艦隊これくしょん 残響のアイ   作:SAMICO

8 / 52
幕間 夏の海と、この○リコンが!

 浜松鎮守府にも、夏は来る。

 

 深海棲艦は季節を選ばない。

 哨戒任務も訓練も補給も、当然のように続く。

 それでも、非番の艦娘と隊員たちが交代で海水浴に出る日くらいはあった。

 

 場所は、鎮守府の管理区域内にある小さな砂浜。

 

 一般客は入れない。

 監視員あり。

 哨戒網あり。

 有事には三分で戦闘配置に戻れる。

 

 つまり、たいへん物々しい海水浴場である。

 

「これ、海水浴っていうより、上陸作戦前の休憩じゃない?」

 

 結有が言った。

 

 暁は浮き輪を抱えて胸を張った。

 

「安全管理が行き届いていると言いなさい。一人前のレディは、遊ぶ時も備えを忘れないものよ」

 

「暁、その浮き輪かわいいね」

 

「べ、別にかわいさで選んだわけじゃないわ! 機能性よ、機能性!」

 

 最上が笑い、夕立が砂浜を駆けていく。扶桑は日傘の下で穏やかに微笑み、山城は「日差しが不幸だわ」と言いながらも、姉の隣から動かない。

 

 神通は水着の上に薄いパーカーを羽織り、監視役のような顔で全体を見ていた。

 

 そしてアイは。

 

 白いラッシュガードに、黒いショートパンツ。

 白髪は結有が結んだ。

 肌が青白いので、日焼け止めを三重に塗られている。

 

 本人は無表情だった。

 

「べたべたする」

 

「日焼けしたら大変だから」

 

「焼けない」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「たぶんは怖い」

 

 結有はさらに日焼け止めのチューブを構えた。

 

 アイは一歩下がる。

 

「脳筋、しつこい」

 

「健康管理」

 

「攻撃に近い」

 

「塗るだけだって」

 

 暁が横から入った。

 

「結有さん、アイが嫌がってるわ。そういう時は一度聞くの。一人前のレディの作法よ」

 

「アイ、塗っていい?」

 

「もう塗った」

 

「追加は?」

 

「拒否」

 

「了解」

 

 結有はチューブをしまった。

 

 アイは少しだけ意外そうに結有を見た。

 

「聞いた」

 

「暁先生の教育の成果」

 

「赤いレディ、有能」

 

「暁よ! でも今のは悪くないわ!」

 

 そんな平和な時間は、三十分ほど続いた。

 

 問題は、隣接する一般海岸から迷い込んだ若い男たちだった。

 

 管理区域の境界には表示もロープもある。普通は入らない。

 だが、夏の海には、文字が読めなくなる人間が一定数いる。

 

 その三人組は、最初は夕立や最上に声をかけようとして、夕立の「訓練中なら沈めるっぽい?」という無邪気な返答と、最上の笑顔の圧で撤退した。

 

 次に、彼らはアイを見つけた。

 

 白髪。黒い目。幼い外見。

 ひとりで波打ち際に立っている。

 

 結有は少し離れた場所で、暁とビーチボールをしていた。神通は扶桑に飲み物を渡している。

 

 男の一人が、にやつきながらアイに近づいた。

 

「ねえ、君ひとり?」

 

 アイは男を見た。

 

「ひとりじゃない」

 

「友達と来てるの? かわいいね。何歳?」

 

「知らない」

 

「知らないって何? 面白いね」

 

 別の男が笑った。

 

「こっちで一緒に遊ぼうよ。お兄さんたちがジュース買ってあげるからさ」

 

 アイは無表情で言った。

 

「不要」

 

「そんなこと言わないでさ。白い髪、すごいね。地毛?」

 

「触るな」

 

「まだ触ってないじゃん」

 

 男が手を伸ばした。

 

 その瞬間。

 

 砂浜の温度が下がった。

 

「その手」

 

 神通の声がした。

 

「そこで止めてください」

 

 男の手が空中で止まる。

 

 神通が立っていた。

 

 笑っていない。

 怒鳴ってもいない。

 ただ、とても静かだった。

 

 結有も来ていた。

 片手にビーチボールを持ったまま、目だけが全然笑っていない。

 

「アイ、大丈夫?」

 

「うるさいのが来た」

 

「そう」

 

 結有は男たちを見た。

 

「管理区域への無断立ち入り。未成年に見える子へのしつこい声かけ。さらに髪に触ろうとした。満貫だね」

 

「は? 何だよ、お前」

 

 男の一人が不機嫌そうに言った。

 

「友達? 別にナンパくらいいいだろ」

 

 結有の眉が動いた。

 

「今、ナンパって言った?」

 

「だから何だよ」

 

 神通の声がさらに静かになった。

 

「対象の年齢確認もせず、拒否を無視し、身体に触れようとした行為を、あなたはナンパと呼ぶのですか」

 

「いや、だから冗談じゃん」

 

「冗談」

 

 結有がビーチボールを握りつぶした。

 

 ぱん、と乾いた音がした。

 

 暁が叫んだ。

 

「ああっ、私のビーチボール!」

 

 だが結有は聞いていなかった。

 

「この」

 

 神通と結有が、同時に一歩前へ出た。

 

「○リコンが!」

 

 声が完全に重なった。

 

 男たちが後ずさった。

 

 神通の背後に、うっすら艤装の気配が見えた。

 結有の足元では、砂が霊子でわずかに弾けている。

 

 アイは二人を見て、少し首を傾げた。

 

「成敗?」

 

「成敗」

 

 結有が即答した。

 

「各務原候補生」

 

 神通が言った。

 

「はい」

 

「相手は民間人です」

 

「わかっています」

 

「ですので、殺傷は不可です」

 

「了解です」

 

「制圧は」

 

「必要最小限」

 

「よろしい」

 

 暁が真っ青になった。

 

「よろしくない! 神通さんまで何を冷静に制圧手順を確認してるの!」

 

 最上が慌てて走ってくる。

 

「待って待って、二人とも! ここ海水浴回だから!」

 

 夕立も続く。

 

「ぽいぽい落ち着くっぽい!」

 

 扶桑が日傘を置いて立ち上がる。

 

「神通さん、結有さん、ここは警備隊に」

 

 山城は男たちを見て低く言った。

 

「でも一発くらいなら不幸な事故で」

 

「山城!」

 

 扶桑がたしなめる。

 

 男たちはようやく状況の異常さに気づいた。

 

 目の前には、静かに怒る軽巡神通。

 隣には、深海棲艦に飛び蹴りすることで有名な脳筋提督候補。

 後ろには、白い謎の少女。

 さらに周囲の艦娘たち全員が、まったく味方ではない顔をしている。

 

「い、いや、ちょっと声かけただけで」

 

「拒否された時点で終わりです」

 

 神通が言った。

 

「立ち去ってください」

 

 男の一人が舌打ちした。

 

「何だよ、調子乗って」

 

 その言葉が、最後だった。

 

 結有が一歩踏み込む。

 

 最上と暁が同時に結有の腰へしがみついた。

 

「結有さん、だめ!」

 

「待って待って、まだ殴ってないから! まだ!」

 

 神通も動こうとした。

 

 夕立と扶桑が両側から止める。

 

「神通さん、艤装出力上げないっぽい!」

 

「落ち着いてください、ね?」

 

 山城は止める側に回るか迷って、結局男たちに向かって言った。

 

「早く逃げなさい。姉様が止めているうちに」

 

 男たちは逃げた。

 

 全力で逃げた。

 

 砂に足を取られ、ひとりが転び、もうひとりがそれにつまずき、最後は三人まとめて一般海岸側へ転がるように消えていった。

 

 警備隊が後を追う。

 

 砂浜に、妙な静寂が戻った。

 

 結有はまだ最上と暁に押さえられている。

 

「もう逃げた?」

 

 暁が言った。

 

「逃げたわ」

 

「じゃあ離して」

 

「追いかけない?」

 

「追いかけない」

 

「本当に?」

 

「半分」

 

「離せない!」

 

 神通は扶桑と夕立に止められたまま、静かに息を吐いた。

 

「申し訳ありません。少し冷静さを欠きました」

 

 最上が苦笑する。

 

「少し?」

 

「少しです」

 

 夕立が小声で言った。

 

「神通さんの少し、怖いっぽい」

 

 アイは波打ち際から、神通と結有を見ていた。

 

「二人とも怒った」

 

「怒るわよ!」

 

 暁が言った。

 

「アイが嫌がってたんだから!」

 

「私は平気」

 

 アイは無表情だった。

 

 だが、結有は気づいた。

 

 アイの手が、少しだけラッシュガードの裾を握っている。

 

 結有は暁たちに解放されると、アイの前にしゃがんだ。

 

「平気でも、嫌だったら嫌って言っていい」

 

「言った」

 

「うん。言えてた」

 

「でも来た」

 

「じゃあ、次はもっと大きく言う。それでも来たら、僕らを呼ぶ」

 

 アイは結有を見る。

 

「呼べば来る?」

 

「来る」

 

 神通も近づいて言った。

 

「必ず」

 

 アイは少し考えた。

 

「成敗する?」

 

「必要に応じて」

 

 神通が真顔で答えた。

 

 暁が頭を抱える。

 

「そこは通報って言って!」

 

 結有は笑った。

 

「通報してから成敗」

 

「順番!」

 

「順番は大事」

 

 アイが言った。

 

 暁はアイを見た。

 

「あなた、変なところだけ結有さんに染まってるわよ!」

 

「百合アニメにも染まった」

 

「それは今関係ない!」

 

 最上が吹き出した。

 

 夕立も笑い、扶桑はほっとしたように微笑んだ。山城はまだ男たちが逃げた方向を睨んでいた。

 

 その後、海水浴は再開された。

 

 ただし、結有と神通はしばらく監視対象になった。

 

 暁が笛を持ち、最上が見張り、夕立が「危なくなったらぽいって止める係」を名乗り出た。神通は不本意そうだったが、否定しなかった。

 

 アイは結有の隣に座って、波を見ていた。

 

「結有」

 

「何?」

 

「私、かわいい?」

 

 結有は一瞬固まった。

 

 周囲の耳が、明らかにこちらを向いた。

 

「えっと」

 

「さっき言われた」

 

「ああ」

 

 結有は少し考えた。

 

「かわいいと思うよ。でも、嫌な言われ方だったなら、受け取らなくていい」

 

「嫌な言われ方」

 

「うん。言葉って、誰がどういうつもりで言うかで変わるから」

 

「結有が言うなら?」

 

「僕が?」

 

「うん」

 

 結有は少し照れた。

 

「かわいいよ。あと、かっこいい」

 

 アイは結有を見た。

 

「両方?」

 

「両方」

 

「欲張り」

 

「いいじゃん」

 

 アイは、ほんの少しだけ結有の肩に寄った。

 

「なら、受け取る」

 

 暁が遠くで真っ赤になった。

 

「こ、これは情緒教育の成果……!」

 

 最上が言った。

 

「暁、あれはもう君の手を離れてると思うよ」

 

 夕方。

 

 浜松鎮守府の非公式日誌には、こう記された。

 

『夏季慰安海水浴、実施』

『一般男性三名が管理区域へ迷入、警備隊により確保』

『神通および各務原候補生、一時的に過剰制圧の構え』

『暁、最上、夕立、扶桑が阻止』

『山城、阻止側に回るか迷う』

『アイ、かわいいとかっこいいを受領』

 

 そして最後に、誰かの手で一文が足された。

 

『この○リコンが、は二名同時発声だった』

 

 神通はその日誌を見て、静かに削除申請を出した。

 

 結有は反省文を十枚書いた。

 

 題名は、また神通が決めた。

 

『民間人に対する成敗という表現の不適切性について』

 

 アイは横で見ていた。

 

「成敗はだめ?」

 

「場合による」

 

「また言ったら怒られる」

 

「たぶん」

 

「なら、通報してから成敗」

 

「アイ、それも反省文増えるやつ」

 

 廊下の向こうから、神通の静かな声がした。

 

「増やしますか?」

 

 二人は同時に背筋を伸ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。