牡丹は花火になりたい   作:ズンドロ

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昨月より全国で発生している女児失踪事件について、警察庁は本日、異能犯罪の可能性を正式に認めた。監視映像には被害者が突如消失する様子が映されており、専門家は空間転移系異能の関与を指摘している。現在確認されている被害者は73名。いずれも発見には至っていない。これを受け、各地で異能者登録制度の強化を求める抗議活動が拡大している。

────毎朝新聞 2019年11月10日朝刊より抜粋



制御は多分世界で一番

2052年1月19日 天守島異能力学校 地下訓練場

 

キーンコーンカーンコーン

 

 チャイムが地下訓練場に授業の終了を告げた。

 

「……………今日の異能戦闘訓練は終わり、レポートは自身の異能と技術の融合はどんなものができるか3つ書いて」

 

 その瞬間、床に転がっていた生徒たちから絶望の声が漏れた。

 

「終わったと思ったのに……」

「追撃やめて……」

「脳がもう焼けてるんですよ先生……」

 

 立川が床に突っ伏したまま呻く。牡丹は大量の薬莢を箱に集めながら首を傾げた。

 

「……………?思考訓練」

「いや分かるけどさぁ!」

 

 神藤が半笑いでツッコむ。

 

「普通、授業終わりって解放感あるじゃないですか」

「……………?」

「その顔やめてもらっていいです?」

 

 牡丹は本当に分かっていない顔だった。七條が壁にもたれながら溜め息を吐く。

 

「で、技術との融合って?」

「……………異能だけだと対策される………技術だけでも限界がある。だから混ぜる」

 

 黒井が治療器具を片付けながら補足する。

 

「現代戦の基本だ。例えば、葭江躯特別異能尉は北方封鎖基地の各種兵器類を異能でブーストしている」

 

 数人の生徒が顔を上げた。

 

「……ブースト?」

「どんな感じなんですか」

 

 黒井は少し考えてから答える。

 

「分かりやすく言うなら、性能限界を一時的に無視する」

「怖」

 

 立川が即答した。

 

「例えば迎撃砲の冷却効率、装填速度、演算処理、出力安定性を同時に引き上げる。通常なら砲身が先に死ぬ」

「先に死ぬ前提なのやめてもらっていいですか」

「だが葭江特別異能尉が介在すると、限界値そのものが変わる」

 

 神藤が眉をひそめる。

 

「……それ、一人で兵站と技術者と演算機やってません?」

「大体そうだ」

 

 黒井は否定しなかった。七條がぼそりと呟く。

 

「戦争側の異能すぎる……」

「……………実際、異能単体より、技術と組み合わさった時の方が危険」

 

 牡丹が静かに言う。

 

「……………異能は、道具を使える」

 

 その言葉に、神藤は少しだけ考え込む。つまり異能は特殊能力ではなく、拡張なのだ。人間の技術を増幅するもの。

 

「だから考える」

 

 牡丹は薬莢箱を持ち上げた。

 

「……………自分の異能で、何を拡張できるか」

 

 静かな声。だが、生徒たちは少しだけ理解し始めていた。この教師が教えているのは、力の使い方ではない。戦場で生き残るための思考そのものだ。

 

「……………じゃあ解散」

「レポートなくなったりしません?」

「……………しない」

 

 即答だった。立川が絶望した顔で床に沈む。

 

「知ってた……」

「諦めなさい」

 

 七條が呆れたように言う。八谷は小さく手を挙げた。

 

「せ、先生。三つって具体的にどのくらい……」

「……………最低三つ」

「増える余地あるんですか!?」

 

 神藤は苦笑しながら立ち上がった。

 

「でもまあ、確かに重要ではありますよね」

「……………うん」

 

 牡丹は頷く。

 

「……………異能は、生まれ持ったもの。でも技術は後から増やせる」

 

 桐山が壁際から聞く。

 

「逆に言えば、異能頼りは死ぬってことか」

「……………うん」

 

 牡丹は迷いなく肯定した。

 

「……………異能を封じられた時、止まる人は多い」

 

 一瞬だけ空気が静まる。その言葉には実感があった。多分、実際に見てきたのだ。異能を失った瞬間、戦えなくなった人間を。

 

「……………だから、他を持つ」

 

 牡丹は薬莢箱を抱え直した。

 

「……………考える人は、生き残りやすい。けど考えすぎると死ぬ」

「どっちなんですか」

 

 神藤が即座にツッコみ、牡丹は少し考える。

 

「……………戦場で止まると死ぬ」

「あー……そうか」

 

 桐山が納得したように低く唸る。

 

「つまり、考えるのは事前。戦闘中は反射か」

「……………うん」

 

 牡丹は頷いた。

 

「……………考えて、訓練して、反復する。そうすると、勝手に動く」

 

 立川がげんなりした顔をする。

 

「それが今の地獄訓練……」

「……………うん」

「うわ認めた」

 

 七條が小さく笑う。

 

「でもまあ、分からなくはないわね」

「……………?」

「考えながら避けるの無理だもの。銃弾とか」

 

 牡丹は数秒考えてから頷いた。

 

「……………遅い」

「先生基準怖いんですよ」

 

 八谷が青い顔で呟く。黒井が壁にもたれながら補足した。

 

「実際、極限状態だと人間の思考速度は落ちる。だから訓練で身体に落とし込む」

「軍隊の説明なんですよね毎回……」

「軍事教練だからな」

 

 黒井はさらっと言った。立川が絶句する。

 

「そうだった……ここ異能力学校だった……」

「……………戦場に近い」

 

 牡丹の静かな声。

 

「……………異能者は、普通の人より危険だから」

 

 その言葉に、誰も反論できなかった。強い力を持つということは、それだけ被害も大きくなる。だからこそ、生き残る方法を学ばなければならない。

 

「……………じゃあ本当に解散」

 

 牡丹は薬莢箱を持って出口へ向かう。

 

「レポート忘れないで」

「逃げ道ないんですか?」

「……………ない」

「即答ぅ……」

 

 生徒たちの呻き声が地下訓練場に響いた。

 

────

────────

 

 ホームルーム後の2-B教室にて、牡丹は、女子生徒たちに囲まれていた。

 

「先生のこと教えて~」

「髪さらさら、どんなトリートメント使ってるの」

「肌に毛穴がない…だと」

「…………………………黒井」

 

 牡丹は、黒井に助けを求めた。

 

「菅原先生、さようならまた明日」

 

 黒井は教室から出て行った。

 

「……………裏切った」

「いや黒井くん顔引きつってたし」

 

 七條が笑いを堪えながら言う。牡丹は逃げ道を探すように周囲を見回した。だが完全に包囲されている。

 

「先生って化粧水なに使ってるんですか」

「髪、地毛?」

「というか先生いい匂いする」

 

「……………石鹸で全身洗ってる。化粧水ってなに?」

 

 数秒、教室が静止した。

 

「は?」

「え?」

「待って」

「うそでしょ」

 

 女子生徒たちが一斉にざわつく。

 

「石鹸だけ!?」

「トリートメントは!?」

「美容液は!?」

「パックとか!」

 

 牡丹は本気で困惑した顔になる。

 

「……………なんでそんなに洗うの」

「先生が言っていい台詞じゃないんですよ」

 

 七條が頭を抱えた。八谷が恐る恐る牡丹の顔に視線を向ける。

 

「この人メイクしてない、は?それなのにこれ?」

「ファンデーション感ゼロなんだけど」

「肌発光してない?」

「待って睫毛長……」

 

 女子生徒たちが一斉に牡丹の顔を覗き込む。牡丹はじり、と半歩下がった。

 

「……………近い」

 

「逃がしません」

「観念してください先生」

 

 完全に捕獲対象だった。七條が牡丹の頬をまじまじと見る。

 

「毛穴ないんだけど」

「……………?顔の毛は眉毛と睫毛以外生えない」

 

 教室が静止した。

 

「は???」

「え?」

「待って待って待って」

「今なんて?」

 

 牡丹は周囲の反応に困惑する。

 

「……………?」

 

 八谷が震える声で確認した。

 

「そ、それって……」

「むだ毛ゼロってこと……?」

 

「……………?」

 

 肯定だった。

 

「神はいる」

「不公平条約」

「世界バグってる」

 

 女子生徒たちが頭を抱える。八谷が、牡丹の来ていたストレートパンツの裾をそっと持ち上げすねを見た。その後恐る恐るシャツのボタンをはずし袖口をずらし腕を見た。

 

「……………毛穴すらない」

「「「「は?????」」」」

 悲鳴が教室に響いた。牡丹は完全に置いていかれていた。

 

「……………?」

 七條が額を押さえる。

 

「待って、もう人類じゃない」「知ってたけど別方向で知りたくなかった」「なにその完全生物」

 

 神藤が後ろで吹き出す。

 

「先生、今クラス女子の価値観破壊してますよ」

「……………破壊してない」

「してるんだよなぁ」

 

 立川が笑いながら頷いた。 八谷はまだ牡丹の腕を凝視していた。

 

「え、待って、本当に綺麗……傷跡もない、肌きめ細かすぎる……」

 

牡丹は少し考える。

 

「……………そういえば傷ついたことないな」

 

 教室が静止した。

 

「は?」

 

 七條が真顔になる。

 

「いや待って」

「それは嘘」

「訓練であんな撃たれてるのに?」

 

 牡丹は首を傾げる。

 

「……………細胞にダメージはなかった」

「「「「は???」」」」

 

 理解不能だった。神藤が頭を抱える。

 

「待ってください先生、人体の定義から確認していいですか?」

「……………?」

 

 立川が乾いた笑いを漏らす。

 

「撃たれてましたよね?」

「爆発もしてたよね?」

「壁にめり込んで?」

「……………うん」

「細胞無事なんですか!?」

 

 女子たちに圧倒されながら、牡丹は少し考える。

 

「……………無事、頑丈だから」

 

 教室が静まり返った。

 

「頑丈ってレベルじゃない」

「戦車でももうちょい壊れる」

「人類基準で喋ってください」

 

 七條が頭を抱える。牡丹は困ったように視線を逸らした。

 

「……………?みんなは皮膚の細胞にダメージがあったら何がダメなの?」

 

 七條が即答する。

 

「肌荒れとかします」

「……………はだあれ?」

 

 牡丹にとって知らない単語だった。

 

「えっ」

「そこから!?」

「先生ほんとに!?」

 

 七條が頭を抱える。

 

「乾燥したり、ニキビできたり、赤くなったり、化粧ノリ悪くなったり!」

 

 牡丹は真剣に聞いていた。

 

「……………?」

「だからみんなスキンケア頑張るの!」

「……………なんで?」

「綺麗でいたいから!!」

 

 勢いよく返ってくる。牡丹は少し考える。

 

「……………肌って、荒れるの」

「「荒れるよ!?」」

 

 女子たちの声が揃った。神藤が苦笑する。

 

「先生、もしかして肌荒れ経験ゼロです?」

「……………?」

 

 肯定だった。

 

「うわぁ……」

「世界のバグ」

「勝てるわけない」

 

 女子たちが一斉に崩れ落ちる。

 

「……………みんなは肌にいつも何かぬってるやつが、はだあれ?防止」

「それは日焼け止め……………日焼け止めって知ってます?」

「……………しらない」

 

 教室が静止した。

 

「え?」

「待って」

「外出たことある???」

 

 立川が吹き出す。

 

「先生、吸血鬼説ある?」

「ないと思う」

 

 牡丹は真面目に否定した。

 

 七條が頭を抱える。

 

「いや待って、日焼け止め知らないって何?」

「紫外線どうしてるの!?」

 

 牡丹は少し考える。

 

「……………紫外線は体に悪いっておばあ様に言われたから。異能で弾いてる」

「「「「異能で弾いてる???」」」」

 

 教室が揺れた。牡丹はさらに追い打ちをかける。

 

「……………紫外線の波長をもった光のエネルギーを少なくして可視光にしてる」

「……………………は?」

 

 神藤が停止した。

 

 七條がゆっくり確認する。

 

「先生、それ日焼け止めの話ですよね?」

「……………うん、しなくても肌に変化はないけど」

 数秒、誰も喋れなかった。

 

「じゃあなんでやってるるんですか意味ないですよね!!」

 

 立川が叫ぶ。牡丹は少し考える。

 

「……………おばあ様が、体に悪いって」

「素直!!!」

 

 教室に笑い声が広がった。神藤が机に突っ伏す。

 

「待って、先生それ健康意識で光学現象操作してるんですか?」

「……………うん」

「規模感がおかしいんだよなぁ……」

 

 七條が笑いながら額を押さえる。

 

「普通の女子の紫外線対策って、帽子とか日傘とか日焼け止めですよ」

「……………私はこっちのほうが楽だから」

「楽って言った?」

「今波長変換を?」

「日焼け止め感覚で???」

 

 立川は爆笑している。牡丹は少し困惑した。

 

「……………?」

 

 八谷が恐る恐る聞く。

 

「せ、先生にとっては普通なんですか……?」

「……………うん。薄く広げるだけ」

「化粧水みたいに言うな」

 

 神藤が即座にツッコむ。桐山が肩を震わせながら呟く。

 

「紫外線を可視光化するを日常動作として処理してるか、どうりで勝てねぇわけだ。待てよ、俺の異能を使えば太陽光曲げられるな。今度やってみるか」

 

 牡丹がそちらを見る。

 

「……………できると思う。太陽光は熱もあるから、偏向すると相手の視界潰せる」

「実戦応用まで出てきた」

 

 立川が笑う。

 

 七條は笑いながら牡丹を見る。

 

「先生さ、異能使う時ってどれくらい集中してるの?」

「……………使うときは使うだけ。集中とかはいらない。みんなもこのくらいできるようになろうね」

「無理です」

「できません」

「ハードルが星の彼方」

 

 女子たちが一斉に突っ込む。牡丹は少しだけ困惑する。

 

「……………でもそっちのほうが他のとこに集中できるよ」

 

 教室が少し静かになる。神藤が腕を組んだ。

 

「……あー」

 

 七條も小さく頷く。

 

「つまり、異能操作を無意識化しろってことか」

「……………うん」

 

 牡丹は静かに肯定した。

 

「……………戦う時、考えること多い。距離、地形、音、味方、敵、逃げ道」

 

 ぽつぽつと並べられる単語。

 

「……………だから異能に脳を使うと、足りない。私は全部考えられるけど、皆はそうじゃない」

 

 その言葉に、何人かの顔色が変わる。これは感覚論じゃない。実戦の話だ。立川が真顔になる。神藤は苦笑する。

 

「でも普通、異能って集中しないと暴発しません?」

「する」

「するんだ」

「……………だから練習する」

 

 当たり前みたいに言った。七條がため息混じりに笑う。

 

「先生さ、努力した天才だから余計たち悪いんだよね」

「……………?」

 

 牡丹は意味が分からない顔だった。桐山が椅子にもたれながら呟く。

 

「でも、なんか分かるかもな。武道でも基礎動作を身体に叩き込むし」

「……………同じ」

 

 牡丹は頷く。

 

「……………異能も、考えなくてもできるまでやる」

 

 八谷がおそるおそる聞く。

 

「せ、先生って……それ、どれくらいやったんですか?」

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………起きてる間ずっと」

 

 静止。

 

「やめて」

「参考にならない」

「生活が修行僧」

 

 女子たちが一斉に崩れ落ちる。立川が笑いながら顔を覆う。

 

「そりゃ強いわ」

 

 牡丹はまだ少し不思議そうだった。

 

「……………みんな、やらないの?自分の出力の最小を使い続けるだけ」

「だけ、じゃないんですよ先生」

 

 神藤が即座に返した。

 

「普通は異能って使うだけで疲れるんです」

「ホンットに集中切れると止まるし」

「長時間維持とかかなりしんどいよね~」

 

 牡丹は少し首を傾げた。

 

「……………でも、最小出力ならほとんど消耗しない」

 

 その言葉に、今度は桐山が反応した。

 

「いや、そもそも普通は最小出力を常時使うって発想がない」

「ん?」

 

 桐山は椅子にもたれながら続ける。

 

「意味が薄いんだよ。戦闘訓練って、基本は威力とか瞬発力とか制圧力を伸ばすから、小さい出力を維持しても、直接強くなった実感がない」

 

 牡丹は少し黙った。

 

「……………なるほど」

 

 七條が肩を竦める。

 

「だって普通、日常生活で異能使い続けるなんてしないし」

「戦闘の時だけ使う人の方が多いよ」

 

「……………もったいない」

 

 ぽつりと牡丹が言う。

 

「異能って、使った回数だけ馴染むから」

 

 教室が少し静かになる。神藤が腕を組む。

 

「……でも先生、それできるの、出力制御が異常に上手いからじゃないです?」

「……………?」

「普通は最小出力でも暴発リスクあるんですよ」

 

 その瞬間、牡丹がほんの少しだけ目を瞬いた。

 

「……………ああ」

 

 初めて、本当に納得した顔だった。

 

「……………みんな、最小が大きいんだ」

 

「そうです!」

 

 立川が勢いよく頷く。

 

「蛇口ひねったら水圧強すぎる感じ!」

「そうそう細く出したくても難しいの!」

 

 牡丹は数秒考え込む。

 

「……………私、最小広げられるよ」

 

「は?」

「最小を……広げる?」

「なにそれ」

 

 牡丹は手元に小さな光を作った。本当に微弱な、糸みたいな光。

 

「……………最小出力を、そのまま面積だけ広げる」

 

 光がふわりと空間に薄く広がる。眩しくない、熱もない、けれど教室全体が、ほんのり柔らかく照らされた。

 

「うわ……」

 

 八谷が目を丸くする。神藤が真顔になった。

 

「出力増えてない……?」

「……………増えてない」

「密度だけ下げてる」

 

 桐山が低く呟く。

 

「制御おかしいだろ……」

 

 牡丹はそのまま説明を続けた。

 

「……………小さい力を広げると、維持が楽。細かく動かしやすい。感覚も掴みやすい」

 

 七條が苦笑する。

 

「先生、それ普通は感覚掴む前に暴発するんですよ」

 

「……………?」

 

 牡丹はまた少し考え込む。

 

「……………じゃあ、最初は広げるといいかも」

「いやできないんだって!」

 

 立川が笑いながらツッコむ。だが神藤は腕を組んでいた。

 

「……いや、でも理屈は分かるな」

「出力を細くするより、密度を落とすってイメージか」

 

 桐山が補足する。牡丹は小さく頷いた。

 

「……………うん。圧縮すると危ない」

「広げる方が壊れにくい」

 

 その瞬間、何人かの表情が変わる。今のは、かなり実践的な技術論だった。桐山がぽつりと呟く。

 

「……この人、感覚でやってるのに理論が完成してるの怖ぇな」

 

 七條が笑う。

 

「天才ってそういう生き物なんでしょ」

 

 牡丹はまた首を傾げた。

 

「……………?」

 

 その顔は、本当に自分が特別だと思っていない顔だった。

 

「……………最小出力訓練やったほうがいい?」

 

 神藤が最初に口を開いた。

 

「……たぶん、やった方がいい」

 

 牡丹がそちらを見る。

 

「……………ほんと?」

「少なくとも暴発しない感覚掴むのには使えそうですね。出力を下げるんじゃなく、広げるって発想は今までなかった」

 

 桐山も頷く。

 

「喧嘩でも力んでるやつは弱いしな。制御って意味では近い」

 

 八谷がおそるおそる聞く。

 

「じゃ、じゃあ……どんな訓練するんですか?」

 

 牡丹は少し考える。

 

「……………まず、出力を一番小さくする。そのあと、薄く広げる」

 

 彼女の指先に、また微かな光が灯る。今度はさらに薄い。空気に溶けそうなくらい弱い。

 

「……………これを維持する」

「できるだけ長く」

 

 神藤が真顔になる。

 

「……集中力訓練にもなるな」

「……………うん。あと感覚覚える」

 

 牡丹は静かに続ける。

 

「……………大きい出力は、感覚雑でも出る。小さい出力は、雑だと消える」

 

 その言葉に、何人かが息を呑んだ。確かにその通りだ。大雑把な操作では、繊細な出力は維持できない。

 

 つまりこれは、異能の基礎制御訓練。七條が感心したように笑う。

 

「先生、戦闘狂かと思ったらちゃんと教育者なんですよね……」

「……………教師だから」

 

 牡丹は当然みたいに答える。立川が吹き出した。

 

「その台詞、先生が言うとなんか怖いんだよなぁ」

 

────

────────

 

「……………というわけで、最小出力訓練をすることになった」

「最初のほうの女子トーク要りました?」

 

 校長室に入ってきた牡丹の話を20分くらい聞いていた白橋が真顔で言った。

 

「しかしそんな方法があったなんて知りませんでした」

 

 白橋は腕を組みながら感心したように呟く。

 

「異能訓練って、基本は出力強化か発動速度ばかりですからね、最小出力を広げるなんて発想はありませんでした」

 

 牡丹はソファに座ったまま小さく首を傾げた。

 

「……………?」

「でも、そっちの方が安全」

「まあ先生基準の安全は信用しづらいですが」

 

 白橋が即答する。牡丹は少し考えた。

 

「……………そうですか」

「そうなんです」

 

 校長室に沈黙が落ちた。その後、白橋は深くため息を吐く。

 

「ですが理論としては面白いですね。出力を下げる、ではなく、密度を落とす」

 

 牡丹は頷いた。

 

「……………圧縮は難しい、広げる方が崩れにくい」

「なるほど……」

 

 白橋はメモを取り始める。

 

「確かに、低密度維持なら暴発事故も減らせるかもしれない。初心者訓練向きですね」

 

 牡丹は少しだけ目を瞬かせた。

 

「……………初心者?」

「ええ。普通は先生みたいに呼吸感覚で異能使えませんから」

「……………?」

 

 本気で不思議そうな顔。白橋は苦笑する。

 

「先生、自分を基準にしないでください。異能を常時維持できる人間なんてほぼいません」

 

 牡丹は数秒考え込んだ。

 

「……………でも、やればできる」

「そのやればが問題なんですよ」

 

 白橋が即座に返す。

 

「先生の訓練量を一般人が真似したら過労で倒れます」

 

 牡丹は少し黙った。

 

「……………弱い」

「人類基準で喋ってください」

 

 白橋は真顔だった。数秒後、牡丹がぽつりと言う。

 

「……………でも、できるようになると死ににくい」

 

 その瞬間だけ、校長室の空気が静かになった。白橋は小さく息を吐く。

 

「……菅原先生、本当にそこから全部考えてるんですね」

「……………?」

「強くなるじゃなく、生き残る」

 

 牡丹は少しだけ考えてから頷いた。

 

「……………死ぬと、次できないから」

 

 淡々とした言葉。けれどそこには、何度も死線を越えてきた人間だけが持つ重みがあった。白橋は苦笑する。

 

「やっぱり、菅原先生を普通の教師枠に入れるの無理がありますね」

「……………うん」

 

 白橋が思わず吹き出す。

 

「自覚はあるんですね」

「……………普通の教師、戦場で戦わない。生徒に実戦の殺し合い教えない」

「まあそこですね……」

 

 白橋は額を押さえる。

 

「でも、生徒たちの反応は悪くないでしょう?」

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………みんな、ちゃんと聞いてる」

「だから、いい子」

「基準が戦場なんですよねぇ……」

 

 白橋が遠い目をした。普通の教師なら、授業態度や提出物を見る。だが牡丹は違う。

 

 生き残ろうとしているかを見ている。

 

「でも、最小出力訓練は本当に広まるかもしれませんね」

 

 白橋はメモを見ながら呟いた。

 

「特に若い異能者は、出力制御が雑ですから」

「暴発事故も減るかもしれない」

 

 牡丹は静かに頷く。

 

「……………壊れるの、よくない」

「先生が言うと説得力がすごいんですよ」

「……………?」

 

 白橋は苦笑した。

 

「先生、壊れる側じゃなく壊す側ですから」

 

 数秒、沈黙。牡丹は少し考え込む。

 

「……………そうかも」

「否定しないんですね」

「……………たまに、メキシコとか」

「国家崩壊レベルをたまにに含めないでください」

 

 白橋は真顔だった。その時、校長室の窓から夕日が差し込む。牡丹は少しだけそちらを見た。柔らかな橙色の光。白橋はふと思う。この人は、本当に戦場を知っている。

 

 だからこそ、生徒たちに強さより先に、死なない方法を教えるのだ。

 

「……先生」

「……………?」

「できれば、あの子たちには普通に青春もしてほしいんですが」

 

 牡丹は数秒考えた。

 

「……………うん」

「だから、生き残れるようにする」

 

 その返答は、どこまでも牡丹らしかった。

 




人物紹介

菅原 牡丹  (21 女)
本作の主人公。天守島異能力学校2-B担任。美容は全身と髪を石鹸で洗ってタオルで拭いて異能で乾かして終わり

神藤 悠馬 (17 男)
精神干渉系の異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部。七條の先生を見る目が途中怖かった。

立川 一   (17 男)
二キロメートルまで、聴覚を飛ばすことができる異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部部長。スキンケア用品を天守島に輸入している。

七條 葵   (17 女)
紅い電気のようなものとなり、また操ることができる異能者。天守島異能力学校2-B。天守島異能力学校生徒会会長。牡丹との生物としての格差をさらに実感した。

八谷 涼音  (17 女)
モノを清潔にすることができる異能者。天守島異能力学校2-B。生徒会会計。実は彼女の異能もスキンケア要らずだが、気づいていない。

白橋 不羈  (48 男)
情報を遮断する霧を発生させることができる異能者。天守島異能力学校学校長。このあと最小出力訓練について世界各国から問い合わせが来る。

黒井灰  (17 男)
その正体は異能自衛隊特異異能尉、葭江 躯。天守島異能力学校に潜入任務として入る。治療の異能行使の際肌のダメージを少し癒している。

桐山 破道(18 男)
風を操る異能者。天守島異能力学校2-B。桐山グループのトップ。牡丹の密度を下げるという使い方で色々ひらめいた。
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