『アマノ君、調子はどうだい?昨日はよく眠れたかい?ご飯は…………ちょっとだけ食べたとは聞いた。これから激しく長い戦いになるから携帯食料は持ち込んだか?』
『当機では飲食禁止です!コンソールにお菓子が入って壊れかけたの忘れましたか?』
「博士、何したんですか」
『いいい、今はいいだろう!?もうすぐ攻撃地点につくからな!』
アマノ少年と博士とAIの通信が一部の人々に聞こえていただろう。
気の抜けるような会話ではあっても気を抜いている者は機械を含めて存在していない。
アマノ少年が乗る『パッシブ』は幾十もの戦場を乗り越えてきているのだ。
今更、特に漸くの思いで『タラングリズリィ』の発生源である異界のゲートにたどり着いたのだ。
かつて軍による実験にて開かれた負の遺産。欲望により発生した悲劇が産まれた場所。
アマノ少年らの活躍により押し上げあられた前線がついに敵の拠点にたどり着いたのだ。
無論、ここに来るまでに取り逃がした『タラングリズリィ』も居るのだが、ここさえ押さえてしまえば急激な増援は無くなるだろう。
それを向こうも分かっているのか投入される戦力が徐々に増えており、人類側の消耗も更に増してきている。
短期決戦で詰めなければならないのに特異個体も登場し一部では混乱が生じている。
『ここが正念場だ。向こうも全戦力を出してくる可能性がある。過去に突入した部隊が最後に残してくれた映像にあった巨大生物も出てくるだろう』
「あれ、ですか」
『そう、アレだ。まさか、奴らの生産プラントが自力で動いているとは思わなかった』
『皆さんは大個体を「クイーン」と呼んでいます。しかし、クイーンを倒すだけでも敵生命体は生産力を多少落とすと予測されています』
『「パッシブ」の言う通りだ。奴らにも感情に近いものを持ち合わせている、倒せば倒すほど逃げていく個体も居たが、今回ばかりはそう逃げてくれる奴らも少ない、いや、いないと思っておいた方が良い』
これから予想される戦闘の規模は今までと比にならないほど拡大し、それによる余波も馬鹿にならないことは分かり切っている。
『この作戦において後ろの心配はしなくていい。旧式とはいえ過剰と言えるほど人員を配備している、万が一が起きようと彼らが市民の盾となります』
『倒すとは言わないんですね』
『君より優秀な機体は存在しないからね。性格に難があるけど』
「機械に性格もないんじゃ…………」
『忘れてるかもしれないけどねぇ、君が来る前は本当に我儘だったんだからねこの子!大っ変だったんだから!』
「忘れませんよ。あの出会いは」
アマノは思い出す、避難してきた一般市民として人の濁流から逃れようと誤って立ち入り禁止の地区に入ってしまい、『パッシブ』と出会う。
「子供しか乗せたくないのはどこから学習しなんでしょうね」
『私の好みは決まってますので』
「はいはい、ショタコンショタコン」
呆れながら適当に受け答えするが、遂に異界の門が目視できる位置まで到着していた。
雑談していたとはいえ、それだけ時間が経っていたという事だ。
『…………アマノ君、何度でも言うが人類と奴らの争いはこれで決まるといえる。その大役を君に任せるのは心苦しいが』
「俺だって覚悟は決めてます。もう、誰も何も失わせない」
博士が何度目か分からない謝罪にアマノ少年は一切の声色を変えずに告げた。
だからこそ博士は苦しんでいた。
アマノ少年も『タラングリズリィ』の侵攻により友人や家族を失ってきた。
誰もがそうであるが、それ故に少年という若者が憎き仇と戦い続けることは精神に多大なる影響を与える。
戦いが終われば彼はただの少年に戻る、だが過去は消えない。
「話は聞いてましたが…………でっかすぎます」
『門が開き50年が経ったんだ、閉じる力はこちらで確保していても閉じていなければ開き続ける。自然にあそこまで大きくなってしまったんだ』
『パッシブ』越しでも見上げるほどの高さまで開かれた異界の門が彼らの眼前に広がっている。
ここから何百、何千もの『タラングリズリィ』が地球へと押し寄せてきた。
そして今からそれと同じか上回る数が攻めてくる。
身の毛がよだつが戦う以外の選択肢はない。
既に門の周囲を数多の『タラングリズリィ』が囲い防衛を固めている。
『弾道ミサイルの準備が整ったと報告が入った。着弾次第、君は現場に突入となり周囲を確保してもらう』
『その後、門の内部に侵入し敵勢力を一定数倒せばこちらから増援を送る。不服ですが他の「パッシブ」に後は任せる形になります』
「分かった、先陣は任せてくれ」
突入まで待機する時間が出来るが喋ることはほとんどしゃべり尽くしてるため無言の時間が続く。
帰ったらどうするか、何か食べようかと相談したり、それで『パッシブ』が味覚機能が欲しいと博士に駄々をこねたりとくだらない話までたくさんした。
それもこれも、ここから帰れたらの『もしも』の話。
『奴らに動きがあった!デカいのが出てくるぞ!』
『アレは…………マザーだ!報告にあった、で、デカすぎる!?』
『ミサイルの準備はまだか!』
門から現れた影、否、『タラングリズリィ』を生み出す親玉が姿を見せ始めたのだ。
高さは100mを優に超える、今までにない巨大な生命体の実物を見て全員が息を呑む。
アレを倒すのか?否、倒さなければならない。
『ミサイル準備完了!発射する!』
『着弾まで45秒!前線は衝撃に備えろ!』
先制攻撃の準備が終わり、即座に実行したと連絡が入る。
いつでも戦闘が始まってもおかしくない。そう判断したAIとアマノ少年は『パッシブ』の戦闘機能をオンにする。
残り30秒、ミサイルの着弾と共に戦いが始まる。
無数の『タラングリズリィ』と巨大過ぎるクイーンを討伐して門を確保するカウントダウンが始まる。
緊張が一気に高まると同時にクイーンが甲高く、女性の声と錯覚するような叫びを上げた。
これから殲滅するという合図なのだろうか、ミサイルの着弾で僅かとはいえ時間はある。
油断はしていないが、アマノ少年が乗る『パッシブ』に調整されたライフルを構え、急な襲撃に備える。
その時、マザーの頭が裂けた。
『まさか、ああやって奴らは体内から?』
「気持ち悪…………!」
『いいえ、違います。新たな反応、今まで感知したことのない反応です!』
博士の考察から生理的嫌悪感を感じるアマノ少年だったが、AIのレーダーにはマザーとは別にもう一つ反応が増えていた。
その反応の位置は、マザーの後頭部あたり。
マザーが縦に徐々に裂けていく。新たな命を産むためではなく、己の命が奪われていく。
『着弾まで10秒!備えろ!』
目の前で異常事態が起こっていてもミサイルは止まらない。
そして、胴体の半ばまで避けた瞬間に裂け終わった腹部から何かが飛び出してくる。
それは人型であった。
今までの『タラングリズリィ』は人型の個体は存在していなかった。
『あれは、「アクティブ」!?いや、だがあの見た目はまるで奴らと同じ、まさか機体を乗っ取ったのか!?』
驚愕しながらも博士の冷静な分析が、人型の何かから僅かに見えている金属の装甲から元々が何かを見破った。
それがマザーを切り裂き現れたなら味方なのだろうか。
それとも敵の敵であるだけか。
『着弾、今!』
空から降り注ぐミサイルの爆発により現場は現実に引き戻された。
大量の爆発、地盤がひっくり返るんじゃないかと思うほどの破壊が門の周囲を包み込む。
それでもなお耐えるのが『タラングリズリィ』の厄介なところである。
そして、その爆発を切り裂いて飛び出てくるものが現れる。
『あれはさっきの!気をつけるんだ、人型をしてるだけあってかなり過敏な動きをしてくる!』
「はい!まずあいつを倒すのが先決…………」
ライフルを構え、新たに現れた人型『タラングリズリィ』に向ける。
戦いはこれから始まる、その筈だった。
人型『タラングリズリィ』が踵を返し、味方であるはずの『タラングリズリィ』に襲いかかったのだ。
「な、何で!?」
『理解不能です。あれは敵なのでしょうか?』
『分からない、だが奴にも気をつけておけ。混乱した奴らが来るぞ!』
決戦から三つ巴に切り替わった戦場は無事に終わることが出来るのか。
戦いの火蓋は切られたが、結末はまだ誰にも分からない。
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