艦隊これくしょん 残響のアイ   作:SAMICO

5 / 52
幕間 鬼の各務原、報告を受ける

 艦娘本部長、大貫悟空将は、長く自衛隊にいる。

 

 深海棲艦の出現も見た。

 艦娘という存在が現れた日も覚えている。

 各国海軍が海から叩き出され、人類の物流が壊れ、世界がじわじわと死に近づいていく気配も知っている。

 

 だから大抵のことでは驚かない。

 

 驚かない、はずだった。

 

「……各務原候補生が、近隣鎮守府の不正摘発に関与。該当鎮守府提督を二発殴打。拳銃を抜こうとしたため腕関節を制圧。未確認個体アイも同行。現場艦娘および女性隊員を保護、か」

 

 大貫は報告書を机に置いた。

 

 執務室には、重い沈黙が落ちている。

 

 対面の椅子には、一人の男が座っていた。

 

 陸上自衛隊一等陸佐、各務原裕二。

 

 通称、鬼の各務原。

 

 体格は大きい。

 顔つきは厳つい。

 制服は正しく着ているのに、なぜかその場だけ営内班の説教部屋のような圧が出る。

 

 大貫は深く息を吐いた。

 

「各務原一佐」

 

「はい」

 

「君の娘さんだが」

 

「はい」

 

「初日から深海棲艦に飛び蹴りをした」

 

「聞いております」

 

「そして今回は、近隣鎮守府に殴り込みに近い行動を取った」

 

「聞いております」

 

「候補生だぞ」

 

「はい」

 

「提督候補生だ」

 

「承知しております」

 

 大貫は眼鏡を外し、眉間を押さえた。

 

「君は、どう思う」

 

 各務原裕二は、しばらく黙っていた。

 

 その沈黙に、大貫は少し期待した。

 

 父親として反省の弁が出るかもしれない。

 娘の無茶を叱る言葉が出るかもしれない。

 あるいは、現場の判断として擁護するにしても、何かしら常識の範囲に収まる発言があるかもしれない。

 

 裕二は重々しく口を開いた。

 

「なぜ股間を潰さなかった」

 

 大貫は、頭を抱えた。

 

「そこではない」

 

「女の敵でしょう」

 

「そこではないと言っている」

 

「腹一発、顔一発、腕関節。手ぬるい」

 

「手ぬるいの問題ではない」

 

「相手は拳銃を抜こうとした。ならば無力化は当然です」

 

「無力化の範囲を話している」

 

「股間は有効部位です」

 

「作戦報告書で聞きたくない単語だ」

 

 大貫は深く椅子にもたれた。

 

 この男を呼んだのは失敗だったかもしれない。

 

 いや、呼ばなければならなかった。

 結有の保護者であり、陸自側でも影響力のある男だ。しかも娘の行動様式の一部について、明らかに責任がある。

 

 大貫は報告書の別紙をめくった。

 

「それと、一佐。以前から確認したかったことがある」

 

「何でしょう」

 

「君には、妙な噂がある」

 

「噂ですか」

 

「若い頃、反社会的組織の事務所を襲撃し、代紋バッジを持ち帰って集めていたという」

 

 裕二は無言だった。

 

 大貫は目を細めた。

 

「否定しないのか」

 

「若気の至りです」

 

「真実なのか」

 

「誇張があります」

 

「どの部分が」

 

「趣味ではありません」

 

 大貫は再び頭を抱えた。

 

「そこか」

 

「訓練の一環でした」

 

「何の訓練だ」

 

「閉所突入、制圧、複数対象対処、精神負荷下での判断」

 

「やる場所が違う」

 

「今は反省しております」

 

「今は、か」

 

「はい。今はやっておりません」

 

「当たり前だ」

 

 裕二は真顔だった。

 

 反省していないわけではない。

 しているのだろう。

 ただし、反省の方向が大貫の望むものと少しずれている。

 

「君の娘さんは、君に似たな」

 

「恐縮です」

 

「褒めていない」

 

「失礼しました」

 

 大貫は報告書へ視線を戻した。

 

「だが、今回の件そのものは重い。該当鎮守府提督の不正は事実だった。艦娘への圧力、資材横流し、脅迫、女性隊員への不適切行為。浜松が証拠を押さえたことで、こちらも即時処分に動ける」

 

「ならば結有の判断は正しかった」

 

「正しさと手続きは別だ」

 

「承知しております」

 

「本当に承知しているのか、君の家系は不安になる」

 

「父として指導します」

 

「どう指導する」

 

「次に同様の事案があった場合、まず証拠を押さえ、退路を塞ぎ、関係者の安全を確保した上で」

 

「その上で?」

 

「股間を」

 

「やめろ」

 

 大貫の声が少しだけ大きくなった。

 

 執務室の外にいた副官が、びくりと肩を震わせた。

 

 裕二は黙った。

 大貫は深く息を吐く。

 

「君に家庭教育を期待した私が甘かった」

 

「妻にはよく言われました」

 

 その一言で、大貫の表情が少しだけ変わった。

 

 妻。

 

 時雨。

 

 艦娘であり、母であり、一年前のハワイ攻防戦で失われた存在。

 

 重い沈黙が落ちた。

 

 裕二の顔から、わずかに硬さが抜ける。

 

「あいつなら」

 

 裕二は低く言った。

 

「たぶん、結有を叱ったでしょう」

 

「そうだろうな」

 

「でも、その後で、よく助けたねと言ったと思います」

 

 大貫は黙って報告書を見た。

 

 浜松鎮守府からの追加所見。

 神通の報告は簡潔で、感情を抑えている。だが、行間には結有とアイを守ろうとする意志があった。

 

『各務原候補生の行動には重大な規律違反の疑いがある一方、保護対象の救出および証拠確保には実効性があった。今後は行動制御訓練を強化し、単独判断を抑制する必要がある』

 

 大貫は小さくうなずいた。

 

「処分は訓告。反省文。監督強化。正式記録上はそうする」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言うな。私は頭が痛い」

 

「申し訳ありません」

 

「アイについては?」

 

 裕二の目がわずかに鋭くなる。

 

「例の白い子ですか」

 

「艦娘と深海棲艦の両方の反応を持つ。結有と行動を共にし始めている」

 

「危険ですな」

 

「そうだ」

 

「だが、結有は放っておかないでしょう」

 

「だろうな」

 

「あの子は、拾ったものを捨てられません。時雨に似ました」

 

 大貫は、今度は頭を抱えなかった。

 

 ただ静かに、窓の外を見た。

 

 艦娘本部の庁舎からは、遠くに海が見える。

 十五年前から、人類に牙を剥き続けている海。

 

「各務原一佐」

 

「はい」

 

「娘さんに伝えてくれ」

 

「何と」

 

「殴る前に報告しろ」

 

「承知しました」

 

「それと」

 

「はい」

 

「股間はやめろ」

 

 裕二は少し考えた。

 

「状況によります」

 

「やめろと言っている」

 

「努力します」

 

「努力では困る」

 

 大貫は三度目のため息をついた。

 

 その日の本部日誌には、こう記された。

 

『各務原結有候補生の行動について、保護者である各務原裕二一等陸佐と面談。家庭内指導を要請』

 

 非公式メモには、別の一文が残った。

 

『父親もだめだった』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。