牡丹は花火になりたい   作:ズンドロ

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特別異能戦略実行部隊は様々な問題を起こした。「首脳着せ替え大作戦事件」「ピンク基地事件」「着ぐるみパレード事件」「ステルス機解体してみた♡事件」これは私が対処した一部に過ぎない
────陸上自衛隊 情報将官 白橋 不羈


移動は面倒くさい

2052年1月12日 東京港

 

「……あしえ、どこにいるの」

『黒井だ。天守島にいる』

「…そう。すぐ行く」

『仕事をしてから来い』

「…分かってる」

 

 ついに冬休みが終わり、生徒たちが天守島に向かう船に乗っているところだった。その横ででゲオルギウスの墳墓の信者が警官隊と揉み合っている。

 

「『異能力学校を閉鎖せよ!!』」

「『ゲオルギウスの墳墓は汚染者を排除することを要求する!!』」

 

『ゲオルギウスの墳墓か。異能者の部隊を俺の部下に殲滅された割には元気だな。所詮は末端か』

「…そうなの」

『ああ、向こうは認めていないがな。────立川くん、何か用?学校の案内するって?ありがとう。ほかにも色々教えてね』

 

東京港の埠頭に立つ牡丹は通話を切れた携帯端末を見つめスピーカーから最後に聞こえた声を反芻している。

 

(本当に生徒として馴染めるのかな、あしえ)

 

 かつての特別異能戦略実行部隊(どうりょう)達に怒っているか呆れている所しか見ていない牡丹は葭江にいらぬ心配をしながらも出港する船を見送った。135ノットで海面を滑走する高速船「はやぶさ」は5時間で小笠原諸島にある天守島に到達する。近くのカフェでモーニングを楽しんでいた牡丹はあることを思い出した。

 

(あっ、私も乗るんだった)

 

 白橋から生徒の監督を任されていた牡丹は目の前にある物をかっこみ、会計を済ませ、マントを羽織り誰も認識できない速度で駆け出した。埠頭から飛び出し、海上を疾走する牡丹は最高速に向けて加速する「はやぶさ」を見つけ飛び乗った。

 

「……間に合った。ヨシ」

 

 牡丹は満足げに小さく頷くと、客室へと続く重い引き戸を開けた。レールのないジェットコースターと言われる、「はやぶさ」の中

では生徒たちがシートベルトをつけて談笑していた。牡丹は座れる席がないか客席の合間を進む。

 

「菅原先生、おはよーござーます」

「……おはよう」

 

 近くの席に座っていた生徒たちが、突然客室の後方から現れた牡丹に驚きつつも、代わる代わる挨拶を投げかけてくる。それに答えた牡丹の視線の先に神藤悠馬、七條葵、八谷涼音の3人が座っていた。

 

「……ここ空いてる?」

「え、あ、はい。空いてますけど……先生、いつの間に乗ってたんですか?」

 神藤悠馬は死んだ魚の目のまま、シートベルトに体を固定された状態でパチクリと目を見開いた。東京港の埠頭でデモ隊を眺めていたはずの担任が、幽霊のように客室の後方から現れて自分たちの向かいの席に立っているのだ。

 

「……普通に乗った。ちょっとモーニングを食べてたから遅くなっただけ」

 

 牡丹はいつも通りの仏頂面のまま、八谷の隣の空席のシートベルトを器用に外すと、体をドサリとシートに沈めた。ジェットコースターと称される「はやぶさ」が波に激しく叩かれて大きく揺れるが、彼女の軸はミリ単位すらブレない。

  

「先生もお疲れ様です。……それにしても神藤くん、本当に酷い顔。そんなに本土の挨拶回りが嫌だったの?」

 

 八谷は斜め向かいにすわる、戦場上がりの兵士めいて生気がない神藤の顔を覗き見た。

 

「嫌だったなんてレベルじゃないぞ八谷……。あそこは人間が住む世界じゃない。桐山どものほうがよっぽど素直で可愛い生き物に見えるくらいだ」

「悠馬、そんなこと言わないで。あなたのおかげで、次期の親族会議で腐敗した派閥を排除できる口実をてにいれたんだから」

「腐敗って……」

「総会屋やってるでしょ、マフィアと繋がって麻薬売りさばいているでしょ、あと私たちに差し向けられた暗殺者もあの人たちのものよ。まあマシにはなると思うけど」

「…………マジかよ。俺この先やってけるのか」

 

 神藤は自分が遥かに邪悪な世界に足を踏み入れたことを自覚した瞬間。

 

ドンッ!!

 

 船が下から突き上げられたように跳ね、緊急停止した。

 

「……外か」

 

 シートベルトを外した牡丹は通路へと歩き出した。

 

「せ、先生!?」

 

「……座ってて。舌、噛むよ」

 

 牡丹はそれだけ言い残し、激しく揺れる船内を、まるで地面の上でも歩いているかのような足取りで進んでいく。客室から出ると空中に立つ人物と目が合う。

 

「汚染者どもよ。このゲオルギ────」

「……お前か」

 

バゴンッ

 

 ローブ姿の男の近くに飛び上がり後頭部に蹴りを入れ一撃で気絶させた牡丹は手足を縛って甲板へ転がした。ゴロゴロと転がった

男を見下ろし、牡丹は無表情のまま首を傾げる。

 

「……弱い。こいつじゃない」

 

 その直後である。

 

 バァン!!

 

 海面が炸裂し、灰色の法衣を纏った十数人が海上から飛び上がり、一斉に船を包囲する。

 

「同志が!!」

「貴様ァ!!」

「汚染者の犬が!!」

 

 各々が異能を発動し始める。炎が渦を巻き、鋼線が空中を走り、氷槍が形成される。だが牡丹は気絶した男のローブを雑に掴み、そのまま船の手すりに縛り付け始めた。

 

「聞いているのか!!」

「……聞く意味ある?」

 

 牡丹が手を向けると法衣を着た者たちがつけているペンダントが白く発光し、炸裂した。

 

「……回収するか」

 

 牡丹は海面にぷかぷか浮かぶ気絶したゲオルギウスの墳墓の異能者たちを回収するべく海に飛び降りた。平然と海面に立つ牡丹は片手で浮かぶ異能者たちを空き缶をゴミ箱に捨てるように甲板に放り投げた。

 

「うわっ!?」

 

 ドサリ、と鈍い音を立てて転がった男を見て、甲板に集まっていた生徒たちが一斉に身を引いた。各々が異能を構えたまま、海上に立つ牡丹を見下ろしている。

 

「……先生、海の上」

「立ってるね」

「立ってますね……」

 

 神藤が乾いた声で呟き、八谷が現実確認のように頷いた。だが牡丹は特に気にした様子もなく、次を回収するため数歩海面を歩く。靴底が沈む様子はない。

 

「ば、化け物……」

 

 気絶から目を覚ましたゲオルギウスの墳墓の男が、海面の牡丹を見て青ざめた。そこへ、船長らしき中年男性が恐る恐る顔を出した。

 

「あ、あの……菅原先生……海難救助隊を呼んだほうが……」

「……大丈夫。あと三人」

「あと三人!?」

 

 牡丹は淡々と答え、海面に浮かぶローブ姿を次々と回収していく。そのたびに、

 

 ドサッ

 ゴッ

 ベシャッ

 

 扱いの雑な音が甲板に響いた。

 

「先生ぇ! もうちょっと優しく置けません!?」

「……死なないから平気」

 

 立川なら突っ込んでいたであろう台詞に、神藤はなんとも言えない顔をした。すると、甲板に転がされていた男の一人が、薄く目を開けた。

 

「ぐっ……き、貴様ら汚染者ども……! ゲオルギウスの墳墓は必ず――」

 

 牡丹が海面から顔を上げる。

 

「……まだ喋れるの」

 

「我らの悲願は近い!聖別の日は――」

 

 その瞬間、男の頭が甲板に叩き付けられる、しかし、誰も触れてはいない。牡丹は最後の一人を回収すると、軽く海面を蹴って甲板へ戻った。あまりにも自然に着地したせいで、一瞬誰も反応できなかった。

 

「……終わり」

 

 スーツについた海水を軽く払う牡丹。周囲の視線が集まる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 沈黙。そして神藤が、おそるおそる口を開いた。

 

「先生」

「……なに」

「海って歩けるものなんですか?」

 

 牡丹は少し考えてから、

 

「……慣れれば」

 

 と答えた。

 

「参考にならねぇ……」

 

 神藤は頭を抱えた。

 

 数十分後、駆け付けた海上保安庁に引き渡したあと「はやぶさ」は加速を開始した。停止していたエンジンが唸りを上げる。

 

 ゴォォォォ――――ッ!!

 

 船体後部から白波が噴き上がり、「はやぶさ」は再び海面を滑走し始めた。加速に伴う強烈なGが客室を襲い、生徒たちの身体がシートへ押し付けられる。

 

「うおっ!?」

「毎回思うけど速すぎるって!」

「これ本当に船なの……?」

 

 窓の外では海面が線のように流れていく。そんな中、牡丹だけは微動だにしていなかった。シートに深く座り、静かに缶コーヒーを飲んでいる。

 

「……平和」

 

「どこがですか」

 

 神藤の即答に、八谷が吹き出した。

 

 七條はタブレット端末を操作しながら、先ほど海上保安庁へ引き渡されたゲオルギウスの墳墓について情報を確認している。

 

「変ね」

「……なにが?」

 

 牡丹が視線だけ向ける。

 

「今回の連中、末端にしては装備が良すぎるわ。少なくとも日本支部単独じゃ用意できないレベル」

 

 七條の声音が少しだけ低くなる。

 

「誰かが支援してる?」

 

「たぶんね。あるいは――」

 

 そこまで言った瞬間、船内放送が鳴った。

 

『間もなく天守島海域へ到達します。生徒の皆様はシートベルトを外さないようお願いいたします』

 

 同時に、窓の外へ巨大な影が見え始める。

 

「おっ」

 

 神藤が顔を上げた。水平線の先、灰色の海霧の向こうに、巨大な人工島がその姿を現していた。

 

 海上要塞じみた外壁。

 幾重にも重なった防波設備。

 

 第三次世界大戦末期に建造された人工島――天守島。

 

「なんかデカくなってない?」

 

 神藤が呟く。

 

 以前まで見えていた無骨な外壁のさらに外側に、新しい防波区画が増設されていた。海面には巨大な鋼鉄製の柱が何本も打ち込まれ、海中にも何かしらの建造物が沈んでいるのが見える。七條がタブレットを確認した。

 

「ああ、年末に防衛区画が拡張されたみたいね。予算名目は“津波等水害対策”」

「どう見ても軍事用だが」

 

 神藤のツッコミに、七條は肩をすくめた。

 

「国家予算なんてそんなものよ。老朽化した公民館の補修って名目で地下基地作ったりするし」

「怖ぇよ国家権力」

 

 窓の外では、巨大な防波壁の間を縫うように「はやぶさ」が進んでいく。一方、牡丹は窓の外をじっと見つめていた。

 

「……増えてる」

「なにがです?」

「……砲台」

「砲台」

 

 さらっと物騒な単語が飛び出した。神藤たちが改めて外を見ると、防波壁に紛れるようにして何か黒いものが飛び出ている。

 

「いやいやいや学校だよなここ?」

「異能力学校よ?」

「その返し万能すぎない?」

 

 すると、後方から低い声が飛んできた。

 

「対艦、対空、対異能者用の複合防衛設備だ」

 

 振り向くと、葭江もとい黒井が近くに立っていた。黒縁眼鏡を指で押し上げながら、淡々と続ける。

 

「外壁内部に可変式電磁砲。海底に自律機雷。レーダー設備は三重。旧戦時規格としては妥当な防衛ラインだ」

「ずいぶん詳しいな。って誰?」

「失礼、これから2ーBに転入する黒井 灰だ。よろしく頼む」

「ああ、よろしく神藤悠馬です」

「よろしく。七條葵よ」

「八谷涼音です」

 

 二人もそれぞれ名乗る。黒井は軽く会釈をし。

 

「……黒井灰だ」

 

 短い。あまりにも短い自己紹介だった。だが、その何気ない立ち姿に妙な圧がある。神藤は本能的な違和感を拭えなかった。視線配り、重心、呼吸、どれもが洗練されすぎている。まるで長年、生死の境界線に立ち続けた兵士のような立ち居振る舞い一方、牡丹はそんな空気など気にした様子もなく黒井を見ていた。

 

「……灰って名前だったんだ」

「ああ、今決めた」

「適当だな!?」

 

 思わず神藤がツッコむ。黒井は真顔だった。

 

「偽名などそんなものだ」

「偽名って言っちゃってる!」

 

 神藤が頭を抱え、八谷が吹き出す。七條だけはじっと黒井を観察していた。黒井は出入口、非常口、窓、生徒の配置、無意識レベルで戦術確認を行っている。神藤もそれに気付き始めていた。

 

(なんだこの人……自衛官とかか?)

 

 すると。

 

 ガコンッ。

 

 船体が小さく揺れ、「はやぶさ」が接岸態勢へ移行した。窓の外では、巨大な軍港めいた埠頭が近づいてくる。

 

「うわ」

 

 神藤が思わず声を漏らした。埠頭に、武装した警備部隊が並んでいた。黒い装甲車。対異能用らしき特殊装備。大型火器。どう見ても学校の警備ではない。

 

「何あれ」

「国家防衛監督省直属の対異能警備隊ね」

 

 七條が平然と答える。

 

「なんで学校にいるんだよ」

「異能力学校だから」

「その理論やめろ!」

 

 神藤が叫ぶ横で、黒井が窓の外を見ながら小さく呟いた。

 

「増えているな」

「え?」

「警備人員だ。一昨日の1.5倍ほどいる」

「一昨日?」

「ああ、一昨日来た時の人数から見てな」

「一昨日からいんのかよ」

 

 だが、牡丹だけはじっと黒井を見ていた。

 

「……あし――黒井くん」

「なんだ」

「ボロ出るの早い」

「努力はしている」

 

 黒井は真顔で答えた。

 

 その瞬間、八谷が耐えきれず吹き出した。

 

「ふふっ……だめ、ちょっと面白すぎる……」

 

 肩を震わせる八谷に、黒井はわずかに眉を寄せた。

 

「どこがおかしい」

「いや、だって……転校初日なのに、警備人員とか普通見ないから」

「観察は基本だ」

「軍人の基本では?」

「一般生徒だ」

 

 真顔であった。

 

「無理あるだろ!!」

 

 神藤のツッコミが船内に響く。そのやり取りを見ていた七條は、黒井を観察するように細めた目を向けた。

 

「……黒井くん」

「なんだ」

「あなた、どこかの名家?」

「違う」

「軍関係者?」

「違う」

「公安?」

「違う」

「特殊部隊?」

「違う」

「じゃあ何者なのよ」

「一般生徒だ」

「押し通した……」

 

 神藤は乾いた声を漏らした。低い振動音とともに、「はやぶさ」の速度がゆっくり落ちていく。窓の外では、巨大な係留アームが船体へ接続され始めていた。分厚い鋼鉄製の可動橋が展開され、武装した警備員たちが港区画を巡回している。

 

「本当に学校かここ……」

 

 神藤がぼそりと呟く。自動小銃らしき装備を持った警備員だけでなく、海面には無人警備艇、上空には小型ドローンまで飛んでいる。七條が端末を見ながら小さく眉をひそめた。

 

「警戒レベルが一段階上がってる」

「何かあったのか?」

「島内部の情報だから一般生徒には非公開ね。でも、生徒会権限でも一部しか閲覧できないわ」

 

 すると黒井が荷物を持ちながら口を開いた。

 

「年始から各地でゲオルギウスの墳墓が活性化している。警戒強化は当然だ」

「なんでそんなこと知ってるんだよ」

「ニュース」

「絶対違う」

 

 神藤の即答。牡丹はそんなやり取りを横目に見ながら、静かに立ち上がった。

 

「……降りるよ」

 

 生徒たちが順番にシートベルトを外し始める。その時である。

 

 ピコン。

 

 七條の端末に通知が入る。彼女は何気なく確認し、数秒止まった。

 

「……え?」

 

「どうした?」

 

 神藤が覗き込むと画面には、生徒会宛の緊急通達が表示されていた。

 


 

【通達】

本日付で天守島異能力学校における警戒レベルを“黄色”へ移行する。

生徒の単独行動を制限。

夜間外出禁止。

教職員の指示に従うこと。

 


 

「なんで?」

 

 八谷が首を傾げる。黒井だけが、ほんのわずかに視線を細めた。

 

「……早いな」

「何が?」

 

 神藤が問う。だが黒井は答えず、そのまま立ち上がった。

 

「降りるぞ」

 

 可動橋が完全に接続される。そして、生徒たちは知らなかった。自分たちがこれから降り立つ天守島で、何かが既に動き始めていることを。

 




人物紹介

菅原 牡丹  (21 女)
本作の主人公。天守島異能力学校2-B担任。「はやぶさ」に乗り遅れたことは誤魔化せた。

神藤 悠馬 (17 男)
精神干渉系の異能者。天守島異能力学校2-B。新聞部。休み明けだが既に疲労が溜まっている。

七條 葵   (17 女)
紅い電気のようなものとなり、また操ることができる異能者。天守島異能力学校2-B。生徒会会長。黒井を怪しんでいる。

八谷 涼音  (17 女)
モノを清潔にすることができる異能者。天守島異能力学校2-B。生徒会会計。神藤と七條に会えて楽しい。

黒井 灰(17 男)
その正体は異能自衛隊特異異能尉、葭江 躯。天守島異能力学校に潜入任務として入る。外壁から「はやぶさ」に飛び乗った。
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