転生せずスキルをもらった件 作:匿名
目が覚めた。
視界に入ってきたのは、真っ白な天井と、頼りない電子音。鼻をつく消毒液の臭いで、ここが病院だってことはすぐに分かった。
(……生きてる。生きてるよな、俺。……ああ、よかった。正直、もうダメかと思ったぞ)
助かった安堵感で胸をなでおろしたのも束の間、俺は自分の体の異変に気づいた。
下半身を動かそうとしても、全く反応がない。まるで腰から下がどこかへ消えてしまったような、嫌な喪失感だ。
(……おい、冗談だろ。動かない……? 全然、感覚がない。これ、もしかして脊髄いっちゃってるのか……? マジかよ、嘘だろ……。これからどうすんだよ、俺……)
最悪の事態に頭が真っ白になりかけたその時、脳内に直接、あの無機質な声が響いた。
『解。脊髄の物理的断絶を確認。現在、下半身への生体電気信号が遮断されています。……解決策として、個体:三上悟の体内に充填された「魔力」を用いた、擬似神経接続を提案します』
(お、またお前か。……大賢者、だっけ? さっきから「魔力」だの「擬似接続」だの、ファンタジーなことを言ってるけどさ。俺の頭、事故の後遺症でいよいよイカれちゃったのかな?)
『解。主(マスター)が現状を現代医学の範疇で解釈したいのであれば、事故後の解離性同一性障害(DID)、およびそれに伴う内部対話の一種だと認識していただいて構いません』
(……DID? 二重人格ってことか。表遊戯と闇遊戯みたいな? ……はは、なるほど。理屈は分かったよ。……分かったけど、納得はしてないからな。俺、そんなに複雑なキャラじゃないし。……でも、お前が俺の脳が作り出した幻聴だとしても、その提案には乗るしかないみたいだ)
悔しいが、今の俺にはこいつしか頼れる相手がいない。
(……リハビリ、やるぞ。動かないままなんて、御免だ。大賢者、どうすればいい?)
『了解。第一段階、魔力の知覚を開始します。……血管を流れる血液とは別の、熱い奔流を意識してください』
(……これか。腹の底が、じわりと熱い。……お、おおっ!? なんだこれ、すごいな!)
大賢者のガイドに乗ってみると、胸の奥から熱いものが溢れ出して、全身を巡り始めた。魔力、なんて言われてもピンとこないけど、なんだかエネルギーが満ちてくる感覚だ。
『第二段階。その魔力を、断絶した脊髄のバイパスとして接続します。……演算を開始』
(……っ! ……あー、結構くるな。神経の代わりに魔力を通すって、意外と骨が折れる……)
大賢者が魔力を糸のように紡いで、切れた神経を繋ぎ合わせていく。冷や汗が出てくるけど、俺はそれを必死に、けれどどこか冷静に耐えていた。
『魔力適応率、現在 15% 。……右足の親指に、微弱な信号を送ります』
ピクリ。
微かだったけど、確かに動かなかったはずの指が、俺の意志で跳ねた。
(……動いた。動いたぞ、大賢者! 幻聴にしては上出来すぎるじゃないか!)
『……私は常に主(マスター)の望む形であり続けます』
(……でも、これを誰かに見られるのはマズいな。病院の人たちにバレて、実験台にされるなんてのは御免だ。……いいか、大賢者。リハビリは夜、こっそりだ。昼間は、せいぜい「奇跡的に少し指が動いた患者」を演じるとしよう。……ま、気長に、かつ最速でやるぞ、相棒!)
俺は、天井を見上げてニヤリと笑った。
下半身不随っていう絶望的な状況だけど、この「大賢者」とかいう不条理な相棒がいれば、案外なんとかなるかもしれない。
三上悟の、現代社会における「奇跡の生還劇」。
まずは、この不自由な体を手なずけるところから始めるとしよう。