牡丹は花火になりたい   作:ズンドロ

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世界連合は旧九州地域「ニューフクオカ」を日本領とする立場を維持しており、一方、日本政府は実効支配の喪失を理由に統治権を行使しておらず、世界最大の犯罪都市となった同地域の扱いを巡り議論が続いています。
────ラジオから流れたニュース


作戦はだいたいうまくいかない

2052年1月26日 ニューフクオカ

 

 話は牡丹たちが薬の売人を捕まえる一時間前にさかのぼる。

 

「……………七條、星宮。これに着替えて」

「なんですかこれ」

「娼婦の服ですね☆」

 

 七條が顔を赤くして、牡丹から渡されて服を地面に叩き付けた。牡丹は首を傾げた。

 

「……………ニューフクオカは今は不況。唯一儲かってるのは、薬関係。だから、娼婦を買うような奴はアタリ」

「だからってそんなことできないわよ」

 

 七條の耳はまだ赤いままだ。牡丹は少し考える。

 

「……………七條が考えてるようなことはしない。来たら、気絶させる。神藤が記憶を読んでアタリだったら協力を要請する。協力しなかったら野に放つ。心配だったら桐山を後ろに隠れさせる。たしか神藤が思考誘導が使えた、それで桐山を見えにくくする。安心」

「恰好はもう少しまともなの着させてください」

「はい☆どうぞ」

 

 星宮が七條に先ほどよりはマシな服装を手渡す。その時、男子たちが戻ってきた。全員、軍用服を着ている。自衛隊の正式な装備だが、なぜかニューフクオカでは流通している。なぜか財布が厚くなっている桐山が口を開く

 

 

「で、作戦は」

「娼婦の恰好で釣る☆です☆」

 

 男子たちが硬直する。彼らはまだまだ青い。

 

「は?」

 

 最初に声を上げたのは立川だった。

 

「先生、囮捜査ってそういう」

「……………そういう」

「言い切った」

 

 神藤が頭を抱える。

 

「あー、確かに資料じゃ麻薬がえらく儲かってたけど。でもいいのか葵」

 

 七條は腕で胸元を隠しながら睨む。

 

「そもそも何で私なのよ」

「よくないわよ悠馬、先生を説得して。そもそも何で私なのよ」

「……………私と星宮は貧相。七條が頼り」

 

 七條の表情が固まった。神藤が視線を逸らす。立川も視線を逸らす。桐山だけが素直に頷いた。

 

「まあ、それはそうだな」

「桐山くん?」

 

 七條の笑顔が怖い。

 

「いや事実だろ」

「桐山くん?」

「桐山、お前黙れ」

 

 神藤が即座に止めた。星宮は楽しそうに笑う。

 

「アハハハ☆ボタンちゃん☆もうちょっと言い方がありますよ☆まあ☆私たちじゃトクシュな人しか釣れませんし☆」

「……………?罠は多いほうがいい」

 

 牡丹は本気で何が悪いのか分かっていなかった。七條は額を押さえた。

 

「この人に説明しても無駄だわ」

「今さら気付いたのか」

 

 桐山が言う。授業後に何度も法と常識を検索した記憶が脳裏によぎる。生徒にゴム弾を撃ってもいいのかや、開放骨折は重傷に入るかなどだ。

 

「気付いてたけど認めたくなかったのよ」

「……………認める」

「先生じゃないわ」

 

 立川が笑いながらカメラを構えた。

 

「しかし本当にやるんですか」

「……………やる」

「成功率は?」

「……………手あたり次第よりまし」

 

 神藤が顔を引きつらせながら聞く。

 

「先生もしかしてそれって、通行人をアタリが出るまで殴るってことですか」

「……………うん、ここの人は大体麻薬もってるから、売人が分からない」

「それは捜査じゃなくて狩りです」

「……………?」

「何で不思議そうなんですか」

 

 牡丹はまたしても首をかしげる。

 

「……………この方法が一番穏便」

「強硬策は、いや言わなくていいです」

 

 神藤は即座に遮った。嫌な予感しかしない。牡丹は少し残念そうな顔をした。

 

「……………そう?」

「では☆やりましょうか☆」

 

 星宮が手を叩く。七條が深いため息を吐いた。

 

「本当にやるのね」

「……………うん」

「止めても無駄?」

「……………うん」

「そう」

 

 七條は諦めた。留年よりはマシだ、多分、おそらく、きっと。

 

「じゃあ配置の確認するね☆」

 

 星宮が地面に簡単な地図を描く。

 

「私と葵ちゃんが表☆」

「僕たちは?」

 

 立川が尋ねる。

 

「神藤くんが情報収集☆」

「はい」

「立川くんは記録☆」

「はい」

「桐山くんは護衛☆」

「おう」

「ボタンちゃんは自由☆」

「……………待機」

「先生」

 

 神藤が恐る恐る手を挙げる。

 

「……………なに」

「待機って何ですか」

「……………待機」

「だから何をするんです」

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………何かあったら行く」

「何かって」

「……………何か」

「時間ないですよ☆」

「……………作戦開始」

 

 そうしてそれぞれが持ち場に向かった。七條と星宮の中間にいる牡丹は目を瞑る。喧騒が聞こえる。撃ち殺される音、嬌声、爆発。ここではありふれたことだ。

 

 

 数十分が経ち。そろそろ場所を変えるかと考えた牡丹に近づくものがいた。

 

「お嬢ちゃん、一人?」

「……………きた」

 

 牡丹は目を開けた。

 

 

────

────────

 

 売人を回収した牡丹たちは廃ビルに入る。ホームレスの死体が出迎えてきた。腐臭が鼻を刺す。神藤の表情が固まる。

 

「うっ……」

 

 暗殺者になれているはずの七條も顔をしかめた。

 

「ひどい……」

 

 立川も流石にカメラを下ろす。死体は一つや二つではない。壁際に階段の下に部屋の隅にそこら中に転がっている、まるでゴミのように。桐山が舌打ちした。

 

「薬か」

「……………うん」

 

 牡丹は死体の横にしゃがみ込んだ。星宮も当然のように隣に座る。

 

「どうですか☆」

「……………薬物中毒」

「ですよね☆」

 

 二人の声は静かだった。慣れている、あまりにも慣れすぎていた。牡丹は死体の腕を持ち上げる。痩せ細った腕には無数の注射痕があった。

 

「……………死後三日くらい」

「二人はなんでそんな冷静なんですか」

 

 神藤が思わず聞いた。星宮が笑う。

 

「慣れです☆」

 

 その笑顔はいつも通りだった。だからこそ神藤は何も言えなくなる。星宮が見てきたものを少しだけ知ってしまったからだ。白い部屋、四六時中照らされる光、切り取られる手足、取り出される肉。

 

「……………桐山、立川、埋葬してあげて。七條、着替える。神藤、これの記憶。星宮、拠点の準備」

「はい、やるぞ立川」

「うん」

「わかったわ、いい加減着替えたいのよね」

「はい」

「はい☆」

 

 各自が行動を開始する。神藤は床に転がした売人の頭に手を触れる。

 

「先生。この人、記憶を探られることの対策はしてますか?」

「……………ない」

「分かりました」

 

 深緑の波が売人の頭に入っていく。そしてその記憶を────

 

「うっ」

「……………うん?何かあった」

「こいつ、人身売買も」

「……………そう、私もいる。記憶流して」

「はい」

 

 神藤に後ろから抱き着いた牡丹はそう告げた。神藤は記憶に潜っていく。呆然としている子供が小型船に乗っていく、葉巻を吹かした男が、少女を指さす、強化された脚で街を走る。そして────

 

「……………罪に問えるのは、本州だけ。だから薬物販売727件、誘拐278件、窃盗53件、不法入国178件くらいか」

「数えたんですか。俺、異能を途切れさせないので必死で」

 

 顔が青い神藤は立ち上がろうとするが、牡丹に遮られる。

 

「……………うん。少し私のそばにいて」

「立川たちの」

「…そばにいて」

「はい」

 

 牡丹は神藤の手を握る。震えている。息が荒い。

 

「俺、あんなこと。でも」

「…私の目を見て。息、吸って吐く。うん」

 

 神藤は牡丹に抱き寄せられる。その鼓動の少ない肉体によりかかる。甘い香りがする。

 

(かなりひどいな)

 

 牡丹は何も言わず神藤を支える。星宮が下りてきた。

 

「設営終わりました☆あれっ☆どうしたんですか☆」

「……………記憶を読んで、精神が不安定になった」

「ありゃりゃ☆精神干渉にしては意外とフツー☆じゃ私は薬の解析してきます☆」

 

 神藤の息がだんだんと正常に戻ってきた。

 

「……神藤、帰る?別の補修も用意する。テストで一定以上の点とれたら進級できるようにもする」

「…………………………やります」

「…わかった。でも、しばらくはそのまま。いつでも変えていい」

 

  牡丹はそう言うと、神藤の肩から手を離さなかった。神藤は小さく息を吐く。先ほどより呼吸は楽になっている。だが、瞼を閉じるとまだ記憶の断片が浮かんだ。船、薬、泣いている子供、売られていく人間。思わず顔をしかめる。

 

「……………まだ見る?」

「いや」

「……………そう」

 

 牡丹はそれ以上聞かなかった。神藤が話したくないことを知っていた。しばらく沈黙が続く。廃ビルは牡丹の異能で無音である。やがて星宮が戻ってきた。手には分解された注射器と薬品の袋がある。

 

「解析終わりました☆」

「……………どうだった」

「大当たりです☆」

 

 星宮の笑顔が少しだけ消えた。

 

「異能増強薬☆それもかなり新しいやつです☆」

 

 神藤が顔を上げる。

 

「本物ですか」

「本物ですね☆かなり純度の高い竜血が混じっています☆」

 

 牡丹が頷いた。

 

「……………じゃあ補修続行」

「先生」

 

 神藤が呼ぶ。

 

「……………なに」

「帰りません」

「……………うん」

 

 牡丹は静かに答えた。

 

「でも無理だったら戻す。留年はさせない」

「はい」

「……………絶対」

「はい」

 

 ようやく牡丹は神藤から手を離した。その代わり、すぐ隣に座ったままだった。神藤は少しだけ苦笑する。どうやらまだ監視対象らしい。そしてクラスメイト達に情報伝送(テレパシーver2)で情報を渡す。立川から、恐怖と怒り。七條からは怒りと哀れみ。桐山からは純粋な怒りが伝わってきた。神藤は小さく息を吐いた。記憶を見たのは自分と先生だけだ。だが、怒っているのは自分だけではなかった。

 

「……………共有終わった?」

「はい」

「……………そう」

 

 牡丹は頷いた。その横で神藤は少しだけ肩の力を抜く。今回ばかりは、怒っているのが自分だけではないことが救いだった。

 

 牡丹はポケットから、端末を取り出し、何かを調べだした。

 

「……………ジョン・シーク。リストに載ってる。あと、本州にいる橋渡しの特定か」

「何のリストです」

「……………発見したら、無条件での殺害が許可。それアメリカでマフィアの幹部やってた。記憶探れなかったのは、精神干渉で見えないよう細工されてたのか、気にしなくていい」

「はい?」

 

 神藤が聞き返した。

 

「……………だから、殺していい人」

 

「いや意味は分かります」

 

 神藤は即座に否定する。

 

「何でそんなリストがあるんですか」

「……………犯罪者だから」

「雑すぎません?」

 

 牡丹は首を傾げた。

 

「……………雑?」

「雑です」

 

 その時、通信越しに桐山の声が入った。

 

『先生』

「……………なに」

『そのリスト作った奴まともだな』

「桐山!?」

 

 神藤が思わず叫ぶ。

 

 立川も通信に割り込んできた。

 

『いや待って。僕も気になる』

「立川まで」

『いやだって人身売買と薬物と臓器売買やってるんだろ』

 

「それはそうだけど」

『何で今まで生きていけたの?』

『そこは私も気になります☆』

 

 星宮まで混ざってきた。

 

『普通☆途中で誰かに消されそうです☆』

「……………それなりに有用だったから。売買した子供は異能者が2割」

 

 通信が止まった。数秒、誰も喋らない。最初に口を開いたのは七條だった。

 

『……2割?』

「……………うん」

『偶然じゃないわよね』

「……………うん」

 

 神藤の顔色がさらに悪くなる。記憶の中にいた子供たちの顔が浮かんだ。船に乗せられる子供。檻に入れられる子供。売られていく子供。その中には異能を持つ子供もいたのだろう。

 

『先生』

 

 桐山の声だった。静かだった。

 

『買った連中は』

「……………記憶だと企業、研究所、犯罪組織、個人」

『そうか』

 

 それだけだった。だが神藤には分かった。桐山が本気で怒っている。立川も珍しく黙っている。やがて小さく呟いた。

 

『記事にできないな』

『無理ですね☆』

 

 星宮が即答した。

 

『証拠があっても消されます☆』

「……先生」

 

 神藤が呼ぶ。

 

「……………なに」

「橋渡し、絶対見つけましょう」

 

 牡丹は静かに頷いた。

 

「……………もう見つけた」

「えっ」

「……………記憶で見たものから、出せる。これ以上は自衛隊に任せる。補修は薬と子供の回収だけ。橋渡しの情報はもう伝えた」

 

 神藤はゆっくりと牡丹を見る。

 

「先生」

「……………なに」

「いつですか」

「……………さっき」

「いつのさっきですか」

「……………神藤が休んでる間」

 

 神藤は固まった。立川の通信が入る。

 

『待って』

「うん」

『僕らまだ事件の整理も終わってないんですけど』

「……………うん」

『何で自衛隊に情報が渡ってるんですか』

「……………送ったから」

『誰にですか』

「……………自衛隊の興行企画室」

『どこですかそれ』

 

 立川が聞いた。

 

「……………興行企画室」

『それは聞いた』

「…………?」

 

 神藤が頭を押さえる。

 

「先生」

「……………なに」

「自衛隊ですよね」

「……………うん」

「何で興行企画室があるんですか」

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………第三次世界大戦の時に士気向上のために作ったらしい」

『らしいって』

「……………詳しく知らない」

 

 七條が割り込む。

 

『いや待ってください』

「……………なに」

『それ今もあるんですか?』

「…………うん」

『何しているんです?』

「……………映画作ったり、こっそり殺したり、イベントしたり、ゲーム作ったり」

『待って』

 

 立川だった。

 

『今さらっと変なの混ざりましたよね』

「……………?」

『こっそり殺したりって何』

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………危険な人を」

『何で興行企画室が』

「……………存在をフィクションにする。映画やゲームに暗号を仕込んで、各地にいる人に情報を伝えるために」

『それもう広報じゃなくて諜報ですよね』

「……………うん」

『うんなんだ』

 

 神藤が額を押さえた。

 

「先生。映画に暗号って本当に?」

「……………うん」

『どうやってですか』

 

 七條が聞く。牡丹は少し考えた。

 

「……………背景」

『背景』

「……………看板とか、車のナンバーとか、書類の数列とか、広告とか。一つの映画だけじゃない二つ三つ組み合わせてようやくわかる。民間で解いて興行企画室に入った人もいる。人材募集用に仕込まれた暗号で入隊申し込みができる」

『待って』

 

 立川が口を開いた。

 

『それもう採用試験じゃん』

「……………うん」

『うんなんだ』

 

 神藤が額を押さえる。

 

「先生」

「……………なに」

「何でそんな回りくどいことするんですか」

 

 牡丹は少し考えた。

 

「……………普通の募集だと変なのも来る」

『暗号解く奴の方が変だろ』

 

 桐山が即答した。

 

「……………確かに」

『認めるんですか』

 

 七條が思わず突っ込む。星宮が楽しそうに笑った。

 

『でも理にはかなってますよ☆』

『どこがですか』

『映画を何十回も見て☆複数作品を照合して☆暗号を解いて☆応募先を探すんですよ☆執念があります☆観察力もあります☆あと暇です☆』

『最後台無しだろ』

 

 桐山が即座に否定した。牡丹は真面目な顔で頷く。

 

「……………仕事がない人。でも優秀」

「そうでしょうけど」

『埋葬終わったぞ』

 

 桐山の声が通信に入った。

 

『こっちも終わった』

 

 立川も続く。神藤は少しだけ安心した。さっきまで人身売買の記憶を見ていたせいか、二人の普段通りの声が妙にありがたい。

 

「……………ありがとう」

『別に、いい』

『先生』

 

 立川が聞く。

 

「……………なに」

『この後どうするんですか』

 

 牡丹は即答した。

 

「……………子供を探す」

『そうですよね』

「……………まずこれが協力するか聞く」

 

 そして牡丹は売人に目を向けた。

 

 

────

────────────

 

 翌日、神藤は、朝ごはんの匂いで起床した。横を見ると立川はまだ夢の中だ。牡丹が向かってきた

 

「お、おはようございます」

「……………おはよう。気分は?」

「最悪ですよ」

 

 神藤は伸びをして窓の外に目を向ける。憎たらしいほどの晴天だった。

 

「……………ならいい。ご飯できてるよ」

「あ、いただきます」

 

 会談を降りると、桐山が食器を洗っていた。七條と星宮がホワイトボードに何かを書いている。

 

「おう。神藤か、寝れたのか?うなされてたぞ」

「おはよう。まずこれ食べて」

「あ、ありがとう」

 

 神藤は、簡易テーブルの上を見る。焼き魚、味噌汁、白菜の漬物、麦飯。ニューフクオカに合わない、健康的な食事だ。

 

「いただきます」

 

 焼き魚を口に運ぶ。うまかった。昨日の記憶が少しだけ遠ざかる。

 

「……おいしいです」

「……………そう」

 

 牡丹はそれだけ言った。だが少しだけ肩の力が抜けたように見えた。神藤は気付く。この朝食は偶然ではない。牡丹なりの気遣いなのだ。ホワイトボードが目に入る。

 

「先生、これ何です?」

 

 そこには簡単な地図が描かれていた。赤丸が3つ付いている。

 

「……………候補地」

「何の?」

「……………子供」

 

 神藤は箸を止めた。昨日見た記憶が脳裏をよぎる。船の中の檻、泣いている子供。牡丹は味噌汁を飲む。

 

「……………三人」

「え?」

「……………生存確認できた人数」

 

 神藤は息を呑んだ。牡丹は続ける。

 

「……………高位異能者だけ、情報化されてた」

 

 桐山が食器を拭きながら聞く。

 

「高位以外は」

「……………使い捨て」

 

 さっきまで聞こえていた食器の音も止まった。神藤はホワイトボードを見つめる。3つの赤丸。たった3つ。

 

「……それしか分からないんですか」

「……………うん」

 

 牡丹は頷いた。

 

「……………記憶に残ってたのが三人」

「残ってた?」

 

 立川が聞く。牡丹は麦飯を一口食べた。

 

「……………商品」

 

 神藤は顔をしかめる。その言葉が嫌だった。

 

「……………高位異能者は高く売れる」

「だから情報が残る」

「……………うん」

 

 七條が拳を握る。

 

「じゃあ他の子は」

 

 牡丹は少し黙った。そして答える。

 

「……………番号」

 

 誰も言葉を返せなかった。

 

「……………名前もない」

 

 桐山が食器を置く。小さな音だった。

 

「そうか」

 

 それだけだった。だが神藤には分かった。桐山も怒っている。昨日の売人の時と同じだ。静かな怒りだった。星宮がホワイトボードを見る。

 

「年齢は?」

 

「……………8歳、11歳、12歳」

 

 七條が目を閉じる。

 

「子供じゃない」

「……………うん」

 

 牡丹は頷いた。

 

「だから回収する」

 

 神藤はその言葉を聞いて少し安心した。牡丹は感情表現が苦手だ。何を考えているのか分からないことも多い。だがこういう時だけは分かる。この人は本気で助けるつもりだ。だから昨日、橋渡しの情報を自衛隊へ投げた。だから今、犯人ではなく子供を優先している。牡丹は味噌汁を飲み終える。

 

「……………食べたら行く」

 

 神藤は箸を動かしていた。牡丹が作った朝食を食べることも、今から子供たちを助けに行くことも、今は同じくらい大事なことのように思えた。

 

 

────

────────

 

「では☆作戦を発表します☆私☆神藤さん七條さんが12歳☆桐山さん立川さんが11歳☆ボタンちゃんが8歳の回収です☆」

「……………作戦は9時30分開始」

「「「はい」」」

 

 牡丹がそう告げると各々が動き出した。装備を確認する者。通信機を調整する者。地図を見直す者。誰も昨日の話を口にしなかった。だが忘れたわけではない。船の中の子供たちも。番号で呼ばれていた子供たちも。全員覚えている。風が吹いた。廃ビルの影に置かれた花束が揺れる。昨日埋葬したホームレスの墓標代わりの花だった。白い花びらが一枚だけ舞い上がる。牡丹はそれを見た。数秒だけ、本当に数秒だけ。そして視線を前へ戻した。

 

「……………行こう」

 

 誰も返事をしなかった。必要なかった。全員が同じ方向へ歩き出していた。

 

 




人物紹介

菅原牡丹(21) 主人公。基本の睡眠時間は3:55~4:00。朝はなんでもいい

神藤悠馬(17) 基本の睡眠時間は23:00~7:00。朝はパン派

立川一(17) 基本の睡眠時間は2:30~8:20。朝は食べない

桐山破道(18) 基本の睡眠時間は20;30~5:00。朝はコメ派

七條葵(17) 基本の睡眠時間は22:00~6:00。朝はパン派

星宮スバル(23) 基本の睡眠時間は23:00~3:00。朝はオートミール
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