せっかくの安眠を、遠慮のない電子音が切り裂いた。
――んん……。
布団に顔を埋めながら、片手で元凶を叩く。せっかく休みだってのに……。癖でアラームをかけた昨日の私を恨む。
「はああぁぁぁぁぁぁ……」
爽やかな朝に似つかわしくないため息をつく。二度寝したいけれど、この二度寝防止機能付き目覚ましに監視されてる以上、それも難しい。……しょうがない、起きるか。
布団にしがみついてたい欲望に抗いながら、よろよろと部屋を出る。廊下に出た瞬間、こんがりとバターの香りが寝ぼけた頭に染み渡っていく。
作るのも食べるのも大好きなかぐやの朝はいつも早い。本当、よくやるよなあ……。
「おはよー」
階段を降りて、そう声をかけると「彩葉、おはよ〜〜ぅ!」と変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
「もう少しで出来るから座って待ってて〜!」
「はーい。何作ってるの?」
「今日はとろとろチーズとハムの入った絶品ホットサンド〜〜♪ 」
昨日キャンプの動画見てたから、絶対それに当てられたな? 相変わらずの分かりやすさに頬を緩めつつ、カウンターチェアに座る。
最近ここで朝ごはんを食べるのが二人のマイブームだった。出すのも片付けるのもワンアクションで済むし、何より、料理を作るかぐやをずっと眺めていられる。頬杖をついて、ご機嫌な背中をぼんやり見つめていると「へいお待ち!」と熱々のホットサンドが到着した。
「中は熱々だから気を付けて食べてね〜ぃ!」
「はーい」
最近動画サイトでキャンプ動画ばっかり見てたから、それにアテられたな? 相変わらず分かりやすいかぐやに苦笑いしつつ、「いただきます」と一口齧りつく。あつっ。
とろけにとけまくった濃厚なチーズとハムの塩味がめちゃくちゃ美味しい。使ってる食材には目を瞑るとしても、シンプルにしっかり美味しいのはさすがかぐや。
「どう?? どう?!?!」
身を乗り出して聞いてくる料理長に「今日も美味しゅうございます」と返すと、「よっっっっし!!」とにんまり笑ってガッツポーズをした。料理に戻っていく姿を見送りつつ、ちょっと大きいレタスを頬張る。む、今日はフレンチドレッシングか。美味しい。
程なく自分の分も作り終わったかぐやが隣に座ってきて、元気に齧りついては「あっつーーい!!」と目を細めた。
「『熱いから気を付けて食べて』って言ったの誰だっけ?」
「え~~~~~?? わかんなぁい」
とぼけて舌を出して笑うかぐやに「まったく」と苦笑いを浮かべる。それでも次の瞬間「うまーい!!」とホットサンドをパクつく姿は、何度見てもお腹が空いてくるような食べっぷりで、私もそれに負けじとかぶりつく。そんな一日のいつもの始まりは、何度だって楽しかった。
+ + +
そんな朝ご飯を食べ終えて、「それじゃあ食器洗ってくるねーー!!」と立ち上がろうとするかぐやに、「今日は私がやるよ」と先に立つ。
「あれ? 今日は仕事じゃないのー?」
「休み。癖でアラーム付けちゃって」
「そっかあ。じゃ、おねがーい!」
「はいよー」
こういう時に対面キッチンは役に立つ。使っていたお皿をシンク側に押しやれば、ガチャガチャ運搬しなくても簡単に洗い物が出来て楽でいい。そんな理由もあって、朝ご飯はよくこうしてカウンターで食べることが最近は増えていた。もっとも、研究所で仕事の時は洗い物もかぐやがやってくれるし、本当の理由は別にあるけど。
すっかりお腹いっぱいになったかぐやは、上機嫌で足をばたつかせながらソファで朝の情報番組を見ている。私の視線に気付いて、ニカッと笑ってVサインを送ってきたけど、一体そういう意味なんだろう。変なところは未だによく分からないけど、かぐやらしいところでもあるから、特に踏み込んで聞くことはしなかった。
「ねえ、かぐやー」
洗い物が終わって顔を上げると、ちょうど特集コーナーで映った美味しそうなケーキに、だらしなく涎を垂らしているかぐやが目に入った。
「かーぐやーー」
すすすっと近づくと「ふえっ?! どうしたの彩葉?!」と我に返るかぐや。さっきご飯食べたばっかなのに。食欲怪獣め、と笑いながら「今日なにか予定ある?」って聞く。
「予定? んー……午後に配信しよっかなー、って思ってたけど特に何もないよー」
「そっか。どこか出かける?」
そんな提案に「いいの?!?!」とバッと立ち上がって「じゃーあー……」とテレビを指差す。
「ここ!! 行きたい!!」
「言うと思った」
ほんと、分かりやすいんだから。「お店の名前と場所、どこか覚えといて」と頼んで、ちらりと画面右上の時間を確認する。もうちょっとで九時。出かけるなら十一時ぐらいだろうし、それなら――。
「それじゃあ先に上行ってるね」
「了解!!」
意気揚々とまたテレビにかじりつく欲深怪獣を横目に階段を上がる。部屋に戻って着替えつつ、スマホでヤチヨに『おはよう』と一言メッセージを送る。
すぐに『やおよろ〜! 今日は早いねえ』と返信が来て、さっきかぐやに話したのと同じ内容を送る。
『これからかぐやと出かけるんだけど、ヤチヨはどうする?』
全身鏡でヨレてるところがないか確認する。この前芦花に選んでもらった、ライトブルーのスウェットパーカーにデニムスカートのコーデは結構気に入っていて、出かける時はよく好んで選んでいた。
程なく『おぉーいいねえ』とスマホに表示されて、ロックを外す。
『けど、今日は今夜のソロライブの準備もしなきゃだし遠慮しとくね〜☆ 写真、楽しみにしてるね!』
そっかあ……。ヤチヨと合わせて三人でわちゃわちゃ出かけるの、好きなんだけどな。そう思いつつ、『分かった、じゃあまた送る』と返信して、机の前に座る。
――さて……。
研究職の傍ら、『いろP』としての活動も変わらず続けていた。最近はヤチヨとかぐやの二人でライブすることも多くて、掛け合いのある曲を作るのがちょっとしたマイブームだった。作ってて楽しいし、ツクヨミ内やSNSの反応も悪くない。なにより二人も気に入ってくれている。
パソコンを起動しつつ、モニター横に飾ってある三人でやったライブの、満面な笑顔を浮かべた写真に目を向ける。かぐやが居なくなって、ヤチヨとも連絡が取れなくなった時はもう出来ないんだろうな、って思っていた。
それが、かぐやのアバターボディが出来たことであの〝かぐや〟とも会えたし、また三人でステージに立てた時は本当に嬉しかった。こんな生活をずっと続けられたらいいなぁ、って思ったし、その為に今も続けているところもある。
立ち上がったパソコンにログインして、早速昨日の続きに取り掛かる。出かけるまであと一時間ないぐらい。それまでに五小節ぐらい進められたら万々歳――だったけど。
結局、かぐやが「行こー」って呼びに来るまでに二小節しか進まなかった。泥沼にハマってそうな気配を感じつつ、「あいよ」と椅子から立ち上がった。
+ + +
電車に揺られて三十分。そこからバスに乗って十五分。さらに十分歩いて、今朝紹介されていたケーキ屋さんにたどり着いた。もう結構並んでいるだろうな、と思ってたけど、まだそんなに混みあってる様子はなくてとりあえず一安心。
「うおぉぉぉ……!!」
窓にへばりついて、ずらっと美味しそうなケーキが並ぶショーケースに目を輝かせるかぐやの手を、「ほら、行くよ」と引っ張る。
ステンドグラスが嵌め込まれた緑色の木製のドアを開けると、中からケーキ屋さん特有の上品な甘い香りが私たちを出迎えてくれた。焼き菓子コーナーを中心に人がごった返していて、イートインスペースもあるけどさすがに今日は食べてくのは難しそうだった。
人波で離ればなれにならないように手を握ったまま、会計の列にとりあえず並ぶ。一回来てしまえばまた来れるし、焼き菓子はまた別の機会に。
「ねえねえ彩葉、どれにするー??」
「……どうしよっかなあ」
列からちょっとはみ出してショーケースを見ると、シンプルな苺の乗ったショートケーキや、小ぶりな瓶に入ったプリン、その他ガトーショコラなどなど、これだけ待っていても十分すぎるほどの種類が並んでいた。
「かぐやはどうするの?」
「えーーーっとねぇ……全部!!」
「全部って……流石に全部は持って帰れないよ」
「えーー」
不満そうに口を尖らせるけど、片道一時間かけて帰らなきゃいけないんだから無理無理。それに前に進むごとに見えるお値段は、昔の私じゃ絶対に目を背けるぐらいするし。まあ今は研究職してるだけあって、それなりのお給料は貰ってるけど、だとしても無理です。
相変わらずの欲深怪獣っぷりに苦笑いしていると、「お次の方、こちらへどうぞー」ともう呼ばれた。さすが人気店。早い。
にこやかに「お決まりですか?」と聞いてくれる店員さんに、とりあえず私は季節のフルーツのショートケーキと、アップルパイ1ピースを頼む。
その一方かぐやは、私が二つしか頼まなかったからかずっとうんうん悩んでいて、ぼそっと「三ついいよ」と囁いたら迷いなく、私と同じショートケーキとガトーショコラ、そしてプリンを頼んだ。あ、すみません私もプリン追加で!
値段も見ず頼んだおかげで、合計金額はなかなか可愛くない数字を叩き出していたけど、何の躊躇いもなくカードで払える大人の余裕を改めて感じながらお店を出た。かぐやとまた住めるようになった時の為に、と奨学金を返しつつ貯めておいて良かった。
「は~やく食べたいな~~~♪」
今すぐにケーキの入った箱を振り回しそうなぐらいご機嫌に前を歩くかぐやに、「中、ぐちゃぐちゃにしないでよ」と声をかけると「だいじょーぶ!」とVサインなんか作って見せてきた。
「このかぐやが、そんな食べ物をお粗末にするわけないっしょ!」
「どうだか。ドジっ子かぐやだからな~」
「ドジっ子じゃなーーいーーー!!」
八千年の経験を積んできたとはいえ、かぐやはかぐや。最初こそどことなく〝ヤチヨ〟の面影が残っていたものの、今やすっかり記憶の中のかぐやで。
「うぉっ?! 見て見て彩葉!! あれすごくな~~い?!」
橋の欄干から身を乗り出して指差す笑う横顔に、「ほら危ないよ」と笑い返す。好きなことに楽しそうで全力なそんな姿が、やっぱり私は大好きだった。