千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ユウ君、そろそろ結婚適齢期だけどお嫁さんほしい? ほしくないよね! ユウ君にはまだ恋愛とか早いもんね! お姉ちゃんと一緒に暮らしてれば、お嫁さんなんていらないよね!」
何言ってんだこの人。
朝、私の部屋にやってくるなりそんなことをまくしたてるベルさんに、私は怪訝な目を向けた。
しかもなんか私に嫁はいらないと言わせようとしてるんだけど。
嫁かぁ……。
まあ正直いるかいらないかで言えばいらなくはある。
この体は生殖機能まっさかりのはずなのだが、あまりムラッとこないのだ。
転生前に女にモテモテになる世界がいいと犯沢さんにオーダーしたときの気持ちを、今の私は思い出せなくなりつつある。
性欲が薄いのは何も私に限った話ではないらしい。この世界の人間は、あまり生殖欲が強くないらしいのだ。
前世での飼育下のジャイアントパンダは性欲が薄くなって、AVを見せて無理やり発情させてことに及ばせていると聞いたが、それと同じことが人類にも起きているのかもしれない。
前世では産業革命からの250年ほどで70億までぽこぽこ増えたことを思えば、ちょっと信じがたいことだが。飼育に慣れすぎて、種として生きる力を失っているのか?
まあそもそも、赤ん坊の頃から爆乳の美人に抱き着かれたり体臭を嗅がれたりして溺愛されているので、今更ちょっとやそっとの女に心動かされることもないのだが。
「ユウ君は教科書を見てる方がずっと楽しいもんね! 恋愛なんて興味ないよね!」
イラッ。
なんかこう、教室にいるギャルに「あ、見て! オタク君も笑ってるよ!」と指を指されたときのような苛立ちが私を襲った。
いや、全然そんな経験なんてないが? 私は前世からずっと理知的なクール青年だが?
ないけど改めて言われるとものすごく腹が立った。
「いや、私だって人並みに結婚したい相手くらいいますけど?」
「え!? だだだだ誰!? お姉ちゃんに黙って恋なんかしてるの!?」
この世の終わりのような顔で問いただしてくるベルさんに、私は背を向けた。
「ちょっと出かけてきます」
「待ってよユウ君! 結婚したい相手って誰なの! 私は結婚なんか許しませんよ!」
「うるさいな、母さんには関係ないだろ!」
「そんな……うぇーん、ユウ君が不良になっちゃったよぉ!」
泣きべそをかくベルさんを置いて、私はとっとと自室を出た。
いや、そもそも親子じゃねえだろ。
自室を出た私は、自分にツッコミを入れた。
ベルさんと私の関係は正しくは飼育員と愛玩動物である。
ベルさんは出会ったときと変わらず20代半ばのような容姿を保っており、それはそれは魅力的な美貌なのだが、だからといって恋愛関係になりたいとは思わない。あまりに関係が深すぎて、全然ドキドキしない。
私から見て一番近い関係は、母親のようなものだろうか。まあ、いずれはベルさんに私の力を認めさせようとも思っているのだが。
そんなことを考えながら、私の足は自然とアルマの部屋の前まで向いていた。
まあ、私が唯一結婚してもいい女性がいるとしたら、アルマかなあ。
アルマはもう15年来の幼馴染だが、全然ドキドキする。
美人であることに加え、私に追随するほど頭も良い。高校3季までのエルフの教科書を理解しているし、最近では科学技術も学んでドローンに細かな改良も施しているようだ。というか科学技術に関しては、私すらも凌駕する理解度かもしれない。そういった自分にできないことをしているのを見るたびに、私は感心を覚えるのだ。
だが、アルマの方はどうだろう?
私と結婚してもいいと思ってくれているだろうか。
子供の頃は私にべったりだったが、成長するに従って彼女の世界も広がっているはず。私は自分で言うのもなんだが、他人に興味がないし、情にも冷たい。私なんて全然大したことがない男だったと失望されている可能性もある。
「ううむ……」
私は廊下をウロウロして、唸り声を上げた。
まあ……アルマに好意を持ってはいる。
娘のような存在だと思っているし、だからこそ彼女には幸せになってほしい。
だが18年間この人間園どころか、他の施設を見てきて、彼女を幸せにできるような男はこの世界にはいないと思う。
唯一ロベルトにならアルマを託してもよかったが、ロベルトはエルフに反旗を翻して行方知れずになっているし。
となれば私がこの手で幸せにするしかないが、私と結婚して幸せにできるのか?
私は前世を含めて一度も結婚歴がない男だぞ。
家庭を顧みないのも目に見えている。特に子供を愛せるとは思えない。
そもそも子供を欲しいとは思わない。
子供を作る究極の目的とは、自分の代わりにまだ見ぬ地平へ行ってもらうことだ。
だが、私の目的はエルフに私の力を認めさせることである。それは私が達成すべきことで、他の誰にも代わりはできない。
だから私が子供を作る必要はなく、よしんば子供ができてもそこに託す願いはない。託す願いがない以上、子供をちやほやと可愛がることもできないのではなかろうか。
「うむ……」
アルマと結婚しない理由を合理的に考えた私は、壁に頭をぐりぐりと押し付けて落ち込んだ。
くっ……なんだというんだ……!
この私は合理的な知性を持った存在のはず。なのに合理的な説明ができて、何を滅入る必要がある……!?
『だからやらないって言ってるでしょ! たまに話しかけてきたと思ったら、教えてくれないから聞き出してくれってどういうつもり!?』
おや? 壁の向こうから大声が漏れ聞こえて来る。
この声色はアルマのもののようだが……誰と話しているのだろう? アルマがこんなに声を荒げるとは珍しい。
『ユウちゃんがどう思っていようと、ユウちゃんの勝手でしょ! そういうの気持ち悪いからやめた方がいいよ! じゃあね!』
そう言って会話を打ち切ると、ガチャリと扉が開いてアルマが姿を現した。
私がドアの前にいるとは思っていなかったのか、ぱちくりと目を瞬かせてこちらを見ている。
私のことについて誰かと話していたのか? だが、誰と? 電話はまだ普及し始めたばかりで、アルマの部屋には置かれていないはずだが……。
「ユウちゃん、何でここに……」
「ああと……都合が悪かったか? もしそうなら出直すが」
「う、ううん! ちょっとびっくりしちゃって……ユウちゃんの方から来てくれるなんて、珍しいね! お、お茶でも淹れよっか!」
「ああ……」
何かを取り繕うように笑顔を見せるアルマに促され、私は頷いた。
まあ廊下で立ち話というのもなんだな。周囲の部屋が少し開いて、様子を窺っている気配も感じるし。他人の噂話しかすることはないのか、あのオバハンども。
アルマが最近買ったという茶葉で、私はお茶をご馳走になる。
が、正直味などほとんどわかっていない。どういうわけか今日はアルマのことで頭がいっぱいで、細かいことに注意が及んでいないようだ。
それはアルマも同じようで、私の顔をチラチラと見上げながらしきりにもじもじと手指を動かしている。いや、これはいつものことか……。
だがドローンの改良について話しているときはもっと事務的に話をしているか。
「えっと……ユウちゃんの御用って何かな」
「いや、大したことはない。ただちょっと、アルマの顔が見たくなってな」
「ふ……ふーん」
アルマは何でもないように頷いた。
もじもじもじもじもじ。
手指を複雑に交差させる動きが活発化していた。
き……気まずい!
何で私がアルマを相手にこんな気まずい空気の中で茶を飲まなくてはならないのか。
だが、心のどこかでなんだか心が浮き立つような気もする。
なんだこの気分は? 私の中で何が起こっているというのだ。
「あ、あのぉ、ユウちゃんって気になる人とかいるのかな……」
アルマは上目遣いで、そんなことを尋ねて来た。
気になる人? 難しい質問だな。
ぶっちゃけて言えば、私は他人に興味を持っていない。というか、人間そのものが嫌いだ。旧人類の管理AIを名乗る存在に出会ってから、人間を嫌悪する気持ちはさらに強くなった。
私の興味は常に魔術、ひいてはベルさんをはじめとするエルフにある。いつかエルフに私の力を認めさせること、そのために私はここまでの人生を生きてきたのだ。
が、ベルさんは人間ではない。あれは人の枠で括れるような存在ではない気がする。
とすると、人間の中で一番気になっているのは……。
「アルマ……かな……」
「えっ……ええええっ……」
アルマは真っ赤になると、顔を伏せて俯いてしまった。
ぐっ……何なのだこれは? 何か急激に気恥ずかしい気分になってきた。
恥ずかしさを振り払うように言葉を続ける。
「勘違いするな、私は論理的に当然のことを言っただけだ。私は人間が嫌いだ、特に婦人は同じ生物とは思えんくらい何を考えているのか理解できん。だがお前だけは私の相棒と言ってもいいくらい信頼できる。だからお前が一番気になる女となるではないか」
「………………」
アルマは茹でダコのように真っ赤になってしまった。
くそっ、何故だ!? 私は至極当然のことしか言っていないのに、何故言葉を繰り出すほど恥ずかしい気分になる!?
「あのね……ユウちゃん、私も同じ気持ち……かな」
「そ、そうか」
アルマも私が好きか。まあ前から分かっていたことだな。そうか、子供の頃から変わらず私のことを好きでいてくれたか。
……くっ、今日はやけに暑いんじゃないか? 前から当然のようにわかっていたことのはずなのに、改めて思うと何故汗をかいているんだ。しかも口元が締まりなく緩んでいる。こんなのはクールな私のイメージに合わないぞ、しっかりしろ。
大体アルマは私と結婚しても幸せになれるかどうかわからないじゃないか。不幸にするかもしれないから、結婚しないでいようと思ったのではなかったのか。
いや、でも待てよ? アルマ以外を選ぶのなら、私は誰を選ぶのだろう。
私はアルマ以外にまるで興味を持っていないし、まったく愛せる気がしない。
ベルさんは当分結婚なんかしなくていいよね!などと言っていたが、そのうち無理やり結婚させられることになるのではないか。
何しろ人間は徐々に個体数を減らしているのだ。若い個体というだけで貴重である。
ということは、アルマと結婚することは女避けになるということだ。
それに、私と結婚しないということは、アルマがどこの馬の骨ともしれない男の妻になるということでもある。
アルマが顔も知らない誰かと歩いているのを想像するだけで、胸がざわめいた。
非常に嫌な気分である。到底祝福できるとは思えない。
私は意を決すると、口を開いた。くそっ、上ずるな私の声。
「も、もしよかったらだが……私と結婚しないか」
「えっ」
「そ、その……私の女避けのためにだ。子供は愛でられるとは思わんから、よき父親になるなど期待しないでほしいが……」
私はアルマの手を取ると、もう一度繰り返した。
「わ、私と結婚してほしい」
「……聞き間違いじゃないよね? 本当に私でいいんだよね?」
「お前がいい。他の女は眼中にない」
「やったーーーーーっ!!」
アルマは飛び跳ねて喜びの声を上げると、私にぎゅーっと抱き着いてきた。
なんだかその仕草は子供の頃の無邪気な彼女を思い出させる。
「やったやったやった! もちろんいいよ! えへへ、お嫁さんだあっ、やったあっ!」
「喜びすぎだろう……。恥ずかしいから、あまり強く抱きしめるな」
爆発的に喜ぶアルマに、私は咳払いをした。
「恥ずかしくてもいいんだよ、これからは夫婦だもん! いっぱいイチャイチャしようね!」
「……イチャイチャのやり方がわからん。そういうのを私に期待するな」
「こほっ、こほこほ……」
あまりに喜びすぎたのか、アルマはむせて咳こんでいる。
おいおい。私はアルマの背を撫でて、眉根を寄せた。
「はしゃぎすぎだ。そんなに喜ぶな」
「ごめん、ちょっと息が切れちゃって。何でもないよ、この前の健康診断も異状なかったし」
アルマは笑って、もう一度私に抱き着いた。
「えへへ、これからはユウちゃんは私のもの! 誰にも渡さないからね!」
「私は物ではないが」
まあ……アルマが喜ぶのなら、物扱いされるのも悪くはないがな。
満面の笑みを浮かべるアルマを見ながら、私はそう思った。
こうして私とアルマは結婚した。
これから精いっぱい妻を大事にしていこうと思う。
私も夫として、未熟ながらもアルマのために尽くすつもりだった。
だが、終わりの足音は、もう既に忍び寄ってきていたのだ。