沈黙する神々の都を、俺たちは歩く   作:玉露33333

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第06話 金貨と役割

 迷宮走りの一件から一夜明け、俺たちは冒険者ギルドの一室に呼び出されていた。

 ギルド本部の二階にある、小さな会議室だ。壁には古い地図が何枚も貼られ、使い込まれた長机の表面には、無数の傷がついている。昨日の戦闘の興奮はすでに冷め、代わりにずしりとした疲労が肩にのしかかっていた。

 

「——というわけで、祭管理所側は、昨日の騒ぎを『派手な演出が原因の、機材の誤作動』として処理するつもりのようだ」

 

 長机の向こう側で、ギルドの職員が疲れた顔で報告書をめくりながら言った。胸に付けた名札には「事務課長補佐 バルツ」とある。厳つい顔に似合わず、その物言いはどこか気弱だった。

 

「誤作動、ですか。人が死にかけたというのに?」

 セシルさんが、呆れたように問い返す。

「我々もそう主張したんだがね。祭の中止はできないの一点張りでな。辺境伯府も、祭による経済効果を無視できない。結局、我々ギルドが危険区域の警備を強化する、という形で手打ちになってしまった」

 

 バルツ氏は大きなため息をつき、今度は俺たち三人に真っ直ぐ向き直った。

「そこで、君たちに正式な依頼をしたい。昨夜の臨時パーティーの功績を鑑みて、ギルドが君たちを特例で指名させてもらう」

 

 彼は机の上に、一枚の新しい羊皮紙を置いた。

 そこに書かれていたのは、昨日までのものとは少し違う、より具体的な依頼内容だった。

 

「『湖灯祭期間における、青灯標識周辺の常時警戒および実地確認』。そして、『観光用地下区画の即時閉鎖、および封鎖維持の補助』。最後に、『管理水域外、その他古代遺跡への進入禁止の徹底』……。要するに、これ以上、昨日のような騒ぎが起きないように見張ってくれ、ということだ」

 

 リエルが、すっと手を挙げた。

「質問を。祭管理所が配置図を修正しない以上、他の場所でも同様の魔素暴走が起こる可能性は高いはずです。私たち三人だけで、街全体の青灯を監視するのは不可能では?」

「もちろん、他のギルド員にも警備強化の指示は出す。だが、青灯の異常にいち早く気づき、その原因が灯りの向きにあると突き止めたのは君たちだ。いわば、専門の臨時調査班として動いてもらいたい」

 

 専門の、調査班。

 その言葉の響きに、俺の胸が少しだけ熱くなった。

 だが、セシルさんはもっと現実的な点を指摘した。

 

「……で、報酬は? まさか、昨日と同じ金貨一枚なんて言いませんよね? こっちは盾も傷だらけだし、装備の修理代だって馬鹿にならないんですから」

 

 彼女の言葉に、バルツ氏は苦笑いを浮かべた。

「もちろんだ。危険度を再計算させてもらった。成功報酬として、金貨三枚を約束しよう」

 

「「「金貨三枚!?」」」

 

 俺とセシルさんの声が、綺麗に重なった。隣のリエルも、さすがに少し目を見開いている。

 金貨三枚。

 銀貨にして三百枚。アスタリオン村の家なら、家族で三か月は何不自由なく暮らせる額だ。

 

「ただし」と、バルツ氏は人差し指を立てた。

「これは危険手当をすべて含んだ額だ。これ以上の増額はない。装備の修理費や薬草代なども、この中から捻出してもらうことになる。それと……」

 

 彼は依頼書の末尾を、指でとんとんと叩いた。

 そこには、他の文字より一回り大きく、そしてインクの色を変えて、赤い文字でこう繰り返し書かれていた。

 

『——理由の如何を問わず、湖底神殿および関連遺跡の深部への進入を固く禁ずる』

『——本件は魔素異常の調査であり、遺跡探索ではない。違反した場合、報酬は支払われず、罰則の対象となる』

 

 その赤い文字が、やけに目に焼き付いた。

 深部への進入禁止。

 その言葉が、昨日見た、あの巨大な石の扉と、隙間から漏れた白い光を思い出させた。扉の向こうから、俺ではない誰かの名前を呼ぶ、あの声を。

 

「……アリウス君?」

 セシルさんに名前を呼ばれ、俺ははっと我に返った。

「あ、いや……なんでもない。わかってる。深入りはしない」

 

 俺がそう答えると、バルツ氏は満足そうに頷いた。

「話が早くて助かる。では、この依頼、受けてもらえるかな?」

 俺たちは顔を見合わせ、そして、誰からともなく頷いた。

 断る理由など、どこにもなかった。

 

 

 *

 

 

 バルツ氏が他の用事で席を外し、会議室には俺たち三人だけが残された。

 テーブルの上には、正式な依頼書が置かれている。金貨三枚という、ずしりとした重みを持つ紙切れだ。

 

「やったね! 金貨三枚! これで盾も新調できるし、故郷への仕送りも……」

 セシルさんは素直に喜びを爆発させ、指を折りながら計算を始めている。

「三人で割るから、一人金貨一枚か。銀貨百枚! すごいすごい!」

「そうね。これだけあれば、新しい魔術触媒と、学院から取り寄せる写本代が……」

 リエルも、どこか嬉しそうだ。彼女も金銭に困っているわけではないのだろうが、自由に使える研究費はまた別なのだろう。

 

 二人につられて、俺も自分の取り分を計算してみる。

 金貨一枚。銀貨百枚。

 祭期間中の高い宿代を払っても、まだお釣りがくる。父さんに新しい金槌を、母さんには暖かいショールを、妹のミラには街で見た綺麗な髪飾りを買ってやれる。

 そう思うと、自然と顔がにやけてしまう。

 

「……で、どうやって分ける?」

 不意に、セシルさんが真剣な顔で切り出した。

「こういうのは、最初にきっちり決めておかないと後で揉める元だからね。基本は三等分だけど、役割に応じて多少の傾斜をつけるのが普通だよ。一番危険な前衛が少し多めにもらうとか、逆に希少な魔法使いが多めにもらうとか、階梯が高いほうが多いとか」

 

「私は二人がいいなら三等分でも、なんならもっと少なくても構わないわ」

 リエルはあっさりと言った。

「今回の件、私の知的好奇心に二人を付き合わせたようなものだから。それに、一番の功労者は、危険を承知で前に出てくれたあなたでしょう、セシル」

「リエルちゃん……。君、たまに素直で可愛いこと言うよね!」

 セシルさんが、リエルの肩をばんばんと叩く。リエルは少し迷惑そうな顔をしたが、満更でもないようだった。

 

「俺も、三等分かそれ以下でも文句ない。っていうか、金貨一枚なんて大金、初めて見るし……」

「アリウス君の宿代を基準に考えたら、そりゃそうだ」

「うっ……。俺の宿代を単位にするのはやめてくれ」

 

 軽口を叩き合いながらも、自然と笑みがこぼれる。

 金の話は、時として人間関係を壊すが、今の俺たちにとっては、パーティーとしての絆を確かめるための儀式のように感じられた。

 

「ただ、君たちの気持ちは嬉しいけど、今回は三等分にしよう。そのほうが後腐れがないし、魔術師も魔術剣士も両方貴重だしね。ただの一階梯として扱う気はないよ」

 セシルさんはそうにっこり笑って言った。

 

 

「よし、じゃあ報酬の件はそれで決まり!」

 セシルさんはぱん、と手を打って話をまとめた。

「次は、役割分担だ。これもはっきりさせておこう。私たちは即席のチームなんだから、いざという時に迷わないようにね」

 

 彼女は、まるで村の年長者のように、てきぱきと話を仕切り始めた。

 その榛色の瞳は、もう報酬に喜ぶ少女のものではなく、幾多の危険を乗り越えてきた冒険者のものになっていた。

 

「まず、前衛と、いざという時の民間人保護は、私がやる。盾役だからね。これは文句ないでしょ」

 俺とリエルは、こくりと頷いた。昨日、子供たちを守った彼女の背中を思い出せば、異論などあるはずもない。

 

「次に、後衛。魔術支援と、古代文字の解読、遺跡の仕掛けの分析。これはリエルちゃんの役目だ。君の知識がなきゃ、昨日の騒ぎも解決できなかった」

「……ええ。それは、私の役割だから」

 リエルは静かに、しかしはっきりと頷いた。

 

「そして、アリウス君」

 セシルさんは、まっすぐに俺の目を見た。

「君は、中衛。剣の腕も立つし、とっさの判断力もある。私が前衛で敵を抑えている間に、弱点を突いたり、リエルちゃんの指示で仕掛けを止めたりする、現場での切り込み役だ。君の機動力と、あの雷や風の魔術は、きっと役に立つ」

 

 それは、的確な役割分担だった。

 三人の長所を最大限に活かすための、最善の布陣だ。

 

 だが、リエルがわずかに眉をひそめた。

「……一つ、異論があるわ」

「ん、なんだい?」

「私も、魔術師として前に出られる。氷壁や結界を使えば、あなたの盾と同じように、とはいかないまでも、味方を守ることはできるはずよ」

 

 その言葉に、セシルさんは悪戯っぽく笑った。

「リエルちゃん。君が優秀な魔術師なのは、よーくわかってる。でもね」

 彼女は、リエルの肩にぽんと手を置いた。

「君は、危ないものを見ると、すぐにそっちへ行きたがる癖がある。昨日だって、あの石の扉を見た時、目がキラキラしてたでしょ? そういう君を、前に出しちゃダメなんだよ。君は、私たちの後ろで、全体を見て、一番安全な道を教えてくれるのが仕事」

 

「……っ」

 リエルは言葉に詰まった。

 図星だったのだろう。彼女は何も言い返せず、悔しそうに唇を噛んだ。

 

 俺も、自分の役割について、少しだけ思うことがあった。

「……俺は、守られるだけじゃ嫌だ」

 ぽつりと、口から言葉が漏れた。

「セシルさんやリエルが前に出て、俺だけが後ろで守られてるなんて、そんなのは……」

 

 そんな俺の言葉を、セシルさんは穏やかな、しかし強い口調で遮った。

「アリウス君。守られるのも、立派な仕事だよ」

「え……?」

「前衛が安心して前を任せられるのは、後ろに信頼できる仲間がいるからだ。リエルちゃんが安心して詠唱できるのは、君と私が守ってくれると信じてるからだ。パーティーっていうのは、そういうもんなの。誰か一人が英雄になるんじゃなくて、みんなで、それぞれの役割を果たすんだ」

 

 そう言って、彼女はにっと笑った。

「だから、君の仕事は、私とリエルに守られながら、最後の最後に、一番おいしいところを持っていくこと! わかった?」

 

 その言葉は、どこか冗談めかしているのに、不思議な説得力があった。

 そうだ。俺は一人じゃない。

 俺の背後にはリエルがいて、俺の前にはセシルさんがいる。

 この三人で、一つのパーティーなのだ。

 

「……わかった。俺の役割、引き受ける」

 俺がそう答えると、セシルさんは満足そうに頷いた。

「よーし、交渉成立! これで私たちも、ただの寄せ集めじゃなくて、ちゃんとしたパーティーだね!」

 

 その時、会議室の扉が開き、バルツ氏が顔を覗かせた。

「話はまとまったかね? なら、早速最初の仕事だ。今夜、南門下の湖岸で、祭のメインイベントである『湖灯流し』が行われる。当然、人も一番集まるし、灯籠の数も桁違いだ。君たちには、その警備と、青灯の配置に異常がないかの最終確認を頼みたい」

 

 夜の、湖。

 その言葉に、俺は無意識に息を呑んだ。

 夢で見た、あの光景が脳裏をよぎる。

 水底へ、ゆっくりと沈んでいく、無数の灯。

 

 これから始まるのは、ただの祭の警備ではない。

 もっと深く、昏い何かの、すぐそばに立つことなのだ。

 

 俺は、窓の外に広がるエルデンブルクの街並みと、その向こうに銀色に輝くアルバ湖を、じっと見つめていた。

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