千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「僕もモンスターを退治しに行きたいな!」
「ダメ」
私の渾身のおねだりは、ベルさんにすげなく断られた。
あれー? おかしいな、精いっぱい媚びたはずなんだが……。首の角度が足りなかったか? それとも私も9歳になったので可愛げがなくなったとか……。いや、エルフは年齢に関係なくだだ甘だしな。
私がブツブツ考えていると、ベルさんは私を力いっぱいハグしてきた。
「もー! 社会の時間に余計な知識を仕入れたのね! ユウ君はそんな危ないことしなくていいの!」
うぷっ……オッパイで息ができない……。
やたら怪力なベルさんの腕からなんとか顔を出し、かろうじて呼吸を整える。
うーん、愛されてないってことはなさそうだが……。
「でもベルさん、この世界にはモンスターがうようよしてるんだよね? それを退治するために、駆除隊もくまれてるんでしょ?」
そうなのだ。この世界、モンスターというものが野生動物のごとく跋扈している。
なにせ元がファンタジー世界だからね。
かつて森の中にひっそりと暮らしていたエルフは、500年前に突如人間世界に侵攻を開始し、全国家を解体してしまった。そして人間を管理下におき、エルフによる統一政府で世界を支配するようになったのだ。
その過程で人間の国家から引き継ぐことになったのが、モンスターの駆除だ。それまでモンスターの駆除は人間の国家が冒険者を雇って行っていたのだが、この支配者のシフトによりエルフが代わってモンスターを駆除して回ることになったのだ。
しかし、これが思うように進まなかった。
エルフは人間とは比較にならないほど桁違いの魔力を持っているのだが、その代わりに人口がとても少ない。
何せ1500歳にならないと成人として認められない種族だものね。生物として欠陥があるとしか言えないレベルで幼少期が長すぎる。それに繁殖力もかなり低いらしい。まあそうだろうな、個体の優秀性と生殖能力は反比例するのが生物の理だ。
数百年前に画期的な解決策が組まれたそうで、詳細はわからないが一気に労働力が数倍になったそうだが、それでもモンスター駆除は追いついていない。
そこでエルフはもっとも大切な施設を中心に都市を築くことで、これに対応を図った。都市間にはまだモンスターが跋扈しているものの、都市の中は安全だ。
ちなみにもっとも大切な施設とは言うまでもなく、人間保護施設である。可愛い人間さんが万が一にもモンスターの餌食にならないよう、エルフは細心の注意を払っている。
これを社会の授業で聞いたとき、しめたと思ったね。
モンスターの駆除、これこそ私の力をエルフに示す絶好の機会だ。
1000年に一度の天才である私が、エルフに匹敵する存在だとわからせる絶好のチャンスが巡って来た。
「僕もモンスター駆除隊に加わりたいんだ! 日頃エルフにはお世話になっているから、貢献をもってその恩義を返したい! ね、いいでしょ!?」
「ダーメ」
私は引き続き精いっぱい可愛い子ぶって媚び媚びポーズをとるが、ベルさんの答えは変わらない。
「人間を、まして子供なんて連れていけるわけないでしょ! もし怪我なんてしたらどうするの? こんなに可愛い人間さんに万一のことがあったらと思うと、私もう……」
ベルさんは私を抱きしめたまま、ぶるっとその身を震わせた。
「ユウ君は危ないことなんて考えず、ここにいてくれればいいの。危ないことからは私が全部守ってあげるからね。さ、おやつ作ってあげるからいい子にしてようね?」
その後、用事があるからちょっと出かけるというベルさんに、絶対に危ないことしちゃだめだよとハグされながら何度も念押しされ、私はようやく解放された。
くっ……説得失敗か。
あの様子だとこっそり抜け出さないよう、厳重に見張られている可能性もあるな。
まあ、冷静に考えればそりゃそうだよなとも思う。
重機を運転できるからって、9歳児を危険な工事現場で雇うか? せめて成人してから出直して来いと、まともな大人なら追い返すだろう。
それと同じで、900歳のエルフと同じことができるからって子供を危険な仕事に就かせるわけがない。
ただ……ベルさん、どうも私のことを過保護に扱いすぎているというか。
このままじゃ老人になっても危ないからと人間園から出してもらえない気がするんだよな。
正直エルフの子供が学ぶ魔術とはいえ、かなり高度な内容を扱っているように思う。
実際にモンスターに出会ったことはないが、今の私の魔術をもってすれば大体はバラバラにできるのではなかろうか。
何せ500年前には人間の冒険者がモンスター駆除を引き受けていたという話だ。そこらの凡骨にもできることなら、天才であるこの私ができないわけがない。
であれば、既成事実を作るしかないか。
気の長い話だが、まずは私が15歳程度になるのをじっと待つ。
そしてベルさんの眼を盗んで施設を抜け出し、モンスター討伐の功を立てるのだ。
実際にモンスターを討伐してのけたとなれば、エルフも私の力を認めないわけにはいかない。猫の手も借りたいほどモンスター駆除が追い付いてないわけだから、駆除隊員は是が非でもほしいはず。
そうなればベルさんの意向を問わず、私は駆除隊員の一員に加われるというわけだ。
「やはり、これしかないな……」
あ、エルフを襲うとかテロリズムをやるとかは当然NGで。
そんな反社会的なことするわけないだろ。
私はエルフに力を認めさせたいと思っているが、犯罪者として手配されたいわけではないのだ。いくら私が天才だからといって、世界中のエルフを敵に回して勝てるとは思わない。
できるだけ角の立たない方向で力を認めさせるべきだ。
「何がこれしかないんだ?」
振り向くと、ロベルトとアルマがこちらを見ていた。
独り言が口に出ていたか……。
「ああいや、なんでもない」
いや、待てよ。
私は2人を見て、しばし考えた。
せっかくだから、モンスター駆除にはこの2人も連れてってやるのはどうだろう。
ロベルトもアルマも、現在のところ私の研究速度についてきている。これは周囲の凡愚どもと比べれば快挙だ。成長して周囲の人間を知るほど、幼馴染のこいつらは実はかなりの傑物なのではないかと思うようになった。
私は実際のところ、こいつらには心を許しているのだ。
そんな2人が、人間園の家畜どもと同列に扱われるべきではない。
私がエルフに認められるその栄誉を、こいつらにも分け与えてやろう。
うん、それがいい。
「お前たち、15歳になったらいい目に遭わせてやるからな。期待してろよ!」
私がそう言うと、ロベルトとアルマは不審そうに顔を見合わせた。
「何を企んでんだお前……」
「ユウちゃんのいいことは、他の人にとってはよくないことなんじゃないかな」
ロベルトはともかく、アルマにまでそんなことを言われるとは……。
幼い頃はヒヨコのように盲目的に私にくっついていたアルマだが、最近は成長して知恵がついてきたのか、私に批判的なことも口にするようになった。まるで年頃になった娘に「お父さんの洗濯物と別に洗って!」と言われる父親のようで、その成長を喜ぶ気持ちと邪険にされて悲しむ気持ちを同時に味わっている。
私も前世で結婚していれば、過労死する前に嫁さんが休ませてくれて、今頃こんな娘でもいたのかもしれない……なんてな。
まあまだ私のことを毛嫌いしてはいないようなので、いい友達ではある。
「失礼だな。私は友達と思ってお前たちにおこぼれをやろうと思っているのだぞ」
「へっ! お前なんかにおこぼれをもらうほど落ちちゃいねえよ! えっらそうに何様のつもりだ!」
「余は王様であるぞ」
いっちょ前に減らず口を叩くロベルトに、私は冗談で返した。
……が、ロベルトは怪訝そうな顔をしている。あれ、滑ったかな……。
「王様? なんだそりゃ?」
「え、王様は王様だが。王国で一番偉い人だよ」
「…………?」
そう言っても未だに怪訝そうな顔をしている2人を見て、私は悟った。
そうか。王様って何なのかがわからないんだ。
何せ人類が王国を築いていたのは500年も前。それからはエルフに管理されているし、エルフは合議制社会で世界を支配しているから王国というものが存在しない。
人間は500年もの間、家畜であり続けているのだ。
「その王国っていうのはなんなんだ?」
「えーと……人の集まりの一番上の状態だよ。昔の人間はそうやってひとまとまりになって暮らしてたんだ。で、その中で一番偉いリーダーが王様。王様の命令は絶対だし、誰もが言うことを聞かなくちゃいけないんだ」
私は噛み砕いてロベルトに説明してやった。
さすがにロベルトの無知が可哀想になったのだ。
「人間のリーダー……ってわけか」
ロベルトは私の言葉を噛みしめるように繰り返すと、爛々と目を輝かせた。
「これだ! これなら俺はお前に……! 決めた、俺は王様になるぞ!」
「えっ」
ロベルトの突拍子もない発言に、私は戸惑いの声を上げた。
「王様って……」
「この人間保護施設の大人は、揃いも揃ってロクな奴がいねえ! 程度が低いくせに、歳をとってるからって偉そうにされるのは、もううんざりだ! みんなのリーダーに、俺がなってやるのさ!」
ロベルトは嬉しそうに、そんなことを言って一人で盛り上がっている。
その心意気は立派だし、ロベルトは一角の人物だ。魔術の才能は私に及ぶべくもないが、それなりの器は持ち合わせているように思う。
まあ王様といっても、エルフの支配からは脱せられないだろうが……人間のまとめ役ができることで、エルフも管理しやすくなるのかも?
「俺が王様になったら……お前らを家来にしてやってもいいぞ? 特にユウ、お前の才能は大したもんだからな。俺の下で力を振るわせてやる!」
そんなことを言って、ロベルトはチラッとこちらに視線を向けた。
うーん……。
「悪いがロベルトは王様にはなれないと思うぞ?」
「なっ……」
私の冷静な指摘に、ロベルトは声を詰まらせた。
「それは……俺にそれだけの器がねえって言うのかよ」
「いや、そういうわけではないが。私が家来になるというのもパスだ。私は忙しい身だ、そんな夢想に付き合っているわけにはいかない。そもそも……」
「……そうかよ! ああ、お前を認めてやった俺が馬鹿だった! てめえって奴は本当に嫌な奴だな!」
私は言いたいことの半分までしか言えなかったのだが、ロベルトは途中で言葉を遮ると、顔を真っ赤にしてこの場を後にした。
足音も荒く遠ざかっていくロベルトに、私は肩を竦める。
王様になりたいって言うのなら、人の話は最後まで聞くべきだと思うがなあ。
「……ユウちゃん、そもそもの後に何を言おうとしたの?」
「ん? ああ」
アルマの言葉に、私は気を取り直した。
「いや、そもそもロベルトが王国を作るとしても、王様は一人ではなれんぞ。手足になるたくさんの有能な家臣に支えられて、ようやく王様になれるものだ。ロベルトは有能で求心力があると私が保証するが、エルフに飼い慣らされた今の人間に有能な家臣になれる者がいるとは思えん。だからロベルトは王様になれない、そう言いたかったのだ」
「……それ、今からでも追いかけて説明した方がいいと思うよ?」
「なんで私がロベルトのためにそこまで骨を折ってやらねばならないんだ。それより今ならベルさんもいないし、絶好の研究チャンスだぞ! こうしちゃいられない、研究を進めるなら今だぞ!」
今なら研究を進められると気付いた私は、俄かに発奮して自室へと走り出した。
「もう……。研究になると他のことどうでもよくなっちゃうんだから」
アルマはなんのかのと言っていたが、私の背中を追って走り出す。
よし、今日は研究が進みそうな予感がするぞ!
15歳までに、少しでもエルフの魔術を使いこなせるようになっておかなくちゃな!
そして私たちが15歳になったとき。
ロベルトは人間解放戦線を組織して、独立のために立ち上がった……。