千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「どうにかあのエルフどもにぎゃふんと言わせる手はないものかな……」
自室のベッドの上で、私はふーむと考え込んだ。
言うまでもなく、私の目下の標的はエルフである。
私をこの人間保護施設にぶちこんで、甲斐甲斐しくお世話してくるあの長命種どもを……手始めにお世話係であるところのベルさんをぎゃふんと言わせる手段を模索しているのだ。
そりゃもう連中の甲斐甲斐しいお世話ぶりといったら過保護というのもおこがましいレベルである。
黙っていても飯は出てくるし、それはありがたいのだが、連中が世話を焼きたがるのは飯の世話だけではない。
もう5歳にもなろうという私を未だに赤ちゃんだと思っており、ちょっと前まではおしめをはかせようとしてくる。もう5歳なのだからトイレで用足しくらいできるという説得を聞き入れたかと思いきや、一人でトイレができないと思ってひょいっと持ち上げてしーしーのポーズをとらせて来るのだ。
自分のケツも拭けない赤子ならまだしも、言葉もしゃべるし自分の足で歩けさえする幼児にそんな介助はまったくの無用だ。
するとトイレのドアを閉めないように、ちゃんとできるかどうか確認すると言って聞かないベルさんは、私がトイレから出るなり拍手喝采して褒めたたえてきた。
「すごーい! ユウ君もう一人でトイレができるなんて! もしかすると天才なんじゃない!? えらいぞー♥」
……いや、確かに何もしなくても美女に褒められてチヤホヤされる世界に行きたいとは言ったよ?
ベルさんだって充分……というか現代日本の水準から見ても滅多に見ないほどの美人だと思うし、メートル越えのオッパイも彼女の母性的な性格をめちゃめちゃ引き立てている。
でもさ、できて当たり前のことを大げさに褒められると、逆に馬鹿にされているような気分になるんだよね。
そう思って憤慨していたのだけど、なんとこの異世界では私はかなり早熟な部類らしい。
人間は5歳になっても会話をできる個体は珍しいし、自分でトイレに行ける個体は滅多にいないんだそうだ。
これについては別に私が天才というわけではない。
数百年前の育児書を読んだところでは、2歳にもなれば簡単な意思疎通もできれば、遅くても4歳までには立って歩けるのが普通だ。トイレのトレーニングも歩けるようになったらすぐに始めましょう、ということが書かれていた。
おそらく人間保護施設では立って歩けるようになることや、トイレトレーニングを強要されず、自分で活動する必要がないから自立が遅れているのではないかと思われる。
人間保護施設では子供も生まれてすぐ親から引き離されるし、親の教育を受けずに育った子供は成長が遅れるっていうしね。
ちなみに親からすぐ引き離されるのは、エルフに懐かせるためではない。もちろんそういう意図もあるのかもしれないが、最大の理由は人間が育児放棄するからである。大人になってもある意味で子供気分が抜けきらないし、自分が子供の頃に親から教育を受けたことがないので、子供にどうやって接するのかがわからないのだ。
だからエルフは人間が生まれ次第、親から引き離して遠くの施設に送るのだという。
私も生物としての本能か母親にお乳をもらったことはあるが、それ以外は基本的に捨て置かれていたからな。
父親などそもそも見たことがない。
産ませたらそれっきりかよと思うが、それがこの世界の人間の在り方なのだ。
まあ特に働いてもいないのに、飯も食わせてもらえるし自室まで与えられている時点でかなり恵まれているのだから、あまり文句を言えた身でもないのだが……。
前世のブラックな代理店でこき使われ、自宅のアパートには深夜に帰って風呂入って早朝まで寝るだけ、みたいな生活を知っている身からすれば、今の状況はまさしく天国のようだ。
私に天才魔導士としての才能を世に知らしめねばならないという制約さえなければ、まるっきり馬鹿になって家畜のだらだらライフを満喫することもやぶやかではないのだが。
生憎この溢れ出んばかりの魔道の才能が、私をだらだらと怠慢な暮らしに安住させてくれない。
そんなわけで今日も私は自室で魔力自主トレに勤しんでいる。
魔道の本を読み耽っては、そこに書かれている魔法をかたっぱしから再現しているのだ。
子供が本なんてどうやって入手したんだ、と疑問に思われるかもしれないが、ベルさんにおねだりしたところすんなりと取り寄せてくれた。
人間は家畜として扱われてはいるが、学ぶ機会については制限されてはいない。自分から学びたいと頼めば、いくらでも本は用立ててくれる。問題は自分から学びたがる人間などこの世界にはそうはいないということだが。
なお、ベルさんに魔道の本が読みたいとお願いしてみたところ、ベルさんは目をウルウルさせて感激していた。
「その歳で文字を読めるなんて、すごいわユウ君! しかも自分で魔法までお勉強したいなんて! ユウ君って天才なのね! 任せて、お姉さんが用意してあげるからね!」
感激のあまりメートル越えの巨乳に押し潰されかけるというハプニングこそあったものの、こうして首尾よく私は魔道の本を入手することができた。
本のタイトルは『はじめての魔法 1季・2季向け』。
まあエルフの初等教育で使われているものらしく、イラストがいっぱい入った教科書なのだが……。ちなみに1季というのは100年に相当する。エルフの子供はこれを100年かけてゆっくりと学ぶものらしい。
馬鹿なのか?と思うが、エルフは既にこの星の支配種であるし、生まれ持っての絶大な魔力も人間とは比べ物にならないほど長い寿命もある。
せかせかと生き急いでいるのは人間だけだ。いや、この世界では人間も特に苦労もなく、たとえ生涯魔法を覚えなくとも一生食いっぱぐれないことは確定しているのだが。
ちなみに私の天才的才能をもってすれば、4歳から5歳にかけての1年でこの本をほぼマスターすることができた。
まあエルフの子供にとっては小学1年生で学ぶ内容なので、それくらいできたところで当たり前という気もするが……。どれくらいすごいことなのか、いまいちピンとこないな。
なお攻撃呪文については使えないようにロックがかかっていた。子供が覚えるような魔法に、他人への攻撃に使えるような可能性を残すわけにはいかないということらしい。
それは私の方で詠唱の中の攻撃に利用することを禁止する一節を特定して、密かに解除しておいた。
言葉にすると大層なことのように思えるが、実際には特に大したことはしていない。
そもそも炎を出すとか凍らせるとか、自然現象に介入するような魔法は他人への攻撃性能を持っていて当たり前なのだ。本来の用途から逆算して不自然に思える箇所を洗えば、すぐに割り出すことができた。あとは代替になるワードをあてはめてやるだけだ。
そんなわけで攻撃魔法を習得した私は、今の自分がどれくらいの実力を持っているのか知りたくてしょうがない。
小学1年生が学ぶような魔術をアレンジしたものだから大した殺傷能力があるとは思えないが、せっかく魔法を習得したのだから使ってみたい。
しかし私が殺傷能力を持つ魔法を習得していることはエルフたちには絶対にバレてはいけない。特に足がつくような真似は絶対に控えなくては。
その折衷案として、私は疾風魔法を自室内で使ってみることにした。
やろうと思えば火炎魔法だろうと氷結魔法だろうと使えるのだが、あまり痕跡が残るような魔法だと後で嗅ぎ付けられる可能性がある。
その点疾風魔法であれば多少部屋の中のものが散乱するくらいで、痕跡は残らないだろうというわけだ。
今、私の部屋の壁には紙が貼られている。
画用紙に適当な絵を描いたものだが、特に絵には意味がない。ベルさんがニコニコしながらクレヨンを握らせてきて、好きなものの絵を描いてみてねーと勧めるので仕方なく描いたものだ。ベルさんは上手! 天才! とと褒めてくれたが、私にはどうでもいいことだった。こちとら中身が30過ぎのおっさんだぞ。
そんなどうでもいい絵だが、今この絵は魔法の実験台という栄誉ある任務を授かった。
私は今から壁に向かって疾風魔法を繰り出し、壁面を傷つけることなく絵だけを切り裂こうとしている。
ただ魔法の威力だけを求めるのでは芸がない。精緻なコントロールをも身に着けるための、魔術の訓練だった。
「よし……いくぞ」
私が魔法の詠唱を開始すると、すぐに両手には渦巻く風が纏わりつく。
予想通りの効果が出ていることに満足しながら、万が一にも風が手指を傷つけないように私は細心の注意を払った。
エルフの小学1年生が学ぶような魔術とはいえ、セーフティは外してあるから、それなりの殺傷能力はあるはず。私の手指ならちょっとコントロールをミスっただけでも深々とした裂傷が刻まれるはずだった。
魔法は術者と被術者の魔力とやらの多寡によって威力が変わるらしいのだが、自傷の場合傷つけるのも傷つけられるのも自分なのだから、そこに一切の減衰はない。
私は慎重に壁へ向けて両手を向け、渦巻く風を解き放った。
「逆巻く風よ、光と共に駆け抜けよ! ウィンドカッター!」
私が呪文を解放した、そのとき――。
「ユウくーん♪ プリン作ったわよー♪ お姉さんのお膝の上であーんしようねー」
ガチャッ。
「あっ……!」
折り悪くベルさんがドアを開けて私の部屋に入って来た。
まずい、不意に声をかけられてコントロールがぶれて……。
ザシュッッッ!!
「あわわわわわわわ……」
私は蒼白になって指先を震わせた。
ウィンドカッターの魔法は、鋭利な鎌鼬を発生させて万物を切り裂く。
私が腕の周りに纏っていた風は凄まじい切れ味を見せ、その威力の前ではまともに立っていられる者などいない。少なくとも私ならば、自分の魔法を受ければ肉は裂け、血がミキサーにかけられたように派手にぶちまけられるだろう。
そんなものを真正面から食らって……。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「なんで無傷なの……?」
私の魔法を受けたベルさんは、まるで何ともなかった。
決して魔術が不発だったわけではない。驚いた拍子にコントロールをミスって、ベルさんの周囲の壁には深々とした傷が刻まれていた。
魔術は予定通りの破壊力を発揮した。
それがベルさんに一切の傷を負わせなかったのならば、それはベルさんと私の魔力量がまるで比較にもならないということなのだ。
ベルさんはただ宿した魔力量の多さだけで、私の魔術を弾き返していた。
「もー、無傷じゃないよ。いつの間にか魔術のセーフティまで外して。こんなイタズラしちゃだめでしょ」
ベルさんは呑気な口調で私を指さすと、めっと叱った。
無傷じゃないということは少しは効いたのか……と思ったら、ベルさんの制服の胸元から大きな胸がぼろんと零れ出ていた。
その大きく揺れる胸の珠のような白い肌を見るに、ベルさん自身には傷一つない。ただ制服を切り裂くことはできた……ということのようだ。
「それにしてもすごいよユウ君! 誰にも教わってないのにセーフティを外して、風魔法の応用まで身に着けたんだね! すごいすごい、ユウ君は天才だよ! 人間にしてはすっごい才能だよ! こんなイタズラができるの、エルフの小学1季生にもいないんじゃないかな!」
ベルさんは嬉しそうにはしゃいで、私をぎゅーっと抱きしめてきた。
感激すると抱き着いて胸元に抱擁してくるのがベルさんの癖だ。
私は剥き出しになった胸をぎゅうぎゅうに押し付けられながら、為すがままになっていた。
それなりの破壊力を持って放ったはずの今の私の渾身の風魔法は、ベルさんに毛ほどの傷もつけられなかった。
果たして私がこのまま修行を続けたとして、ベルさんに及ぶ日が来るのか?
それはあまりにも遠い日のことのように思えたのだ……。
「うふふ、ユウ君は将来有望だね! この調子でどんどん勉強しようね!」