千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「えっ、ユウ君が好きなのってアルマなの……」
「そうだよー、もうユウちゃんは私のものだもーん。他の女には絶対触らせないもーん」
ベルさんに結婚報告しに行ったところ、ベルさんは何やらこの世の終わりのような顔でアルマを見つめていた。
一方のアルマは得意げに私に抱き着き、すりすりと私の胸に顔を擦り付けている。
「そ、そんな……ユウユウニウムを吸わないと私死んじゃう! ねえ、私お世話係だし別枠よね? ユウ君を抱っこしたり、ご飯食べさせてあげたり、お風呂入る権利はあるわよね?」
「ないでーす。これからはそれはお嫁さんの仕事なので、ベルさんもユウちゃんに触れちゃだめだよ」
「ひどい! ねえ冗談だよね? ねえ? 私もぎゅっとしていいよね? お小遣いあげるから!」
「やだよー。ユウちゃんはお金なんかでやりとりできないもん」
ここぞとばかりに私にべたべたくっついてくるアルマと、そんなアルマの機嫌を取ろうと懐柔しようとするベルさんのやり取りを見ながら、私は首を傾げた。
この2人、どういう関係なんだろう? 前からベルさんはアルマにどこか冷たいと思っていたが、今となってはアルマのご機嫌を取ろうとベルさんが下手に出てるし。
エルフと人間の関係にしては、何か違和感がある気もする。
「……こほ、こほこほっ」
私に抱き着いていたアルマが、不意に体を曲げて咳き込んだ。
「アルマ?」
「大丈夫。なんだか最近咳がよく出るだけだよ。花粉症かな」
「うん? ちょっと気になるわね……アルマ、精密検査するからついてらっしゃい」
不意に真面目な顔になったベルさんが、アルマの肩を掴んだ。
「大げさだな……別にどうってことないよ」
「だーめ。もし何かあったら実験に差し支えるでしょ。じゃあユウ君、アルマはちょっと借りていくわね」
ベルさんは嫌がるアルマを連れて、実験棟へと連れて行った。
と、去り際に振り返り、笑顔を見せる。
「それから……結婚おめでとう。とりあえず祝福しておくわね」
「……ありがとう」
私は鼻の頭を掻き、照れ笑いを浮かべた。
いずれは私を力を見せつけようと思っている相手に祝福され、なんだか複雑な気分だ。
ベルさんは私にとって宿敵であり、憧れであり、母親であり、姉でもある……そんな一言では言い表せない相手になりつつある。
「あ、子供が生まれたら私が真っ先に抱いていいよね? キスとかしちゃってもいいよね? 齧らないから! 齧らないから絶対! ただ匂いを嗅ぐだけだから!」
「気持ち悪いからそれやめて」
アルマに冷静に突っ込まれ、ベルさんはうぐぅと鳴いた。
そもそもまだアルマとはそういう行為を一度もしてないのに、なんて気が早い……。
だが、夫婦になったからには、いずれはそういうこともするのだろう。
私はへへへと柄にもなく頬を緩めると、天を仰ぎ見た。
私の研究所に人類解放戦線が攻め入ってきたのは、それからすぐのことだった。
「ユウユウめ! エルフに媚びを売る人類の裏切り者が!」
「今すぐこの施設を我らに明け渡すがいい!」
「人類は新たな王、ロベルト様の旗の元に集うべきなのだ!」
ロベルト信奉者は口々にそう叫びながら、研究所に突撃を繰り返す。
その目的は、研究所の奪取と私の投降だった。
確かに人類がエルフに勝つには、この研究所の技術を奪取するのが一番の近道だろう。
ただ、それだけでない憎悪がその叫びに混じっている。
彼らにとってはエルフそのものより、エルフに尻尾を振る人間の方がより憎しみの対象になるらしい。それは人間特有の同族への憎悪か、エルフには勝てないからまず手近な人間から襲おうというのか、あるいはその両方か。
それは定かではないが、とにかく人類解放戦線は口汚く私の名を罵っていた。
エルフに力を知らしめたくて仕方がないのは、何を隠そうこの私なのだが。
しかし、私が人類解放戦線に合流するという道はない。
彼らのやり方では、エルフに力を知らしめることなどできないだろう。いくら牙を剥いたとて、「わあー♥ レッサーパンダがバンザイしてる。威嚇のつもりなのかな? 可愛いー♥」と可愛がられる未来しか見えない。そういう扱いを18年受けてきた私が言うのだから間違いない。
そんな彼らの戦力は、とてもお話にならないものだった。彼らは棍棒や剣で武装しており、それが自前で調達できる精いっぱいの武器なのだろう。
だが、そんなものが何になる。私の支配下にあるゆかりロボ1体にすら彼らは勝てまい。ドローンは元より銃器で武装しており、その装甲は超合金製で刃も通らない。加えてこの3年でドローンは改良に改良を重ね、魔術防御すら取り入れているのだ。
本来ならドローンに彼らの対処を任せてしまってもよかった。
だが、私は遭えて最深部へ彼らを招き寄せ、自ら相手をしてやることにした。
その理由のひとつは、彼らへの敬意だった。
曲がりなりにもエルフの支配に抗い、人類の尊厳を取り戻そうというのだ。
この世界の人間に彼らのような反抗心が未だ眠っていたのは驚きだった。
そしてもう一つは、彼らの力を肌で知るため。
私ごときを倒せないようでは、エルフに勝つことなどできるわけがない。
彼らは私の野望を背負うに値する存在か……それを確かめる必要があった。
「ユウユウ! 人類の裏切り者め! 正義の刃を受けるがいい!」
果たして私の研究室まで乗り込んできた革命闘士たちは、私に威勢の良い言葉を投げかけて来る。全員が白銀色に光る武具に身を包んでおり、まるで伝説の勇者のような出で立ち。彼らなりに精いっぱいの武装をしてきたのだろう。
私はゆっくりと振り返ると、彼らに薄い笑みを向けた。
「さあ、来い。私がお前たちを見定めてやろう……!」
結論から言えば、まるで相手にもならなかった。
自信たっぷりに乗り込んできたからには、何か選ばれし戦士らしく、想像もつかない秘めた力があるかと思ったのに。
彼らは飼育された豚が棒切れを握って威勢の良い言葉を吐いているだけの存在だった。群れて威勢のいい言葉を吐くことで、自分が強くなったと錯覚しているだけの烏合の衆。数こそ人類の力ではあるが、これじゃあまりにも質が低すぎる……。
「ば、馬鹿な……我らはロベルト様直下の七勇者だぞ……! それがこうまで手も足も出ないなんて……!」
「七勇者? エルフから天下を獲ったら、軍権でも握るつもりだったのか? お前たちみたいなのに偉そうに指図される兵が可哀想だ、お前らが一兵卒から出直せよ。そもそもお前ら、子供のうちから魔力訓練してたのか? 魔法防御がスッカスカじゃないか」
私が冷静に指摘してやると、七勇者とやらは悔しそうに唸り声をあげた。
「ま……魔王め! 人類を裏切り、エルフに尻尾を振った悪魔が!」
「魔王ねえ」
私は負け犬どもの遠吠えを聞きながら、ポリポリと頬を掻いた。
私程度が魔王なら、私を育てたベルさんは何だ? 魔神か?
こいつらはダメだ。
私がエルフにどうしても力を知らしめたくてあがき続けているのに。その私にも手も足も出ないような連中が、エルフに勝てるわけがない。
大人しく人間園で愛玩動物でもやっているがいい。
とりあえずうるさかったので、一番声のでかい奴の顎を蹴飛ばして静かにする。
そこで仲間への仕打ちにびびったのか、残りの6人がひゅっと声を飲んだ。
さて、こいつらの力量も見たし、穏便にお帰り頂きたいが……。しかしまた来るかもしれんし、どうしたもんかなあ。
そう考えていると……。
「そこまでだ、ユウ」
「その声は……ロベルト」
数年ぶりに聞く幼馴染の声に、私は少し胸の奥が熱くなるのを感じた。
旧交を温められるからというわけではない。
私の失望を埋めてくれる可能性を、ロベルトに求めていたからだ。
私の研究に15歳までついてきたロベルトなら、今も自分を高め続けているに違いない。こいつらとは出来が違う、本物の天才の努力を私に見せてくれ。
しばらくぶりに見たロベルトは、黄金色の鎧に身を包み、顔の下半分に髭を生やしていた。威風堂々と呼ぶにふさわしい出で立ちであり、若き覇王と呼ぶにふさわしい風格を宿している。
幼い頃の彼を知る私はなんだよその髭、と言いそうになったが、彼を初めて見る人間は彼に跪くべき威光を見出すだろう。
「お前の部下、質が低すぎるぞ。まるで相手にならん」
「そう言ってくれるな。それでも人類最高の上澄みなのだ。武技も装備も雑兵とは比べ物にならん」
油断なく剣を抜き放ったロベルトに、私はおやと思った。
あれが人類最高峰? あんな弱っちいのが?
剣技などただの棒振りダンスかと思ったぞ。軽く魔法弾にかすっただけで吹き飛ぶくらい魔法防御が低いし、まるで大したことない。
これでエルフに勝とうなどと息巻いているなんて、とんだお笑い種だ。
「さあ……行くぞユウ。お前に勝ち、すべてをいただく!」
剣に炎を宿らせたロベルトが、裂帛の気合と共に呼気を吐き出す。
さあ来いロベルト。天才のお前を、私に並ぶほどの天才のお前の力を見せてくれ!
勝負はほんの数刻ほどでついた。
「そ……そんな……。英雄王ロベルト様が……ロベルト様でも、かなわないなんて……!」
床に伏せた七勇者とやらの一人が、絶望の叫びを上げる。
そしてそれは私の気分でもあった。
見るからに満身創痍で膝をついているロベルトに、私は呆然と問いかける。
「どうしたんだ? 高校1季生の魔術までしか使わないなんて。お前ならそんなもんじゃないだろう? 私と別れた後も、自分を高め続けていたんだろう? もっと力を見せてくれ。私と別れた後に身に着けた魔術を使ってみせてくれよ」
「そんな暇は、なかったさ……。お前たちの前から去り、俺は人間を束ねようと毎日必死だったんだ。エルフの教科書もお前と別れたとき以来見ちゃいない。魔術を使ったのも、久しぶりだからな……」
そんな……。
そんなはずはない。私もアルマも、科学文明を紐解きながら魔術を研究していたんだ。
ロベルトだって私たちに並ぶ成果を出していると思ったのに……。
だが、よくよく考えてみれば、家畜に堕ちた人類にエルフから独立しようと説いて回ることは、至難の業だ。部下を集め、立派な武器防具を用意してやる。私には到底真似ができないだろう。
それをやり抜いたロベルトは、全ての才能を人を統べることに費やしたのだ。
納得した。
500年に一度の魔術の天才だったはずのロベルトは、王になるためにすべてを捧げた。
そして私が感じたのは、言いようのない虚しさだった。
ロベルトでさえ私には勝てない。あの世界で唯一私が認めたはずの男性、ロベルトですら。
千年に一人の天才魔術師である私には、誰も勝てないとはわかってはいても。
それでも少しは手こずるだろうと、そう期待していた。
人間の誰も、私の足元にも及ばない。
後はエルフだけしかいない。いくら力をつけて、研究所を任せられるだけの存在となっても、相変わらずこちらを対等の存在として見ないエルフしか。
「そう、か……」
私はロベルトに背を向け、深い溜息を吐いた。
「待ってくれ、ユウ。頼む、俺の代わりに王になってくれ」
「なっ……!」
ロベルトの申し出に声を上げたのは私ではなく、様子を窺っていた七勇者だった。
そんな配下を視界に入れず、ロベルトは懇願を続ける。
「頼む、ユウ。俺は全国の都市を巡って、最高の家臣を見出したつもりだ。お前から見れば大したことのない連中かもしれないが、それでもエルフに反抗して国を作ろうという気骨のある連中なんだ! 俺に勝ったお前に、こいつらを率いてほしい!」
また面倒なことを言い出したな……。
不良のトップ争いじゃないんだぞ。王様になるってことは、人の生活に責任を持つってことだ。ちゃんと食わせていかないといけないんだぞ。
「……嫌だよ。彼らだってトップがロベルトだからついて来ようと思ったんだろう。こんな腕っぷししかない魔術師を王と仰ぐなんて、まっぴらごめんのはずだ」
「そう言わずに、頼む……! 責任を取ってくれ! お前が俺に王様になれなんて吹き込むから、俺は王様を目指したんだ! お前を家臣にすることで、上に立てるんじゃないかと思って……! 俺を唆した、その責任を取れ、ユウ!」
ロベルトは土下座して額を床に擦り付け、そう叫んだ。
まったく、土下座しながら命令するなんて、どっちが敗者だか。
私はそんなこともあったなと幼い日の記憶を呼び起こしつつ、頭を振った。
「嫌だ。確かにそう言ったかもしれない。だけど、私の言葉に影響を受けるのは人の勝手だ。お前が王様になろうと思うのは自由だが、なんで私が責任を取らなくちゃいけないんだ。私は私の人生を好きに生きる。お前も好きにしろ、ロベルト」
「ああ……わかったよ」
私のきっぱりとした拒絶に、ロベルトは力なく笑った。
だけどそこには、頼りにしてくれる人に応えようとする意志が感じられる。
私に追いつこうと精いっぱいに研究していた天才少年のロベルトは、死んだのだなと思った。
私たちの前から去っているときにもロベルトには新しい出会いがあり、王様になろうと必死に努力をしていたのだ。それはロベルトにとって新しい知見をもたらしたのだろう。
魔術分野で追いつき追い越せをやっていた私たちは、ようやく分かり合うことができた。それはロベルトが大人になったということなのだろう。
「まあ……勝った私が何か命令できるって言うのなら、ふたつほど言うことがあるかな」
「な……なんだ?」
露骨に警戒した表情を浮かべるロベルト。
それに嫌らしく笑みを返し、私は言った。
「もうエルフ相手に反逆なんてやめとけ、18にもなって反抗期なんてみっともない。エルフに逆らうんじゃなくて、エルフの下で人間のまとめ役として王国を作れよ。ちゃんと王国が作れてるなと思ったら、エルフだって独立を認めてくれるかもしれない」
私の出したのは、穏健な独立方針だった。
私だって別にエルフを暴力的な手段でわからせてやろうと思ってるんじゃないんだ。
エルフ社会になくなってほしいなんて思っていない。
「……わかった。約束する」
ロベルトは私の案に葛藤していたようだが、やがて頷いた。
このまま暴力的手段でエルフに言うことを聞かせるのは無理だと、ロベルトにもわかっていたのだろう。私に次ぐ天才だ、わかってもらわねば困る。
「じゃああと一つな。昨日、アルマと結婚したんだ。……祝福してくれないか」
「……」
ロベルトは目を丸くしたが、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。
「ああ。結婚おめでとう、ユウユウ」
「ありがとう、ロベルト」
私たちはどちらともなく握手を交わした。
そんな私たちを、起き上がった七勇者が取り囲み、ある者は拍手し、ある者はぴゅうと口笛を吹く。
こうして人類解放戦線との戦いは、幕を下ろしたのだった。
======
====
==
その様子を物陰からひっそりと眺めていた人物は、ほっと胸を撫で下ろした。
もしもユウユウがロベルトを許さず、命を奪おうとしたならば……。
その人物はロベルトの代わりに自分の命を奪ってほしいと、そう命乞いするつもりでいたからだ。
結果的にそうはならず、二人は和解を果たしたが……ロベルトのことが心配で、彼女は生きた心地もしなかった。
「こんなところで何をしているの、レヴィ?」
「ベ、ベル……」
レヴィはぎくりとベルの方を振り返って呟いた。
それは愛する弟子の様子を見守る師匠というだけのものではなかった。
「やっぱりね。おかしいとは思ってたわ。どれだけ調査を進めても、地下に潜った彼らの行方が見つからないのだもの。如何に魔術を身に着けていても、3年もエルフの追跡を振り切って隠れきれるわけがない。彼らに協力しているエルフが、手がかりを握りつぶしていなければね」
ベルの言葉に、レヴィはごくりと唾を飲み込む。
言い方は悪いが、テロリストに3年も加担していたのだ。裁判によっては極刑を免れない。
レヴィはしばし押し黙ったのちに、深々と頭を下げた。
「ベル……どうかあの子は見逃してあげて。あの子は人間たちにとって必要な存在なの……! 奪うなら私の命だけを奪って。どうか、どうか……!!」
長年のライバルと見定めていた相手に、レヴィは深く頭を下げてロベルトの命乞いをした。それはプライドが高いレヴィにとって、どれだけの想いだったか。かつて軍に在籍して後塵を拝し、彼女を追うように軍を退役して人間保護施設に就職した。
その執着すら覆すほど、レヴィがロベルトに抱く思い入れは深いものだった。
ずっと彼を見てきたのだ。ロベルトが研究に勤しんでいるときも、王になろうと志したときも、都市を回り現地の顔役をときに威圧し、ときに頭を下げていたときも。
レヴィ……レヴィアタンにとってロベルトはただの弟子ではなく、我が子であり、恋人でもある。恋心は胸に秘して告げてはいないが。
レヴィの後頭部をしばらくじっと見ていたベルは、やがて溜息を吐いた。
「頭を上げて、レヴィ。もういいわ。そもそも人間は罪に問えない。人間には裁判権が認められていないもの。だから、貴方が代わりに負う罪も存在しない」
「ベル……」
「私はここで何も見なかったし、聞かなかった。何より、こんなところで軍学校からの仲間を失うなんてバカバカしい。……私たち、友達だよね?」
宿敵からそんなことを言われ、レヴィは絶句し……やがて小さく頷いた。
「……うん」
「だよね! よかった。今度また、スイーツ食べ歩きでもしましょ」
そう言いながら、ベルはどこか浮かない顔をした。
「……食べれるうちにね」
「ベル……?」
レヴィからの問いかけに、ベルは小さく呟いた。
「残念なお知らせをしなくてはいけない。ユウ君に……そして世界に」
戦闘シーンは全部カット。
3倍くらいの分量になるからね。