艦隊これくしょん 残響のアイ   作:SAMICO

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幕間 大貫本部長、太田胃散を贈られる

 艦娘本部長、大貫悟空将は、強い男である。

 

 深海棲艦出現後の混乱期を見た。

 各国海軍が沈み、シーレーンが断たれ、人類が海を失っていく過程を見た。

 艦娘という存在と向き合い、艦娘本部を作り、各地に鎮守府を置いた。

 

 政治家にも怒鳴られた。

 各省庁にも挟まれた。

 各国の軍人とも渡り合った。

 深海棲艦の侵攻報告も、艦娘の轟沈報告も、何度も受け取った。

 

 だから大貫は、多少のことでは動じない。

 

 動じない、はずだった。

 

「本部長」

 

 副官が執務室へ入ってきた。

 

「何だ」

 

「荷物が届いております」

 

「どこから」

 

「太田胃散株式会社からです」

 

 大貫は書類から顔を上げた。

 

「……何?」

 

「太田胃散株式会社からです」

 

「聞こえた。なぜだ」

 

「かなり大量です」

 

「なぜだ」

 

 副官は答えられなかった。

 

      *

 

 艦娘本部の搬入口には、段ボール箱が積まれていた。

 

 一箱や二箱ではない。

 

 山だった。

 

 箱の側面には、見慣れた文字。

 

『太田胃散』

 

 大貫は、無言でその山を見た。

 

 副官が一通の封書を差し出す。

 

「こちらが添え状です」

 

 大貫は封を開けた。

 

 中には、丁寧な文面の手紙が入っていた。

 

『艦娘本部長 大貫悟空将殿

 

 日々、我が国と人類の海を守るためご尽力されていることに、深く敬意を表します。

 

 昨今、艦娘本部長殿がたびたび頭を抱え、胃痛を訴えておられるとの風聞を耳にいたしました。

 

 深海棲艦への対応、各地鎮守府の運営、ならびに一部たいへん個性的な関係者各位へのご対応に、心身のご負担も大きいことと拝察いたします。

 

 つきましては、ささやかながら弊社製品をお贈りいたします。

 

 どうかご自愛ください。』

 

 大貫は読み終えた。

 

 しばらく黙った。

 

 そして、低く言った。

 

「風聞とは何だ」

 

 副官は目を逸らした。

 

「本部長が頭を抱えている場面は、比較的多く目撃されています」

 

「誰のせいだ」

 

「複数名おります」

 

「具体的に言え」

 

「よろしいのですか」

 

「言え」

 

 副官は端末を開いた。

 

「まず、各務原結有提督」

 

「うむ」

 

「着任初日の救助用モーターボート飛び蹴り」

 

「うむ」

 

「深海棲艦刺身事件」

 

「あれは着任前だ」

 

「ブラック鎮守府殴り込み」

 

「うむ」

 

「正式提督就任試験での乱闘」

 

「うむ」

 

「アイさんとの嫁発言案件」

 

「それは私の管轄なのか」

 

「記録には上がっています」

 

 大貫は目を閉じた。

 

「続けろ」

 

「各務原裕二一佐」

 

「うむ」

 

「バッジコレクター伝説」

 

「うむ」

 

「ブラック提督について、なぜ股間を潰さなかった発言」

 

「思い出させるな」

 

「怪異メリーさんへの反射膝蹴り」

 

「うむ」

 

「メリーさんを養女として引き取りたいとの相談」

 

「うむ」

 

「メリーさんが元ブラック提督を背後から刺した件」

 

「うむ」

 

「背後の取り方が改善されたと評価した件」

 

「そこも報告に上げるな」

 

「上がっております」

 

 大貫は段ボール箱の山を見た。

 

 副官はさらに続ける。

 

「浜松鎮守府工廠の明石さん」

 

「うむ」

 

「試製三連装八十センチメートル砲でアイさんを空に飛ばした件」

 

「うむ」

 

「対艦対空ダブル三十ミリガトリングガン、HEIAP搭載」

 

「うむ」

 

「ロングバレルレールキャノン」

 

「うむ」

 

「LAWS」

 

「うむ」

 

「報告書の備考にロマンと書いた件」

 

「消せ」

 

「神通さんが消しました」

 

「よろしい」

 

 副官は一拍置いた。

 

「高梨湊二佐」

 

「高梨は優秀だ」

 

「はい。非常に」

 

「胃痛案件ではない」

 

「三英傑批判講義で、あのサル発言」

 

「……うむ」

 

「銀河英雄伝説主要人物大批判」

 

「うむ」

 

「週刊誌で、敵の四倍を揃えて袋叩きにせよ発言」

 

「内容は正しい」

 

「見出しにはなりました」

 

「うむ」

 

「双子の姉、高梨未来が深海提督として出現」

 

 大貫は長く息を吐いた。

 

「それは笑えん」

 

「はい」

 

 副官は端末を閉じた。

 

「以上のような事情から、太田胃散様がご心配されたものと思われます」

 

 大貫は段ボール箱の山を見る。

 

「……ありがたいことだ」

 

「はい」

 

「ありがたいが、なぜこんな量なのだ」

 

「本部全体でお使いください、とのことです」

 

      *

 

 その日の午後。

 

 艦娘本部内に、臨時の配布所が設けられた。

 

『太田胃散 配布中』

『胃痛・胸やけ・飲みすぎに』

『本部長より、各部署へ』

 

 職員たちは、最初は困惑した。

 

 しかし、すぐに行列ができた。

 

「浜松関連の報告書を読んでから胃が」

「富士田子の浦の高梨二佐の週刊誌対応で広報が」

「明石さんの兵装審査で技術部が」

「怪異保護制度の法的検討で法務が」

「深海提督の件で戦略部が」

 

 皆、静かに受け取っていった。

 

 大貫はその様子を見ていた。

 

「艦娘本部とは、何なのだろうな」

 

 副官は答えた。

 

「人類の海を守る組織です」

 

「そうだな」

 

「同時に、各種想定外事案の受け皿でもあります」

 

「後半が重い」

 

 そこへ、通信担当が走ってきた。

 

「本部長、浜松鎮守府より連絡です」

 

 大貫の胃が、少しだけ重くなった。

 

「内容は」

 

「メリーさんの一時来訪に伴い、背後出現時の安全講習を実施したいとのことです」

 

「誰が講師だ」

 

「神通さんです」

 

「ならよい」

 

「実技補助に各務原裕二一佐が」

 

「やめさせろ」

 

 大貫は即座に言った。

 

「怪異相手に膝蹴りした男を、背後出現安全講習の実技補助にするな」

 

「了解しました」

 

 副官が、そっと太田胃散を差し出した。

 

 大貫は受け取った。

 

      *

 

 数日後。

 

 浜松鎮守府にも、太田胃散の箱が届いた。

 

 送り主は艦娘本部。

 

 同封されたメモには、短くこう書かれていた。

 

『必要に応じて使用されたし。大貫』

 

 結有は箱を見て首を傾げた。

 

「これ、何でうちに?」

 

 神通は静かに言った。

 

「心当たりは多いですね」

 

「僕ですか?」

 

「一部は」

 

「一部」

 

 暁が腕を組んだ。

 

「結有さんとアイと明石さんとメリーさんと、あと各務原一佐の分じゃない?」

 

「多いな」

 

 アイが箱を覗き込む。

 

「薬?」

 

「胃薬だね」

 

「胃が痛い?」

 

「大貫さんが」

 

「なぜ」

 

 暁が指を折る。

 

「結有さんが飛ぶ。アイが嫁って言う。明石さんが飛ばす。メリーさんが刺す。各務原一佐が膝蹴りする。高梨さんが怖い。未来さんが深海提督」

 

 アイは少し考えた。

 

「大貫、かわいそう」

 

「本当にね」

 

 明石が工廠から顔を出した。

 

「私もいただいていいですか? 安全審査書類を読むと胃が」

 

 神通が静かに見る。

 

「明石さん」

 

「はい」

 

「胃が痛む原因を作っている側でもあります」

 

「はい……」

 

 最上が笑いながら言った。

 

「でも、ありがたくもらっておこうか。浜松、胃に悪いこと多いし」

 

 夕立が箱を見て言う。

 

「ぽいぽい胃薬っぽい!」

 

 山城がつぶやく。

 

「不幸な差し入れね」

 

 扶桑は穏やかに微笑んだ。

 

「でも、気遣いはありがたいですね」

 

 結有は太田胃散の箱を一つ手に取った。

 

「大貫さんにお礼言わないと」

 

 神通がうなずく。

 

「そうですね。余計な報告を増やさない形で」

 

「それ難しくないですか?」

 

「努力してください」

 

「はい」

 

      *

 

 その夜。

 

 大貫の執務室に、浜松鎮守府から礼状が届いた。

 

 差出人は、各務原結有。

 

 大貫は少し身構えながら開封した。

 

『大貫本部長へ

 

 太田胃散ありがとうございました。

 浜松鎮守府一同、大切に使わせていただきます。

 

 今後は本部長の胃に負担をかけないよう、なるべく事前報告、事後報告、反省文、作戦計画、退路確保を徹底します。

 

 追伸

 アイが「大貫、胃を守れ」と言っています。

 メリーも「私メリーさん、胃薬の後ろにいるの」と言っています。

 父は「胃も鍛えれば強くなる」と言っていましたが、神通さんが否定していました。

 

 各務原結有』

 

 大貫は、しばらく手紙を見つめた。

 

 そして、机に額をつけた。

 

「裕二……胃は鍛えるものではない……」

 

 副官が、そっと太田胃散を差し出した。

 

 大貫は無言で受け取った。

 

      *

 

 その日の艦娘本部非公式日誌には、こう記された。

 

『大貫本部長、太田胃散株式会社より大量の太田胃散を贈られる』

『理由:胃痛が心配されたため』

『本部各部署で配布』

『浜松鎮守府にも一部送付』

『各務原結有、礼状を送る』

『礼状内でまた胃に悪い情報が混入』

『副官、太田胃散を差し出すタイミングが上達』

 

 最後に、誰かが追記した。

 

『人類の海は艦娘が守る。本部長の胃は太田胃散が守る』

 

 大貫はその一文を見て、削除しようとした。

 

 だが、少し考えて、やめた。

 

 その日くらいは、笑ってもよい気がしたからだ。

 

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