千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ここは……?」
気が付けば、私は真っ暗な場所に立っていた。
私の最後の記憶によれば、残業の真っ最中だったはずだが……。
いや、確か残業中に不整脈が起きたのだったか。
それからの記憶がないが、どうやらここは病院ではないようだ。
ということは……。
「死んだか」
私はすとんと腰を落とすと、闇の中にあぐらをかいて座り込んだ。
がびーん! こんなところで死ぬなんて! いやだ! 元の世界に戻りたい!
……という感慨は特に浮かんでこなかった。
こんな生活をしていたらいつか死ぬと思っていたから、まあそうだろうなというあっさりとした諦めがあった。そもそもそういったことに心を動かせるほど若くはない。
それにしても我ながらつまらない一生だった。
それなりの規模の代理店に入社したはいいが、下請け社員の常で仕事に追われる日々。
仕事仕事で恋愛もせず、もう中年に差し掛かろうというのに浮いた話のひとつもない。
年下の上司に頭を下げ、いい年をして残業を繰り返し、挙句不整脈を起こして死ぬ。
会社のために人生を捧げたといえば聞こえはいいが、あの会社に自分の人生を捧げるほどの価値はあったかははなはだ疑問の余地がある。
「しかしいつまでこうしていればいいんだ?」
ここは死後の世界というやつだと思うが、死んだら天国か地獄に案内されるものではないのだろうか。
それとも天国やら地獄やらは嘘っぱちで、死人はいつまでもこうして冥暗の中でじっとしていろと?
そう思っていると……。
「ぱんぱかぱーん! お待たせしました! 一名様転生ご案なーい!」
やたら明るい声と共に、ひとりの影が姿を現した。
ひとつ変わっている点があるとすれば、その男はまったくの無貌ということだろう。
まったく特徴のない、どころかどこに目が付いてるのかもわからない、そんな影法師だった。不意に名探偵アニメの犯人役みたいだと思って、ちょっと可笑しくなった。
「あれあれー? 反応薄くない? 異世界転生ですよ異世界転生。もっとやったーとかひゃっほーとか、そういう反応はないの?」
影法師がそんなことを尋ねてきたが、私は肩を竦めるばかりだった。
「異世界転生……? ああいや、確か巷で流行ってるアニメとかで見たことがある。確か不幸な事故で死んだ人間が、都合のいい異世界に転生させられて幸せになる話だったか」
「なんだ知ってるんじゃないか。そう! 貴方はその異世界転生の対象に選ばれました! だからもっとこう、夢にまで見た異世界転生だ! やったー! って喜んでいいんですよ?」
「生憎そんなメディアに興味を持てるほど若くはない」
「……テンション低っ。もっとバカな若者がよかったのに」
おい、ぼそっとした声でぼやいたのが聞こえているぞ?
まあ私に聞こえても別に問題はないんだろうが。
「まあそんなわけで異世界転生です! 私はそのナビゲーター! 人呼んで……」
「犯人の犯沢さん?」
「ちゃうわ!」
「何が違うんだよ。今時VRのチャットアプリのデフォアバターでもそんな手抜きな顔してないだろ」
「……なんか堅物そうに見えて、結構サブカルとか詳しい系の人なの?」
「いや、仕事の対象で扱うことが多かっただけだが」
犯沢さんはまあいい、とばかりにわざとらしくこほんと咳をすると、私に向き直った。
「さあ異世界転生です! 次はどんな人間に生まれ変わりたいですか? どんな希望でも叶えてあげましょう!」
「それはどんな人間でもいいのか?」
「もちろん! 天才でも無能でも、貴族でも貧民でも! イケメンになりたければ絶世の美男子にしてあげますし、とびっきりのギャグセンスをもった芸人にもなれます! さあ、ご希望を何でも言ってください!」
「ほう」
私は顎に指を置いてしばし押し黙った。
私の胸に去来する感想は、たった一つ。
「胡散臭っ」
好きな能力を持って転生? そんなことをしてこいつにどんなメリットがある。
何か企んでいるのではないか? あるいは私にそんな契約を提示することで何らかのメリットを受けているのではないか。
思わず白い目で見ていると、犯沢さんは肩を竦めてこちらに向き直った。
「おいおいメーン? ノリ悪くなーい? もっと頭空っぽにして欲望に忠実になろうぜ?」
「世の中何らかのメリットがないと指一本でも動かしたくないのが人というものだ。私にそんなメリットを提示して何の意味がある? そんなうまいだけの話には乗りたくない」
「疑り深いねえ。ちょっと頭固すぎるんとちゃう?」
「悪いが頭でっかちに育ったものでな」
「んー。でもさあ、仮になんかお前さんを転生させることで私が何らかのメリットを受けていたとしても、それはお前さんには関係のないことだぜ?」
ごもっともだ。犯沢さんの指摘は正鵠を得ていて、私は内心で頷いた。
世の中、自分が利用されているとわかっていてもどうしようもないことが多すぎる。
それは仕事だったり、税金だったり、国の制度だったり。歳を重ねるほど、ままならないことは増えていく。
その果てに命を落とすまで過労死させられているのだから笑い種にもならないが。
表情筋は動かしていないはずだが納得が顔に出ていたのだろう。犯沢さんはニヤリと笑うと、大きく腕を広げてみせた。
「言っておくけど、お前さんにデメリットは何もないぜ? どんなでかいことを言ってもオーケーだ。世界の王様にだって、最底辺の貧民にだってしてやれる。ただ人間って縛りは変えられないけどな。他の生き物はちょっと魂の形が違う。なのでザリガニにはしてやれないんだ、悪いな!」
「いやなりたくもないが……」
メンゴのポーズを作ってくる犯沢さんにそう返しながら、私は頭を巡らせた。
何でもね。また大言壮語を吐くものだ。
それなら……。
「どうせなら魔法を使ってみたい。世界一の天才魔導士にしてくれ。千年に一度というレベルの魔力を秘めていて、どんな魔術も使いこなせるような。知能は……まあ今の記憶を引き継がせてくれればいい。ルックスや家の富貴は匙加減に任せる」
通るか……? 私は目を細めた。
正直に言えばちょっと吹っ掛けすぎた自覚はある。千年に一度て。
だがこれはドア・イン・ザ・フェイスという交渉テクニックだ。最初に大きすぎる要求を出すことによって、本命の要求を通しやすくできる。相手の叶えられる範囲がわからないので、まずはこうして様子見するつもりだった。
「ふむ、千年に一度の天才魔導士ね。了解したわ」
あっさりと要求は通ってしまった。
「え……?」
「どうした? やっぱ違う能力にしたいのか?」
「いや……千年に一度だぞ? そんなに軽く受け入れていいのか?」
すると犯沢さんはやれやれとばかりに肩を竦め、半笑いを浮かべた。
「何でもいいって言っただろ。世界の王にもしてやれるんだ、これくらい余裕さ」
「そうか……」
もうちょっと盛ればよかったかな。私がちらっとそう思った矢先、犯沢さんは言った。
「ただ、千年に一度となるとちょっとデメリットも被ってもらうけど、いいか?」
「デメリットはないんじゃなかったのか?」
ほーらやっぱり前言を翻すんじゃないか。
内心でそれ見たことかと思っていると、犯沢さんは不機嫌そうに眉をしかめた。
「願いを叶える反動ってもんがあるんだよ。ただ単に天才魔導士になりたいってんならともかく、千年に一度ともなるとちょっとばかり埋め合わせがないと帳尻が合わないの」
「ふーん。ちなみにどんな内容だ?」
「お前はその才能を周囲に認められないと我慢ができなくなる。まあ一言でいえば、
「ふーむ」
私は顎を撫でてひとしきり思案した。
なるほど。天才故に才能を認められたくて仕方がなくなるわけか。
まあ……いいんじゃないか? だって天才的な才能を持っているんだ。その才能が世間に認められるのは当然じゃないか? 千年に一度の天才なんだ、有名になって当然というものだ。
つまりこのデメリットは事実上ノーコストで踏み倒せるものでしかない。
なーんだ、デメリットなんて仰々しく言うから思わず身構えてしまったが、こんなことくらいで千年に一度の天才になれるのだから軽いもんじゃないか。
「もちろん構わない。そのデメリットを受け入れよう」
「そうか? よかったよ、どうせなら派手な能力を持ってくれた方がこちらも助かる」
犯沢さんはあからさまにほっと胸をなで下ろしながら、そんなことを言った。
……何か興業でもやっているのか、こいつ? 転生者を異世界に投げ込んで右往左往するのを観客に見せて楽しませるのが仕事とか?
あまり品がいいとは言えない仕事だが、まあそれなら納得もいくし、私も安心できるというものだ。何のメリットもないのに豪華な特典つきで転生させるより、多少下世話でもそういう興業だからという方が納得がいく。
そんなことを思っていると、犯沢さんはおもむろに私の方を向いて口を開いた。
「それで? 世界の方は適当なファンタジーでいいのか? それとももっと詳しく設定するか?」
「えっ、まだいいのか」
「まあ転生先の世界を選ぶくらいはサービスしてやるよ」
犯沢さんが何気なく口にする一方で、私はめまぐるしく思考を巡らせていた。
こいつのこの余裕面をちょっとは慌てさせないと癪だ。どこまでワガママを言ったらこいつは慌てるのか、確かめたい気持ちがあった。
「じゃあ……何もせずとも食うに困らず、住むところにも不自由しない世界。ただ生きているだけですごいすごいと褒められるような世界にしてくれ。それと、女だ。ほっといても向こうから美女にモテてチヤホヤされる世界がいいな。衛生面も気になるから、ある程度の文明水準はほしい」
どうだ? 衣食住完全オールフリー。しかも美女付きだぞ。
人間が暮らすうえで必要なものが全部タダ。しかもそこそこ文明的。
さすがにこの要求は無理だろ。
そう思って犯沢さんを見ると、彼は目を閉じてゆっくりと呟いていた。
「ふむ……衣食住に困らず、ただ生きているだけで褒められ、美女にモテモテになる世界。それとある程度の文明だな。オーケー、ヒットした」
「あるのか!? そんな都合のいい世界が!」
「そりゃあるとも。こっちとしてはスペオペ世界に銀河皇帝として転生するような無茶ぶりを覚悟してたから、その程度で済んでホッとしたな」
そっちの方が難易度高いのか……!
畜生、失敗した……!
私が歯噛みしている横で、犯沢さんは手をゆっくりと振る。
「それじゃ、一名様ご案内。良い旅を!」
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私の目の前には、水晶玉が置かれている。
青い光の揺らめきを宿した代物で、魔力を注げばその者の潜在魔力量を測定してくれるという魔法が込められていた。
多くの視線が集中しているのを感じながら、私はそっと幼い掌を水晶玉にかざす。
大丈夫だ。5歳にも満たない子供の身だが、魔力の扱いには既に習熟している。私ならばまず間違いなく水晶玉を反応させることができるだろう。
水晶玉の中央にはみるみる光が集まり、やがて周囲を照らすほどに発光していく。
私は会心の手ごたえを感じながら、その光を浴びて唇の端を吊り上げた。
やがて水晶玉は限界を迎え、無残に砕け散った……。
どよどよと周囲の人々がどよめくのを聞きながら、私はフフンとほくそ笑む。
完璧だ。
魔力測定器の側が砕け散るほどの魔力を、5歳にもなっていない子供が発した。
天才魔導士の降臨にこれ以上ない、テンプレ異世界転生ムーブ。
……いや、私は別にそれほど異世界モノが好きなわけではないが、しかし天才少年が世に出るにはこれはというきっかけを見せるものだろう?
私もこの世界に転生してそろそろ5年が経つし、ここらで才能の片鱗を見せなければな。
「ユウ君ーーーーーーッ!」
がしッッッッッ!
……そんなことを思っていると、白衣を着た金髪の女性が勢いよく駆け寄ってきて、私の体はすっぽりと抱き締められていた。
むぎゅむぎゅと押し付けられる柔らかな感触からもがきながら、私は視線を上げる。
「ぐっ……苦しいよ、ベルさん」
私を抱きしめているのは長く煌めく金髪を持つ女性だった。外見年齢は20代半ば。その耳は鋭く尖っており、目元はおっとりとしていていかにも優しそうだ。胸元は非常に豊満で、これほど見事なバストの持ち主は前世でも見たことがない。
世の男性からはさぞかし色目を向けられているだろうが、5歳にも満たない私はまだ性的成熟を迎えていないので、ただことあるごとに100センチ越えのバストで包んでくる、煩わしい上位種のお姉さんに過ぎない。
「ユウ君、大丈夫だった? 怪我はない? まさか測定器が壊れるなんて……水晶の破片とか飛び散ってないかしら」
ベルさんはそう言ってしきりに僕を撫で回し、どこか怪我していないかと逐一僕の体を見回している。
「いや……それより、水晶が……。ほら、僕の魔力に耐え切れずに壊れたんだよ? 何かその……」
「?」
私が言外にその膨大な魔力を褒めたたえるよう促すと、ベルさんはしばし不思議そうに小首を傾げ、やがて笑顔でぽんと掌を打ち鳴らした。
「ああ! そうね、ユウ君すごいわ! 測定器が壊れるほどの魔力を注いだのね! 人間にしてはすごい魔力よ、将来が楽しみね!」
「…………」
私にようやく怪我がないと確かめたベルさんは,邪気が全くない笑顔でにっこりと頷いた。
……そうだね。そりゃそういう反応になるだろうよ。
何せ人間を管理・支配している上位種たるエルフは、一般的な人間の数十倍もの魔力を秘めているのだから。
ベルさんは私を立たせると、柔らかな手つきで頭を撫でながらにこにこと笑う。
「人間用の測定器じゃユウ君の魔力は計れないみたいだから、エルフ用のものを持ってくるわね。でも、持ち出しに手続きが必要だから今日のところは検査はこれでおしまいにするわね。晩御飯はユウ君の好きなハンバーグだよ、楽しみにしててね」
「わあ、僕ハンバーグ大好き!」
「うふふ」
「あはは」
この人間飼育施設では、黙っていてもエルフが毎食用意してくれる。
何しろ人間というのは魔力もロクにもたないくせに、好戦的で野蛮でほっておくと始終戦争ばかりしているのだ。なのでこのままでは人間種族が滅びてしまうと心配したお優しいエルフ様は、人間を徹底的に管理することにした。
この世界では、人間はみんな施設に入れられて、エルフによって管理されているものなのだ。
その一環として、毎食栄養たっぷりのご飯を用意されている。
どれもきちんと栄養を計算され尽くしており、毎食きちんと食べていれば病気知らずだ。
人間を管理するというからには、しっかりと栄養管理までなされていた。
ちなみに食べないという自由は存在しない。少しでも残すとエルフの飼育員……いや、お世話係がすっ飛んできて、なんで食べないのか、体調が悪いのか、食が進まなないならサプリがあるがどうする?と心底心配した顔で詰問される。
ちなみに私のお世話係は件のベルさんだ。私がこの施設に送られてきてからずっと面倒を見てくれている、妙齢のエルフである。
両親の顔を知らない私にとっては親代わりとなるエルフと言えよう。
ベルさんの手で自室に戻って来た僕は、ぬいぐるみを手に取ると思いっきりその耳を引っ張った。
「ああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
この世界に転生してそろそろ5年になるが……思い返すたびに腸が煮えくり返る!
そうだね! 確かに働かなくてもご飯が出てきて、住むところに困らなくて、生きているだけで美人のお姉さんにチヤホヤされる世界だね! そこそこどころかバッチリ文明的で、魔道科学なる未知の文明によって衛生もばっちり保たれているね!
「でもこういうんじゃねえだろ!!!」
要するにこれ動物園に入れられてるのとどう違う!?
食事どころか頭数制限までバッチリされてるんだぞ! 恋する自由もないんだ!
いや、それだけならまだいい。
一番不満なのは……。
「私は! 千年に! 一人の! 天才なんだーーーーーーーーッ!!!」
人間の中では千年に一人の天才なのに、エルフと基礎スペックが違いすぎるせいでどれだけ魔力を示しても「【人間にしては】すごいね」と言われる!
今日は5歳を前にしての初めての魔力測定だっていうから楽しみにしてたのに、そこで測定器が壊れるほど魔力を示してもダメ! 「【人間にしては】すごい」という評価から上がらない! こっちは3歳のときから魔力を完璧に扱うために自主訓練を積み重ねてるのに!
「わからせてやる! 私が千年に一人の天才だとベルさんにわからせてやるからなーーーッ!!!」
くまのぬいぐるみを乳歯で齧りながら、私は決意を新たにするのだった。
――これは千年に一人の天才魔導士として生を受けた私が見果てぬ夢を抱き、挫折し、そして幸せになるまでの記録である。