千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第17話「私のもたらした科学文明の前ではエルフも跪く」

「ユウ君、なんでお外に出かけたりしたの! 外は危ないって私何度も言ったよね! 今度という今度は、絶対に許さないんだから!」

 

 旧人類の首都から戻った私を迎えたのは、ベルさんのお叱りだった。

 私とアルマがいなくなって相当心配したのだろう。それについてはすまないなと思うと同時に、もう私も15歳なのだからちょっとくらい自由を認めてくれてもいいのにとも思う。

 

 まあ、ベルさんにとっては私はいつまでも可愛い幼児のままなのだろうが……。

 モンスターと出会ったら並の人間だと殺されてるだろうしね。私とアルマだから平気で蹴散らせたというのはある。

 

 ベルさんが心底私を心配してるのはわかるが、このままでは二度と人間園から出られなくされてしまいかねない。

 ここは新技を披露するべき場面だな。

 

 私は両手を顔の横に持っていき、羞恥心とプライドをかなぐり捨てると媚びモード全開で甘え声を出した。

 

「ごめんにゃん♥ 反省してるから許してにゃん♥」

 

「ぐっ……! か……かわいいーーーーーーーーーーっ♥♥♥」

 

 私が全力で繰り出したあざといポーズに、ベルさんはたまらず抱き着くと首筋をフスフスと吸ってユウユウニウムを摂取し始めた。ユウユウニウムとは私から放出されている希少元素であり、ベルさんやアルマの生命維持に重要な役割を果たす物質だ。

 私自身はそんなものが存在しているわけないと思っているが、私の体臭をたまにかがないとベルさんは露骨にげっそりとして体調が悪くなるので、もしかしたら実在する可能性も否定できない。この人私がオッサンになって加齢臭がし始めたらどうするつもりなんだろう……。

 

 そういえば猫吸いってあるじゃん。

 猫飼ってる人はとっくに成猫してるペットの猫を捕まえてその体臭を吸ってる写真をSNSにアップしてたりするよね。

 飼い主はともかく、あれをやられてる猫ってどんな気持ちで飼い主の奇行を受け入れてるんだろうと長年疑問だったんだけど、ついにその気持ちを理解できたよ。

 諦観だ。早くこの時間が終わってくれと、まるで無感情な瞳で飼い主に愛でられているんだ。

 

 こうして私はしばらくぶりに顔を見る飼い主に全力でかいぐりかいぐりと愛でられ、アルマはなんだか呆れたような白い目でこちらを見ているのだった。

 そんなマザコン青年を見るような目で私を見ないでくれ……。こうして愛でられているのは私の意思ではないんだ。

 いや、可愛いポーズでベルさんを悩殺したのは私だが。

 

 それにしても旧人類の文明を滅ぼしたエルフが、こんなわかりやすい甘えポーズにごまかされてくれるとは。あの管理AIが知ったら、絶望するだろうな……。

 

 

 私が持ち帰った科学文明の遺産は、瞬く間にエルフの間で受け入れられることになった。

 つまり掃除機とか、冷蔵庫とか、洗濯機とか、空調機とか、そういう便利な日用品が普及し始めたということだ。

 もちろんエルフの間にもつむじ風を発生させてお掃除する魔術とか、物を凍らせて長持ちさせる魔術とか、そういった生活に便利な魔術は存在していたのだが、自分で魔術を詠唱して細かい制御をするのは大いに手間だった。それが科学の利器は意識を向けていなくても勝手に食物の保存やら洗濯やらをやってくれるので、その便利さは革命的だったのだ。

 なお軍事技術は見向きもされなかった。

 

 人間文明を滅ぼしたというからには、劣等種である人間の低俗な文明など受け入れられるか!と拒否反応を示すかもと思っていたのだが、意外にすんなりと受け入れられたのは拍子抜けだった。

 エルフは思っていたよりも感情より合理性を重んじる種族らしい。私を愛でる様子には一切の理性など感じられないが。

 

 ただ、文明の利器をあまりに多くのエルフが欲しがったため、研究所に貯蔵されていた機械はあっという間に払底することになった。

 そこで白羽の矢が立ったのが私だ。

 私は研究所の所長に指名され、エルフたちに便利な日用品を提供することになったのだ。

 日用品の生産ラインはドローンの生産施設を改造して用意することができた。設計図自体も保存されており、ドローンたちに次はこれを作れと命令することで、あまり詳しくない私でも完全に量産体制を整えることができた。

 正直私じゃなくてもできそうだが、ドローンは人間以外の命令を聞かないので、それなら人間に任せようということになったらしい。そして機械に一番詳しいのが私だった。

 

 もちろん管理AIはシステムスキャンして念入りにアンインストールしておいた。

 もっとも、私は門外漢なのでまだどこかに潜んでいる可能性はあるが、全力をもってしても私に勝てない管理AIにこれ以上何かができるとも思い難いしな。

 

 

 

 そして3年の時が流れた。

 

 18歳になった私は、相変わらず研究所の所長を務めている。

 発明品を作るのに必要だとエルフを説得した結果、彼女らの許可を取り付けて研究所は大きくスペースを広げつつある。もはや巨大工場と言った方がよく、日々拡張を繰り返した末にかつての王宮を敷地内に飲み込むほどだ。

 

 研究所にはエルフの手でワープポータルが設置され、人間園から一瞬で移動できるようになった。

 私は所長として研究所に常駐してもよかったのだが、ベルさんは私を毎日抱っこできないとやだ!と駄々をこねるので。所長になる話も最後まで反対していたが、日用品を欲しがるエルフの圧力に負けて、日帰り所長ということで何とか認めさせることができた。

 

 おかげで普段は人間園で愛玩動物として暮らしながら、研究所に用があるときは所長としてドローンたちに命令を出すことができる。

 ドローンは私の命令に従って忠実に作業をしてくれており、これを作れとかこれを開発しろとかの命令をてきぱきとこなしてくれている。あの管理AIもエルフに投降して生産物の便利さを売り込めば、ワンチャン生存できたのにな。いや、プライドが高すぎて無理か。

 

 研究所から出荷された日用品はエルフたちの間に受け入れられ、日々利用者を増やしている。当初は電気がないことが問題となっていたが、代用エネルギーとして大容量バッテリーが開発されたことでその問題も解消した。バッテリーはエルフの魔術で雷を呼ぶことで、一瞬で莫大な電力を賄うことができる。インチキと呼ぶのもおこがましい。

 

 私の家出と前後して挙兵したロベルトの行方は、杳として掴めていない。

 すぐに見つかると思っていたのだが、3年が経過してもエルフから隠れおおせている。

 ロベルトの人望が高かったのか、水面下でエルフに反発する人間が意外に多かったのか。

 その行方は気になるが、よくよく突き詰めれば私には関係のないことだしな。

 

 さて。

 エルフからは科学文明の管理者として一目置かれる存在になれた。エルフに目にものを見せるという私の野望は、ここでひとつの決着を見た……ということでいいのだろうか?

 

 エルフから求められる存在になったのだからこれでいいという自分もいれば、私は天才魔道士としての才能をもらったはずで、魔術分野で才能をエルフに認められなければ私の本当の野望は達成できないと否定する自分もいる。

 何より、私はまだこの成果に満足できていない。だがどうすれば私は満足できるのか、その答えはまだ見つかっていなかった。

 

 

 

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 議事堂に招かれたベルは、その一室で待っていた女性に深く頭を下げた。

 

「しばらくぶりでございます」

 

「ああ、お前が軍を辞めて以来だな。ざっと500年ぶりというところか。息災そうでなによりだ」

 

 女性はベルの言葉を受け、鷹揚に頷く。

 かつてこの女性はベルが所属していた軍の上司であった。まだベルが軍人であった頃は、共に多くの返り血に塗れたものだった。しかし人間との戦が終わりを迎えた後、ベルは唐突に辞表を出して軍を辞めたのだった。

 以来500年、大きな戦争は起きておらず、世界は安寧の中にある。

 だが、ベルの上司……今はエルフ政府の重鎮を務めている彼女にとって、それは退屈極まりない暮らしでもあったのだ。

 

「最近は随分と椅子を尻で磨く仕事ばっかりしていてな。お前と戦場を駆け回っていた日々が懐かしいよ。あの頃はシャドウサーヴァントも開発されておらず、人間を相手に生身で戦場を駆けずり回っていた。血の臭いを随分嗅いでいないな」

 

 そう言って、彼女は小さく笑う。

 それは彼女にとっての挨拶だった。かつて、彼女とベルはそういった世界に生きていたのだ。

 だがベルは浮かない顔でその挨拶を聞き流した。

 

「お互い忙しい身では? 閣下も政府重鎮としての仕事がおありになるはず」

 

「なんだ他人行儀な、旧交を温めようではないか。時間ならあるとも、お前がシャドウサーヴァントの術を開発してくれたおかげでな。この体とて本体ではない」

 

 女性はベルの言葉に唇を尖らせる。エルフ政府の元老院に名を連ねるにしては随分と稚気がある姿だったが、無論こんな仕草を見せるのはこの場にベルしかいないからだった。

 

「生憎と、私は忙しいのです。この体も本体ですしね」

 

「人間保護施設の世話係というのはそんなにも忙しいのか? シャドウサーヴァントの術を開発した本人が一番術を使っていないとは」

 

「あまり多くに分身してしまうと、その分感覚が希薄になりますから。私も分身は2体しか作っておりません。私は人生を濃密に味わいたいのです」

 

 ベルの言葉に、ふうんと女性は鼻を鳴らした。

 

「だが人間保護施設の世話係など、言ってしまえば肉体労働だろう? お前は知勇ともに優れたエルフだ、もっと他にふさわしい仕事が……」

 

「命を懸けるに値する仕事です! これに比べれば研究職や軍人などまるでやり甲斐がない! 私は日々ユウ君を感じていたい! 毎日のように表情を変えるユウ君をあますところなく脳内に収め、その香りを胸いっぱいに嗅いでいたいのですっ!」

 

「お、おう」

 

 突然くわっと目を見開いて熱弁を始めたベルに、彼女はこれ以上この話題を深く突っ込むのは避けた。

 かつて軍人であった時期を含めても、ベルがこれほど鬼気迫る表情を見せたことはない。誰にだってこだわりはあるのだ。

 それが人間保護施設の世話係というのは彼女には解せない話だったが。確かにエルフの目からすれば人間は非常に愛くるしいが、命を懸けるほどのものには思えない。

 

 だが、ベルを呼んだのはまさにその人間のことだった。

 

「で、お前が世話しているその人間……確かN11851192号だったか」

 

「ユウ君ですね!」

 

「……ああ、そのユウ君についてなのだが」

 

 女性は咳払いをして、言葉を続けた。

 

「最近膝元でも話題になっているのを聞く」

 

「ユウ君は世界一可愛いから当然ですね! でもあげませんよ、ユウ君はずっと私のものです!」

 

 そもそもベルは世話係であり、一度としてユウユウの主人になったことはないのだが、それでもベルは胸を張って所有権を主張した。実際赤ん坊の頃から面倒をみているのだから、ユウユウは私が育てた!とベルは思っている。

 うん、と上司はその点について曖昧に濁しながら頷いた。

 

「話題になっているのは可愛さではなく、その個体がもたらした科学文明についてなのだが」

 

「ああ……」

 

 途端にテンション低くベルは頷く。

 ベルにとってはユウユウの可愛さを褒められることこそ世話係冥利であり、ユウユウがもたらした文明にはあまり興味を持っていない。そもそも自分が目を離した隙に家出したことで得られた功績である。

 

「いきなりどうでもよさそうな顔になったな……かの個体がもたらした文明は、お前の研究にも進歩をもたらしたのではないのか? ええと……何だったかな」

 

「魂の物質化(マテリアライズ)ですね。ええ、生物の電脳化技術のお陰で、研究は進みました」

 

「だろう? 何の役に立つ技術かは門外漢の私にはわからんが、シャドウサーヴァントを作ったお前が次に手を出した研究内容だ。長年の停滞が解消されたと聞いているぞ」

 

「私は今、研究が進んだことなんてどうでもいいんです。それより早く帰ってユウ君を抱きしめたいのを我慢してるんですから」

 

「お、おお……」

 

 女性は生返事を返した。

 知性と武勇を兼ね備えたエルフきっての天才でありながら、ベルがいつも気乗りしない顔をしていたのは知っていたが……。そんな彼女をしてここまで入れ込ませるユウユウとやらは一体どんな人間なのだろうか。たかが人間がエルフをそこまで魅了するとは……。

 

 女性は咳払いすると、話を戻した。

 

「そのユウ君がもたらした機械は、とても便利だと周囲でも評判になっていてな。そのユウ君は人間ながらなかなかの知性を持つそうではないか。お前が提出した報告書を読ませてもらったが、小学6季生までの魔術を使いこなせるのだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

 ベルはしれっと嘘を吐いた。

 

 ユウユウは実際には既に高校3季生までの魔術をマスターしている。ここまで魔術を理解している者は、エルフにだってそうはいない。エルフの大学で専門教育を受ければ、さらなる飛躍も望めるかもしれない。

 だが、ベルは報告書にはN11851192は小学6季生の途中で理解につまづき、今は頑張ってマスターしようと頑張っているところですと記載していた。

 

 本当のことを報告するのは、ユウユウにとって決してプラスではない。

 ユウユウが並みのエルフを凌駕する知性を持つことに、危機感を持つエルフも現れるかもしれない。無論エルフにそんな愚か者がいるとは思いたくないが、しかし何事にも例外はつきものだ。

 

 それにユウユウの研究もここでストップさせるべきだ。これ以上はエルフの大学に通わせるしかない。ここまでは教科書を用意して密かに勉強させることもできたが、エルフの大学に通わせるとなればユウユウの本当の学力を公表するしかない。

 

 ユウユウはわずか18歳にしてエルフの1800年に追いついてしまったのだ。

 たとえばチンパンジーが高校三年並みの学力を持っていたとしたら、人間は彼に何をするだろうか。

 ベルはユウユウがエルフを凌駕する知性を持っていることを、明かすつもりはなかった。

 

 女性は浮かない顔のベルにやや不審そうな顔をしながら、言葉を続けた。

 

「で、そのユウ君だが。私の周囲の者たちが、ユウ君が生きているうちはいいが、あと100年もしたら後継者がいなくなると不安がっていてな。聞けば18歳というではないか、そろそろ結婚適齢期だろう? なのでここで相手を見繕って」

 

「やだ」

 

 やだって。

 女性はパチパチと目を瞬かせた。

 

「ユウ君には結婚なんてまだ早いです! ユウ君はもっともっと私と触れ合うんです! 妻や子供なんてできたら、私への想いが減っちゃうじゃないですか!?」

 

「いや……減らないだろ。愛情ってそういうもんじゃないだろ?」

 

「そういうものです! 愛情は有限なんです! 複数のものに愛情を向けられるほど、人間は器用な生き物じゃないんです! シャドウサーヴァントで意識ごと分割できるエルフとは違うんですよ! 私の元からユウ君が巣立っていくなんて、耐えられない!」

 

 頭を抱えて苦悩するかつての部下を見ながら、変わっちまったなあ……と女性は醒めた目を向けた。

 まあかつてのベルは何事にも拘らない生気の薄さを纏っていたから、今の方が生きているという感じはするが。

 

「だが、いくら気に入っているからといって、お前では代わりにならんぞ。エルフと人間は姿かたちこそ似ていても、種族としての隔たりは大きい。何より人間の一生などわずか80年に過ぎん。我らエルフが少し目を離した間に死んでいるのが人間だ」

 

「それはそうですけどぉ……」

 

 女性の言葉に、ベルはしぶしぶと頷いた。

 

「国務大臣として命令する、ただちにユウ君のつがいを見つけ、研究所の後継者を作るのだ。言っておくが、これは施設長を飛び越えて有効な命令だからな。……不服そうだな」

 

「知性なんて次代には受け継がれませんよ。いくらユウ君が天才でも、それを次世代に期待するのは愚かです。なのにそうした世襲が一般的になって、腐敗したのが人類の旧文明でしょ」

 

 不貞腐れたように言うベルに、女性は少し笑みを見せた。

 

「だが、魔力は遺伝する。そのユウ君は小学6季生に匹敵する魔術の使い手だろう? エルフ基準では大したことのない魔力だが、それを失伝させるのは惜しい。それは我らの意義にも関わることだ。人間を保護し、いつか再び自力で立てるまで成長を見守る。そのためにエルフは人間を保護しているのだからな」

 

 だが、それはいつまで?

 思わず喉元まで出かかった疑問を、ベルは飲み込んだ。

 少なくとも国務大臣に直接投げかける疑問ではない。今の自分はただの人間保護施設の一職員に過ぎないのだ。人間との戦争で活躍した、万夫無双の英雄様ではもうない。

 

「わかりました。話はそれだけですか? でしたら、早速ご命令の通りにいたしますとも」

 

 あえて語尾に感情を滲ませ、ベルは踵を返す。

 その背中に、女性は声を掛けた。

 

「ベルゼビュート。軍に戻ってくるつもりはないのか? みんな待っているぞ、無論私も。本体でなくてもいい、シャドウサーヴァントでも構わん。多少のブランクなど構うものか。お前は前大戦の英雄だ、文句など誰にも言わせん」

 

「御冗談を、サタナエル閣下」

 

 ベルは振り返り、唇だけで笑顔を作った。

 

「愛くるしくか弱い人間たちの命を奪うことが戦争? あれはただの虐殺です。そして私は十分すぎるほど人間の命を奪った。もううんざりですよ」

 

「……そうか」

 

 エルフきっての天才と呼ばれたかつての部下の言葉に、女性は瞳を閉じた。

 戦争が終わるなり、辞表を叩きつけて一介の人間保護施設の職員に身をやつした部下の考えは、500年の時を経て未だに変わっていないようだった。

 

 

 比較対象がよりにもよってエルフきっての天才と謳われた六将軍の一人でなければ、ユウユウの野望ももっとすんなり達成できてただろうにね。

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