今日、血の渇望により誰かを殺す。
それは私かもしれないし、あなたかもしれないし、それ以外の他人かもしれない。
だが、間違いなく誰かは死ぬ。
私の衝動と渇望によって殺されてしまう、残念だが。
「すぅ~……はぁ~……」
平日夕方。家から数キロ離れた自然公園のベンチにて大きくため息を吐く。
高ぶる心をできる限り抑える為だ。私だって、できるなら殺したくはない。
ジーパンに黒のパーカー。マスク。肩にかけたバッグの中には、私が住む母の家から盗んだ鋭利な刺身包丁にスマホ、財布とタオル。日は傾き始めたばかり。他人の私を見る目は、どうせ「いかにもな人」といった感じか。逆の立場なら、当然そう思う。
平日の、それもまだ日が出ている時間の公園でいかにも働いていなそうな服装と髪型に加え、この真っ黒なオーラとでもいうか、不景気さ。不審者。要注意人物。
そうだ。その通りだと心で叫ぶ。心の――頭の――中に広がるのは、見知らぬ誰かたち。彼らは私の周囲を歩いていて、恐らくこの時間と場所、近くには団地もあるから子供連れの母親が多数と、少しの父親、公園へ遊びに来た子供、散歩などの目的できた老人……とにかく彼らが私を見ている。
『こら、向こう行っちゃ駄目』
『見てあの人……』
『何かあったんじゃない?』
『昼間っからこんなところで若者が』
聞こえる。聞こえてくる。
そうだ。若くして既に浮浪者同然の存在だ。今にも君たちに襲い掛からんとする恐ろしい化け物だ。自覚はある。だから早く黙って逃げてくれ。早く、早く……早くッ!
「早くしろって言ってんだろ! 何もたもたしてやがる! 死にてぇのか!? あぁん!?」
俯いていたはずの顔が、気付けば前を向いていた。
荒い呼吸と、今怒りに任せて怒鳴っていたのは自分なのか、という背けたい実感が確かに擦れた喉にある。怖い。自分をコントロール出来ない自分が怖い。
頭では分かっている。既に心は一杯で、感情は満杯なのだ。
これ以上誰かを思ったり思いやったりする気力も体力も残っていない。
「ハハ、何やってんだ俺」
大丈夫、大丈夫。そう何度も言い聞かせる。
今日で終わりだ。今日を乗り越えたら終わりなのだ、全部。耐えろ、限界まで耐えるんだ。自分と向き合え。怒りの原因はなんだ。
思わず立ち上がっていた身体を再びベンチに預け、顔を押さえて意識を思考だけに向ける。外界を遮断し、より深い場所にある記憶と感情に触れに行く。さもなければ自らの恐るべき衝動性と攻撃性が誰かに向かう。認識を現実に向けてはいけない。それが標的となるからだ。
「僕は、昔いじめられて……親に暴力を……違う。あの時先生が僕を助けてくれなかったのが……これも駄目。落ち着け。もっと前。何が許せない? どうしてお前はそんなにも自分も他人も嫌いなんだ? だって、許す理由がない。でも、許さない理由もないだろ? それは――」
ブツブツと小さな声で思考と共に感情を口から吐き出す。
少量ずつでもいい。とにかく溜まった感情を消化しなくては。
「――それはテメェら頭のいい人間の言い分だろうがよ! 許す理由も許さない理由もないんだから健常者の言うことを聞けって言い分が見え透いてんだよゴミがッ! であれだろ? 許さなくてもいいじゃないかと言えば『お前がいいならいいんじゃない?』って、端から真剣に取り合うつもりもないくせに他人の感情逆撫でして、したり顔で去っていく! 俺は自分をより良くするより俺をマイナスにした連中を軒並みマイナスにしてやりたいんだよ! 争いは同じレベルでしか起きないって? 今すぐ俺と同じにしてやるからかかって来いよ! ……はぁ、はぁ、頼むから、同じでいいから殴らせてくれ。殺させてくれよ……頼むよ……」
結局、私はまた爆発してしまった。
情緒は既に滅茶苦茶で、思わず涙が零れた。
ベンチに三度座り直し、大きく深呼吸を数度する。
心は水のようといった誰かがいた。私の心というゴム製の水槽に、水はパンッパンに入っている。だから少量ずつだなんて不可能なのだ。水圧が高すぎて、余程性能のいい蛇口か鋼鉄製の水槽でもなければ調節なんて出来ない。
「……死にたい」
自分が情けない。どうして『普通』にできないのか。
どうして周りが当然にできると嘯(うそぶ)く行為の一端すら再現できないのか。
彼らは言う。私達は出来ている。当たり前。常識。思いやり。
なら教えてくれ偉い人、健常者、普通の人、賢い人……私以外の、全人類。
あなたたちは私を知っている。
私のような異常者を、病人を、厄介者を、配慮や支援が必要な人を。それらをどう呼んでくれても構わない。横文字でもなんでも、好きに言ったらいい。
で、何故私を煽る。
嫌いだと言う食材を、これは違うだとか美味しいからと食べさせようとする人。
相手の気持ちになって考えろと、人の気も知らずに語る人。
私はもう限界で、水は一杯一杯で、あなたに気遣う余裕も力もなく、まして感情面について語ることは他の負の面を呼び覚ますから控えたいと言っているのに、それでも気持ちを教えてくれと言う人間。
馬鹿なのか。それとも馬鹿にされているのか。
そこに彼らは責任を取らない、決して。生半可な覚悟で接してきて、最後は決まって「このくらいで、そんなに?」と不思議そうにする。最初から言っている。最大限の拒絶を放っている。それで弾かれただけの事。あなた方は知っている。基準の違う人が人類には存在すること。目の前の私こそ、そうだ。
嫌いな食べ物。違う。食べたら反射的に嘔吐してしまう物。
気持ちが考えられない。違う。気持ちを想像し、複数の回答分を推測し、それでもあなたとは他人で一般人とは違う側の私は、私の考えうる『他人の感情』が正しいとは思えない。だから確認する。
一度やってみたらいいと言う。正しい。既に何百、何千、何万回とやった。
これは私にとって高度なパターン学習だ。そして知った、人は一人として同じではない。当然だ。当然なのに誰も考慮しない。だから嫌いだ。私が、あなたと接するにあたって、何も考えてないとでも思っているのか。
最初から聞くなと言う。複数の推測を話してどれが正しいかと聞く。分からないのかと疑問を投げかけられる。何故だ。分かるという前提に立つお前が分からない。
本当に分からないのかと言う。そうだ。お前は心を読むエスパーか。
なら分かるはずだ。犬を見て「危険かもしれない。近付いてきたらいつでも攻撃できるように心の準備をしておこう」なんて考える奴の、どこにあなたたち側の常識がある。
「……因果応報。等価交換。そうか、あの時からか」
と、私はそこで自らの根源的支柱と歪みを理解した。
幼稚園。因果応報を習った。
幼い子供には善悪二元論のような極端で分かりやすさに特化した教えしか実行できない。だが、私は純粋に感銘を受けた。今後の人生において最も重要な話だと胸に刻んだ。
善行には善意が。
悪事には悪意が。
優しさには優しさが返ってくる。
私は信じた。そして実行した。
同時に『悪』を知った。それは母が私に因果応報と似た概念を語った時だ。
目には目を歯には歯を。
助けた人は助けられる。暴力を振るえば、暴力が返ってくる。解像度が上がった。そして私は知った。この知りたいという欲求は、目に見えない何かを求めようとする姿勢はともかく、実行に移すのは危険なのだと。母は言った。物を壊すな。物を分解するな。生き物を殺すな、と。
知りたかった。図鑑には書いていない部分を。実際の動きと過程を。
静止画のような、書物よりも面白そうな事実。現実。
複眼は世界をどう見ているのか。虫に骨は無いのか。筋肉はどうだ。痛みは。血は何色だ。どうやったら彼らを簡単に潰さず壊さず中身を見られる。人間はどうか。太っている人といない人では何が違う。何が詰まっている。見たい。触りたい。知りたい。私の感じる喜びを、彼らも喜びと感じてくれるだろうか。
「あ~あ、やっぱり俺って化け物だったんだな」
諦めと共に空を仰ぐ。都会の夜空に、星のように飛行機が流れていく。
赤い点滅。偽物の星。どれほど色を変え、速さを変え、星に近付こうとも絶対に違う。仮に世界中の誰もが私を星だと認めても、私だけは自らが穢らわしい偽物だと分かっているからだ。
母の暴力、暴言。ずっと間違いだと思っていた。
人生の残り僅か、今なら分かる。彼女は正しかった。化け物を管理し、人の世に危害を加えさせないようにするには、ああする他なかった。
間違いは、私のような化け物の手の届くところに人類の叡智を置いたこと。
書籍。ネット。義務教育。社会。他人。研究対象も観察対象も湯水のごとく溢れていた。そこには当然、多くの矛盾もあり、私の考えが理想だとか夢だとか、そういった甘い考えであると思われるのを知った。
いじめ。最初は因果応報に則り彼らが不幸になると思った。
告発。何も変わらない世界で私から変化を求めた。教師は一度叱り、それきり終わったと勘違いした。
理不尽。課題を出さなくてもテストの点がいいからと、教師に非常に高く評価される者がいる。私に暴力を振り続ける彼らを止めない学校だった。その時だ。私が信じる神は、正義は、真実は、私を冷たく笑った。
変わらないいじめを両親に言うと、お前もやり返せと言った。暴力は駄目だと教えてきた側が、今度は暴力を振るえと言った。
テレビの向こう。病気に必死に抗う子供を赤の他人が泣いてみている。可哀想だと言って、みんなで祈ろうだとか、治るように祈ろうと言った。私も祈ったが、神は子供らを殺した。祈りも願いも届かなかった。学校に行けるようになったらと夢を語る善良な彼らが行けず、悪事を働き、腐った社会に媚びを売り、本心ではなく打算と計算で笑顔と悪意を使い分ける連中がなんの苦しみも罪悪感も感謝もなく、まして『優等生』などと社会にもてはやされている。
私は理解した。
この世界は間違っている。
そうでなくては説明がつかない。
私は社会的な人間だ。自分のことより他人のこと。使える優しさがある限り私は他者へ奉仕する。で、そんな私に幸福は訪れない。私が救われて欲しいと願う人々が死に、苦しみ、涙を流し続ける。対して私の敵は平然と生きて、笑って、楽しそうだ。
だが、世界は私を異常者と呼んだ。
違う。おかしいのはお前らだ。けれど、実は私が間違っているのかもしれない。
そう思える賢さが、私をふと暴力に走らせた。
言葉の通じぬ存在には暴力と、母は私に動物以下だと言ってくれたように、学校の人間に暴力を初めて振るった。するとどうか。初めて意識的に振るった暴力。これが格別気持ちがいい。こんなにも簡単な事だったのかと、同時にここまで中毒的な幸福を与えてくれるのかと驚いた。
そうか、間違っていたのは私だったんだ。
確かに、ここまで気持ちがいいなら、私に暴力を振るうのを止められないなと。
だが不思議なことに、私は彼らの時より激しく怒られ、厳しく躾けられた。
いじめっ子たちは廊下で止めなさいと言われただけなのに、私は校長室まで呼び出され、大人五人に激しく叱責された。もちろん両親にも教師は怒りを露わにし、両親もまた私に暴力を振るった。言葉では分からないのかと、お前は動物以下だと、そう言った。
私は考えた。因果応報。正義を遵守し、社会の為にあれという超人的な考え方の範疇で、このすべてを肯定できる考えを。矛盾を知り、理不尽を知り、不条理を知っても、この時の私はまだ世界に希望があると、何か理由があると思っていたからだ。
答えは出た。幼い答えだ。
私がやり過ぎたのだ。彼らにとっては一回ずつの暴力。私は違う。総量だ。彼らの複数回を、今回にすべて込めた。私が耐えられる苦痛を、私に勝てると思っている彼らが耐えられないはずがないと、これが間違いだったのだ。
人間は簡単に死ぬ。テレビでも毎日人が死んだと騒いでいる。
暑さで死ぬ。転んで死ぬ。些細な言い争いで殺され、子供に親が殺される。
圧倒的に覚悟がない。自らの無知を知らない。
私は知っている。目の前の少し大きな石を握ってあなたの頭を殴れば、死ぬまで殴り続ければ死ぬ。当たり前すぎる真実だ。でも、誰も私があなたを殺すだなんて思ってない。現に、当時の私は一日石を持って通学路を歩いていたが、誰も私を避けようとはしなかった。死にたがりとしか思えなかったが、こういう平和ボケした連中の存在こそこの国が平和である証明だと思って我慢した。
賢い者。持つ者が持たざる者を助ける。これは私にとって当然の責務だ。
だからこそ、目覚めてしまった衝動は苦しかった。
私は暴力の甘美な魅力を知ってしまった。力で相手を従わせ、支配する味を覚えてしまった。解決を言葉だけに頼っていた純粋無垢な自分には戻れない。
人々は、私が見せたくない部分、領域を暴き、蹂躙した。
恥ずかしがる私を笑い、大人は誰も助けてくれなかった。
因果応報。しかし私がやれば怒られる。なぜか、私が正しく、この世界にとって不利益だからだ。皆、自分が可愛くて仕方がない。自分と同じ考えの人間とは仲良くなれる。対して私に仲間はいない。私は他人に理由をつけられるのが非常に上手いのだ。
ならばどうするか。簡単だ。彼らの土俵で戦う。
彼らの言葉をそのまま返して、私にしたことを同じようにやり返す。
矛盾を暴き、不誠実を暴き、隠した本心を暴く。
見えない何かを見たいと思う私とは非常に相性が良かった。世の中は負の可能性に対し無頓着で、善と偽善を自らの感情以外で区別できない。
なので、私は生まれてしまった暴力と殺人衝動を癒すため、それでいて私の崇高な正義感と社会秩序に貢献するという理想を叶えるため、夜の街を徘徊した。
正当防衛。私人逮捕。私にとって甘美な言葉だ。
命の危機に在れば他人を殺していい。犯罪者であればその自由を奪うために暴力を振るっていい。楽しみ過ぎて毎日パトロールした。正義を信じる心が、正義を脅かす側の心理に詳しくさせた。あのアパートは侵入しやすいだとか、あのマンションは隣の塀から伝ってオートロックを回避できるだとか、この公園は広さや視認性の悪さから変態が現れる可能性が高いだとか。
だって世界にはいる。犯罪者。異常者。スリルを楽しむもの。危険を金に換えようとする者。まして危険性をあまり考えられずに見えない服の下を晒すものまで。
私の好物だ。世界は素晴らしい。殺されても文句の言えない連中が、私という異常者の存在を知らずに生きているのだから。
だが疲れた。そう思いながら、行動しながら、私は世界に屈した。
最低限でいい。頑張らなくていい。誰かがやってくれる。私が嫌悪した存在に、私がなってしまった。結局私は彼らの仲間になりたかったのだ。一人で世界と戦うには心も体も力が足りない。必要なのは仲間。だが私はこちら側に引き入れることが出来なかった。それは私が世界にとって例外側であるからだ。
ただ、普通でありたかった。
みんなと同じように生きていたかった。
「うっ、ふぐっぅ……うぅぅ」
涙が止まらない。きっと夜七時だ。
いつもそうだ。いつも同じ時間に涙が流れる。
自律神経の乱れの癖に、毎度きっちり正確な反応だ。
ずっと人を殺したかった。
無防備で、無配慮で、殺したい私の気持ちを掻き立てるように平和と安全を前提に周囲へ気を配らず、身構えないあなたたちを。
――羨ましく、そして許せなかった。
「なんで俺には俺が来ないんだよ。クソ。どうせ殺すなら俺だっていいじゃないか」
私は私を知っている。
人を平然と殺したいと思う人間が実際にいると。
それからは地獄だった。
私が考えることを、他人が考えないとは限らない。
親兄弟、親戚、道行く人。
どこから現れるか分からない死。他人だけでなく、動物や、事故、災害。
私を殺しうるすべての可能性が怖かった。どうせ人は死ぬ。でも今は嫌だ。
そんな気持ちも、二十代になる頃には消え、死んだように生きていた。
ネットで心を癒す作業は主体に見えて、受動的だった。いわば監獄を覗きに行くようなものだ。犯罪者を見たい私が、ただ見に行く。自ら見つけようとパトロールしていた頃と比べれば価値もありがたみも違う。きっと『優等生』たちもそうだったんだ。
「行くか」
そうだ。私は普通の人間だ。普通の人間の延長線上の存在だ。
私はベンチから立ち上がり、標的を求めて彷徨う。
仕組みは同じ。構造も同じ。
異常な部分は自ら理解し、口には出さない。完璧な偽装。思うだけ。匿名だからと死ねだとか殺すだとか言う連中より健常者だ。
川が見える。橋も。
暗い世界で、橋の光は異様に明るく、私は虫のように吸い込まれた。
「…………」
端から川を見下ろす。
そこには夜空より深く黒い闇が広がっていた。
私はどっちだ。
水面を鏡にしたかったが、何も映らない。私の影すら。
刹那、私に話しかける人がいた。
「……あのぉ、大丈夫ですか? お兄さん」
「……はい。大丈夫です」
咄嗟に正解を口にする。
しかし彼は騙されなかった。
「何かあったんですか?」
「はい?」
見ると、優しそうな男性だった。
視界の端、橋の手前でベビーカーを掴む女性がこちらを心配そうに見ているのも分かった。私の目の動きに男性は振り返り、「あぁ、私の妻と子供なんです。まぁちょっと夜の散歩に……」と照れ臭そうに言う。
何故だ。私に話しかける理由なんてない。
私は殺人衝動を抱えた、犯罪者予備軍だぞ。ここであなたを殺したら、向こうの奥さんはどんな悲鳴をあげるだろうか。
「そうですか」
「あっ、そうだ。よかったら抱っこしてみます?」
「え、嫌です」
「どうして?」
「……怖いでしょ、普通。それに私が落としたりしたら……」
「優しいんですね」
欲求と衝動を抑えながら、私は必死に正解を続ける。
しかし彼も私を暴いてくる。真実を平気で口にする。
口ごもる私を真っ直ぐ見て、欲しかった幸福の一端を分けてくれる。
「大丈夫ですよ。あなたは優しく、一生懸命で、ちょっと疲れちゃっただけなんですよね」
「…………」
「私達、ほとんど毎日ここを散歩してるので、よかったらまた明日も話しかけていいですか?」
「いえ……。その、私はたまにしかこないので……」
「じゃあその時は、もっと話しましょうね」
そう言って男性は「また会いましょう、お兄さん」と手を振り、私なんかに笑顔を向けてくれた。世界にはまだ希望があるのだと、私に教えてくれた。情けない。どうしようもない人間だ、私は。
前にも似たような事はあった。
本物の善人。世界の希望。私の生きる理由であり、意味。
しかし時が経てば私は、こうして衝動や欲求を乗り越えることなく生き永らえ、世界に都合よく馬鹿にされる。散々人を死に至らしめようとしながら、いざその時がくると希望を見せる。
ありがとう。でも駄目だ。もう、私は耐えられない。
「弱い人間でごめんなさい。神様、世界、私はあなたを愛しています。でもこれ以上人間に裏切られ、間接的にあなたを疑いたくないのです」
私はバッグをおろし、高所の端から川へと身を投げた。
彼を殺すこともできた。自らを刺し殺すことだって。だが、私は最後まで自らの悪意に飲まれなかった。殺すのではなく、死を望み、死に向かった。
単なる言葉遊びかもしれない。
けれど、私には大きな意味がある。善人を生かし、悪人が死ぬ。
どうか、明日の世界が平和でありますように。