ただ敵を削るためのものではありません』
「違う?」
『はい。近づく敵を止める。味方へ向かう砲を潰す。空から来るものを落とす。結有ちゃんが飛び出しそうになった時に、敵の足を止める』
「脳筋制御火器」
「名前がひどい」
結有が言った。
『でも、かなり大事な役目です』
高梨は笑う。
『撃つための武器である前に、帰るための武器です』
アイはその言葉を、ゆっくり繰り返した。
「帰るための武器」
『そうです』
アイは自分の艤装を見た。
白と黒の専用艤装。
対艦対空ダブル三十ミリガトリングガン。
HEIAP弾。
明石のロマン。
GAU-8の血筋。
A-10の思想。
ルーデルの逸話から学ぶ、強い個人に頼りすぎる危険。
たくさんの情報が、アイの中に入った。
そして、最後に残ったのは簡単なことだった。
これで、結有を帰す。
これで、自分も帰る。
「わかった」
アイは言った。
「撃つ時、考える」
神通がうなずく。
「それが大切です」
暁も胸を張った。
「一人前のレディも、撃つ前に考えるものよ」
「赤いレディは撃つ?」
「暁よ! 私は撃つわよ、ちゃんと!」
「なら、考える赤いレディ」
「なんか変だけど、悪口ではないわね……?」
結有はアイに聞いた。
「ガトリング、もっと好きになった?」
アイは少し考えた。
「うん」
「よかった」
「でも、名前が長い」
「対艦対空ダブル三十ミリガトリングガン」
「長い」
「略す?」
「がうがう」
結有は固まった。
「GAUから?」
「うん」
「かわいいな」
アイは結有を見た。
「かわいい?」
「うん」
「なら、がうがう」
神通が少し困った顔をした。
「正式名称にはしません」
高梨は画面の向こうで楽しそうに笑っていた。
*
その日の浜松鎮守府非公式日誌には、こう記された。
『アイ、高梨湊二佐よりGAU-8、A-10、ルーデルについて学ぶ』
『強い武器ほど撃つ前に考えるべきと理解』
『ルーデルからは英雄依存の危険性を学習』
『明石のロマン、少し許される』
『ガトリングガンの愛称、がうがう案が浮上』
『神通、正式名称化を却下』
『結有、かわいいと言ってアイに採用される』
最後に、誰かが追記した。
『がうがう、撃つ時は考える』