浜松鎮守府の工廠には、張り紙が増えた。
『試験兵装起動前に神通へ報告』
『ロマンは正式な安全理由ではありません』
『空を飛ばさない』
『海を割らない』
『結有提督を実験に巻き込まない』
最後の一枚だけ、結有は少し不満だった。
「僕、巻き込まれに行ってるわけじゃないんだけど」
アイは無表情で言った。
「巻き込まれに走ってる」
「違う」
「飛ぶ」
「たまに」
「殴る」
「必要なら」
「実験を見ると近づく」
「気になるから」
「巻き込まれに行ってる」
結有は反論できなかった。
その日、工廠にはまたしても明石の声が響いていた。
「完成しました!」
暁が即座に身構えた。
「また!?」
神通は静かに言った。
「明石さん。今回は何が完成したのですか」
明石は胸を張った。
「アイさん専用艤装用の主砲およびオプション兵装です」
アイが少しだけ反応した。
「私の?」
「はい!」
工廠中央に置かれていたのは、二種類の兵装だった。
一つは、長大な砲身。
通常の砲というより、細く鋭い槍のように見える。
砲身の周囲には電磁加速用のレールと霊子安定コイルが並び、白黒の制御フレームがアイの艤装と同じ意匠でまとめられていた。
もう一つは、左右一対の箱型兵装。
砲塔というより、光学機器の塊に近い。
内部にレンズと妖精さん用の制御席があり、外装には冷却フィンが並んでいる。
結有は長砲身を見た。
「明石さん、これは?」
「ロングバレルレールキャノンです」
「超電磁砲?」
「はい。霊子電磁加速方式の長砲身レールキャノンです。高初速、長射程、貫通力重視。対重装甲深海棲艦用ですね」
暁が箱型兵装を指差した。
「こっちは?」
「LAWSです」
「ろーず?」
「Laser Weapon System。レーザー兵器システムです。対空、対小型目標、近距離迎撃、センサー焼灼用のオプション兵装になります」
工廠が沈黙した。
結有は神通を見た。
神通は明石を見ていた。
とても静かだった。
「明石さん」
「はい」
「なぜ、アイさんの艤装に超電磁砲とレーザー兵器を搭載しようと?」
明石は真剣な顔で答えた。
「必要だからです」
神通の目が少しだけ変わった。
明石は続ける。
「アイさんの現行艤装は、近距離から中距離では非常に優秀です。三十ミリガトリングガン、主砲、魚雷、機動性。ですが、戦艦級以上の重装甲目標や、中枢級の外殻に対しては決定力不足になる可能性があります」
「それでレールキャノン」
「はい。火薬式より反応の癖が少なく、アイさんの霊子出力を弾体加速に変換しやすい。単発高火力ですが、艤装リミッタを飛ばさない設計にしました」
結有の表情が少し硬くなった。
艤装リミッタ。
時雨の最後に関わる言葉。
アイも、わずかに結有を見た。
明石はそれに気づき、少し声を落とした。
「安全制御は最優先です。出力上限を三段階で固定し、アイさん自身が解除できない構造にしています。解除には明石、神通さん、結有提督の三者承認が必要です」
神通が確認する。
「三者承認」
「はい。誰か一人が熱くなっても、勝手に上限解除できません」
「よい判断です」
明石はほっとした顔をした。
「ありがとうございます」
暁が腕を組んだ。
「それで、レーザーは?」
「LAWSは弾薬を消費しない迎撃手段です。ガトリングガンは強力ですが、弾薬消費が激しい。レーザーなら、小型飛行型や偵察型、誘導弾の迎撃に使えます」
「弾が減らないのはいいわね」
「ただし、熱が出ます」
「どれくらい?」
「使いすぎると、艤装が湯気を出します」
「だめじゃない!」
「なので冷却制限があります!」
アイはLAWSをじっと見ていた。
「光で撃つ?」
「はい」
「音は?」
「ほとんどありません」
「がうがうより静か」
「かなり静かです」
「好き」
結有が笑った。
「アイ、静かな武器好きなんだ」
「がうがうはうるさい」
「自分で愛称つけたのに」
「うるさいものはうるさい」
神通はレールキャノンを見た。
「実射試験は?」
「訓練海域の遠距離標的で行います。出力は第一段階のみ。LAWSも低出力照射から」
「よろしい」
明石は少しだけ笑った。
「今回は、飛びません」
アイが言った。
「本当に?」
「本当に!」
結有も聞いた。
「爆発は?」
「しません!」
暁が聞いた。
「海は割れる?」
「割れません!」
神通が最後に聞いた。
「反省文案件になりますか」
明石は一瞬だけ黙った。
「ならないようにします」
「そこは言い切ってください」
*
試験海域には、いつもより多くの見学者がいた。
最上、夕立、扶桑、山城。
明石の工廠妖精さんたち。
そして通信越しに、高梨湊。
『超電磁砲とレーザーですかあ。明石さん、ずいぶん攻めましたねえ』
高梨の声は楽しそうだった。
神通は通信へ向けて言う。
「高梨提督。楽しそうですね」
『兵装体系としては興味深いですから。もちろん、安全第一ですよお』
「後半を先に言ってください」
結有は高速艇からアイを見ていた。
アイは海面に立ち、新しいオプション兵装を装着している。
背部右側にロングバレルレールキャノン。
左側にLAWSユニット。
普段の白黒艤装より、少しだけ重厚に見えた。
でも、アイは沈まない。
ふらつかない。
「アイ、重い?」
「少し」
「嫌?」
「嫌じゃない」
アイはレールキャノンに触れた。
「長い」
「主砲って感じだね」
「これで、硬い敵を抜く」
「らしい」
「結有は抜かない」
「僕を撃つ想定しないで」
「脳筋が敵の前に飛ぶから」
「今日は飛ばない」
「記録する?」
「しなくていい」
神通が試験開始を告げた。
「第一試験。LAWS低出力照射。標的、訓練用小型ドローン一機」
明石の声が通信に乗る。
『アイさん、照準同期します。焦点を合わせて、軽く意識を通してください』
「軽く」
『はい。睨みつけると出力が上がりすぎます』
「睨まない」
アイの左側ユニットが静かに動いた。
レンズ内部に白い光が集まる。
音はほとんどない。
一瞬、細い光が走った。
次の瞬間、遠方のドローンの片翼が焼き切れ、海へ落ちた。
暁が目を丸くする。
「本当に静かね」
夕立が言った。
「ぴかってしたっぽい!」
最上は感心したようにうなずく。
「迎撃には便利そうだ」
明石が嬉しそうに言う。
『照射安定。熱量、許容範囲内。いいですね』
神通も言った。
「次、連続照射は避けてください。冷却を挟みます」
「了解」
アイは短く答えた。
次はレールキャノンだった。
海域の遠方に、重装甲標的が浮かべられる。
戦艦級深海棲艦の外殻を模した訓練用標的。
分厚い装甲板が何層も重なっている。
明石の声が、少し緊張する。
『第一段階出力。反動制御確認。弾体装填。霊子電磁加速開始』
レールキャノンが低くうなった。
火薬の砲とは違う音だった。
空気が震える。
海面に細かな波紋が広がる。
アイの白髪が、静電気を帯びるようにふわりと浮いた。
結有は思わず声をかけた。
「アイ」
「平気」
アイは答えた。
「私の中を通る。でも、暴れない」
明石が続ける。
『照準固定。撃てます』
神通が確認する。
「アイさん、状態は」
「撃てる」
「発射を許可します」
アイは静かに言った。
「撃つ」
音が遅れて来た。
光ではない。
爆炎でもない。
弾体が空気を裂き、一直線に標的へ突き刺さった。
重装甲標的の中心に穴が開く。
次の瞬間、内部構造が遅れて砕け、装甲板が外側へめくれた。
結有は息を呑んだ。
「すご」
暁も呆然としている。
「これ、一発?」
山城が低く言った。
「不幸を貫通しそうな威力ね」
扶桑は困ったように微笑む。
「頼もしいですが、少し怖いですね」
神通はアイを見た。
「反動は」
「少し押された」
「痛みは」
「ない」
「霊子逆流は」
「ない」
明石が端末を見て叫んだ。
『成功です! 第一段階、完全安定!』
工廠妖精さんたちが歓声を上げる。
アイはレールキャノンを見た。
「これ、がうがうより静か」
結有が言った。
「でも怖いね」
「うん」
アイは少しだけうなずいた。
「これは、考えて撃つ」
高梨の声が通信に入る。
『とても大事です。アイさん、その兵装は“当てる”より“撃たないで済ませる”判断の方が難しいですよお』
「わかった」
結有はアイを見る。
「頼もしくなったね」
アイは結有を見る。
「結有が飛ぶ前に、敵を抜く」
「僕の飛び蹴り対策兵装みたいになってない?」
「そう」
「違うって言ってほしい」
神通が静かに言った。
「かなり近い運用です」
「神通さんまで」
*
試験は無事に終わった。
飛ばない。
爆発しない。
海も割れない。
ただし、標的はきれいに貫通した。
浜松鎮守府としては、近年まれに見る成功試験だった。
帰投後、明石は正式報告書を作成した。
『アイ専用艤装オプション兵装試験』
『ロングバレルレールキャノン:第一段階出力安定』
『LAWS:低出力迎撃試験成功』
『安全制御:三者承認方式を採用』
『備考:ロマン』
神通が赤ペンで最後の一行を消した。
「明石さん」
「はい」
「また書きましたね」
「小さく書きました」
「大きさの問題ではありません」
アイは横から報告書を覗き込む。
「ロマン、消された」
「正式文書には不要です」
「でも、少しある」
神通は少しだけ黙った。
「……少しなら、心の中に」
明石が嬉しそうに顔を上げる。
「神通さん!」
「報告書には書きません」
「はい」
結有はアイの新しい兵装を見ていた。
「主砲、名前つける?」
アイは考えた。
「長い」
「そのまま?」
「ろング」
「なぜそこだけ」
「LAWSは、ぴか」
「ぴか」
「がうがう、ろング、ぴか」
暁が頭を抱えた。
「兵装の愛称が全部ゆるいわ!」
最上が笑う。
「でもアイらしいね」
夕立が元気よく言った。
「ぽい砲も欲しいっぽい!」
神通が即座に言う。
「明石さん、作らないでください」
「まだ何も言ってません!」
「目が言っていました」
山城が扶桑の後ろでつぶやく。
「姉様専用の幸運砲とか」
「山城?」
「何でもありません、姉様」
その日の浜松鎮守府非公式日誌には、こう記された。
『アイ専用艤装、主砲およびオプション兵装完成』
『ロングバレルレールキャノン、試射成功』
『LAWS、静かにドローンを焼く』
『明石、またロマンと書いて神通に消される』
『安全制御は明石・神通・結有の三者承認』
『アイ、愛称をろング、ぴかと命名』
『結有、飛ぶ前に敵を抜かれる予定』
最後に、誰かが追記した。
『明石のロマン、今回はわりと正しかった』
神通はそれを見て、少し考えた。
そして、赤ペンで消さなかった。
夜。
アイは格納庫で、自分の艤装を見ていた。
がうがう。
ろング。
ぴか。
名前は少し間抜けだ。
でも、どれも自分のために作られた。
深海に戻るためではない。
艦娘本部に解析されるためでもない。
浜松鎮守府の海に立ち、結有たちと帰るための装備。
結有が隣に来た。
「まだ見てるの?」
「うん」
「気に入った?」
「うん」
「よかった」
アイは少し黙ってから言った。
「強くなると、遠くに行く?」
結有はアイを見る。
「アイが?」
「うん」
「行かないよ」
「なぜ」
「強くなるのは、遠くに行くためじゃなくて、帰ってくるためだって高梨さんが言ってた」
「帰るため」
「うん」
アイは艤装を見た。
長い主砲。
静かな光の兵器。
うるさいガトリング。
「なら、持つ」
「うん」
「結有が飛んだら、ろングで敵を抜く」
「飛ばない努力はする」
「努力では困る」
「神通さんみたいなこと言う」
アイは、ほんの少しだけ結有の袖をつまんだ。
「帰るため」
結有は小さく笑った。
「帰るため」
格納庫の外では、夜の海が静かに鳴っていた。