────科学誌 GLOBAL Science和訳版 「人格と異能の関係性」著者 神藤悠馬より抜粋
2052年1月20日 天守島異能力学校
ガラララ
牡丹が大きな段ボールを抱えて教室に入ってきた。それに続いて白橋も。ある生徒が疑問の声を上げる。
「あれっ、今の時間は異能史じゃあ」
「……………異能史の高原先生は休み、代わりに私がやる」
「私も補助で入ります」
白橋が苦笑しながら言う。教室が少しざわつく。牡丹の授業は人気だった。面白いからではない。実技だからだ。そして容赦がないからだ。
「えっ、異能戦闘訓練?」
「今日は楽なはずなのに」
「………違う」
ドスン
段ボールを教卓に置いた牡丹は、その中に手が届かないことに気づいた。異能で中身を取り出しながら言った。
「……………異能史をやる。第三次世界大戦の終戦のきっかけになったメキシコ終焉戦について」
教室が静かになる。メキシコ終焉戦。異能史の教科書でも重要項目だ。だが普通は三年生で扱う。
「えっ」
「早くない?」
「まだそこやってないぞ」
生徒たちがざわつく。牡丹は気にしない。
段ボールの中から一枚の写真を取り出しプロジェクターにつながったカメラに映す。空撮写真だった。海が写っている。
「……………これは第三次世界大戦終戦時の写真」
次の写真。都市。人。車。市場。普通の街。
「……………これはメキシコ終焉戦闘開始二日のもの」
さらに次。巨大な爆炎、巨大な金属の塊、地平線まで続く破壊痕が衛星からの写真でもはっきりと映っている。
「……………戦闘して半日」
雲の写真を写して言った。
「……………メキシコ終焉戦、終戦時」
教室が静まり返る。
「え?」
「終戦時?」
「これ雲なの?」
誰かが呟いた。衛星写真いっぱいに広がる塊。最初は雲に見える。だがよく見ると違う色が混ざっている。
「……………巻き上げられた大地と蒸発した海の水が混じったもの。メキシコ終焉戦に置いて吹き飛んだ。2043年の世界の寒冷化の原因……………これを引き起こしたのが6人の異能者」
教室が静まり返る。
「6人だけ?」
「軍隊じゃなくて?」
「……………違う」
牡丹は首を振る。
「……………戦おうとしたのはもっと多い……………死んだ人ももっと多い……………でも」
終戦時の写真を指差す。
「……………この景色を作ったのは6人の最高位の異能者」
「6人って。そんなことネットにもない」
「……………うん。少し機密情報」
牡丹は資料をめくる。
「……………日本から葭江躯」
教室が静かになる。
「……………”花火”」
さらに数人が顔を見合わせる。
「……………アメリカのジェリー・スターリング」
「えっ」
「マジ?」
「テレビ出てる人じゃん」
ざわつく教室を気にせず牡丹は続ける。
「……………ゲオルギウスの墳墓、アレクセイ・ペレス、エレオノーラ・コンテ」
そして最後の名前。
「……………ルカ・サントス」
牡丹は少し考えた。
「……………“百薬毒竜”って言ったほうが分かりやすい」
教室が爆発した。
「いや分かる!」
「そっちの方が有名!」
「待って待って待って!」
「”百薬毒竜”いたの!?」
「教科書だと死亡扱いじゃん!」
「死んでる」
牡丹が即答する。
「死んでるんだ」
「……………うん」
「じゃあなんで参加してるの」
「……………メキシコ終焉戦は”百薬毒竜”を殺すために起こった」
教室から音が消えた。
ついさっきまで騒いでいた生徒たちが、今度は言葉を失っている。
「………………え?」
誰かが呟いた。
「殺すため?」
「戦争じゃなくて?」
「第三次世界大戦だよな?」
牡丹は頷いた。
「……………うん。第三次世界大戦」
資料を一枚めくる。そこには一人の男の写真が映っていた。白いコートに白い髪、痩せた身体。白い男だった。
「……………これがルカ・サントス」
「白いじゃん」
「ただの白いだけのおっさんじゃん」
「……………そう見える」
牡丹は肯定した。
「……………でも当時の世界で最も危険な異能者だった」
次の写真。都市が写っている次の写真。
次の写真。都市が融けている写真。
教室が静まる。
「……………ルカ・サントスの異能は”
牡丹は資料を指差した。
「……………詳細は毒や薬を作り出すこと。分かっていることだけ説明する」
写真が切り替わる。赤い海、崩壊した港、無数の遺体。
「……………彼だけで第三次世界大戦の10分の1。5億人が死んだ」
誰もすぐには反応できなかった。5億、数字が大きすぎる。実感が湧かない。
「え……?」
「一人で?」
「そんなの無理じゃん」
牡丹は頷く。
「……………普通は無理」
資料をめくる。次の写真。巨大な避難キャンプ。さらに次。全員が倒れている。建物は無傷。道路も無傷。人だけが死んでいる。教室が静まる。
「……………”百薬毒竜”は毒を作る」
「うん」
「……………でも薬も作る」
「それが異能名の由来?」
「……………そう」
牡丹は写真を指差した。
「……………彼は病気を治した」
次の写真。病院で歓声を上げる人々。
「……………癌を治した」
次。
「……………エイズを治した」
次。
「……………新型感染症を治した」
次。
「……………失明を治した」
教室がざわつく。
「英雄じゃん」
「むしろ良い人じゃん」
「なんで戦争になるの?」
牡丹は少し考えた。
「……………彼の薬は適合できないと死ぬ。この人たちも全員死んでる」
教室が静まり返る。
「え?」
「全員?」
「ちょっと待って」
牡丹は頷いた。
「……………適合率は薬による」
資料をめくる。
「……………効果が高ければ高いほど適合しにくい。逆に簡単な傷薬くらいだとほぼほぼ適合する」
「ええ、そうですね」
白橋が補足する。
「遺伝子が原因の病の場合、適合率は30万人に1人です」
教室が静まり返る。
「30万人?」
「それ治るって言わないだろ」
「……………うん」
牡丹は頷いた。
「花粉症の薬は死亡例が数百万人のうち四人です」
「そっちはまともだ」
「普通の薬じゃん」
「……………普通ならね」
牡丹は次の資料を映す。教室の空気が変わった。そこには薬効一覧が並んでいた。
【百薬毒竜 薬効一覧】
・擦過傷治療
・骨折治療
・失明治療
・脊髄損傷治療
・四肢再生
・臓器再生
・癌治療
・老化抑制
・寿命延長
・異能覚醒
「待って」
「最後」
「最後なんだ」
白橋が苦笑した。
「最後ですね」
牡丹は頷く。
「……………異能を進化させる薬」
「そんなの作れるの?」
「……………作れた」
教室がざわつく。異能は本人以外で伸ばすことはできない。それは常識だ。そんな話は聞いたことがない。
「適合率は?」
誰かが恐る恐る聞く。牡丹は資料を見た。
「……………1人だけ、その薬の改良版が竜血」
「いや」
「それ薬じゃないだろ」
「竜血って」
「異能増強薬だ中学で習ったろ」
「……………うん」
牡丹はあっさり肯定した。
「だから”百薬毒竜”。彼は治療を続けた」
資料が切り替わる。年代ごとの統計。
成功者
死者
成功者
死者
成功者
死者
死者
死者
死者
成功者
死者の数字だけが異常だった。
「……………ルカ・サントスは失敗を失敗と認識しなかった」
「え?」
牡丹は少し考えた。
「……………正確には」
さらに考える。
「……………必要な犠牲だと思っていた」
白橋が補足する。
「彼は本気で人類を救おうとしていました」
教室が静かになる。
「異能による記録や証言も残っています」
「なんて?」
白橋は資料を見る。
「『百万人死んでも一人助かるならやるべきだ』」
誰も喋らない。
「『その一人は助かったのだから』」
静寂。
「『助かった人間にとって失敗は存在しない』」
さらに静寂。それは狂気だった。だが。どこか理屈が通っている。
「……………だから危険だった」
牡丹が言う。
「彼は善人だった。悪人なら止まる」
牡丹は続ける。
「途中で諦める……………でも善人だった」
資料が切り替わる。世界地図。無数の印。
「救いたかった」
印が増える。
「もっと救いたかった」
さらに増える。
「もっと」
さらに。
さらに。
さらに。
世界地図が埋まる。
「……………だから彼は殺されることになった。でも失敗した。彼は強すぎた」
「ええ7つの国が彼を殺そうとしました。結果は、逆に滅ぼされることになりました」
「……………だから、日本とアメリカは、最高位の異能者3人に指示をだした。成功した」
二つの写真が写される。神経質な眼鏡の男と。ギリシャ神話の像めいた大男。
「……………でも足りなかった」
教室が静まる。
「足りない?」
「最高位だろ?」
牡丹は頷く。
「……………相手も最高位だった」
白い男の写真が映る。
「……………だから増えた」
次の写真。
牧師風の服を着たピアスだらけの男
襤褸切れを纏った女。
「……………最終的に6人」
白橋が補足する。
「正確には5日近く続いた超高位異能戦です」
「5日!?」
「寝る暇あるの?」
「ありません」
即答だった。教室がざわつく。
「えっ」
「人間?」
「最高位異能者ですよ」
白橋は苦笑した。牡丹は終戦時の写真を映す。
「……………そして終わった」
雲。いや、吹き飛んだ大地、蒸発した海、砕けた山脈、それらすべてが混じったもの。
「……………百薬毒竜は死んだ」
静寂。
「……………でも」
牡丹は次の資料を映した。そこには推定被害範囲が表示されていた。
「……………メキシコ、グアテマラ、ニカラグラが死んだ」
誰も喋らない。
「……………だから終焉戦」
そして少し考えて続ける。
「……………ちなみに」
嫌な予感がした。生徒たちはそう思った。
「……………戦闘による被害の大部分はルカ・サントスと"花火"が発生させた」
教室が静まる。
「え?」
「味方だよな?」
「……………味方」
「え?」
牡丹は頷く。
「……………戦争は相手だけ壊せない」
静かな声だった。
「……………最高位同士ならなおさら」
そして終戦時の写真を指差す。
「……………これが最高位異能者の戦闘」
教室は静まり返った。そこには英雄譚もなければ正義もない。ただ、「世界最強クラスが本気で戦うと国が消える」という事実だけがあった。
「”花火”についてですが、何も情報はありません。彼もしくは彼女はメキシコ終焉戦で死亡したとだけ残っています」
教室がざわつく。
「死亡したのに情報ないの?」
「そんなことある?」
「最高位異能者だろ?」
白橋が苦笑した。
「あります。正確には、記録がほとんど残っていません」
「なんで?」
「残せなかったからです」
白橋は資料を操作する。画面に表示されたのは終焉戦後の報告書だった。だが黒塗りばかりだった。
「戦後、各国は戦闘記録を集めました」
ページが切り替わる。黒塗り。また黒塗り。さらに黒塗り。
「結果として分かったのは、”花火”という異能者がいたこと」
次のページ。
「非常に強かったこと」
次。
「ルカ・サントスと正面から戦ったこと」
次。
「そして死亡したこと」
次。
「それだけです」
「少なっ!」
誰かが叫んだ。白橋も頷く。
「少ないですね」
「いや絶対嘘だろ」
「本当に残ってないんです」
教室がざわつく。最高位の異能者であり終戦の中心人物。なのに記録が存在しない。異常だった。
「性別は?」
「不明です」
「年齢は?」
「不明です」
「国籍は?」
「日本です」
「顔は?」
「不明です」
「いや何も分かってないじゃん!」
白橋は苦笑した。
「その通りです。ただし一つだけ共通した証言があります」
「何?」
「何ですか?」
白橋は資料を読む。
「終焉戦の生存者の証言です」
ページが切り替わる。そこには短い文章だけが映っていた。
『空が燃えていた』
『世界が爆発していた』
『太陽が地上に落ちたと思った』
『花火だった』
静寂。誰も喋らない。白橋は肩を竦める。
「証言の大半がこんな感じです」
「分からね」
「全然分からねえ」
「詩人しかいないのか」
牡丹が新しい資料を映す。
「……………それぞれの異能は、毒と薬の創造。有機と無機の境界操作。希望の象徴であること。全てを爆弾に変える。あらゆるものの切断。そして死体を融合させること。」
誰もすぐには喋れなかった。
「最後だけ怖すぎるだろ」
「最後だけ?」
「全部怖い」
「希望の象徴だけ浮いてる」
白橋が苦笑する。
「私もそう思います」
牡丹は気にせず資料をめくった。次の写真。地平線まで続く巨大な裂け目。
「……………切断」
次。山のように積み上がった肉塊。
「……………融合」
次。海そのものが赤黒く変色している。
「……………毒」
次。崩壊した都市が蠢く。
「……………有機と無機」
次。燃え上がる空。昼なのに夜のような暗さ。夜なのに昼のような明るさ。
「……………爆発」
そして最後。戦場で笑う金髪の男。その周囲だけ、人々の表情が明るい。
「……………希望」
教室が静かになる。
「なんだそれ」
誰かが呟いた。
「本当に能力なのか?」
白橋が答える。
「当時の兵士の記録です」
資料が切り替わる。
『ジェリーが来た』
『なら勝てる』
『死ぬ気がしなくなった』
『帰れると思った』
『家族に会えると思った』
『戦争が終わると思った』
静寂。
「宗教じゃん」
「まあ」
白橋は苦笑した。
「当時の兵士達も似たようなことを言っています」
牡丹が続ける。
「……………最高位異能者は能力だけじゃない」
「?」
「……………存在そのものが戦力」
写真が切り替わる。メキシコ全土の地図。赤い線、青い線に矢印。無数の戦線。
「……………第三次世界大戦の終盤」
さらに資料が切り替わる。赤い印が消える。また消える。。
「……………ルカ・サントスを止めるために軍隊が動いた」
さらに消える。
さらに。
さらに。
「……………失敗」
静寂。
「……………1国じゃ足りなかった」
さらに。
「2国でも足りなかった」
さらに。
「3国でも」
さらに。
「4国でも」
さらに。
「5国でも」
さらに。
「6国でも」
さらに。
「7国でも」
地図が真っ赤になる。
「……………足りなかった」
誰も喋らない。数字では知っていた。第三次世界大戦。異能史や世界史の教科書。だが実感はなかった。今初めて理解した。
世界大戦とは国同士の戦争ではない。化け物同士の戦争だった。
「だから」
牡丹が言う。
「……………最高位をぶつけた。結果はこれ」
終戦時の写真。雲。いや。大地、海、都市、国、全部が混ざった何か。
「……………勝った」
静かな声だった。
「……………人類が」
教室は静まり返っていた。誰も勝利の話だとは思えなかった。それは勝利の写真ではない。災害の跡だった。世界の終わりだった。だからしばらくして、一人の生徒が恐る恐る手を挙げた。
「先生、メキシコ終焉戦は正しかったんですか」
「……正しい、その年のクリスマスに講和ができた。泥沼化していた戦争が最高位の異能者を知って止まった」
「でも」
「…最高位の異能者が引き起こしたものを見て、次は全部滅びると誰もが思った」
教室は静まり返る。誰も反論できなかった。終戦時の写真がまだ映っている。
雲のようなもの。だが本当は違う。吹き飛んだ大地。蒸発した海。崩壊した都市。死んだ国。全部が混ざったもの。人類が勝った証拠。
そして人類がどれほど簡単に滅びるかを示した証拠。白橋が静かに続けた。
「第三次世界大戦の前までは、誰も本当には理解していませんでした。異能はこんなことが可能なことを」
白橋は終戦時の写真を見る。
「もちろん理論上は知られていました。最高位の異能者が危険だということも。国家を滅ぼせるという予測も」
少しだけ間を置く。
「ですが予測と現実は違います」
資料が切り替わる。
戦前の論文
戦前の軍事予測
戦前の政府資料
「当時の多くの専門家は、最高位異能者同士が戦っても限定的な被害で終わると考えていました」
「限定的?」
「国境付近が吹き飛ぶ程度です」
「十分やばいだろ」
「今ならそう思いますね」
白橋は苦笑した。
「ですが当時はそれでも楽観的でした」
終戦時の写真が再び映る。誰も喋らない。
「現実は違った」
牡丹が言う。
「……………全部吹き飛んだ」
「ええ」
白橋も頷いた。
「海も、山も、都市も、国家もです。だから人類は理解しました」
「何を?」
白橋は少し考えた。
「戦争に勝つことより先に」
そして終戦時の写真を指差した。
「戦争そのものを終わらせなければならないことを」
教室は静まり返る。
「メキシコ終焉戦は勝利でした」
白橋は続ける。
「ですが、あれをもう一度やれば人類は滅びる」
誰も反論しない。反論できない。写真が答えだった。
「だから講和が成立した」
「皆怖くなったから?」
生徒の一人が聞く。
「はい」
白橋は即答した。
「全員です」
「勝った側も?」
「もちろんです」
白橋は苦笑した。
「終焉戦の記録を読んだ人間で、恐怖を感じなかった者はいません」
牡丹がぽつりと言う。
「……………あれでも少ないほうだった」
「え?」
「少ない?」
「どこが?」
牡丹は終戦時の写真を指差した。
「……………葭江躯とジェリーが被害を出さないようにしていた」
「国が三つ消えてるんだぞ?」
「……………うん」
牡丹は頷く。
「それで少ない」
教室が静まり返る。白橋が苦笑した。
「当時の戦闘記録でもそう評価されています」
資料が切り替わる。そこには戦後報告書の一文。
『被害は想定を大幅に下回った』
「嘘だろ」
「どこの想定だよ」
「世界滅亡でも想定してたのか」
「近いですね、人類消滅です」
白橋が頭を抱える。
「異能史において、メキシコ終焉戦が重要なのはこのせいです。人類の危機を認識して、メキシコ終焉戦から大規模な戦争は発生することがなくなりました」
神藤が声を上げる。
「勝っても、滅びるからか」
「……………うん」
「そうです。そして異能者が排斥される理由もそれです」
桐山が背を椅子に預ける。その腕にある火傷をさする。
「どうりで、ガキも差別するわけだ。怖いから先に排除して関わりたくないから」
教室が少し静かになる。誰もすぐには否定しなかった。異能力学校にいる生徒の多くが、似たような経験を持っている。避けられたこと。気味悪がられたこと。事故を起こす前から危険扱いされたこと。白橋は少しだけ困ったように笑った。
「それもあります」
「それも?」
桐山が聞き返す。
「ええ」
白橋は頷いた。
「ただ、少し違います」
「何が」
「恐れている人の大半は、異能者を憎んでいるわけではありません」
教室が静まる。
「じゃあ何なんだ」
神藤が聞く。白橋は少し考えた。
「分からないんです」
「は?」
「異能が」
静かな声だった。
「普通の人には分からない」
資料が切り替わる。異能者人口。全人口の0.数パーセント。圧倒的少数。
「例えば桐山くん」
「なんだ」
「君は異能で風を起こせる」
「ああ、そうだ」
「でも私にはできません」
「そうだな」
「それを初見で見分けられると思いますか?」
「ッチ、そういうことかよ」
白橋は頷いた。
「そういうことです」
資料が切り替わる。
異能犯罪統計
異能事故統計
異能暴走統計
そして最後に。
一般犯罪統計
「異能者による犯罪率は、実は一般人と大きく変わりません」
「え?」
「マジで?」
教室がざわつく。白橋は頷く。
「少なくとも統計上はそうです」
「じゃあなんで」
神藤が眉をひそめる。
「差別されるんだよ」
白橋は少しだけ考えた。
「皆さんは、知らない人とすれ違う時に」
資料が消える。
「その人が包丁を持っているかもしれない、と思いますか?」
「いや」
「普通は思わねえ」
「ですよね」
白橋は頷く。
「ですが異能者の場合は違います」
教室が静まる。
「目の前の人が何をできるのか分からない。火を出せるかもしれない。雷を落とせるかもしれない。記憶を読めるかもしれない。自分を殺せるかもしれない」
静かな声だった。
「そして見分けがつかない」
沈黙。桐山が舌打ちする。
「つまり、全員を危険扱いするしかないってことか」
「そう考える人もいます」
白橋は否定しなかった。
「もちろん間違っています」
「でも理解はできる」
「そうです」
教室が静かになる。誰も気分のいい話ではなかった。桐山は腕の火傷を見る。昔、公園で異能を使っただけで熱湯をかけられたときの傷だ。そのとき言われた言葉は今でも覚えている。
――化け物
ただそれだけだった。まだ異能に目覚めたばかりだった。人を傷つけたことなんてなかった。それでも怖がられた。それだけで十分だった。
「……………でも、異能者は必要。排斥するけど必要としている」
桐山が鼻で笑った。
「都合いいな」
「……………うん」
牡丹は否定しない。
「……………都合いい。怖いから近寄るな」
桐山が続ける。
「でも助けろ。国は守れ。災害は止めろ。異能犯罪は捕まえろ。でも普段は目立つな」
吐き捨てるような声だった。
「都合良すぎるだろ」
誰も反論しなかった。白橋ですら少し困った顔をする。
「否定はできません」
静かな声だった。
「実際、その通りです」
教室が静まる。
「第三次世界大戦後、人類は異能者を必要としました。ですが同時に恐れてもいました。だから矛盾したんです」
資料が切り替わる。
異能者保護法
異能者登録法
異能教育法
異能監視法
異能犯罪対策法
「守る法律と」
次のページ。
「管理する法律が同時に作られました。守りたい、でも怖い。協力してほしい、でも信用しきれない」
白橋は肩を竦める。
「人間らしいでしょう」
神藤が苦笑した。
「まあな」
牡丹がぽつりと言う。
「……………異能者も同じ」
「ん?」
「……………普通の人が必要」
教室が静まる。
「……………ご飯作る人、電気作る人、病院、学校、ラーメン屋」
「最後いる?」
誰かが突っ込む。牡丹は真顔だった。
「……………いる」
教室から笑いが漏れる。だが牡丹は続けた。
「……………だから同じ」
少し考えて。
「……………怖いけど必要」
その言葉に。
桐山は少しだけ黙った。腕の火傷を見る。熱湯をかけた人間は嫌いだ。今でも許していない。だが、その後、自分を助けてくれた人間もいた。異能力学校を紹介してくれた教師。病院の医者。武道を教えてくれた先輩。全部普通の人間だった。
「……チッ」
小さく舌打ちする。認めたくないだけだ。自分も結局、必要としている。白橋が教室を見渡した。
「異能史は戦争の歴史ではありません」
静かな声だった。
「共存の失敗と成功の歴史です」
終焉戦の写真が映る。滅びかけた世界。
「人類は一度失敗しました」
そして現在の世界地図。5つの国家。
「……………だから今は失敗しないようにしている」
牡丹が最後に付け加える。
「……………たぶん」
「たぶんかよ」
教室から笑いが起きた。だが誰も、その言葉を完全には否定できなかった。世界はまだ続いているが、それが永遠に続く保証はどこにもないのだから。
人物紹介
菅原 牡丹 (21 女)
本作の主人公。天守島異能力学校2-B担任。メキシコ終焉戦は二度とやりたくない。演算の結果はメキシコ終焉戦は最善。
神藤 悠馬 (17 男)
精神干渉系の異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部。異能と頭脳が原因でいじめを受けていた。
白橋 不羈 (48 男)
情報を遮断する霧を発生させることができる異能者。天守島異能力学校学校長。だからこそこの学校を作った。
桐山 破道(18 男)
風を操る異能者。天守島異能力学校2-B。桐山グループのトップ。異能排斥運動が盛んな地域で生まれた。