・子供のころエーディンがヒロインじゃないの!?という衝撃
・いろいろ選択肢があるけどミデェール一択だろ相手(ベオウルフも強いけど)
他もなんかあったけど思い出す時間より修正してアップすることを優先します。
グラン暦757年……。
こうして運命の扉は開かれた。
それがやがて恐ろしい出来事の前触れとなることも、この時は誰一人として知る由もなかったのである。
ヴェルダンの大軍がユングヴィを飲み込んだその時、運命は三人の男女を激しく揺さぶっていた。
ガンドルフの無骨な手に腕を強く掴まれ、エーディンは悲鳴を飲み込んだ。引きずられるように城を後にする彼女の瞳には、絶望の涙が滲んでいる。
(……オリーシュ様。あなたは今、どこにいらっしゃるのですか)
荒く扱われるたび、胸元に忍ばせた一通の手紙が肌に触れる。それは三年前、あの士官学校の卒業式で、彼が情熱的なキスと共に渡してくれたもの。
『今世が叶わぬなら、生まれ変わったら俺と結婚してほしい』
その言葉は救いであると同時に、彼女を今世に繋ぎ止める重い呪縛でもあった。
震える指先で服の上からその手紙の感触を確かめる。野蛮な王子の背中を見つめながら、彼女は静かに祈る。あの日、自分を強く抱きしめたあの「影」を纏った愛しき人が、再び現れてくれることを。
「ノイッシュ、アレク! 出撃だ!」
シグルドの声が、冷え切った城内に響き渡る。愛馬の首を叩く彼の掌は、怒りと焦りで微かに震えていた。
彼がこれほどまでに急ぐのは、騎士としての義務感だけではない。親友オリーシュが、エーディンに対して抱いてきた「異常なほど重い愛」を、誰よりも近くで見てきたからだ。
(エーディン、無事でいてくれ。……お前を救えなかったら、俺はあいつに……オリーシュに合わせる顔がない!)
士官学校時代、四人で交わした「窮地の約束」。オリーシュは今、自国の情勢に縛られ動けないかもしれない。ならば、自分がその代わりに彼女を守り抜く。シグルドは、親友の「魂の片割れ」ともいえる彼女を救うため、迷わず戦火の中へと馬を走らせた。
その頃、シアルフィを望む丘の上で、オリーシュは漆黒の仮面を手に取っていた。隣には同じく仮面を被り、どこか楽しげに武器を整えるシルヴィアの姿がある。
「シグルド公子が出陣いたしました。エーディン様を救うべく、真っ直ぐにユングヴィへ」
忍者の報告を聞き、オリーシュ……いや、「シリウス」と名を変えた男は、薄く唇を歪めた。
「シグルドらしいな。だが、あいつの剣では救えても、彼女の心までは救い出せまい」
彼は仮面を顔に当て、冷徹な傭兵へと姿を変える。シルヴィアもまた、「シルビス」としてその隣に並んだ。
「シグルドには表の舞台で暴れてもらう。俺たちは傭兵団として合流し、その影を通ってヴェルダンの喉元に食らいつく」
オリーシュの脳裏には、エーディンが肌身離さず持っているはずの、あの「約束の手紙」が浮かんでいた。
「エーディン。今世での再会は、お前が思っているよりずっと早く訪れるぞ……」
初夏の陽光が、森の入り口を照らしていた。
街道には軍馬の嘶きと、行軍する兵士たちの足音が重く響いている。
シグルド率いるシアルフィ軍が、合流したキュアンたちの援軍と共に一時の息をつこうとしたその時。背後の街道から地響きのような、異様な蹄の音が迫ってきた。
現れたのは、二騎。
先頭を行くのは、全身を特製の漆黒の重鎧で包み込んだ、威容を放つジェネラルだった。その巨体は一歩ごとに地面を揺らすほどの重量感がありながら、驚くべきことに風を切るような鋭い速度で馬を操っている。
その後ろには、白馬に跨り、緑色の髪を風に遊ばせる気品あるトルバドールが、軽やかに続いていた。
「……何者だ!」
シグルドが手綱を引き、鋭く問いかける。騎士たちの間に緊張が走り、シグルドの掌が愛剣の柄に沈み込んだ。
だが、漆黒の重騎士が兜のバイザーを跳ね上げるより早く、シグルドの表情が劇的な変化を見せた。
「なんだ、オリーシュじゃないか! それにシルヴィアも! こんなところで何をしているんだ?」
街道に、気まずいほど静かな沈黙が流れた。
シルヴィアは仮面の下で目を丸くし、オリーシュは握りしめた手綱を、籠手が軋むほど強く引き絞った。
「……人違いだ。俺の名はシリウス。しがない傭兵だ。隣にいるのは相棒の……」
「何を言ってるんだオリーシュ! その低く響く声、その堂々とした体躯。何より、そんな馬鹿げた速さで戦場を駆けるジェネラルが、君以外に世界に何人いると思っているんだ? ははっ、懐かしいな! 相変わらずだな、君は!」
シグルドは天真爛漫な笑みを浮かべ、無邪気に馬を寄せてくる。彼の瞳には、旧友に再会できた純粋な喜びだけが宿っていた。
その後ろでは、キュアンが「……相変わらずだな、シグルドの天然は」と、呆れたように額を押さえて溜息をついている。
「――この、大馬鹿野郎がっ!!」
オリーシュが兜をかなぐり捨てた。露わになった端整な顔は、怒りで真っ赤に染まっている。
「貴様なぁ! 立場のある人間が、私情で他国の紛争に首を突っ込んでるんだぞ! 表向きは正体を隠して『傭兵』として動くのが国際的な筋だろうが! 俺がここで本名を名乗れば、ジャポンが公式に加担したことになるんだ。少しは頭を使え、この天然正義漢馬鹿!!」
シグルドは「えっ、あ、ああ……そうか。面目ない」と、気まずそうに視線を泳がせ、鼻の頭を掻いた。
そこに、シルヴィアも仮面を脱ぎ捨てて馬を寄せ、憤慨しながら加勢する。
「そうですよ、シグルド様! 私がせっかく『シルビス』なんて可愛い名前を考えたのに、一瞬で台無しじゃないですか! もう、シグルド様にはデリカシーってものがないんですか? お姉様に言いつけちゃいますからね!」
シルヴィアはぷりぷりと怒りながら、シアルフィ軍の背後にいたエスリンの方へ迷わず馬を寄せた。
「お姉様! 聞いてください、シグルド様ったら本当にひどいんですから!」
「あらあら、シルヴィア。相変わらず仲がいいのね、あなたたちは」
エスリンは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、愛姉のように慕ってくるシルヴィアの肩を優しく抱き寄せた。トルバドール同士、二人の周りだけは戦場とは思えないほど、華やかで温かな空気が流れる。
シグルドは豪快に笑いながら、オリーシュの漆黒の肩当てを叩こうとした。
「ははは! すまないオリーシュ、いや、シリウス! あまりに嬉しくてついな。……だが、君が来れば百人力だ。その無敵の重装甲で、ヴェルダンの蛮族どもを文字通り蹴散らしてくれ!」
オリーシュはシグルドの手を冷たく払い除け、深い溜息をついた。
「……フン、今度から俺を本名で呼んでみろ。エーディンを救い出す前に、貴様をその馬から引きずり下ろして、ジャポンまで引きずって帰るからな。いいか、俺の名は……」
「わかってるよ、『シリウス』だろ?」
シグルドの屈託のない笑顔に、オリーシュは毒気を抜かれたように、昏い森の奥へと視線を向けた。その瞳の奥には、友への呆れと、エーディンへの決して消えることのない執着が、静かに火を灯していた。
シアルフィ軍がヴェルダン軍の先遣隊を退け、一時の静寂が訪れた村でのことだった。シグルドは傷ついた民を案じ、馬を降りて一軒の新築の物凄い豪華な家を訪ねていた。
「おお、シグルド様……! よくぞ助けにきてくださいました」
腰の曲がったおばあさんが、震える手でシグルドの腕に触れる。シグルドはその場に膝をつき、おばあさんの目線に合わせて優しく微笑んだ。
「安心してください。もう蛮族どもは追い払いました。これからは我らシアルフィの騎士が、この村を命に代えてもお守りします」
「ああ、なんとお優しい……。せめてものお礼に、我が家に代々伝わる秘宝『スピードリング』を差し上げようと思ったのですが……」
おばあさんは申し訳なさそうに、力なく首を振った。
「情けないことに、この戦が始まる少し前、生活の足しにするために通りがかった商人に売ってしまったのです。あのような秘宝、今こそあなた様のようなお方に装備していただきたかったのに……」
シグルドはおばあさんの手を大きな掌で包み込んだ。
「おばあさん、顔を上げてください。そんな風に悔やまないでほしい。その指輪があなたの生活を支えたのなら、それは立派に役割を果たしたということです。それに、私には過ぎた宝物ですよ」
シグルドは少年のように屈託なく笑い、首を横に振った。
「そのお気持ちだけで、今の私には十分すぎるほどの力になります。私は皆さんの笑顔を守るために戦っているのですから。どうか、お気になさらずに」
その清々しいやり取りを、少し離れた場所で見ていたオリーシュは、漆黒の右腕を無意識に動かした。その上腕部には、鈍い銀光を放つ『スピードリング』が、肉厚な装甲を締め付けるように力強く嵌まっている。
(……この村のおばあさんから買い取った商人の正体が、まさか俺の放った『影』だとは、夢にも思うまいな)
オリーシュは仮面の下で、冷徹な、しかしどこか満足げな笑みを浮かべた。
シグルドはいつもこうだ。自分は影で情報を買い、力を蓄え、着実に勝利を掴むための準備を整える。対してシグルドは、ただ真っ直ぐに、泥にまみれた手を取って感謝される。
「相変わらずの聖人君子め。……だがシグルド、その綺麗事だけでは救えぬ命がある。その時は、この指輪で研ぎ澄まされた俺の『影』が、貴様の代わりに地獄を這いずってやるさ……というか売って手に入れた金で随分と生活レベル上げたな婆さん」
一方その頃、別の家を訪ねていたアゼルは、村の古老からユングヴィ家の事情を聞かされていた。
「ユングヴィのリング公爵には三人の子がおりますが、末の弟のアンドレイ様がどうにも……。父君とも折り合いが悪く、身内同士で争っておられる状況でな。エーディン様もさぞ、お心を痛めておられることでしょう」
火の魔道士として戦場に立ったアゼルだったが、その繊細な心は激しく揺れ動いた。
(身内との不和……。僕と、アルヴィス兄さんと同じだ。エーディン様も、僕と同じように息の詰まるような思いをされていたのかな……いや、僕はまだ幸せの方だあの人は僕の事を大切におもってくれている。)
高潔な聖女として慕っていたエーディンが、自分と同じような家庭の闇を抱えている。その事実は、気の弱い彼にとってあまりに重く、悲しいものだった。救いたいという想いは強くなったが、同時に自分の無力さを突きつけられたようで、アゼルの心には暗い影が落ちる。
「アゼル、どうした? そんな湿気った面して。敵はまだ残ってるんだぜ」
相棒のレックスが豪快に肩を叩いたが、アゼルは「……分かってるよ」と力なく答えるのが精一杯だった。
村の外れ、戦場に伝わる「三すくみの理」を説く老人のもとを訪れていたのは、レンスターの槍騎士フィンだった。
「……斧は槍に強く、槍は剣に、剣は斧に強い。これぞ戦場の絶対なる理じゃ」
老人の言葉を聞きながら、フィンは愛用の鉄の槍の穂先をじっと見つめた。
レンスター王国の精鋭「ランスリッター」の一員として、主君キュアンに随行を許された。その栄誉は彼にとって何物にも代えがたい誇りであった。
しかし、ここヴェルダンの地で対峙するのは、理を無視して猛威を振るう蛮族の斧兵たち。槍を主兵装とするフィンにとって、それはまさに「呪い」のような不利な相性であった。
(キュアン様が私を信じ、この地へ連れてきてくださったというのに……)
フィンは薄く唇を噛み、沈痛な面持ちで愛馬の首筋を撫でた。
「……槍騎士としての誇りを、蛮族の斧ごときに汚されるわけにはいかない」
フィンは低く、しかし熱い決意を込めて呟いた。小規模な小競り合いで受けた傷がじわりと痛み、彼は近くに建つ教会の石造りの屋根へと視線を向けた。
「……まずは教会へ行って回復でもするか。キュアン様を、これ以上お待たせするわけにはいかないからな」
フィンは乱れた髪を払い、背筋を正すと、自らを律するように教会へとゆっくり馬を向けた。
おばあさんが深々と頭を下げ、再び馬に跨るシグルドの背中。その光の影で、オリーシュはリングの重みを腕に感じ、アゼルは愛する人の孤独を知って打ちひしがれる。そしてフィンは、騎士の誇りをかけて不利な理に挑む。
それぞれの想いを乗せて、軍はヴェルダンの深淵へと歩みを進めるのだった。