千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
私は15歳になった。
一口で言ってしまったが、その間にも細かな事件は色々とあった。
宝くじの胴元になって一獲千金を目論んだり、不本意ながら都市を越えたアイドルとして名が売れてエルフの見学者がひっきりなしに訪れるようになったり。
ここら辺の細かい内容を説明すると十数話かかってしまうので、ばっさりと割愛する。まあ私がある程度成長するまでにも紆余曲折あったということだ。
魔術の研究の方は、相変わらず1年に1冊のペースで教科書を消化している。
さすがに小学生の頃とは段違いに複雑な内容を扱うようになり、ぐっと難解さを増した。現代日本の数学が中学二年生から二次関数を扱うようになって、一気に複雑になるようなものだ。
小学生の頃はちょっと頑張れば満点が取れても、中学生からはそうはいかない。
さしもの私も理解に手間取ることが増えたが、今のところなんとかなっている。天才だからな。
アルマとロベルトもまだ食らいついてきているようだ。
やはりこの2人は出来が違うな。
「ねえユウちゃん、この口紅の色どう思う?」
「まあいいんじゃないか」
声を掛けて来るアルマに、私は教科書から目を離さないまま答えた。
「もう、適当なことばかり言って! ちゃんとこっち見て!」
「どんな口紅でもアルマにならよく似合うぞ、心配はいらない」
「んもー! そういうことじゃないの!」
アルマはぷりぷりと怒りながら私の教科書を奪った。
なんだというんだ……。
15歳になったアルマは、最近妙に色気づいてご婦人方から化粧を学んでいるようだ。
この人間保護施設でも化粧という文化はまだ生きている。見た目を飾るというのは人類の草創期からあるものだからな。どんな状況になっても、廃れることはない。
人間の間に出回っている化粧品を買うためには人間の貨幣を稼ぐ必要があったから、柄にもなく宝くじの胴元なんてやって金を工面する必要があったわけだ。
化粧品を手に入れたばかりのアルマは調子に乗ってべたべたとメイクアップして化粧品おばけみたいなことになっていたが、最近は自重して大人しめの化粧に留まるようになった。
私がさりげなく化粧する程度にした方が好みだと忠告したせいだろうか。ナチュラルメイクというやつだな。別にしなくてもアルマは十分可愛いと思うのだが。
そんなわけで最近化粧を覚えたアルマは、人間園の男性陣の間でも評判が著しい。
私もアルマとの仲を取り持ってほしいと、年上の男に依頼されたことがあるからな。アホらしくて断ったが。なんで私が愚物のために時間を割いてやらねばならんのだ。
かつての子供たちも大人になり色気づいたといえば聞こえはいいが、私に言わせればアホガキからマセガキになっただけだ。相変わらず関わる必要は皆無である。ロベルトは連中にも利用価値があると言って、最近何やら関わりに行っているようだが、私の知ったことではない。
さて、教科書を奪われた私は、まじまじとアルマの顔を見た。
わずかに膨れた細面に、聡明さを感じさせる目つき。理知的な印象ながらどこか愛嬌を宿しており、二面性を感じさせる。まるで貴金属の糸を束ねたような銀髪は腰まで伸び、キラキラと陽の光を反射して輝いている。
ふーむ。まあ確かに、マセガキどもがキーキー騒ぐだけの顔ではある。
「でもその色はちょっと赤すぎる。お前にはもっと大人しい口紅の方が合うと思う」
「ふーん……そっか。うん、わかった! じゃあ元の口紅に戻すね」
私のアドバイスを聞いたアルマは、教科書を返すと機嫌良さそうに口元を拭う。
というか私の感想など参考になるのだろうか? 前世も含め、一切化粧などしたことがない男だぞ私は。そりゃ代理店勤務だからそれなりに清潔感とやらには気を付けてはいたが、化粧品までは使ったことがない。
「私なんかの意見など聞かず、お前に化粧を教えた先達の意見を聞くべきではないか?」
「いいの! 私がお化粧してるのは、たった一人のためなんだから。その人が振り向いてくれないんなら、どれだけ着飾っても意味ないの!」
ふーん。誰かは知らないが、幸せな男もいたもんだなハッハッハ。
……とはさすがに私も言わない。私もいくらなんでもそこまで鈍感ではない。
自惚れでなければ、さすがにアルマが振り向かせたい男と言うのは私のことだろう。四六時中好きでもない男のそばにいたりするわけがない。
ただ……私はいろいろと特殊な存在だからな。
私なんかよりもっと素敵な男性と結ばれた方が、アルマは幸せな人生を送れるかもしれない。しかしこの家畜しかいない人間園に、そんなまともな男はいるのか? 鼻を膨らませてアルマを紹介してくれなんて言ってくる、性欲しか頭にない馬鹿な連中だぞ?
ただ、そんな馬鹿と結婚したご婦人も、それなりに幸せな生活を送っている者もいる。大抵の男はヤルだけヤッたら女に興味を失ってしまうが、中には相手に執着して何かと面倒をみようとする個体もいるのである。まあ結局飯を用意するのはエルフなのだが。
魔術の研究をしているときが一番楽しい私には、アルマとくっついても幸せにできる気がしないんだよな。絶対に家庭を顧みなくなって泣かす。それなら馬鹿だけど優しい男とくっついた方がアルマには幸せかもしれない。
私は子供の頃から一緒にいるアルマを、自分の娘のように思っているのだ。アルマを幸せにできる男とくっついてほしいが……。
いくら考えても、迷いは晴れなかった。
……うん、ここは聞かなかったことにしよう。
結局私はいつも通り鈍感を装うことにした。
「アルマのような素敵な女性に好かれている男は幸せだろうな」
「ふーん……」
アルマは半目になると、教科書に目を落とす私にじっと視線を送って来た。
「素敵な女性って言うけど、具体的にはどこが素敵だと思うの?」
食い下がってくるな……。
昔のえへーと笑いながら私に抱き着いてきてた頃は御しやすかったのに。
「賢いところだな」
これは本心だ。
私は千年に一度の天才だからな。その私についてくるのだから、大したものだ。
「アルマは私にとって唯一会話するに値する女性だ。誇っていいぞ」
エルフはちょっと人間とは比較にならないので置いておくとして、少なくとも他の人間のメスに比べれば、アルマの知能は群を抜いている。
ただ賢さを褒められても、女性としてはちょっと微妙だろうか。やはり容姿を褒めた方が良かったか? ただそれだといかにもな口説き文句みたいだし。
アルマには助手として研究を任せている事項もあるので、下手にへそを曲げられても困るのだが……。
そんなことを考えていると、アルマはにこっと微笑んだ。
「そっかそっか。えへへ、内面ね」
ぐっと機嫌が良くなって鼻歌を歌い始めたアルマを、私はこわごわと眺めた。
どうやら正解を選んだらしいが、何故ご機嫌になったのか皆目わからん……。今は機嫌が良くなったからいいが、同じく何がきっかけで地雷を踏むかわからんということでもある。
女心と言うのは複雑怪奇だ、同じ回答でもときによって正解にも不正解にもなる。これなら魔術理論の証明でもやっていた方がずっと楽だ。答えが決まっているからな。
私ははあっと溜息を吐いた。
アルマはこうして研究を手伝ってくれているが、できれば同性の助手も欲しかったなあ。
ロベルトが私の助手になってくれればよかったのだが、私を一方的にライバル視しているうえに最近忙しいようなのだ。
あいつも最近どうしてるのかな……。
ロベルトが人類解放戦線を名乗って蜂起したとの報が入って来たのは、そんな折のことだった。
エルフからの人類の独立を訴え、人類国家の建設を目的に立ち上がったのだという。
先日都市を跨いで宝くじを売るために、別都市の人間園と接触をした。そのときエルフが使っている、都市間を移動するポータルゲートの魔術を私たちも使えるようになったのだが、ロベルトはそれを悪用して同志を募ったらしい。
それを聞いたとき、私は正直感心した。
エルフにすっかり骨抜きにされたと思っていた人間にも、独立しようという気概が残っていたのか。
それともロベルトが人生を賭すに足る大器と惚れ込ませるものがあったのかもしれない。
もしくは、ロベルトについていけば甘い汁を吸えると勘違いした愚物が人間独立と騒いでいるだけかもしれないが……。
エルフはこの動きを許さなかった。
かつてすべての人間国家を解体したのがエルフである。500年経っても、エルフ政府の考えは変わっていない。まあ500年なんて、人間でいえば5年前程度に過ぎないしな……。
反乱を鎮圧すべしと即刻兵隊を送り込んでいるようだが、ロベルトもさるもの。巧みに潜伏して身を隠しながら、エルフの傲慢さを訴え、今こそ人間主権を取り戻すべしと同志を募っていた。
ベルさんやレヴィさんも急遽駆り出され、ロベルトが都市内に潜伏してはいないかと捜索に当たっているようだ。ロベルトが生まれ育った都市だし、ここに潜んでいる可能性は高い。レヴィさんはロベルトに魔術を教えていたようだし、その心中は複雑だろう。
「ど、どうしよう! ロベルトが反乱だなんて……」
「ああ。大変なことになった」
うろたえるアルマの言葉に、私は頷いた。
「私たち、これからどうしたら……」
「落ち着くんだ。いいか、よく聞いてくれ」
私は努めて冷静な声色で、アルマに告げた。
「これはチャンスだ。この機に乗じて都市を脱走し、ダンジョンアタックしよう」
「……え?」
「今はベルさんもレヴィさんも緊急事態に駆り出されている! 私たちを監視する者が不在なんだ! これを見てくれ、前々からいつか脱走して探索しようと手ごろな遺跡に目星をつけていたんだ」
机の上に地図を広げ、私は熱弁を繰り広げた。
「このままでは過保護なエルフに一生都市に押し込められてしまうぞ! 私たちがモンスターをなぎ倒し、遺跡の探索もできると知らしめる千載一遇のチャンスが巡って来たな!」
「ええ……でも、ロベルトって私たちの幼馴染だよ? もうちょっとこう幼馴染として、ロベルトを手伝うとか、反発するとか、あるんじゃ……」
何やら言いにくそうなアルマに、私は目をぱちくりとさせた。
「たとえ幼馴染でもライバルでも、他人は他人ではないか? 何故ロベルトが起こした反乱に加わらねばならんのだ。それよりこの機に乗じて我が力を知らしめるのが最優先だぞ」
「ああ……うん。ユウちゃんはそういう人だよね……」
「さあ行くぞアルマ、身支度をしろ! 時間は有限だぞ!」
こうして私たちは反乱の1時間以内には生まれ育った人間園を抜け出し、生まれて初めての野外活動を行うことになったのだった。
そろそろ巻きに入るので、十数話分すっとばしました。