入り組んだ裏路地を、地図もないままに小さな同行者の手を引いて歩いている。道中は互いのことを話しつつ、ゴールである交番を目指していた。
外部との連絡を取ろうにも圏外だし、当たり前にインターネットも繋がらない。アキハバラにこんな魔境のような迷路はあったのか?と疑問を口にすることもなく、ひたすら道の向こう側に見える灯りに向かって歩き続けた。
「僕ね、体があんまり丈夫じゃなくて、学校もそんなに行けてないの。今日もベッドでずぅっとジョーカーとお喋りしていてね、退屈でね、逃げて来ちゃった」
「そうか、9歳なのに大胆なんだな……俺の妹は人見知りで引っ込み思案。いつも俺の陰に隠れたがるから、お前の行動力を分けてやりたいな」
「さっき言ってたキヨカちゃんでしょ?女の子なのに機械いじりできて凄いね!いーなぁー、会ってみたいなぁー」
「あいつが聞いたら喜ぶだろうな、LBXも強いから相手してやってくれ。手加減はなしで全力で戦わないとな」
まだ幼いユータが、俺の手を繋ぎたがるから仕方なく繋いでいるが……小学生の頃、キヨカとお使いに行った道中を思い出す。
ただパン粉と牛乳を買いに行くだけの道のり。道端のたんぽぽを摘んだり、店員に声を掛けられなかったり、袋を半分ずつ持って歩いたりしたっけな。あの日は確か雨だった。
今のユータのように、キヨカが雨かっぱとピンクの長靴を履いていた。汚したくないからと水たまりを避けて歩いて、俺はそんなキヨカの手を取って危なっかしい妹をただ見ていた……11歳位の出来事だったな。あれから4年か、時間が経つのが早いもんだ。
「しかし、だいぶ歩いたが景色が変わらない……変だな。アキハバラでこんな道があるなんて聞いたことがないぞ」
山野バンと合流せざるを得なくなる少し前だ。アキハバラでオタクロスとかいう都市伝説の元、よく分からん講座を受けているとかの宣言をしていたあのクソ鳥こと『オタレッド』。
アルテミスで屈辱的な敗北をしてしまい、俺は再戦を誓った。だから奴が言っていたオタクロスの情報とふざけたコスプレ衣装を頼りにアキハバラ中を探し回った……でもこんな場所があるなんて知らなかった。知っていたとしても、近寄らないだろうがな。
「ねー……強いLBXが出てきて、ダイキ君のナイトメアの恰好いいの見たいなぁ〜」
「なんだ急に」
退屈そうにしていたのはユータも同じで、遠くの灯りを眺めながらはぁ……と溜め息を漏らした。
なにかを探すように目が動いていたが、よそ見をして転んでもしたら大変だから手を引っ張ってこっちを向かせようとした。しかしユータは頑なに遠くを眺めていた。
「そんなアニメみたいにパッと現れないぞ。ほら、ちゃんと前向け——」
「いた、敵」
小さな手が指を向けた先に、自然と顔を向ければ。さっきまで居なかった筈のLBXが道を塞ぐように立ち塞がっていた。
機体としてはムシャ、ウォーリアー、クノイチの三機。それぞれが汎用の片手剣やダガー武器を持っているようだった……しかしどこから湧いて出た。そもそも誰かが操作しているのか?だったら見てないで助けて欲しいもんだね。
「敵?という割に襲って来ないな……ほらユータ。避けて行こうか」
「襲われればいいんだね」
「……え?」
ユータがそう言うと、目の前のムシャ達は武器を構えてこちらに近寄ってきた。
「なんで襲ってくるんだよ!?」
「戦ってダイキ君!お願い!」
急に動き出すもんだから、ユータを護るように前に立ってCCMを握ってナイトメアを取り出した。ボタンを素早く入力し、ナイトメアを空中に投げて空中で回転しながら武器を構えさせた。
「くそっ!ユータ、絶対前に出るんじゃないぞ!……誰だろうが、俺様にそんなふざけた真似を仕掛けるなんざ。切り刻まれても文句は言えねぇよなぁ!」
上手いこと空中で振りかぶった杖をまずはムシャの頭部がひしゃげる勢いで落としてやった。地面にようやく足をつけると、同時にムシャの頭から胴体にまで杖が食い込んでそのまま倒れた。
横から迫ってきたクノイチの横切りを杖の柄で受け止めた。また背後から迫ってきたウォーリアーには、武器を手放して回し蹴りをお見舞いしてやった。ヒュンっと重い機体が空を突っ切る音の後に壁にめり込んでいた。
残ったクノイチの首には、手に力を入れて手刀のように突き立てて、そのまま横にずらせば火花を散らして頭部が床に転がって膝をついた。
「弱いな、まだコレクター共のほうが強かった……なんなんだ。まったく」
ボタンを押してナイトメアを戻せば、俺の足にしがみついていたユータから黄色い歓声が上がっていた。
「怪我はないか?」
「かっこいい!ダイキ君かっこいいね!ヒーローみたいだった、いいなぁ……どうしてそんなに強いの?」
こっちが心配してやったのに、恐怖心など一切見せずにはしゃぎだしてしまった。気が抜けたのとユータが無事だったことで安心して、また手を差し出した。
「ほら、早く帰って家族とご飯食べろ。俺も母さんに怒られる前に帰りたいんだ」
「……うん、帰ろう。ダイキ君」
足から離れて手を握ってくれる、小さくて暖かい手。生きているとなんとなく分かる、だから余計なことを考えてしまう。
さっきユータは「ナイトメア」「恰好いいの」「襲われればいい」と口にした、そうしたらその通り舞台が整った。俺はまるで糸に操られる人形のようにナイトメアを戦わせた……俺の意思だったが、それ以外の選択肢は与えられなかったかのように。
偶然だと片付けてしまえればいいのだが、俺もそこまで間抜けじゃない。
電波の繋がらない場所、景色が変わらない上に出口の見えない裏路地、存在自体がおかしい男の子。
「ここ、どこなんだろうな?」
誰に投げかけたかすら分からない質問は、
それからの道中、あんなに穏やかだった筈なのに大きく変わった。
ウォーリアー、クノイチ、ムシャ……さっき戦った奴らだけじゃない。ブルドにズール、アマゾネスにグラディエーターも続々と現れ。その度に対処に追われた、俺はユータを護るために前に立ってCCMを起動させ、ナイトメアと共に戦いを続けた。
「武器も攻撃も、全部単調な癖に数ばっか多いだなんて!畜生!」
痺れかけた指をなんとか曲げてボタンを押せば、大きく杖を振りかぶったナイトメアが目の前のLBXの首を一気に吹き飛ばした。ざっと数えて六機を一度に……普段なら喜ばしいが、そんな暇はもらえない。
その一機の後ろに潜んでいたアマゾネスが、間髪入れずに吹き飛んだブルドの頭ごと貫こうとしてきた。ナイトメアには避けられない攻撃じゃなかった、頭を傾けつつ低くしゃがみ蹴りで吹き飛ばしてやると、ボーリングのように後方のLBXもまとめて吹き飛んだ。
「まだいるよ!どうするの!?」
「だったらまとめて切り刻んでやる!」
未だに止まらないLBXの大群に冷や汗をかきつつ、なぜか楽しそうなユータを護るために、ナイトメアは杖を構えて体勢を整えた。
「覚悟しろ、これがナイトメアの必殺ファンクション!」
CCMが技名を読み上げた瞬間。ナイトメアの目は怪しい光を放ってその場で回り高く飛び上がる、たちまちエネルギー弾に力強い一撃を加え、黒い竜巻を起こした……『デスサイズハリケーン』。ジョーカーと同じ必殺ファンクションな筈なんだが、威力が桁違いだ……やはり凄い。
死角や外壁の少ない場所、ただ数が多いだけの烏合の衆は風圧に耐えきれずに見えない刃に切り刻まれていった。
風がやめばLBXだったものがバラバラと地面に落ちていく音だけが聞こえた。
「もう……いないな……はぁ、疲れた」
「ダイキ君、強いね!すごい、恰好いい!」
ただ見ているだけだからか、やけに元気なまま俺の傍に当たり前の顔をして来やがったユータが抱きついてきた。さっきからこれの繰り返しだ、無邪気な顔から発せられる言葉の全てがもう「疑え」としか聞こえない。
本当は問いただしてやりたい、なぜ俺がこんな目にって……でも上がりきった息と破裂しそうな胸を鎮める方が先だ。あー……百人斬りは達成されたな、嫌だなぁこんな達成の仕方。腕全部が痺れて痛い。
「ねぇダイキ君——」
「悪い、休ま……やすませて……」
またなにか言われてはたまったもんじゃない。割り込むように言葉を敢えて被せてあまりの疲労にその場にしゃがんでしまい、気持ちが落ち着くまで大きく息を吸って吐いてを繰り返した。
満面の笑みだったユータは、ちょっとだけ申し訳なさそうに眉毛を下げて背中を撫でてくれた。小さな手が動くたびに、ユータから「いい子」「頑張ったね」「偉いね」と優しい声が聞こえてくる。不意に頬が緩みそうになって、顔を逸らしてしまった。
あーあ、ただ無知に疑って軽蔑できりゃあ苦労もないのにな。
小さく「ありがとう」と言って立ち上がれば、なぜか心配そうに俺の顔を見上げて涙目になりつつある……なんでだよ、まだ戦えってか?勘弁してくれ。
そういや、ユータが言葉を口にすればその通りになるんだよな?謎のLBX集団のように、場所とかも可能なのだろうか。試してみるか。
「あー……少し、休める場所はないだろうか。ナイトメアをメンテナンスしなければもう戦えない、いい場所があればなー。静かで落ち着ける、場所があればなー」
白々しい演技になってしまった。俺が目の前でこんなこと言われたら速攻で「勝手にしろ」と離れていくだろう、ユータが目を丸くして俺を見ているぞ。あー……どうしよう、絶対変に見られてしまった。
「……あそこ、扉の先で休めるよ」
ユータが指を差したのは真横、さっきまで何もなかったのを覚えていつつも顔を上げると、白いスライド式の扉が現れていた。
アキハバラにこんな病院みたいなスライドドアって……やっぱこの世界とユータはなにかしらの関わりがあるようだ。改めて恐怖心がじんわりと心に滲んできた。
なるべく恐怖心があることを悟られないように、なぜかユータが届きそうにない場所にあるロックを解除して扉を開けてみた。
中になにが居るか分からないから警戒していたが、小さくできた隙間にユータが入っていった。
「おい、先行くな!待てって!」
突然の行動につい勢いをつけて扉を開け放ってしまった。が、俺が心配しているものはなにもなかった。
真っ白い部屋の奥にベッド、その周りには沢山の点滴スタンド、なにか高そうな機械、そして枕には小さなジョーカーのぬいぐるみがある。窓もあってどこかの公園が見える……近寄って見下ろせばなにか人のようなものが動いているのが確認できた、でも窓は施錠されていてびくともしなかった。
「ここは?」
「僕が暮らしていた……家、もうひとつの家……だと思う」
長靴を脱いでベッドに上がり、ジョーカーのぬいぐるみを大事そうに抱きしめながら、どこか寂しげにそう言うユータに振り返った。慣れたようにどこになにがあるか分かっているようで、ベッドの横に置かれていたサイドテーブルからジュースを二本取り出して一本俺にくれた。
……映画だと、こういうのって飲んだらアウトだったが。どうでもいい、喉渇いて死にそうだったからと開けて一気に煽った。安っぽいオレンジジュースだ、特になんてことのない味がした。
「ずっとね、お父さんをここでまってたの。たまにおばあちゃんも来てね、みんなでLBXの本とかカスタマイズとかしていたんだ」
「……お母さんは?」
「いない、ずっと前に死んじゃったからここには来れないんだって」
「一緒じゃないって……そういうことかよ」
コクリと小さく頷いて、自分もジュースを開けようとしていた。でも幼い力では難しいようで代わりに開けてやった。また嬉しそうに目を細めていたが、さっきまでと違いかなり弱々しく見えた。
「窓の外見たでしょ?いつも誰かが見えるの、みんなでLBXをやってるんだと思う。雨の日もね、あっちの屋根の場所に人が集まるんだ……体が動くようになったら、僕も混ざる予定だった。そのために傘も長靴も用意してたんだ」
「で、いつでも雨が降っても大丈夫なように。お前はその靴と傘を持ってきたと」
「うん!正解!……でも邪魔だったな。どこも雨は降ってないもん、もういらないや」
枕の下を弄って数年前のモデルのCCMを取り出し、ぬいぐるみを抱えたままポケットからジョーカーを取り出した。
開いてボタンを押せば、ジョーカーの目が光って両手をパタパタと動かしていた。
「みんな、ダイキ君みたいにLBX同士を戦わせてるのかな?いいなぁ……ここだと持ってただけで取り上げられちゃうんだ。「危ない」って知らないおねえさんに怒られるの」
「そうか、強化ダンボールがあるとはいえ。病院内は危ないからな」
「……強化、だんぼーる?なにそれ」
そうか、これで確信に変わった。
「ユータ、今は何年か分かるか?」
「え?2046年だよ。もー、ダイキ君。僕があまり外に出ないからって意地悪ばっか言って……もうLBXが発売中止されてからしばらく経つんだね」
嘘はついていない、それはよく分かった。
おかしいんだ、ものすごく……LBXの第一ルールとして「強化ダンボールの中での使用が絶対条件」と誰もが知っている。
でもこの子は知らない、テレビを観ていないだとか、病院にずっといたとか以前にそもそも
だから非現実であり、絶対ありえないことが、俺の目の前に存在している。それが何を意味するかは分からない、でも確実に言えることがあるとするならば。
「お前は俺にとって、過去の人間……」
小さくて丸い、曇りのない目が俺をまっすぐ見つめていた。その先に、多分酷い顔をして絶望しきっている俺が写ってるのだろうか?