あるいは、ホシノを少年だと勘違いしたばかりに、失恋したと絶望する話。
※注意
オリ主君は、リオ会長の従兄。
いろんな書きたい設定の残骸のツギハギなため、意味のない設定が多い。
ご都合主義の多い怪文書。
思い返せば、今の自分の嗜好がどこで形作られたのかは、案外はっきりしている。
原因の大半は、たった一人の従妹だ。
彼女は、僕よりもずっと優秀で、ずっと合理的で、そして誰よりも頑固だった。
感情ではなく、観測した事実だけを信じる。わずかな懸念も見逃さず、許容できないと判断すれば徹底的に排除する。無表情が常で、言葉にも余計な温度は乗らない。周囲から見れば、近寄りがたい人間だったと思う。
けれど僕は知っていた。
彼女が優しくないわけじゃないことを。
ただ、ミスを許せないだけだ。
そのミスが誰かを傷つける可能性を、彼女は何よりも嫌っていた。だからこそ、異様なほどに突き詰める。安全のために、他者のために。そういう不器用さだった。
そんな彼女が、僕は誇らしかった。
親に比べられて、悔しくて、意地を張って競い続けて、それでも届かない現実を思い知らされて。ようやく理解した。自分の限界と、彼女の“限界のなさ”を。
だからこそ、信じられなかった。
彼女が周囲に受け入れられていないという事実が。
けれど、それはすぐに分かった。拍子抜けするほど単純な理由で。
彼女は、人間関係に関しては壊滅的だった。
合理性を優先するあまり、相手の感情に寄り添えない。正しいことを言っているのに、伝わらないどころか反発を招く。発明という分野では誰も追いつけないのに、それ以外では致命的に不器用だった。
憧れも、嫉妬も、届かない。
そんな孤高の存在に、彼女はなってしまっていた。
──だから僕は、勝手に理由をつけた。
彼女のためだと。
そう言い訳して、その才能を「分かりやすい形」に落とし込んだ。
小学生にとって、“特別”は分かりやすい方がいい。かっこいいとか、珍しいとか、そういう単純な魅力。それがミレニアムの環境なら、なおさらだ。
映画で見たような遊び。彼女の技術を使った装置。思いつく限り、興味を引きそうなものを形にしていった。
戦うたびにAIが学習して強くなるホログラム対戦装置。プレイヤーの癖を読み、対策を積み重ねていく“成長する敵”。戦略を変えなければ勝てない、そんな遊び。
あるいは、小型ドローンを設計して競わせるレース。パーツ構成から制御方式まで自由に組み立てて、変形するコースを攻略する。速さだけじゃなく、プログラムの工夫が勝敗を分ける競技。
彼女を巻き込んで、一緒に作って、みんなで遊んで。
気がつけば、輪ができていた。
もちろん、全員が彼女を受け入れたわけじゃない。むしろ少数派だったと思う。それでも──確かにいたのだ。彼女が「友達」と呼べる相手が。
あの無表情が、ほんの少し崩れた瞬間。
それを見たとき、自分でも驚くくらい嬉しかった。
そんな日々が、続くと信じていた。
「どうしたのかしら、兄さん? そんなに見つめて。何時も通りの格好だと思うのだけど?」
「······いや、うん。何時も通り······すごく似合ってるよ」
名前すら呼ばれなかった頃から、気づけば「お兄ちゃん」、そして「兄さん」へ。距離は確かに縮まっていたはずなのに──
「やっぱり変よ? 顔も赤いし······具合でも悪いんじゃ?」
「大丈夫。これは、その······思春期特有のやつだから」
「そう? 無理はしないで」
「むしろ元気になる方向で困ってる」
「えっ?」
「······気にしないでください」
理由は、分かっている。
黒く艶のある長い髪が、静かに揺れる。光を受けて、わずかに青みを帯びるそれは、昔と変わらないはずなのに、どうしてか目を奪われる。
背も高くなった。姿勢は変わらず真っ直ぐで、無駄な動きはない。ただそこに立っているだけで、周囲と違うと分かる。
そして──視線が、どうしても逸らせなくなる。
制服越しでも分かる体のライン。細さの中に、確かな存在感がある。出るところは出て、締まるところは締まっている。成長、なんて言葉で片付けていいものか分からない。
昔の姿を知っているからこそ、余計に。
彼女はもう、“あの頃”のままじゃない。
いつの間にか、手の届かない存在みたいに見えてしまう瞬間がある。
······いや、違う。
距離は変わっていないはずなのに、
自分の方が、勝手に戸惑っているだけだ。
幼い記憶の中の従妹と、目の前にいる彼女が、どうしても重ならない。
だから──思わず目を逸らしてしまう。
それくらいには、彼女はもう、はっきりと“変わっていた”。
こんなの······僕のデータにないぞ!?
「捨てちまえそんなデータ」
「何か言ったかしら? 兄さん」
「確か、あそこのお店に、リオが行きたがってたよなって思い出して」
「······良く覚えていたわね。言った私でさえ忘れてたのに」
「僕も凄く行きたかったからね。良かったら、今日のお昼はあそこにしない?」
「そうね。せっかくだから、あそこにしましょうか」
何とか従妹を誤魔化すことに成功した。たまたまお店が目に入っていなければ致命傷だった。
·········いや、既に致命傷なのだ。
「美味しいわね、兄さん」
「うん。······凄いね」
「···?」
テーブルの上に、男の理想郷が乗っていて。
僕は自分の性癖が捻れたことを自覚した。
僕が中学3年生で、従妹が中学2年生の時のことである。
僕の性癖が捻れて数ヶ月後。従妹をそんな目で見てしまう自分に心底嫌気が差しながら、何とか鋼の理性で耐えていた。しかし、僕は既に手遅れだった。
従妹の恵体を、目で追ってしまうのである。
僕は、自身の性癖が捻れきってしまったことに絶望した。
何よりも、彼女のことを性欲でしか見ていない自分に失望した。
だから、自分探しも兼ねて、少し旅に出ることにした。
それは、受験勉強をしなければいけない、夏休みのことであった。
僕は明らかに冷静じゃなかった。
心頭滅却すれば、火もまた涼しの精神で、何を思ったかアビドス砂漠に向かってしまったのだ。
どちらかといえば、好物のラーメンにつられ、『絶対に1度は食べるべき、隠れた名店!』という情報に釣られた気もするが、自分探しの旅に出たのは事実だ。
夏休み、炎天下の中、普段は運動も録にしないモヤシが、アビドス横断を試みたのである。
当たり前の結果だけ伝えよう。僕は倒れた。幸いにも住宅外で倒れたが、意識が朦朧としている自分には、何の慰めにもならなかった。
「わぁ!? 大丈夫!? いや、大丈夫なわけないよね!? 今、助けるからね!!」
知らない誰かに救助され、水を飲んで、意識がハッキリとして、目の霞みが治ったタイミング。
助けてくれた人にお礼を言おうとして、目を向けて。
──僕は、その人を見た瞬間、言葉を失った。
最初は幻覚だと思った。熱で頭がおかしくなったのかと、本気で疑った。
でも違った。
そこにいたのは、確かに“現実”だった。
柔らかそうな緑色の髪が、風もないのにふわりと広がっている。まるで空気そのものを含んでいるみたいに軽やかで、触れたらそのまま沈んでしまいそうなほどにやわらかそうだった。動くたびに、ゆっくりと波のように揺れて、視界に残る。
その髪に目を奪われていたはずなのに、次の瞬間には、別のところに意識が引きずられていた。
背が高い。──いや、それだけじゃない。
全体のバランスが、どこかおかしい。
従妹だって十分すごかった。整っていて、無駄がなくて、完成されていると思っていた。なのに、目の前のこの人は、それをさらに“上書き”してくる。
視線の置き場に困る。でも、目が離せない。
制服越しでもはっきり分かる体のラインは、隠れているどころか、むしろ自然に強調されているみたいだった。
出ているところはしっかりと存在感があって、確かな重みすら感じさせるのに、不思議と柔らかさも同時に伝わってくる。
従妹が“整っていて鋭い”なら──この人は、“包み込むように豊か”。
同じ恵体でも、まるで別物だと、はっきり分かってしまう。
「だ、大丈夫······?」
声をかけられて、ようやく我に返る。
顔を上げると、その人は本気で心配そうな顔をしていた。さっきまでの印象とは違って、今はただ、目の前の僕を気遣っているだけの表情。
そのギャップに、心臓が跳ねる。
安心させるような、柔らかい雰囲気。
それなのに、その奥に何かを隠しているような気配もあって──
気づけば、見続けてしまっていた。
「水、もう少し飲める? 無理しないでね」
「あ、うん······ありがとう」
受け取った水を飲みながら、ようやく息が整っていく。
でも、別の意味で落ち着かない。
心臓の音が、やけにうるさい。
「立てそう? 肩、貸そうか?」
「だ、大丈夫······多分」
言いながら、少しふらつく。
その瞬間、自然と距離が縮まった。
近い。近すぎる。
「あぁ、無理しないで! 遠慮しないで捕まって大丈夫だから!!」
そう言って、当たり前みたいに支えてくる。
その距離感に、頭が真っ白になる。
「······あの」
「ん?」
「ありがとう」
自分でも驚くくらい、素直に言えた。
にこっと笑って、その人は答えた。
「どういたしまして!」
──その瞬間。
何かが、決定的に壊れた気がした。
いや、壊れたんじゃない。
“決まってしまった”。
僕は、この人に。
一目で、どうしようもなく、惹かれてしまったのだ。
そして、性癖が取り返しのつかない程壊れてしまった。
助けてくれたお礼という体で、梔子ユメと名乗った少女を目的地のラーメン屋へ誘ってしまった。
言った直後に、脳内で警報が鳴る。
──何でラーメン屋に誘ってしまったのだ!?
後悔が一瞬で押し寄せた。もう少し、他にあっただろう。カフェとか、せめてもう少し“それっぽい場所”とか。
だが、次の瞬間。
「えっ!? ホントに良いの!? やったぁ!!」
ユメは両手をぱっと上げて、子どもみたいに喜んだ。
そのあまりにも素直で、大げさなほどの反応に、逆にこちらの方が面食らう。
表情がころころ変わる。そのたびに、目が離せなくなる。
──まずい。
心臓が、うるさい。
そう自覚してしまった時点で、もう遅かった。
目的地へ向かう道中、自然と会話は途切れなかった。
ユメはアビドス中学に通っていること。そして僕と同級生であること。
アビドス高校に莫大な借金があることを知りながらも、それでもあの砂漠の自治区を好きでい続けていること。
だからこそ、自分がアビドス高校に入って借金問題を解決し、アビドスを復興したいという夢を持っていること。
けれど、その志に反して、アビドス中学から高校への進学希望者はほとんどおらず、今は自分ひとりだけであること。
その話をする時だけ、少しだけ声が小さくなる。
それでも、止まらない。
ボランティア活動、復興のための自主研究、不良たちにすら向けられる奇妙なほどの優しさ。
話を聞けば聞くほど、この少女が“ただの理想論者”であることが伝わってくる。
現実を見ず、具体性もなくて、夢ばかりを見ている。
──そして気づけば。
僕はもう、目を逸らせなくなっていた。
ラーメンを食べている間も、話題は自然と変わっていった。
アビドスの借金をどう返すか。
その一点に、二人して異常なほど真剣になっていた。
大規模太陽光発電によるエネルギー輸出などの、砂漠環境を活かしたエネルギー事業。
VR技術を使って、砂漠遺跡のフルダイブ観光や戦闘シミュレーション体験、アビドスの日常をコンテンツ化してしまうなど、バーチャル観光・戦闘訓練。
気がつけば、ただの食事ではなかった。
未来の設計会議みたいなものになっていた。
もうラーメンは食べ終わっているはずなのに、会話だけが止まらない。
大将はなぜか優しい目でこちらを見ていた。
たぶん、見守られている。
その事実に気づいて、少しだけ居心地が悪くなる。
「凄い! 凄いよ!! サイト君!!! これなら、ホントに借金問題が解決するかも! それどころか、バーチャルアビドス砂祭りとか再現できるかも!」
「それもいいね、梔子さん。最初はバーチャルで興味を持って貰える人口を増やして、現実のアビドス砂祭りも夢じゃないかもよ」
「む──」
「えっと、梔子さんどうしたの? 何か気に障ったかな?」
「名前······」
「えっと?」
「こんなに仲良くなったんだから、『梔子さん』なんて他人行儀な呼び方、寂しいなって······」
心底寂しそうだった。
その顔を見て、変な話だけど、胸の奥が少しだけ痛くなる。
別に悪いことをしたわけじゃないのに、何かを取り違えていたような気がしてしまう。
「それじゃあ······ユメさん。よろしくね」
「えへへ。今はそれで許してあげる! アビドス高校に入ったら、もっと仲良くなろうね!!」
「えっと?」
「もしかして、勘違いだった? これだけ色々考えてくれたし、てっきり同じ入学希望者だって思ってたんだけど·········」
一瞬、言葉が詰まった。
ここで否定するのは簡単だ。
関係を曖昧にしておけば、何も背負わずに済む。
でも、そうした瞬間に、何か大事なものまで一緒に失う気がした。
──たぶん、後悔する。
そう思った。
「いや、アビドス高校の入学希望者だよ。凄い仲良くなれたつもりだったから、これ以上あるんだって驚いちゃって」
「やっぱりそうだよね!! もちろん、これ以上に仲良くなるつもりだよ! せっかくの同級生で仲間なんだから!! まずはさん付けをとってみせるからね!!」
「ははは······お手柔らかにお願いね」
「フフン。それはどうかな?」
ユメさんが、当然のように手を伸ばしてきた。
指先が触れて、そのまま自然に絡め取られる。
拒む理由を考えるより先に、体の方が受け入れていた。
「こんなに希望を持てたのは、初めてだったんだ。そんな簡単には、優しくできないよ?」
その笑みは、さっきまでの無邪気さとは違っていた。
まるで、逃がさないと言われているような──いや、それでも不思議と怖くはなかった。
むしろ、妙に納得してしまう自分がいる。
気づけば、視線が逸らせなくなっていた。
「もちろん。アビドスの借金問題は、2年生の間には解決して、3年生の時期にはアビドス夏祭りに取りかかれるようにしてみせるさ」
言い切った瞬間、自分でも分かった。
これは計画じゃない。
願望でもない。
ただの見栄だ。
できる保証なんてどこにもない。才能があるわけでもない。なのに、口だけは勝手に前へ出る。
でも──それでもいいと思ってしまった。
もし本当にそんな未来に辿り着けたなら。
その時は、ちゃんと向き合える気がした。
いろんな意味で、逃げずに済む気がした。
「そうなったら······とっても素敵だね」
この太陽のような笑顔に、向き合えるのだと。
家に帰ってから、浮かれていたことにようやく気づいた。
──そういえば、連絡先を交換していない。
一瞬、画面を開きかけて、指が止まる。
けれどすぐに、そのまま端末を閉じた。
連絡先を知ってしまえば、きっと何かが変わる気がした。
いや、正確には──決意が鈍る。
だから僕は、そのままにした。
入学式まで、繋がらない距離のままでいい。
その夜から、僕はアビドスについて調べ始めた。
アビドスの債権売買。カイザーPMCとの契約構造。資金の流れ。
調べれば調べるほど、違和感は“確信”に変わっていく。
まず、10億近い借金そのものが妙だ。
数字の問題じゃない。構造が歪んでいる。
本来なら、回収不能な債権は市場に出る。誰かに売られ、リスクは分散されるはずだ。
なのに、アビドスの債権は──市場に出ていない。
売りに出されていないのに、債務だけが“存在し続けている”。
普通じゃない。いや、普通じゃなさすぎる。
回収できないと分かっているものを抱え続ける理由なんて、限られている。
金じゃない何かが目的だ。
そう結論づけた瞬間、背筋が冷える。
これは単なる借金問題じゃない。
そこから先は、法律、金融、契約構造の勉強だった。
寝る時間は削れていくのに、不思議と頭は冴えていた。
考えれば考えるほど、やれることとやるべきことが増えていく。
そして気づけば──入学式の日になっていた。
「久しぶり、ユメさん」
「······えっ。サイト君? なんで······なんで、アビドス高校の制服を着てるの?」
ユメの表情は、完全に固まっていた。
現実を処理しきれていない顔。
その反応を見て、少しだけ悪い気分になる。
「えっと······もしかして、アビドス高校へ入学しないって思われてた?」
「だって······だって、だって、だって、だって······ただあの日出会っただけで、連絡先すら交換してなくて、自分の都合の良い夢かと思って······」
声が震えていた。
そこでようやく気づく。
ああ、この人は──本気で不安だったんだ。
「それは······ごめんね。実は、アビドスの借金問題を解決するために、いろいろ調べててさ。そしたら、いつの間にか入学式になっててさ」
嘘だ。本当はそれだけじゃない。
でも、それ以上の言葉は、今はまだ出せなかった。
「夢じゃ······夢じゃなかったんだ」
「そうだよ。僕は、君の夢を現実にしに来たんだ」
その瞬間。
ユメが一気に距離を詰めてきて、勢いのまま抱きついてきた。
思考が一瞬で止まる。
頭が真っ白になる。
呼吸の仕方すら、分からなくなる。
──近い。
──柔らかい。
──熱い。
全部が一気に押し寄せて、処理が追いつかない。
(これ、どうすればいいんだ······!?)
内心は完全にオーバーフローしていた。
それからの1年は、とにかく“準備”だった。
アビドス高校でしか触れられない情報を整理し、現場の状況を確認し、動ける範囲を増やしていく。
何とかしようとしている先輩たちと一緒に、もがくように前へ進んだ。
資金も人手も足りない。けれど、止まる余裕もなかった。
3年生の卒業式。
去っていく先輩たちは、少しだけ笑っていた。
「最後の1年に、素敵な夢を魅せて貰えたよ。私はアビドスの生徒じゃなくなるけど、手伝えることは手伝うから」
「君達に影響されて、まだ夢に酔っていたくなっちゃった」
その言葉は、軽いものじゃなかった。
託された重さだけが、静かに残る。
2年生になった頃には、本格的な事業が動き始めていた。
幸いだったのは、過去に従妹と作った遊び道具やシステムの特許によって、資金源があったことだった。
借金問題そのものは、その資金源だけでも解決できたかもしれない。
でも──それをそのまま使う気にはなれなかった。
従妹との思い出を“消費”するようで嫌だった。
そして何より――
先輩たちや、ユメの努力を無意味にする気がした。
だから、それは準備資金にしか使わなかった。
分かっている。言い訳だ。
結局のところ、使っている時点で汚している。
それでも、そうするしかなかった。
僕には才能がない。
だから、正面からでは届かない。
ズルをしないと、辿り着けない。
その頃、ユメが行っている日課の署名活動の途中で、小鳥遊ホシノという新入生と出会ったらしい。
「手伝おうか?」と聞けば、
「私に任せて!」と即答された。
それ以上は何も言えず、任せることにした。
さらに時間が経ち、大規模ソーラー発電が軌道に乗る。
ミレニアムへの安定供給が始まり、利益も出始めた。
流れは、確かに形になっていた。
そんな中で──新入生が生徒会に入った。
「······私は、すぐに貴方を認めません」
「あぁ、もちろんいいよ。小鳥遊さん。だけど······」
「······?」
「僕も君をすぐに認めない。······僕が認めたら、君を名前で呼ぶことにするよ」
「······やってやろうじゃないですか。調月先輩。私も、貴方のことを認めたら、サイト先輩って呼んであげます」
「あぁ、これからはライバルだね。小鳥遊さん」
「えぇ、これからはライバルです。調月先輩」
「ひぃーん。2人ともすぐ仲良しになっちゃった。私はあんなに頑張ったのに······やっぱり似た者同士なのかな?」
ユメが、少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
その様子を見て、僕は──
(あれ······これ、もしかして)
小鳥遊さんって、僕と同じ······
奇妙な感情が、勝手に形を持ち始めていた。
ライバル。
そして、妙な焦り。
理由の分からない対抗心。
──これは、恋のライバルなのではないかと。
カイザーPMCの介入が表面化した時点で、現場の空気は一気に変わった。
圧力は露骨だった。契約の再確認、運営権への干渉、外部資本の引き込み。やり口は洗練されているが、その本質は単純で、こちらの選択肢を削り取ることに特化していた。
だが、今回は違った。
こちらには“動ける余地”があった。正確には、僕がその余地を作っていた。
事前に調べていた債権構造、契約の曖昧さ、そして市場に出ていない異常性。そのすべてが、逆に武器になる。
契約の抜け道を潰し、第三者資本を分散させ、データ上の「正当性」を積み上げていく。やっていることは地味で、ほとんどは書類と数式の世界だった。
けれど、それが一番効いた。
カイザーの“強制力”は、連邦法に乗っ取った形では弱体化する。そこを狙い撃ちにした形だった。
そして、「採掘権」と採掘した物の所有権だけ販売した。
結果として、圧力は静かに引いていった。
やはり、何かを掘り当てるつもりだったのか······
(連邦生徒会の介入余地だけ作ってて良かった)
同時に進めていたバーチャル観光事業は、別の意味で異常な速度で成長していた。
砂漠遺跡のデータ化、フルダイブ型観光システム、戦闘シミュレーションの一般開放。
最初は“実験”の域を出なかったそれが、いつの間にか観光資源として成立し始めていた。
砂漠の「何もない」は、逆にコンテンツになった。
何もないからこそ、想像が入り込む余地がある。そこに技術が噛み合った瞬間、価値が生まれる。
アクセス数が増え、外部からの資金提供が入り、ミレニアム側の技術協力も増えていく。
数字は、静かに現実を塗り替えていった。
そして、気づいた時には。
アビドスの借金は、すでに帳簿上から消えていた。
土地を提供するだけで、後は勝手に開発される環境が構築できてしまった。
誰かが肩代わりしたわけではない。奇跡でもない。
事業収益と債務整理の積み重ねが、限界ギリギリで均衡を崩した結果だった。
ただ、それをやったのが“組織”ではなく──ほぼ僕一人だった、という点だけが異常だった。
だからこそ、僕の自信となった。
(この勝負は僕の勝ちだよ。小鳥遊さん)
頭の中でだけ、そんな言葉が浮かぶ。
現実には口にしていない。けれど、確かにそう思っていた。
浮かぶのは、妙に現実味のない想像だった。
ユメに、ちゃんと気持ちを伝えて、笑ってもらって、それから──たぶん一緒に、これからの話をする。
いわゆる、よくある“ハッピーエンド”というやつだ。
自分でも驚くほど単純な結論に落ち着いているのに、不思議と悪くない未来に思えた。
だから僕は、そのまま歩いた。
ユメと小鳥遊さんがいるはずの教室の前まで。
一度だけ呼吸を整えて、ノックをする。
「ユメ、小鳥遊さん。入っても大丈夫かい?」
返事はすぐに返ってきた。
「待って待って! 今は絶対に入っちゃダメ!」
「そうですよ! ちょっと待っててください! すぐに終わります!」
中の様子が慌ただしい。
一瞬、足を引こうか迷う。
「えっと······お邪魔だったかな? そしたら、出直すことにするけど?」
だが、その提案にすら即座に食い気味の返事が返ってくる。
「いや、教室の前で待ってて大丈夫! 今、服を着て······ムグッ」
そこで言葉が途切れた。
何かが塞がれるような音と、焦った気配。
「何を言ってるんですか、ユメ先輩!? あんなことしてたなんて、調月先輩に言えませんよ!?」
「た、たしかに! 遊んでたって誤解させちゃう!?」
「結果的に誤解でもないから問題なんです!」
······今、何の話をしているんだろうか。
着替え、あんなこと。異性間で?
単語だけが断片的に頭に入ってきて、勝手に最悪の方向へ繋がりかける。
いや、落ち着け。
そういうのじゃない。たぶん違う。絶対違う。
僕は自分にそう言い聞かせながら、壁の前で待ち続けた。
「落ち着いて、2人とも。ちゃんと待ってるから、準備ができて、問題なくなったら教えて」
「ひぃーん。ごめんね、サイト君!」
「ごめんなさい! 調月先輩!」
少しして、ようやく入室許可が出る。
扉を開けると、そこにはどこか妙に“整えられた空気”の部屋があった。
そして視界の端に、ひとつだけ違和感があった。
ユメの持っているバッグから、見覚えのある布地が少しだけはみ出ている。
──スクール水着。
一瞬、思考が止まる。
(······コスプレ?)
妄想が一瞬で跳ね上がりかけるのを、必死に押さえ込む。
いや違う。違うはずだ。
「ユメ······そのバックから出てるのは······?」
「えっ?! いや、これはその!!」
「何してるんですか!! ユメ先輩!?」
「だって、早くしないと怪しまれると思って······」
「本末転倒じゃないですか!?」
小声のやり取りが、逆に不安を煽る。
距離はあるはずなのに、なぜか妙に“親密さ”だけが伝わってくる。
サイトの中で、変な確信だけが育っていく。
(ああ······)
たぶん、僕はここに割り込むべきじゃない。
そういう空気だった。
僕は、1人で証明してみせようと驕ったのだ。
僕がいない中で
「こ、こうなったら」
ユメが顔を真っ赤にしながら言う。
「こ、これは、ホシノちゃんと私だけの秘密だから、サイト君にも言えないかな!?」
「そ、そうですよ! 調月先輩! 乙女の秘密を探るのは、良くないですよ!?」
その言葉で、完全に線が引かれた気がした。
──ああ、そうか。
僕はここに“入れない側”なんだ。
僕は選択を間違えたのだ。それだけは妙に納得できてしまう。
·········ユメって、彼氏をちゃん付けするタイプなんだ。
「それで、サイト君の用事って何だったのかな!?」
「······あぁ、大したことじゃないよ。ただ、アビドスの借金を返し終えたと、伝えに来ただけだから······」
「なんだ、それだけ······全然大したことだよ!?」
「どういうことですか!? 調月先輩!? アビドスの借金を返し終えたって!?」
二人の声が重なるのが聞こえる。
でも、もう内容は頭に入ってこなかった。
視線が、自然と自分の腕へ落ちる。
そこにあるアビドス生徒会副会長の証。
それが、やけに重く感じる。
(生徒会長と生徒副会長って、夫婦みたいだよな······)
(じゃあ、僕には相応しくないな······)
妙に冷えた結論が、静かに落ちてきた。
「ホシノ」
「はい!? っていうか、調月先輩名前で······」
「これからは君が副会長だ」
「えっ?」
「ちょっと待って!? どういうこと?! サイト君!?」
声が追いかけてくる。
でももう、止まらなかった。
「ユメを幸せにしてやってくれ。どうやら、僕にはその権利はないらしい」
そのまま踵を返す。
廊下を駆ける足音だけが、やけに現実的だった。
背後で何かが呼ばれている気がしたが、それも途中で途切れる。
そして気づけば、ただ走っていた。
理由も整理しないまま、ただ一つだけ確かなことを抱えて。
(僕が先に好きだったのに······)
(続きは)無いです