千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第20話「私ほどの天才に匹敵する人間などいるわけがない」

「今日はいい天気だね……コホッ」

 

「ああ、そうだな……」

 

 私は妻の車椅子を押し、病院の中庭で空を見上げた。

 うららかな春の日差しは、私たちを包み込むように降り注いでいる。

 雲一つない青空を見上げながら、私はアルマと並んでのひとときを噛みしめた。

 静かで、いい一日だ。

 もうじき世界が終わるとはとても思えないほどに。

 

「ごめんね、私のせいで……」

 

「お前のせいじゃない」

 

「ううん、私のせいだよ。私があのとき、カプセルを開けなければ……」

 

 アルマの言葉に、私は瞳を閉じた。

 

 ――3年前、研究所でアルマが開けたというカプセル。

 その中に収められていたのは、有機体を死滅させる病原菌だった。

 数年かけて人体に潜伏し、兆候を見せないまま体内にコロニーを作り、そして劇症化して一気に命を刈り取るという致命的なウイルス。それを開けてしまったアルマは、感染者第一号になってしまったのだ。

 タチが悪いことに、ウイルスは無自覚状態でも感染する。それも人間もエルフも分け隔てなく、有機体すべてにという話だった。数年をかけて都市を跨ぎ感染は進み、今や保菌者がどれだけいるのか、誰が保菌者なのか想像もつかない。私たちのいる都市を封鎖したところで、もはや手遅れだった。

 1万年を生きるエルフに、あと数年で死ぬと聞かされるのはさぞ衝撃だろう。パニックが広がるのを避けるため緘口令が敷かれてはいるが、政府中枢では混乱が広がっていると聞く。

 

「アルマのせいじゃない。既にウイルスは存在していたんだ。いずれあの管理AIは、何らかの手段で世界に向けて解き放っていただろう」

 

 私の見通しが甘かった。バイオ兵器なんかよりももっと効率的に人を殺せる兵器。BC兵器を旧人類が開発していたと思って然るべきだったのだ。

 

 BC兵器の弱点は、その制御の難しさ。

 旧人類はエルフを絶滅させようとウイルスを開発はしたものの、それが自分たちの身に降りかかってくる可能性を考えて、滅び去る瞬間までそれを秘蔵せざるを得なかった。

 だが、今や彼らは電脳化し、有機体の肉体は捨て去っている。

 世界すべての有機体の絶滅と引き換えにしてエルフを滅亡させても、彼らが困ることはないというわけだ。

 

 そして500年ぶりに研究所を訪れた人間たちを誘導し、管理AIはまんまとそのウイルスをエルフの都市に持ち込ませることに成功した。

 自分たちはアンインストールされるだろうが、エルフも人類の生き残りも滅亡は避けられない。

 

 まったく、とんでもない置き土産を遺してくれたものだ。

 そして、あの研究所を封鎖していたエルフはやはり正しかった。

 結果的に破滅のトリガーを引いてしまったのは、私の好奇心だと言える。

 

「コホ、コホ、コホッ……」

 

「大丈夫か」

 

「うん……」

 

 私に背中をゆっくりと撫でられながら、アルマは瞳を細めた。

 アルマの肺は既に水晶繊維化を始めており、いずれ呼吸ができなくなるとベルさんが言っていた。

 私たちもやがてそうなるらしいが、真っ先に罹患したアルマは特に症状の進行が早い。

 

 エルフの大学では急ピッチでこの病を治療する魔術が研究されているらしいが……。

 正直なところ、その完成を待つまでにアルマの命が尽きる可能性は高かった。

 

「……元気になったらさ、海を見に行こう。アルマは海って見たことがないだろう? 塩辛い水がたくさんあって、湖よりもずっとずっと広く、見渡す限りどこまでも広がってるんだ」

 

「湖とは違うの?」

 

「全然違う。本当に大きいんだ。それに海岸には砂が敷き詰められている。そこを走ると、すごく気持ちいいんだ」

 

「そうかあ。見てみたいな。ふふ、ユウちゃんはいつも私に新しい風景を見せてくれるね」

 

「見れるよ。だから、早く元気になろうな」

 

 今のアルマはもはや自分の脚で立って歩くこともできない。病の急激な進行は、アルマからその力を奪っていた。

 嫌がる私に抱き着いてきた幼い頃のアルマを思い返しながら、祈るような気持ちで私は呟いた。

 

「……ごめんね。赤ちゃん、産んであげられなくて」

 

「いいんだよ。今は体を治すことに集中しよう」

 

 不意にアルマが呟いた謝罪に、私は瞳を伏せた。

 今にも儚くなってしまいそうな今のアルマの体力は、子供を作るどころではない。

 子供か……自分にはいらないと思っていたが、アルマの子ならちょっと見てみたかったかな。きっと幼い頃のアルマに似て、うるさくて勝手気ままだろう。私に似て自分勝手で尊大かもしれない。きっと手こずるぞ。そしてアルマのように、可愛らしい子だろうな。

 

「……せめて、ユウちゃんの望みだけは、叶えてあげる」

 

「……望み?」

 

 私の望みは……エルフを見返すこと。だが今はアルマが元気になることだろうか。

 今となっては……どちらも実現することは絶望的だろう。

 それきりアルマは口を閉ざし、一言も喋らないまま病室へ戻った。

 

 

 

 アルマが研究所を占拠し、挙兵したという知らせが私の元に届いたのは、それから間もなくのことだった。

 

 朝からアルマの姿がどこにも見えず、私は病院内から人間園まで駆けずり回っていた。

 そんな私の元に、アルマからの犯行声明ともいえる動画が届けられたのだ。

 

『研究所のドローンは、私が掌握した。私はこれから全兵力を持ってエルフの都市を攻撃する。それを阻止したければ、ユウユウ一人で私を討ちに来なさい。ユウユウ以外の……特にエルフが私を止めようとした場合、何が起こるかは保証できない』

 

「……バカな!」

 

 冷たい眼差しで淡々と告げるアルマの姿に、私は机を叩いた。

 

 アルマが反乱など起こすはずがない。

 その理由もなければ、私を裏切るなんて到底思えない。

 いつだって献身的に私を支えてくれたのがアルマだ。

 

 そして、アルマの体調はもう一刻の猶予もないほど悪化している。もう自分一人では立てないはずなんだ。それがクーデターの首魁など、務まるはずがない。

 

 フェイク動画を疑ったが、こんな動画を作れそうなのは確かに消したはずの管理AIだけだ。そしてそうする理由もない。

 動画の中のアルマはドローンたちを従えており、そんなことができるのもアルマだけしかいなかった。簒奪の場に居合わせ、その後も科学文明を解析していたアルマは、ドローンたちを掌握できる世界唯一の存在と言える。

 

 ポータルは研究所側から封鎖されており、私は直接荒野を突っ切って向かうしかなかった。駆け出していく直前、ベルさんやレヴィさんが助っ人を申し出てくれたが、私はそれを丁重に断った。

 本当にアルマがやったことだとしたら、それは私に向けての何らかのメッセージだ。私自身が受け取らねばならない。

 そして万が一アルマを利用して何者かが暗躍しているのなら、私は全霊を持ってその存在を叩きのめさなくてはならない。

 

 アルマ……何故……。

 逸る気持ちを抑え、私は研究所から発掘されたバギーを走らせた。

 

 

 

『来てくれたんだね、ユウちゃん』

 

 ドローンを改造した人型機械のスピーカー越しに、アルマの声が響いた。

 そして私を出迎える、無数のドローンたち。かつて研究所で生産に従事していた生産用ドローンや、防犯のために生産された軍事用ドローン。そのすべてが一斉に私に牙を剥いていた。

 

「本当に……本当にアルマなのか!? 一体何故私を裏切った!?」

 

『答える必要はないよ。さあ、かかってきてユウちゃん。じゃないと私はエルフの都市に、何をするかしれないよ』

 

「アルマ! だってお前の体はもうボロボロなんだぞ! 戦闘なんて耐えられるわけが」

 

『だから! 私の体が朽ち果てる前に早くしろと言っている! 全力をぶつけてこい、ユウユウ! お前と私の才能、どちらが上かはっきりさせてやる!』

 

「アルマ――!」

 

 アルマの声と共に、ドローンたちの洪水が私を襲った。

 

 

 

 アルマが改修したドローンたちには、強力な魔術防御が施されていた。

 それは天才魔術師である私にとって、最強のメタ戦術であった。いや、どんなエルフであれ、苦戦は免れなかったに違いない。

 ほとんどの魔術が通用しない鋼鉄で無人の機械兵士、それは文字通り無敵の戦闘マシーンだった。かつて旧人類が夢見た機械兵士の完成形、それがここにあった。

 

 その大半をスクラップに変えたとき、私は満身創痍でアルマの乗る人型兵器と対峙していた。

 対魔術装甲の隙間を狙うことで攻撃を通すことはできたが、それには私も相応の被弾と、集中力の消耗を覚悟せねばならなかったのだ。

 

『さすがだね、ユウちゃん。ユウちゃんは文字通りの天才だよ』

 

「もういいだろ、アルマ……何でこんなことをするのかわからないけど、気は済んだだろう? これ以上無茶をしたら、お前の体は……」

 

『それはこっちのセリフだよ。気は済んだ? ユウちゃん』

 

「何を言って……」

 

 訊き返す私に、アルマの人型兵器の一撃が繰り出される。

 すんでのところで回避した私は、まだアルマの戦闘意欲が衰えていないことを知った。

 

 研究所の奥底にデータのみが存在していた、人型決戦兵器。

 かつてエルフの六将軍とやらを葬るために設計されたが、あまりにコストが高すぎて最終決戦に間に合わずに死蔵されていた旧人類の遺産。

 全長5メートルを超え、全身に凶悪な科学兵器を配備した、対人としてはあまりにオーバースペックな“神殺し”のための兵器。

 そのすべての砲塔が今、私に向けられていた。

 

『まだみたいだね。さあ、殺し合おうユウちゃん! お前の全力を出し切るがいい!』

 

 アルマの絶叫とともに、無数の兵器が私へと解き放たれる。

 雨のように降り注ぐ弾の圧力をなんとか障壁を展開していなし、それでも越えて来る銃弾を身をよじってかわし、勢い余って地面に叩きつけられて……床に這いつくばりながら、私は悟った。

 

「……そうか。そういうことだったのか」

 

 アルマの真意を。

 何故研究所の掌握などという手を使い、反旗を翻したのか。

 

「それなら……私一人で受け止めてやらないとな。全部、私だけのためなんだから」

 

『ようやく本気だね、ユウちゃん』

 

「ああ。お前を殺すぞ、アルマ! ウイルスより早く、お前の息の根を止める!」

 

『やってみなよ!』

 

 

 そして私とアルマの死闘が幕を開けた。

 もはやどれだけの時間が過ぎ去ったのかもわからない。幾昼夜にもわたって戦い続けた気もするし、ほんのわずかな時間に過ぎなかった気もする。

 ただ、世界には私とアルマしか存在していなかった。それ以外のすべてが、もはや意識の外にあった。

 まるで2人でダンスを踊っているかのような攻防。一つ間違えば死に至るような攻撃を互いに繰り出し、防ぎ、魔術の限りを駆使して戦った。

 私が人工的な千年に一人の天才だとすれば、アルマは天然の千年に一人の天才だった。いつも私の後ろに控えていたアルマに、こんな力が隠されていたなんて、まるで気付かなかった。私は思ったより節穴だったのか。いや、もうどうでもいいか。

 

 そして決着の時が訪れた。

 巨大兵器のコクピットの上部を無防備にする、アルマにとって致命的な一瞬が。

 しかしそれを狙うには、私も自らの身を曝け出さなくてはならない。

 互いにとって致命傷となる、そのほんの刹那。

 

「さよなら、アルマ」

 

『さよなら、ユウちゃん』

 

 私たちは己の身を顧みず、掌を相手にかざした。

 

 直後、全身の力を振り絞った、まさに渾身の一撃がコクピットに放たれる。

 そして私も体中に銃撃を受け、どさりと力なく地面に倒れた。

 

 相打ち……か……。

 だけどそれでいい。それがいい。この物語の幕引きにはそれがふさわしい。

 私は掛け値なく、全力を出せた。アルマがその機会をくれた。

 

「ユウ君!? ユウ君!! 目を開けて、ユウ君!!」

 

 どこからかベルさんの声が聞こえる。

 来るなって言ったのに、それでも来てしまったのか。

 まあいいや。とうとうエルフには勝てなかったが、もうこれ以上生きたくない。

 最愛の人がいないこの世界に、生きる意味がない。

 

「おやすみ、母さん」

 

 それが私の最期の言葉だ。

 それを最後に、私の意識は闇の中へと閉ざされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん!?」

 

 私は身を起こした。

 何やら機械仕掛けの棺桶に寝ていたようで、体がギシギシする。

 だが、なんでまだ意識がある? 私は確かに死んだはずだ。

 

「おっ、目を覚ましましたか」

 

 私が起き上がったのを見て、一人の女が廊下から入ってくる。

 ……誰だ? まるで見覚えのない顔立ちをしている。

 くそっ、一体全体何が起こっているんだ。この女は誰だ? ここはどこだ?

 

 混乱する私に、女はにこりと微笑むと告げた。

 

「ようこそ、5000年後の世界へ。貴方は機械の体を得て蘇ったのです、グランドマスター」




アルマの真意は次回でやります。
戦闘は最大の愛情表現。
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