牡丹は花火になりたい   作:ズンドロ

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異能は、祝福であると同時に災厄でもある。
力ある者は恐れられ、力なき者は搾取される
ならば、その力を国家が引き受けよう
あなたの異能、買い取ります
戦いたくない者に、戦いを強制しない
力を持つだけで人生を壊される時代を終わらせる
異能を持つ者が、普通に働き、普通に食事をし、普通に眠れる国を作る
それが、マスラフ首長国連合だ
異能を国家へ預けよ
対価として、我々はあなたへ平穏を支払う
────マスラフ首長国連合大統領、ザヒール アルザードの演説


助けを呼ぶ声だけは消えない

2052年1月11日 天守島異能力学校校長室

 

 窓の外では冬の海が鈍く光っていた。校長室の暖房は効いているはずなのに、どこか空気が冷えているのは、部屋の中央に座る青年のせいだった。黒縁眼鏡に、学生服、年齢にして17、8ほどにしか見えない姿。だが、その中身を知る者間違えることはない。異能自衛隊特別異能尉、”無機器官”葭江 躯。現在の偽装名義――黒井 灰。

 

「……で、これが2-Bの生徒一覧です」

 

 白橋が印刷された資料を差し出す。葭江は受け取ると、数秒で全てを読み終えた。

 

「暗記した」

「相変わらずですねぇ……」

「監視対象は神藤 悠馬で間違いないのか」

「現時点では最優先ですね」

 

 白橋の声音から、いつもの軽薄さが少しだけ消える。異能の霧を展開する。

 

「精神干渉系。それも発現速度が異常に速い。加えて本人の倫理観が比較的まとも」

「まともだから危険だな」

「ええ」

 

 白橋は神藤が1年生のころ引き起こした事件を思い出し頷いた。

 

「悪意が強い異能者なら、どこかで破綻します。でも彼は違う。周囲を守ろうとして自然に最適解を取ってしまうタイプです」

「結果として支配構造を作る」

「はい」

 

 葭江は胸に手を突き刺し本を取り出す。題名は「これであなたもボッチ脱却、機械でも理解できるコミュ二ケーション」である。

 

「七條 葵は?」

「あれは現時点で純粋に強いですね。異能出力が高校生の範囲じゃない」

「制御は?」

「かなり良好。ですが神藤くん関連で感情変動が大きい」

「なるほど」

「あと八谷 涼音」

「あの清潔化か」

「本人が自覚していないだけで、かなり危険です」

「……あれは分かる」

 

 葭江の眉間に僅かに皺が寄る。紅茶の入ったカップに指を入れ吸収を始める。

 

「対象の定義が曖昧すぎる」

「ええ。汚染の認識次第では社会そのものを消毒しかねない」

「本人が善性寄りなのが救いか」

「最高位予備軍って、だいたいそういう子ですよねぇ」

 

 白橋の言葉に、葭江は数秒黙った。

 

「……予備軍ではない」

「と、言いますと?」

「神藤はともかく、七條と八谷は()()()()

「……弱い、ですか」

「ああ」

 

 葭江は淡々と続けた。目線は本から動かさない。

 

「出力は高い、才能もある、だが根本的に人間だ」

「どういうことです?」

「最高位の異能者は異能に人間の皮を張り付けた存在だ。そもそもの生物としての規格が違う」

 

 白橋は軽く目を瞬かせた。

 

「生物としての規格、ですか」

「ああ」

 

 本を読み終えた葭江は窓の外の海を見ながら続ける。

 

「普通の異能者は、人間が異能を使っているだけだ。だが最高位は違う」

 

 葭江の声は静かだ。

 

「異能そのものが、生存の主体になっている」

 

 白橋は黙って聞いている。

 

「例えば心臓を潰される。普通は死ぬ。だが最高位は死なない」

「自己回復能力があるから、では?」

「違う。順序が逆だ」

 

 葭江は自分の胸元を軽く叩いた。

 

「最高位は、「死」という現象への認識そのものが薄い。概念的に遠いからな」

「……なるほど」

「例えば、俺は存在の比重を変えれば、佐渡に戻れる」

 

 白橋の表情が固まった。

 

「……はい?」

「正確には、本来いるべき場所へ寄る」

 

 葭江はまるで、「電車を乗り換える」程度の口調で言った。

 

「俺の異能は有機物と無機物の境界操作だが、応用すれば自分の肉体を増やせる」

 

 白橋の沈黙が数秒続いた。

 

「…………それ、分身ってことですか?」

「少し違う」

 

 葭江は椅子へ深く座ったまま答える。

 

「人間は細胞の集合体だ。なら細胞を増やせば肉体も増える」

「理屈が雑すぎません?」

「実際できる」

 

 さらりと言った瞬間。葭江の左腕が、音もなく二本に増えた。

 

「うわっ」

 

 白橋が珍しく本気で引く。増えた腕は制服の袖ごと複製されている。だがよく見ると、布地と皮膚の境界が曖昧に脈打っていた。カフスボタンが花が咲くように成長する。

 

「俺の異能は有機物と無機物の境界操作だ。肉体も衣服も、“構造物”として再定義できる」

 

 そして増えた腕は、粘土のように溶け、再び一本へ戻った。

 

「待ってください待ってくださいそれ、増やした肉体全部に意識あるんです?」

「ああ」

「脳は?」

「増やせる」

「人格分裂とかしないんです?」

「同一存在だからな」

 

 葭江は至極当然な顔をして答えた。この問いは何度もされたものだからだ。

 

「まあ、最大出力が下がるがな」

「……待ってください」

 

 白橋はこめかみを押さえた。

 

「つまり今ここにいる黒井くんは、本体じゃない?」

「本体ではある」

「どっちなんです?」

「全部本体だ」

 

 葭江は即答した。

 

「俺にとって肉体は端末だ。どこに主軸を置くかで、存在の重みが変わるだけだな」

「怖いことを自然に言わないでください」

「事実だ」

 

 白橋は深くため息を吐いた。異能自衛隊の最高戦力について長年知っているつもりだったが、改めて言語化されると理解を拒否したくなる。

 

「では、仮に今この場で黒井くんが死んだら?」

「佐渡にいる俺が少し疲れる」

「少しで済むんですか……」

「比重をどれだけ割いているかによるな。今回は学生生活が主目的だから3割程度だ」

「3割でそれですか」

「むしろ低い」

 

 葭江は窓の外を見た。冬の海が鈍色に揺れている。

 

「最高位は、生存への執着が薄い。だから壊れにくい」

「矛盾してません?」

「人間は死にたくないから壊れる」

 

 白橋は黙った。只人である彼には理解できないからだ。

 

「死を恐れるから、肉体に依存する。肉体に依存するから、肉体が壊れると終わる」

 

 葭江は静かに続ける。

 

「最高位は違う。肉体を自分と思っていない。だから壊れても継続できる」

「……それが、規格が違うという意味ですか」

「ああ、だから最高位に悪人がほぼ存在しない」

「成長する前に死ぬから、でしたか」

「異能は精神を拡張し、精神は異能を変化させる」

 

 葭江は白橋へ視線を向けた。その目は光を返さない。

 

「人格が未熟なまま異能だけ肥大化すると、自壊する。自分の異能に耐えられん」

「だから善性寄りしか残らない」

「善性というより、安定性だな」

「……ちなみに」

 

 白橋は恐る恐る尋ねた。

 

「今、この学校にいる黒井 灰くん。本気を出した場合、どの程度までいけるんです?」

 

 葭江は少し考えた言った。

 

「この島は消える。そして発生した津波でアジア側の太平洋沿岸部は大体滅ぶな」

「3割でそれですか」

 

 白橋が真顔になった。全国から強力な異能者が集められているこの学校でも、天守島を壊すどころか、この校舎を破壊できる異能者すら生徒の中に数人しかしないからだ。

 

「ああ」

 

 葭江は淡々と頷く。

 

「正確には、今ここにいる黒井 灰へ割いている存在比重が3割だ。出力制限とは少し違う、例えば人間が片手のみで作業している状態に近い。全身を使えば効率が上がるだろう」

 

「例えが嫌すぎます」

 

 白橋は思わず顔をしかめた。

 

「いや待ってください。つまり本来のあなたは、今も別の場所にいる?」

「ああ。佐渡にいる」

「普通に会話してるんです?頭おかしくなりません?」

「同一存在だからな」

 

 即答だった。白橋はしばらく黙り込む。

 

「……ちなみに、本体含めた全力だと?」

 

 数秒、沈黙。葭江は少しだけ考え、

 

「全力を出したことは────いや、メキシコ終焉戦で一度出したきりだな」

「なるほどそうですか」

 

 白橋は額を押さえた。軽く流したが、内容が内容である。第三次世界大戦末期。メキシコ以南を地図から消し飛ばした、史上最大級の超高位異能戦闘。世界史の教科書に載るレベルの災害であり、同時に現在の国際秩序を決定づけた戦闘でもある。白橋も仕事で関わっていた。

 

「……ちなみにこれは個人的な興味なんですが」

「そういえば白橋校長、前職は情報将官だったな」

「その時の被害、どの程度まであなた個人が関与してるんです?」

「0だ、”百薬毒竜”(ルカ)”花火”(あいつ)が9割。切り裂き皇帝(アレクセイ)が1割だ」

 

 白橋は数秒沈黙した。

 

「…………はい?」

「俺と星頭鷲(ジェリー、)は周囲に被害が出ないようにしていた」

「それであの被害ですか」

「そうだ」

 

 即答だった。白橋は思わず椅子へ深く沈み込む。

 

「いや、待ってください。メキシコ以南が、グアテマラ共和国が国家ごと消滅してるんですよ?」

「ああ」

「死者5000万近いんですよ?」

「あの程度で済んだ。少ないほうだな」

「少ないほうとは報告で知っていましたが」

 

 葭江は特に気にした様子もなく続けた。

 

「ルカの毒は拡散型だ。時間経過で指数関数的に汚染領域が増える。放置した場合、2日以内に南北アメリカ大陸の生態系が死滅する予測だった」

「それを止めたのが……」

「雪ノ下────今は菅原牡丹だ。これ以上は知らん。この肉体にその情報をいれていない」

 

 白橋が固まる。葭江の言っていることが理解できないからだ。

 

「…………はい?」

「情報分割している、存在比重を分けるついでに、記憶領域も分割した。この黒井灰は学生生活用だ。戦闘知識、一般教養、監視対象の情報、最低限の実戦経験だけ入れてある」

 

 白橋はしばらく瞬きを止めた。そして、ようやく意味を咀嚼する。

 

「……情報を分割」

「ああ」

 

 葭江は淡々と頷く。

 

「今の黒井 灰は、学校へ通うための俺だ。人格の摩耗を避けるため、不要な情報は切り離している。学生生活にメキシコ終焉戦(あの戦い)の詳細はいらんだろう」

「確かに倫理の授業では使いませんけども」

 

 白橋は額を押さえたまま天井を仰いだ。

 

「つまり、今ここにいる黒井くんは、戦争を全部覚えてるわけじゃない?」

「断片的には知っている。だが、記録はほぼ切った。そうでもないと日常生活に支障が出る」

 

 葭江は窓の外を見たまま言った。海は大きく荒れている。

 

「俺は弱いから数千万単位の死を抱えたまま学生などできん」

 

 白橋は、そこで初めて言葉を失った。弱い。この男が、今、自分をそう評した。国家戦略兵器扱いされる化け物が。

 

「……それで弱い扱いなんですか」

「ああ」

 

 葭江は即答した。

 

「本当に強い人間は、そういうものを抱えたまま壊れん」

「例えば?」

星頭鷲(ジェリー)は、今も毎年慰霊式へ出て、英雄として振る舞っている。自分が救えなかった人間の名前を、可能な限り覚えているそうだ」

「…………」

「俺には無理だった。命の価値がどうしようもなく矮小に見えてしまった。そっちのほうが楽だからな」

 

 白橋は言葉を返せなかった。それは懺悔ではない。かといって開き直りでもなかった。ただ、自分がどう変質したのかを、葭江は事実として述べているだけだった。

 

「……楽、ですか」

「ああ」

 

 葭江は窓の外を見たまま答える。

 

「数が増えすぎると、人間は認識できなくなる」

 

 冬の海が鈍く光る。

 

「一人なら重い。十人でも重い。百人を超えたあたりから曖昧になる。万を超えれば、脳は現実感を失う。百万を超えると認識すらできなくなる」

 

 静かな声だった。

 

「だから切り替えた。個人として見ないようにした」

 

 白橋は眉をひそめる。あまり好ましくない考えだからだ。

 

「……それは、人命を数字として扱うということですか」

「違う。数字ですらない。現象として処理した」

 

 葭江は否定した。白橋の背筋に薄い寒気が走る。

 

「毒が拡散する。都市が切り刻まれる。地形が消える。そこへ人間という情報を混ぜると、判断が遅れる」

 

 淡々としている。

 

「だから切った。悲鳴も、顔も、全部だ」

「……」

「でなければ止められなかった」

 

 白橋は理解してしまう。この男は冷酷だから切り捨てたのではない。逆だ。全部を認識したままでは、戦えなかったのだ。

 

「……それでも、覚えているんでしょう?」

「断片は残る」

 

 葭江はわずかに目を細めた。

 

「今でも夢に見るらしい」

「……らしい?」

 

 白橋が小さく聞き返す。

 

「ああ」

 

 葭江は静かに頷いた。

 

「夢を見ている人格は別にある。この黒井 灰には共有していない」

「そこまで分けるんですか……」

「必要だった。授業中に突然フラッシュバックを起こす学生は、さすがに不自然だろう」

「いや、たまにいますがね……」

 

 白橋は乾いた声を漏らした。葭江は窓の外を見たまま続けた。

 

「ただ、完全には切れん」

「夢、ですか」

「ああ」

 

 一瞬だけ、声が低くなる。

 

「焼けた海の臭い。溶けた都市。空が赤く染まる光景。そういう断片は残る……あと、子供の声だな」

 

 その一言だけ、妙に小さかった。

 

「助けを呼ぶ声だけは、なぜか消えん」

 

 校長室の空気が静まり返る。暖房の駆動音だけがやけに大きく聞こえた。白橋は軽口を叩けなかった。国家最強の異能者。世界を変えた化け物。そう呼ばれる存在の内側にあるのは、英雄性でも狂気でもない。ただ、処理しきれなかった残骸だ。

 

「……それでも戦うんですね」

「ああ」

 

 葭江は即答した。

 

「止まれば、次は日本が消える」

 

 迷いはなかった。

 

「だから必要な限り戦う。壊れる前に分割し、摩耗する前に切り離す。それだけだ」

 

 白橋は深く息を吐いた。

 

「人類って、もう少し穏やかに生きられないんですかねぇ……」

「無理だろうな、人間は、力を持つと使う。異能も国家も同じだ」

 

 その言葉に、白橋は苦笑するしかなかった。

 三学期開始まであと半日。




人物紹介

葭江 躯(26 男)
異能自衛隊特異異能尉。日本の最高戦力。本人は自らを「弱い」と評する。理由は、数千万単位の死を抱えたまま壊れずに生きることができなかったから。



白橋 不羈  (48 男)
情報を遮断する霧を発生させることができる異能者。天守島異能力学校学校長。軽薄で飄々とした態度を取るが、本質は極めて有能な管理者。異能犯罪、国家級異能者、戦時情報に深く関わってきた経歴を持つ。
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