壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
頬を撫でる風、現代とは違う草原を駆け抜けてるようなこの空気も懐かしい。
日差しすら、違うように感じる。
ディオネとの日々も落ち着いてきて、聖女様も現代に染まりきってるなと、なんて思ってた頃なんだけど。
「湊さん、久しぶりですよねここら辺」
目の前には、白銀の法衣をばっちり着こなしたディオネがいて。俺の手を握りしめている。この格好を見るのも久しぶりだ。
「まあ、この世界がそもそも懐かしいな。ディオネの体からしか体験してないけど」
「……なんかえっちな言い方」
「そういう考え方してるディオネが一番えっちなんじゃない?」
「な、なんか湊さんにそういうこと言われるとぞくぞくするような……」
「急に新しい扉を開くな」
そんな風に軽口を叩きながら、アスファルトだとかコンクリートも微塵もない場所を歩き続ける。
俺たちは、ディオネの元いたあの世界へとやってきていた。普通、世界を渡るなんて大事だと思ってたんだけど、意外とできるらしい。
いや、ディオネができてたんだからできるとは思うけどさ。そんな簡単にできるとは思わないじゃん。
魂だけは通せるけど、体を通すのは難しいみたいなものなのかと。まあ意外といけるんだなってのはわかったけど。
それはともかく、とりあえずディオネが久しぶりにこっちに戻りたいっていうのでそのまま着いてきた。どうせなら一緒に来てくださいとか言われるし。じゃあ行こうかなって思って。
「にしても、変わってませんね」
「そうなのか?」
こっちの街並みとかはあんまり覚えてないからわかんないけども。
にしてもこっちか。色んなことがあったよな。色んなこと、でくくっていいのかわからんけど。
さすがに、ディオネの体だったときの感覚とかは抜けてるし。
「ああでも、湊さん――油断しないでくださいね?」
ディオネが視線が俺から逸れて、俺の横の方へと向く。
そちらへと向くと、男が一人こっちに向かって走ってくるのが見える。ぞわっとするような、嫌なものを纏ってるような感覚。
スッと、ディオネの白い腕が伸びて。
近づいてきた男の手首を掴んで、そのままぶん投げた。
ぴりぴり、と肌にひりつくような感覚がする。これは、神聖力?
……じゃなくて、何が起こった?
ディオネが動くのが速すぎて、目で終えなかったんだけど。
「本当にもう、その瘴気が湊さんに触れたらどうするんですか」
俺の前に、庇うようにしてディオネが立つ。ぶん投げた男から、立ち上る嫌な感覚。これ、瘴気ついているな。
この世界、目を離すとこういうの出てくるからやばいよな。今は、普通の体だから危なかったんだけどさ。
……肌がずっとぴりぴりしてるのは、ディオネからすごい神聖力が出てるってになるんだけど。量がえげつない……さすが信仰序列3位。
「私の湊さんに、手を出さないでくださいね?」
「誰がお前のだよ」
「私のですけど?」
「強欲な聖女様だね」
「元ですよ?」
ぷく、と頬を膨らませていくと少しずつ膨れ上がった神聖力が萎んでいく。
さっきのバカみたいな神聖力のお陰か、襲ってきたやつは完全に瘴気消えてるな。悪魔にでも取りつかれてたってことね。
にしても物騒だなこの世界。いきなり悪魔が襲ってくるなよ。
本当に、嫌な世界。まあまあ理不尽で、それでも抗ってるやつらが、割と嫌な目にあってるんだしさ。
なんて、ことを考えていると。
「……何やってんのお前ら」
呆れたような声が聞こえた。
「この場合、久しぶりでいいのか?」
「そうなんじゃない?」
「じゃあ、久しぶり」
「こっちもね」
小柄な少女がいた。ディオネと同じ、白銀の法衣を身に纏っていて。顔付きも似ているのに、髪の色は違う女の子……女の子って言っていいのか?
「あ、えーっと。ライさんって呼んだ方がいいですかね?」
「好きにすれば?」
「……それよりもですね、気になるんですけど」
まあ、わかる。こいつを見たときにちょっと思ってた。
「後ろのシリルさんはなんなんですか?」
そう、なんかこいつの後ろにシリルが立っている……だけだったらいいんだけど。なんか抱き締めてんだよな。
それを自然な状態でやってるし。
「ん、ああ……なんかシリルのやつが離れてくれなくてさ」
「ライ、嫌なの?」
「いや別に、そうってわけじゃないけど……」
と言って、目を伏せる。のはいいんだけど、なんで若干顔を赤くしてる。
うんまあ。そういうことなんだろうけど、そういうことなんだろうなあ。
ははは、信じたくねー。いやマジか。マジか?
「湊さん、あの」
「よし、見なかったことにして帰るか」
「帰らないでください!いや、私もちょっとびっくりしてますけどね!?」
ぐいっ、とディオネに引っ張られて止められる。
「ライはあげないからね」
なんか知らんけど、シリルのやつがぎゅっと元俺……ライを抱き締めて、警戒してるみたいな様子だしてるけど。別に、取るとかないけど。
なんか抱き締められて、こいつもまんざらでもなさそうだし。
「……抱き締めんのはやめてくれない?」
「ダメなの?」
「いやその、なんか恥ずかしくなってきてさ」
「物足りなくてもっとすごいこと、ここでしてもいいけど」
……何を見せられてんの?
「あの、そっちの世界に入り込むのやめてもらえません?もうやりづらいんで、一旦室内に移動しましょうよ」
というディオネの声でなんとか移動することができた。外であれを見せられるのもなんかきついからな。
◇◇◇
「ライのこと好きだから、こうやってアタックしてるだけだよ」
とりあえず、中にお邪魔してもらったんだけど。
どういうことなのか聞くと、いきなりそんなことを言われて、困惑してるってわけ。
まあ確かに、シリルはそんなことを言ってたけども。……それよりも。
「……そういうの、急に言うのやめろよ」
ぷいっと顔を逸らしてるこいつ。
うーん、これ元々俺なんだよな?
いやいや、そんなことあるのか。うーん、あってもおかしくないのか?
思えば、ディオネの体にいたときは、男女が混ざっていたから、そう思うと不思議ではないかもしれないけど。
うん、そういうこともあるか。
「ねえ、湊さん。なんか向こうラブいんですけど。対抗します?」
「なんでだよ」
「……いやその、キスとかしても……いいかなって」
「がっつくな」
ぐいぐい迫ってくるディオネを押し退けると、向こうの二人はポカンとした顔でこっちを見ている。
「なんかお前ら、仲いいな」
「そっちのライも押しに弱いんだね」
「おい、俺が弱いみたいに」
「弱いでしょ。強引にいくとキスさせてくれるし」
「おまっ、言い方考えろって」
……なんか、だいぶあれだな。向こうの俺はシリルに結構やられてるらしい。
「あれ?今日は賑やかですね?」
がちゃり、と誰かが入ってくる。
「ああ、アクイラ。久しぶり」
「……えっと、もう一人のライさん?それに……ディオネ様!」
「わっ、ちょっと。アクイラ、落ちついて」
「わーん、ディオネ様だ!」
「ちょっ、湊さん。助けて」
急に飛び込んできたアクイラにディオネが戸惑ってて面白い。
「久しぶりに帰ってきたんだから、アクイラに任せようかな」
「そんな!?」
まあ、アクイラも久しぶりにディオネと会えて嬉しいだろうしな。
っていうか、そろそろもう一人の俺とちゃんと話をしたいな。一回ぐらいは、やっといた方がいいだろ。
「なあ、シリル。そっちの俺借りていい?」
「やだね」
「なんでだよ」
「ライって人たらしだから、自分自身を惚れさせるとかやりそう」
「何言ってんの?もう強引に借りていくから」
なんか冗談かどうかわからんこと言ってるけど。まあ、貸してくれるだろ。俺自身だし。
そう思って、もう一人の俺を掴むと。なんだかんだついてきてくれる。シリルも、普通に見送ってるしな。
「で、なんか用?」
「用っていうか、そっちの方どうなってんのかなって」
「お前の残した問題がわんさか襲いかかってるけど」
「それはごめんな」
「いいけど。ディオネも楽しそうだし」
「お前もシリルと楽しそうでよかったじゃん」
「うっさい」
なんで自分と言い合ってるんだろうか。
「……ってか、ディオネとそのまま住んだりしてんの?」
「押しきられた。っていうか、お前もさ。シリルにもう惚れてるってこと」
「それは……っ、そうじゃなくて。なんかこう、ぐいぐい来られてたらさ。ちょっと、こう……わかるだろ?」
「わかんないけど」
「……強引に抱き締められたりしても、嫌な気がしなくて、そうしてるうちにこう、うん。そんな感じ」
こうして、まじまじと見ると不思議だ。俺だったはずの存在が、だいぶ俺から離れてる気がする。
「っていうかお前、キスされてるとか言われてなかった?」
「…………それは、その。気のせいじゃない?」
「なんだよその間は」
「うっさいっての」
ぷいっ、と顔をやけに赤くしてそっぽ向く。
「お前、女の子過ぎるな」
「はあ!?言っとくけど、シリルがああなってんのも、お前のせいだから!」
「よかったじゃん、くっついて」
「どうせお前も、ディオネにぐいぐい来られてそのまま押し負けてるんだろ!」
「……それはそうだな」
「ほら!どうせお前が立場逆でも、シリルにぐいぐい来られてこうなってるから!」
……うーん、いやわからんけど。こいつも俺だしな。じゃあ、俺がこの体に残っててもそうなったってこと?
想像しにくいな。
「まあ、発情して一回押し倒してるんだからいいか」
「よくないけど。あそこら辺全部ダメだろ」
「まあそれはそうか」
そんなことを言いながら、自分自身と笑い合うのもおかしな気分だな。
「湊さーん!戻ってきてください!」
なんて、助けを呼ぶディオネの声が聞こえてきたからそろそろ戻るか。
「で、女になった自分を外から見た感想はどう?」
「ツンデレみたいになってて別人だと思ってる。かわいいんじゃね?」
「えっ、お前自分自身を落とそうとしてる?」
「やらないから」
そんな本気で、マジかって言いそうな目で見てくるのはなんなんだよ。こっちは、がっつき聖女様の相手で限界なのにな。
お前も、シリルに散々いじられてこいと思いながらも、ディオネの方へと戻った。
だいたい、ライの様子にびびってる湊のはなしになってしまったのは否めない