牡丹は花火になりたい   作:ズンドロ

11 / 11
戦場跡地で異能者の子供を拾った。記憶喪失らしいがすさまじい才能を秘めている。もしかすると俺に着いていくことができるかもしれない。嵐山にこいつの軍服を用意させよう。きっと似合う。
────葭江 躯の日記No.102


なんで私を受け入れたのかわからない

2052年1月14日 千葉県新船橋市 菅原家

 

「…………ただいま、おばあ様。あれ、おじい様は?」

「おかえりなさい。友人と将棋を打ちにいってくると言ってでで行きましたよ、牡丹」

 

 牡丹は靴を脱ぎ、ぼんやり廊下を歩いた。

 

「…………今日は寒い」

「雪が降る予報がありましたよ」

 

 椿は穏やかに笑いながら湯呑を並べている。牡丹はその後ろ姿を少し見つめた。

 

「…………おばあ様」

「なんです?」

「…………桐山、学校来るって」

 

 椿の手が止まる。振り返った顔は、少しだけ驚いて、それから優しく緩んだ。

 

「まあ。それは良かったです」

「…………うん」

 

 牡丹は小さく頷く。本当に少しだけ。だが椿には分かった。機嫌がいい。

 

「また無茶したんじゃないですか?」

「…………してない」

「顔を見れば分かりますよ」

「…………」

 

 牡丹は視線を逸らした。椿は苦笑しながら急須へ湯を注ぐ。

 

「白橋さんから電話が来ました」

「…………白橋校長?」

「「説教しといてください」だそうです」

「…………う、それはもう受けた」

 

 牡丹は微妙に目を逸らした。

 椿はその反応でだいたい察する。

 

「黒井さんにも怒られましたか?」

「…………拳骨された」

「あら」

「…………ひどい」

 

 ぼそりと呟く声音が、少しだけ不満げだった。椿は思わず笑う。

 

「何をしたのかしら?」

「…………恒星じゃないのを使った」

「……はい?」

 

 珍しく椿の理解が止まった。牡丹は湯呑を持ちながら続ける。

 

「…………極小だから安全」

「何がです?」

「…………ちゃんと止めた」

 

 嫌な予感しかしない。椿は静かに確認する。

 

「ちなみに、止めなかったら?」

「…………桐山が消える」

 

 湯呑を置く音がした。椿は遠い目をした。

 

「黒井さん、よく拳骨だけで済ませましたね」

「…………かなり加減したのに」

「加減の基準がおかしいんですよ、牡丹」

 

 牡丹は少し考え込む。本気で分かっていない顔だった。椿はため息を吐き、それからふっと表情を和らげる。

 

「でも」

「…………?」

「学校へ来なくなっていた子を、連れ戻したんでしょう?」

 

 牡丹は黙る。やがて、小さく頷いた。

 

「…………うん」

 

 その返事は、戦闘の時よりずっと弱かった。

 

「なら、いい先生じゃないですか」

「…………」

「少なくとも、その桐山さんには届いたんでしょう?」

 

 牡丹は湯気を見つめる。

 数秒後。

 

「…………ちゃんと、防御してた」

「そこ褒めるんですね」

「…………死ななかったから偉い」

 

 椿はとうとう吹き出した。

 

「黒井さんが苦労するわけです」

「…………あしえ、私に掛けてた」

「あら」

「…………勝つと思ってた」

 

 少しだけ嬉しそうだった。

 

 椿は優しく目を細める。

 

「信頼されてるんですね」

「…………多分」

 

 外では風が鳴っていた。冬の冷たい夜。だが菅原家の居間だけは暖かい。椿は立ち上がる。

 

「夕飯にしましょうか」

「…………ピザ買った」

「ふふ、珍しいですね」

「…………店員さんにおすすめされた」

「断れなかったんですか?」

「…………うん」

 

 椿はまた小さく笑った。戦場帰りの化物みたいな教師でも、こういうところは昔から変わらない。

 

2052年1月15日 新潟県佐渡島

 

 午前1時。牡丹は佐渡島にいた。日本海から吹きつける夜風は鋭く、普通の人間なら数分で身体の芯まで冷える。だが牡丹は気にした様子もなく、防波堤の上へ立っていた。その視線の先に海沿いの断崖へ築かれた巨大要塞があった。幾重もの装甲壁。自動砲台。対異能障壁。上空には警戒ドローンの赤い光が巡回している。国家級防衛拠点――異能自衛隊北方封鎖基地。世界一の基地と謳われている。足元の雪の中で、淡く発光する花が揺れていた。青白い光。夜の闇へ溶けるみたいに静かな花弁。普通の植物ではない。葭江躯の肉体の一部だ。花弁の中心では、薄い血管のような赤い筋がゆっくり脈動している。根は雪の下へ沈み込み、どこまでも続いているように見えた。生物とも植物ともつかない異様な存在感。だが牡丹は慣れた様子で、その花の前へしゃがみ込む。

 

「…………あしえ、黒井に暴力しないって命令して」

 

 花弁が淡く脈打つ。

 

『その件は知っている。お前が悪い』

 

 低い男の声が、風もないのに周囲へ響いた。牡丹は少し目を細める。

 

「…………理不尽」

『恒星を生徒へ向けた。(全知個体)ならば、異能を使って殴っている。やはり、生徒用の個体だから甘いな』

「…………本体も殴るんだ」

『当然だ』

「…………暴力反対」

『お前が言うな』

 

 即答だった。雪が吹く。だが牡丹の周囲だけ、白い結晶は触れる寸前で静かに軌道を逸らしていく。花の赤い筋が脈打った。

 

『黒井灰は学校潜入用だ。だから拳骨で済ませた』

 

 淡々とした説明。まるで兵器仕様書みたいだった。

 

「…………本体は違うの?」

『違う』

 

 短い返答。

 

『全知個体は全ての葭江躯の情報を持っている』

 

 要塞のサーチライトが海を薙ぐ。その巨大な防衛施設ですら、全知個体の揺り籠のためだけにある。中身の95%は葭江躯の張りぼてだ。

 

『故に、脅威への反応基準も異なる』

「…………つまり?」

『お前が生徒へ恒星を向けた時点で殴る』

 

 牡丹は少し考えた。

 

「…………やっぱり理不尽」

『違う。危機管理だ』

 

 花の花弁がゆっくり開閉する。呼吸みたいに。

 

『牡丹』

「…………なに」

『お前は、自分が人間側にいる前提で動く』

「…………うん」

『だが、お前の出力は既に兵器側だ』

 

 静かな声だった。

 

『だから周囲は、お前を止める必要がある』

 

 牡丹はぼんやり海を見る。

 

「…………でも、ちゃんと止めた」

『そこではない』

「…………?」

『お前、止められるから撃っただろう』

 

 牡丹は黙る。否定できない。

 

『普通の人間は、止められないかもしれないから撃てない。お前は逆だ。止められる自信があるから撃てる』

 

 夜の海風が強くなる。要塞上部の警戒灯が赤く明滅した。

 

『それは強さだ。同時に、最も危険な領域でもある』

 

 牡丹はしばらく何も言わなかった。やがて、小さく呟く。

 

「…………学校、難しい」

『知っている』

「…………戦場の方が簡単」

 

 花の光が、ほんの少しだけ弱まった。

 

『だから教師をやらせたんだろう嵐山は』

 

 牡丹は目を瞬かせる。

 

『お前は放置すると、戦場側へ最適化され過ぎる。だから、人間側へ繋ぎ止める必要がある』

 

 雪の中。青白い花だけが静かに揺れている。

 

「…………あしえ」

『なんだ』

「…………私、人間?」

 

 一瞬だけ。沈黙が落ちた。遠くで海が砕ける音だけが響く。そして。

 

『当たり前だ』

 

 その返答は、異能兵器でも軍人でもなく。保護者の声だった。

 

「……………ありがと」  

 

 そして牡丹は飛び去った。牡丹の姿が夜空へ溶ける。轟音はない、ただ、空気が僅かに歪み、次の瞬間には防波堤の上から彼女の姿が消えていた。雪だけが遅れて舞い上がる。花弁が静かに揺れた。

 

『……相変わらず加減がおかしい』

 

 葭江躯の声が低く響く。もし今の加速を一般異能者が観測すれば、空間転移と誤認しただろう。実際には違う。ただの超加速だ。人体が許容可能な限界値という概念を、最初から無視しているだけで。夜空の上、牡丹は雲のさらに高い場所を飛んでいた。吐息は白くならない。呼吸は不要だからだ。眼下に佐渡島が見える。北方封鎖基地の灯火、海、街、道路、港、民家、全部小さい。牡丹の視界では、街の光は単なる発電と熱の分布に近い。車は金属のパズル。人間は細胞の集合体。海流すら区別されて見える。

 だが。

 

「…………人間」

 

 牡丹は、小さく呟いた。葭江に言われた言葉が残っている。

 

 当たり前だ。

 

 その一言が不思議だった。自分は昔から、自分が人間なのかよく分からなかった。あの姿になればなおさらだ。あの姿は楽だった。軽く、速い。物質であるという制限がない。思考が澄み切る。生き物である必要がなくなる。だから怖い。牡丹は飛びながら、ふと右を見る。数百キロ先。漁船があった。船員は三人いる。一人が居眠りしている。エンジン内部に小さな摩耗が見えた。

 

(あと18時間で破損。海上火災が発生したら、生存率は3%未満か)

 

 牡丹は数秒考えた。

 

「…………めんどい」

 

 言いながら。指先を軽く振る。見えない熱移動。エンジン内部の金属応力が僅かに修正される。これで故障しない。牡丹はそのまま飛び去った、誰にも気づかれることもなく。漁船の船員達は、ただ今日も寒いなと思いながら海を進むだけだ。牡丹は少しだけ目を細める。

 

「…………これでいいか」

 牡丹は少しだけ目を細めた。助けた、ただ、それだけだ。特に理由はないし別に放置してもよかった。死ぬ確率が高いというだけで、まだ死ぬと決まったわけじゃない。そもそも世界では毎日大量の人間が死んでいる。あの船だけ特別じゃないけど、直した。牡丹は少し考える。

 

「…………なんでだろ」

 

 答えは出ない。多分、椿なら。あるいは葭江ならば、「助けたかったからだろう」と言う。だが牡丹には、その感覚がよく分からない。助ける理由。守りたい理由。好きだから大切だからという理屈。理解はしている。でも、自分の中ではどこか希薄だった。だから牡丹はいつも、計算で行動している。人間らしくあるために。しばらく飛ぶ。夜の成層圏は静かだった。風も薄い。下を見れば、日本列島の輪郭が光の筋として広がっている。

 

 牡丹はふと、自分の手を見る。小さい手。人間の手。握れば骨が軋み、皮膚が動き、熱が移動するその全部が知覚できる。だから逆に、分からない。どうして人間は、こんな壊れやすい身体で生きているのか。もっと効率的な形はある。もっと速く。もっと軽く。もっと合理的に。演算の奥底では、常に別の答えが揺れている。形すら曖昧な、光の輪郭みたいな何か。熱でも物質でもない、ただ機能だけへ近づいた存在。そこへ近づくほど、思考は澄んでいく。異能として研ぎ澄まされていく。 感情がノイズへ変わり迷いが消える。躊躇も消えてなくなる。最適解だけが残る。だから、あの状態の自分は強い、あまりにも強すぎる。

 

 例えば今この瞬間でも、日本列島全域へ同時に熱暴走を起こすことは容易だ。海流を変え、気圧を歪め、地殻へ応力を蓄積し、この土地にある全てを殺せる。計算上はその行為に負荷はほとんど無い。牡丹は静かに目を閉じた。

 

「…………だめ」

 

 小さく呟く。別に倫理ではない、善悪でもない。ただ、そちら側へ寄り過ぎると戻る理由が薄れていくからだ。人間の形でいる意味。学校へ通う意味。教師をする意味。ご飯を食べる意味。誰かと話す意味。全部効率が悪いといえばそうなのだろう。全部不要だと結論づけられると言われれば否定はできない。でも、それでも不要だから切り捨てていいとは牡丹は思いたくなかった。思ってしまえば、きっともう戻れない。  成層圏の薄青い闇の中、牡丹はゆっくり息を吐く。本来生存には不要な呼吸。それでもやる、人間だから。

 

 いや。

 

「…………人間になりたい、か」

 

 呟いてから、少しだけ首を傾げた。違う気もする。自分は多分、人間ではある。葭江はそう言った。椿と目白もそう扱う。だからきっと、間違ってはいない。でも牡丹が本当に恐れているのは、人間ではなくなることではない。人間を必要としなくなることだ。その時、自分は何を選ぶのか。牡丹には分からなかった。だから考えるのをやめる。

 

「…………寝よう」

 

 次の瞬間、空が弾けたみたいに白い軌跡が走る。牡丹の姿は夜空の彼方へ消えていた。

 

 牡丹は無人島の別荘にいた。この別荘は、正確には牡丹用だ。牡丹が無人島の別荘で眠る理由は単純だった。死人が出るからだ。

 

 牡丹の異能は、起きている間ならほぼ完全制御されている。常時観測したものを高速演算し原子単位の出力調整を行っている。それらによって、彼女は普通の人間として生活できている。だが、完全睡眠だけは別だった。演算速度がわずかに低下する。その僅かな低下ですら、牡丹の異能では災害になる。周囲の生命活動そのものへ、影響が漏出する。普通の異能者なら、精密機器でかろうじて測定可能だ。しかし牡丹の場合、人が死ぬ。だからこそ牡丹は別荘でしか、完全睡眠を取らない。半球睡眠なら問題ない。脳の半分を起こし続ければ、制御演算を維持できるからだ。学校にいる時や菅原家にいる時、外泊する時も牡丹は基本的に、ずっと半球睡眠で済ませている。

完全睡眠は、この島だけ誰もいない場所だけ。最初にそれを知った時、椿は泣いた。

 

『そんなの、ずっと一人じゃない』

 

 と。牡丹は少し困った。本人としては、そこまで不幸だと思っていなかったからだ。元々、睡眠は不要だ。宇宙空間でも活動可能であり、呼吸も食事も不要であり、その身にある臓器すらそれらしき形をした細胞の塊である。だから、寝る場所が限られる程度は、牡丹にとって大きな問題ではなかった。ただ椿が悲しそうだったので。少しだけ、申し訳ないとは思った。

 

 だから牡丹は、無人島を買った、誰も死なない場所を。誰も巻き込まない場所を。

 

 築一年、本来なら新築同然の別荘。だが今では、百年物の廃屋みたいになっている。外壁の劣化や金属の腐食。木材の異常風化も。全部、牡丹が眠った結果だ。

 

 牡丹は炬燵へ入っていた。

 

「…………さむい」

 

 実際には寒くない。体温調整は不要だからだ。たとえ体温がマイナスを下回っても、数千度になっても死ぬことはない。でも、寒い気分だった。だから入る。テレビでは深夜通販が流れている。つまらない商品。誰もいない。波の音だけが聞こえる。牡丹はぼんやり天井を見る。この場所だけが、自分が安心して眠れる場所だった。そして自分以外、誰も来てはいけない場所でもあった。

 

「…………やだな」

 

 ぽつり。珍しく、少しだけ寂しそうな声だった。

 

「……………寝るか」

 

 

バキバキバキィ

 

 別荘が耳障りな音を立てながら壊れる。灰色の曇り空が真上に見え、寒い風が部屋だった空間の空気を通り過ぎる。

 

「……………おはよう」

 

 昨日までは別荘だった瓦礫は既に風化している。崩れた木材は乾き切り、石材は砂みたいに脆くなっていた。鉄骨は赤錆を通り越し、触れれば崩れそうなほど腐食している。ベットはかろうじて骨組みが残っている。その上で一糸まとわぬ牡丹は起き上がった。別に羞恥心がないわけではない。ただ、服が耐えられないのだ。普通の布程度なら、一晩で朽ちる。だから牡丹は、この島で寝る時だけは何も着ない、遠くの小屋に服を置いて。

 

「……………今日も仕事」

 

 静かな声だった。牡丹はベッドから降りる。

 

 ミシ。

 

 骨組みが悲鳴を上げた。

 

「…………」

 

 牡丹は一瞬止まる。構造解析、残存耐久率、3%未満。

 

「……だめか」

 

 次の瞬間。

 

 ボゴォッ!!

 

 ベッドが崩壊した。金属フレームが砕け、脚部が折れ、下の床ごと抜ける。だが牡丹は落ちない。足先が床へ触れる寸前、接地圧を分散、ほぼ浮遊みたいな状態で静かに着地した。

 

 起きている今なら、完全制御できる。

 

 演算能力正常

 異能安定

 周辺への侵食停止

 

 牡丹は崩れた壁から外へ出る。裸足のまま少し足を浮かして。地面には細かな亀裂が広がっていた。庭木は半分枯れ、石灯籠は砂になり、金属柵は風だけで崩れそうになっている。海風が吹く。長い黒髪が揺れた。

 

「…………」

 

 牡丹は島を見渡す。誰もいない、音もない。ここは、自分だけの場所だ。安心して眠るための場所であり誰も死なせないための場所。

 

 そして。自分が人間じゃないと、一番実感する場所でもあった。牡丹は小さく息を吐く。

 

「……着替えるか」

 

 数百メートル先。唯一無事な小屋を見る。あれだけ離して、何重にも隔離して、ようやく服が残る。普通の人間なら、あり得ない。でも牡丹には、それが普通だった。歩き出すその後ろで。

 

 ゴゴゴゴ……。

 

 ついに別荘の残骸が完全崩落した。砂煙が上がる。1年間、牡丹を守り続けた建物が、静かに瓦礫へ還っていく。牡丹は振り返らない。

 

「…………また建てよ」

 

 少し面倒そうに呟きながら、曇り空の下を歩いていった。

 

 

 天守島異能力学校2-B

 

「……………みんな、おはよう」

「「「おはようごさいます」」」

 

 朝の教室。窓の外では冬の海風が校舎を揺らしている。暖房の効いた教室には、まだ少し眠そうな空気が残っていた。牡丹は教卓へ向かいながら、生徒達を見る。

 

「…七條風邪はなおった?」

「はい菅原先生、元気いっぱいです」

 

 七條は静かにうなずいた。牡丹は少しだけ安心したように目を細めた。

 

「………ならよかった……桐山ちゃんと来てる」

「ウス」

 

 桐山はちゃんと制服を着て、教室に座っている。牡丹は数秒見てから、小さくうなずいた。

 

「……………来なかったら、部屋に迎えにいった」

「……………ウス」

 

 ひどく複雑な感情が込められた返事だった。牡丹は続ける

 

「今日は数学、英語、国語、異能史の休み明けテスト。終わったら帰っていい。カンニングしたら泳いで島を5周。神藤と立川は特別室で受けてもらう」

 

 神藤が即座に顔をしかめた。

 

「うわ出た」

 

 立川もため息を吐く。

 

「まあそうなりますよね」

「…………神藤はテレパシーで答えを他者に教えて平均点を壊した。立川はモールス信号で情報のやりとりしてたらしいから」

 

 神藤が手を上げる

 

「場所はどこですか」

「……………地下訓練場、4区画の学校」

「わかりました」

 

 即答だった。立川も静かに頷く。

 

「はい」

 

 あまりにも素直だった。

 

「……じゃあ行って、白橋校長がいる」

 

 一瞬、二人の動きが止まった。

 

「「……は?」」

 

 牡丹は出席簿を見ながら続ける。

 

「…………今回の試験監督、白橋校長」

 

 神藤がゆっくり立ち上がる。

 

「まあ、普通にテスト受ければいいか」

 

 立川が崩れ落ちる。

 

「勉強してないや、助けて神藤様、学年1位様」

「俺もしてない。まあ一学期に予習したしいけるか?」

 

 立川の動きが止まる。

 

「それでいけるのおかしいだろ」

「テストやってりゃ、思い出すだろ」

「世界って不平等」

 

 神藤は鞄を肩へ掛けながらため息を吐く。

 

「立川、お前平均点はあるだろ」

「カンニングをして平均点とれるようにしてるんだよなぁ……」

「堂々と言わない」

 

 八谷が呆れた声を出した。立川は真顔で続ける。

 

「だって暗記苦手なんだよ。情報抜く方が早いし」

「完全に諜報側の発想ね」

 

 七條が静かに呟く。神藤は少し考える。

 

「まあ立川、地頭は悪くないだろ」

「褒め方が雑」

「授業中ずっと寝てる割には点数落ちないし」

「最低限の生存本能」

 

 桐山が不思議そうな顔をした。

 

「……なんでそんな能力あるのに勉強しないんだ」

 

 立川は遠い目をする。

 

「勉強ってやれって言われると急に嫌になるだろ」

「わからなくはない」

 

 神藤が頷いた。牡丹は少し考える。

 

「…………でも知識は大事」

「先生が言うと説得力あるんだか無いんだか分かんねぇ」

 

 神藤が苦笑する。牡丹は本気で言っていた。

 

「…………知ってると、死なない」

 

 教室が静かになる。立川が小さく頭を掻いた。

 

「……そういう重い方向に繋がるの、この学校っぽいなぁ」

 

 神藤も苦笑する。

 

「異能力者、知らないと普通に死ぬからな」

 

 牡丹はうなずく。

 

「…………だから勉強は大事」

「はい先生」

 

 立川が珍しく素直に返事をした。その時。

 

 ガラリ。

 

 後方扉が開く。白橋校長だった。

 

「神藤くん、立川くん、行きますよ」

「「はい」」

 

 二人は即座に立ち上がる。反応速度だけは優秀だった。白橋は神藤を見る。

 

「今回は共有しないでくださいね」

「はい」

「立川くんその小型スピーカーは置いて行ってくださいね」

「バレた、はい」

 

 立川が素直に机へ置く。桐山が目を丸くした。

 

「……何に使う気だ」

「遠くにおいて異能で盗聴」

「テストで?」

「効率重視」

「方向性が犯罪なんだよ」

 

 神藤が即座に突っ込む。白橋は慣れた様子で小型スピーカーを回収した。

 

「他には?」

「ないです」

「本当に?」

「多分」

「曖昧ですねぇ……」

 

 白橋の笑顔が少しだけ深まる。立川が静かに視線を逸らした。数秒後。

 

「……靴底の振動送信機は没収されます?」

「当然です」

「ですよねぇ……」

 

 教室中から呆れた視線が集まる。八谷が疲れた顔で言った。

 

「立川君、何でそこまで技術力あるのに勉強へ使わないの?」

「勉強に使ってるよ」

「不正方向にね」

 

 七條が補足する。

 

「ちなみに立川君、去年は机振動だけで五十音通信完成させてます」

「器用さの使い道が終わってやがる」

 

 桐山が引いた顔をした。白橋は深くため息を吐く。

 

「立川君」

「はい」

「君は時々、自分が学生なのを思い出してください」

「努力します」

 

 神藤がぼそっと呟く。

 

「無理だろ」

「無理だな」

 

 立川も即答した。牡丹はそのやり取りを見ながら、小さく首を傾げる。

 

「…………そんなに勉強いや?」

「先生」

 

 立川が笑顔で答える。

 

「勉強自体は嫌いじゃないんです」

「…………うん」

「楽をしたいんです」

 

 一瞬、教室が少し静かになった。神藤が苦笑する。

 

「それはちょっと分かる」

 

 白橋も小さくため息を吐いた。

 

「だからといって諜報戦にするのはやめなさい」

「善処します」

「その言葉、信用できないんですよねぇ……」

 

 二人は白橋に連行されるように教室を出ていく。

 その背中を見送りながら、牡丹がぽつりと言った。

 

「…………仲良し」

「どこ見てそう思ったんですか先生」




人物紹介

菅原 牡丹  (21 女)
本作の主人公。天守島異能力学校2-B担任。別荘は自分で建てた。休みで5代目を作る予定。

菅原 椿  (89 女)
牡丹と同居している老婦人。昔、牡丹が寝ていないところ見てを叱った。パイナップルのピザが嫌い。

葭江 躯(26 男)
異能自衛隊特異異能尉。日本の最高戦力。佐渡の個体は葭江躯の自覚があるなし関係なく全ての個体の情報にアクセスでき、また命令を出せる。この個体が死亡した場合、黒井灰にその権限が移る。

神藤 悠馬 (17 男)
精神干渉系の異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部。テストは1位を普通にとった

立川 一   (17 男)
二キロメートルまで、聴覚を飛ばすことができる異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部部長。ぎりぎり赤点を回避した。

七條 葵   (17 女)
紅い電気のようなものとなり、また操ることができる異能者。天守島異能力学校2-B。天守島異能力学校生徒会会長。かなり勉強をしたが2位だった。

八谷 涼音  (17 女)
モノを清潔にすることができる異能者。天守島異能力学校2-B。生徒会会計。ちょうど平均点だった。


白橋 不羈  (48 男)
情報を遮断する霧を発生させることができる異能者。天守島異能力学校学校長。立川のカンニングを見抜けなかった。

桐山 破道(18 男)
風を操る異能者。天守島異能力学校2-B。桐山グループのトップ。九割がた正解した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

TS転生したら人類の敵だった(作者:生しょうゆ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

私の名前は伊藤桜。前世の記憶がある女子高生!▼そんな私はある日、自分の家族を惨殺し、この世界に原作があることを知ったのだった。▼この作品はカクヨムにも投稿しています。


総合評価:4323/評価:8.53/連載:27話/更新日時:2026年05月26日(火) 21:45 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>