各務原結有の浜松鎮守府初日は、公式記録上、こうまとめられた。
『提督候補生各務原結有、着任。同日、訓練海域外縁に出現した小型深海棲艦を、軽巡神通、駆逐艦暁と共同で撃破』
そこだけ読めば、実に立派な初陣である。
問題は、非公式記録の方だった。
『救助用モーターボートを無断使用』
『候補生本人が深海棲艦へ肉薄』
『ボートから跳躍し、対象へ飛び蹴り』
『軽巡神通、駆逐艦暁、管制室勤務員、整備班、全員の心胆を寒からしめる』
『帰投後、反省文二十枚』
さらにその下に、神通の端正な字で一文が添えられていた。
『再発防止のため、救助用モーターボートの鍵管理を厳格化すること』
翌朝。
浜松鎮守府の食堂で、結有は焼き魚定食を前にしていた。
朝の食堂はにぎやかだった。艦娘、自衛官、整備員、妖精さんの姿が見える者と見えない者。全員がそれぞれの朝を抱え、味噌汁の湯気と食器の音の中にいる。
その中央付近で、結有は明らかに注目されていた。
視線が刺さる。
敵意ではない。
尊敬でもない。
好奇心と警戒と、「あれが例の」という空気が混ざった、たいへん居心地の悪い視線だった。
結有は箸を持ったまま、正面に座る暁を見た。
「僕、なんか見られてる?」
「見られてるわね」
暁は牛乳を飲みながら、きっぱりと言った。
「昨日あれだけのことをしたんだから、当然よ。一人前のレディなら、着任初日に救助用ボートで深海棲艦へ飛び蹴りなんてしないもの」
「レディじゃないからなあ」
「そこじゃないの!」
暁は箸を置き、身を乗り出した。
「司令官候補としての自覚の話よ。いい? 司令官はどっしり構えて、艦娘に的確な指示を出して、みんなを安心させる存在なの。自分から敵に飛んでいく存在じゃないの」
「でも効いたよ」
「効いたかどうかじゃないって昨日も言った!」
暁の声に、周囲の席からくすくすと笑いが漏れた。
結有は焼き魚を一口食べた。
「うまい」
「聞いてる?」
「聞いてる。反省してる」
「本当に?」
「昨日、二十枚書いた」
「反省文を書いたことと、反省したことは違うわ」
暁は小さな胸を張った。
「神通さんが言ってたわ」
「神通さんの言葉は重いな」
「でしょ」
その神通は、少し離れた席で静かに朝食を取っていた。姿勢は美しく、箸の使い方にも隙がない。だが、ときおり結有の方へ視線を向ける。そのたびに結有は背筋を伸ばした。
あれは見守りではない。
監視である。
食堂の入口が開き、新たに数人の艦娘が入ってきた。
まず目立ったのは、快活そうな駆逐艦だった。髪を揺らしながら、鼻歌まじりに歩いてくる。
「おっ、いたいた。あれが時雨の子っぽい?」
夕立だった。
その後ろから、扶桑と山城が続く。姉の扶桑は穏やかな微笑みを浮かべ、妹の山城はどこか不機嫌そうな目で周囲を見ていた。さらに少し遅れて、最上が軽い足取りで入ってくる。
「夕立、声が大きいよ」
最上が苦笑した。
「でも気になるっぽい。昨日、ボートから飛んだって聞いたっぽい」
「聞いたの、それ?」
「鎮守府中で聞いたっぽい」
夕立は悪びれない。
暁が口を尖らせた。
「噂になるのが早すぎるわ」
「噂じゃない。事実っぽい」
「それが問題なのよ」
夕立は結有の前まで来ると、じっと顔を覗き込んだ。
明るい目だった。
けれどその奥に、ほんの少しだけ探るような色がある。
「あなたが結有?」
「はい。各務原結有です」
「夕立だよ。時雨とは、いっぱい一緒に戦ったっぽい」
時雨。
その名が出た瞬間、結有の周囲の空気がわずかに変わった。
食堂のざわめきが、一拍だけ遅れる。
扶桑の目が伏せられ、山城の眉が少し動き、神通の箸が一瞬止まる。
結有は、その変化に気づいた。
もう慣れている。
母の名が出ると、こうなる。
誰もが何かを知っている顔をする。
でも、誰も最後までは話さない。
結有は茶碗を置いた。
「母がお世話になりました」
そう言うと、夕立は少しだけ目を丸くし、それから笑った。
「うん。時雨もきっと、結有に会ったらびっくりするっぽい」
「ボートの件で?」
「それもあるっぽい」
夕立は隣の席に座った。扶桑と山城、最上も近くに腰を下ろす。
これで結有の周囲は、急に艦娘密度が高くなった。
暁はなぜか得意げだった。
「結有さんは私たちの司令官候補なの。だから、何か聞きたいことがあったら、まず私を通してもらうわ」
「暁が?」
最上が笑いをこらえる。
「何よ」
「いや、頼もしいなって」
「当然よ。一人前のレディだもの」
山城が結有を見た。
「それで、あなた。昨日の飛び蹴り、本当に自分の判断でやったの?」
「はい」
「誰かに命じられたわけでもなく?」
「はい」
「不幸だわ……浜松鎮守府が」
「山城」
扶桑が柔らかくたしなめる。
「でも姉様、着任初日にこれよ。次は何をするかわからないわ」
「次は許可を取ります」
結有が言うと、山城は額に手を当てた。
「許可が出ると思っているところが不幸だわ」
周囲からまた笑いが起きた。
そのとき、整備班の若い隊員が、盆を持ったまま近づいてきた。顔には好奇心がはっきり出ている。後ろに二人、同じような隊員が控えていた。
「あの、各務原候補生」
「はい」
「少し、聞いてもいいですか」
「僕に答えられることなら」
隊員は一度周囲を見た。艦娘たちの視線が集まっていることに気づき、少し緊張したらしい。だが好奇心が勝った。
「各務原一佐の娘さん、なんですよね」
「はい。父は各務原裕二一等陸佐です」
その名に、今度は自衛官側が反応した。
鬼の各務原。
陸自の教導隊長。訓練で泣かされた者、遠巻きに伝説だけ聞いた者、映像教材で見た者。海の鎮守府であっても、その名は妙な通り方をしていた。
隊員は声を落とした。
「じゃあ、あの噂って本当なんですか」
「噂?」
結有は味噌汁を飲んだ。
「父の噂はいろいろあるからなあ。訓練中に熊を睨んで帰らせたとか?」
「それも聞きましたけど、違います」
「夜間行軍で迷子の隊員を匂いで見つけた?」
「それも聞きましたけど」
「新隊員の靴音だけで出身県を当てる?」
「そんなのもあるんですか」
「外れます。父は栃木と茨城をよく間違えます」
暁が小声で言った。
「その噂、どれも変じゃない?」
隊員は覚悟を決めたように言った。
「バッジコレクター伝説です」
食堂の一部が、ぴたりと静かになった。
最上が「ああ」と苦笑する。
夕立は目を輝かせた。
「何それ、面白そうっぽい」
山城はすでに嫌な予感がしている顔だった。
扶桑は困ったように微笑んでいる。神通は少し離れた席から、聞こえていないふりをして聞いていた。
結有は箸を止めた。
「バッジコレクター伝説か」
「やっぱり知ってるんですか」
「知ってるというか、家にある」
「あるんですか!?」
隊員の声が裏返った。
暁が身を乗り出した。
「待って。バッジコレクターって何?」
結有は少し考えた。
「父が、趣味でヤクザの事務所を襲撃して、組の代紋バッジを持ち帰って集めてたっていう噂」
食堂が沈黙した。
完全な沈黙だった。
味噌汁の湯気だけが、のんびり立ちのぼる。
暁が、ぎこちなく笑った。
「ま、またまた。そんなことあるわけないじゃない。いくら鬼の各務原さんでも、自衛官でしょう?」
「うん」
「だったら、そんな犯罪みたいな」
「犯罪だね」
「認めないで!」
最上が額を押さえた。
「いや、それ、さすがに誇張された武勇伝じゃないのかな」
結有は焼き魚の骨を丁寧に外した。
「僕も小さい頃はそう思ってた」
「小さい頃は?」
「ある日、父の部屋を掃除してたら、棚に小箱があって」
「小箱」
「開けたら、バッジがずらっと」
隊員たちが息を呑んだ。
夕立が楽しそうに聞く。
「何個くらい?」
「僕が見たときは、二十七個」
「多いっぽい!」
山城が青ざめた。
「何を集めているの、あの人……」
「父いわく、若気の至り」
結有は淡々と言った。
「若気で済むの!?」
暁が叫んだ。
結有は首を傾げた。
「父は『今はもうやってない』って言ってた」
「今は、という言葉の重さ!」
「あと『趣味ではない。訓練の一環だ』とも」
神通が、遠くの席で静かに湯飲みを置いた。
音は小さかった。
だが、その場の何人かは反射的に背筋を伸ばした。
若い隊員は、もう引き返せない顔で聞いた。
「襲撃って、具体的には」
「父から聞いた話だと、当時はまだ若くて、血の気が多くて、町で因縁をつけられたらしい」
「そこから事務所まで行くんですか」
「行ったらしい」
「一人で?」
「一人で」
暁は口をぱくぱくさせている。
扶桑が困ったように言った。
「結有さん、その話は食堂でしてよいものなのでしょうか」
「だめかもしれません」
「ではなぜ」
「聞かれたので」
山城が深いため息をついた。
「不幸だわ……血筋が」
結有は淡々と続けた。
「父は事務所に入って、そこにいた人たちを全員制圧して、壁に飾ってあった代紋を一つ持って帰った。そしたら、後日別の組の人たちが『うちの方が強い』って来て、それも制圧して、またバッジが増えた」
最上が笑っていいのか迷っている顔をした。
「何その収集システム」
「父は『向こうから来た』って言ってた」
「その理屈は危ないなあ」
「で、いつの間にか、父の部屋にバッジ箱ができた」
隊員の一人が、恐る恐る言った。
「それ、都市伝説じゃなくて、本当なんですか」
「本当」
「証拠は」
「写真あるよ」
結有はポケットからスマートフォンを取り出しかけた。
その瞬間、神通が立ち上がった。
「各務原候補生」
「はい」
「その写真は、ここでは出さないでください」
「はい」
結有は素直にスマートフォンをしまった。
神通は静かに歩いてきた。食堂の空気が自然に整列する。誰も号令をかけていないのに、なぜか皆が姿勢を正した。
「皆さん」
神通は穏やかに言った。
「各務原一佐の過去について、真偽不明の逸話を勤務中に広めることは望ましくありません」
「真実です」
結有が言った。
「各務原候補生」
「はい」
「真実であってもです」
「はい」
暁が小さく手を上げた。
「でも神通さん、私、ちょっとだけ気になるわ」
「暁さん」
「だって、バッジが二十七個も」
「暁さん」
「はい」
暁は背筋を伸ばした。
神通は結有に向き直る。
「お父様は、その件で処分を受けなかったのですか」
「受けたみたいです」
「でしょうね」
「ただ、相手側がいろいろ表沙汰にしたくなかったのと、父がその後やたら任務で成果を出したのと、あと当時の上官が『あいつを営内に閉じ込めるより、訓練場で走らせた方が社会のためだ』と言ったらしくて」
「……」
「最終的に、ものすごく怒られて終わったって」
山城がつぶやいた。
「怒られて終わる話ではないわ」
「父もそう言ってた。『普通は終わらん』って」
結有は味噌汁を飲み干した。
「だから父は、自分のことを棚に上げて、僕にはよく言うんだ。無茶をするな、法を守れ、上官の命令を聞けって」
最上が苦笑した。
「説得力あるのかないのか、わからないね」
「父いわく、『俺のようになるな』は経験者の言葉だから重いらしい」
「それは重いっぽい」
夕立がうなずいた。
暁は何かを考え込んでいた。
「つまり、結有さんが昨日ボートで飛び蹴りしたのは」
「父のせいじゃない」
「でも血筋では?」
「否定は難しい」
「難しいんだ……」
食堂のあちこちで笑いが起きた。
笑いながらも、皆の結有を見る目は少し変わっていた。
時雨の娘。
その重い肩書きだけでなく、鬼の各務原の娘。バッジコレクターの娘。着任初日に深海棲艦へ飛び蹴りした提督候補生。深海棲艦を刺身にしたことのある危険人物。
情報が増えるほど、尊敬から遠ざかっていく。
その代わり、距離は少し近くなった。
結有は、それを悪くないと思った。
母の名前だけで見られるより、ずっといい。
*
朝食後、結有は神通に呼び止められた。
暁も一緒だった。本人いわく「監督役として当然」らしい。
場所は訓練場脇の小さな会議室。窓の向こうには、朝の海が見える。昨日、結有が飛んだ海だ。
神通は卓上に数枚の書類を置いた。
「昨日の件について、正式な処分は訓告です」
「訓告」
「本来なら、もっと重くなってもおかしくありませんでした。未確認深海棲艦への接近、救助艇の無断使用、命令違反。候補生でなければ、かなり厳しい扱いになります」
「はい」
結有は素直に頭を下げた。
「すみませんでした」
神通は、そのまましばらく結有を見ていた。
「反省はしていますか」
「しています」
「では、同じ状況でもう一度、同じことをしますか」
暁がぎょっとした。
「神通さん?」
結有は答えに詰まった。
ここで「しません」と言えばいい。
それが正しい。
それが模範解答だ。
でも。
あの海で、深海棲艦がこちらへ砲を向けた。
体の奥が熱くなった。
放っておけないと思った。
結有は嘘が下手だった。
「たぶん、します」
暁が頭を抱えた。
「なんで正直に言うの!」
神通は怒らなかった。
ただ、静かに言った。
「そうですか」
「すみません」
「謝罪ではなく、理解が必要です。あなたが前に出る人間だということは、昨日でわかりました」
神通は書類を一枚めくった。
「あなたの霊子値は、通常の提督適性者を大きく上回っています。艤装への干渉、深海棲艦への直接打撃、妖精さんとの同調。いずれも異常値です」
「異常値」
「はい」
「褒め言葉ですか」
「評価語です」
「なるほど」
暁が横から言った。
「便利な言い方ね」
神通は続けた。
「あなたが前線に出ることを、全面的に否定するだけでは、おそらく意味がありません。ですが、無秩序に出られると部隊全体が危険になります」
「はい」
「ですから、今後はあなたの行動を制御するための訓練を行います」
「制御」
「まず、勝手に走り出さない訓練です」
暁がうなずいた。
「一番大事ね」
「次に、艦娘の位置を把握した上で前に出る訓練」
「前に出る前提なのね」
「最後に、前に出た後で生きて帰る訓練」
「そこは本当に大事!」
結有は少し目を丸くした。
「神通さん、止めないんですか」
「止めます」
「ですよね」
「ですが、止めきれない状況もあるでしょう。その時に、あなたが勝手に死なないようにします」
神通の声は淡々としていた。
だが、その言葉の奥にあるものは冷たくなかった。
結有は、ふと母のことを思い出した。
時雨も、こういう声で何かを言うことがあった。優しいだけではない。怒っているだけでもない。相手を生かすために、必要なことを言う声。
結有は背筋を伸ばした。
「よろしくお願いします」
「はい。では本日の午前は基礎座学です」
「座学」
結有の顔がわずかに曇った。
暁が目ざとく気づいた。
「今、嫌そうな顔したわね」
「してない」
「したわ」
「少し」
「したのね」
神通は書類を整えた。
「内容は、提督としての部隊指揮、鎮守府規則、救助艇管理規定、そして命令系統についてです」
「救助艇管理規定」
「昨日の件で追加しました」
「僕のせいですね」
「はい」
まったく否定されなかった。
*
午前の座学は、結有にとって深海棲艦との戦闘より厳しかった。
神通の説明はわかりやすい。わかりやすいが、逃げ場がない。暁は隣で真面目にノートを取っている。途中で結有が窓の外を見ると、暁が肘でつついた。
「司令官候補、集中」
「はい」
「一人前のレディは、ちゃんと聞くものよ」
「暁は偉いな」
「と、当然よ」
暁は少し得意げになった。
昼前、座学が終わる頃には、結有のノートにはこう書かれていた。
『救助用モーターボートは救助用』
『命令違反はだめ』
『神通さんは怒ると静か』
『暁は牛乳が好き』
『バッジの話は食堂でしない』
神通はそのノートを見て、しばらく黙った。
「要点は、ある程度押さえています」
「ありがとうございます」
「ただし、余計な情報が多いです」
「すみません」
その時、会議室の扉がノックされた。
入ってきたのは最上だった。
「失礼。神通、ちょっといいかな。管制から連絡」
神通の表情が切り替わる。
「何かありましたか」
「昨日の未確認反応、また出た。浜松沖、昨日より近い」
結有の胸の奥が、静かに熱を帯びた。
白い髪。
黒い目。
波間に立っていた幼い少女。
「人影は?」
結有が思わず聞いた。
最上は彼女を見た。
「まだ確認中。でも、霊子反応が変なんだ。艦娘反応と深海反応が混ざってる。管制の子が、測定器の故障かって言ってた」
暁が不安そうに神通を見た。
「それって、昨日結有さんが見た子?」
「可能性はあります」
神通は短く判断した。
「最上さん、警戒態勢を。私は管制に入ります。暁さんは各務原候補生と待機」
「了解」
最上が出ていく。
結有は立ち上がった。
「僕も行きます」
「待機です」
神通の声が飛ぶ。
昨日と同じだ。
でも、今日は少し違った。
神通は結有の目を見て、続けた。
「出る必要があると判断した場合、こちらから命じます。勝手に走らないこと」
「……はい」
結有は拳を握った。
暁が横でじっと見ている。
「結有さん」
「何?」
「今、ボートのこと考えたでしょ」
「少し」
「考えない!」
「はい」
窓の外の海は、昼の光を受けて明るかった。
けれどその向こうに、何かがいる。
敵かもしれない。
味方かもしれない。
どちらでもない、何かかもしれない。
結有は、昨日の声を思い出した。
あと任せた。
それが誰の声なのか、まだわからない。
ただ、海の向こうで誰かが待っている。
そんな気がした。
*
同じ頃。
浜松沖の波間に、白い少女が浮かんでいた。
白髪は海水に濡れて頬に張りつき、黒い瞳は瞬きもせず、遠くの鎮守府を見ている。青白い肌。幼い輪郭。人間の子供のように見えて、人間の気配からは少しずれている。
彼女の周囲では、深海棲艦の残骸のような黒い泡が、音もなく弾けていた。
少女は、自分の胸に手を当てた。
そこに鼓動はある。
だが、それが誰のものなのか、彼女自身にもわからない。
深い海から、声がする。
戻れ。
遠い光の方からも、声がする。
行って。
どちらも、自分を呼んでいる気がした。
少女は、小さくつぶやいた。
「……アイ」
それが名前なのか、言葉なのか、祈りなのか。
まだ、誰も知らなかった。