千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第22話「アルマの手記2」

 私の体はウイルスに汚染されている、とわかったのはもうすべてが手遅れになってからだった。

 既にエルフや人間はおろか、あらゆる生命体が保菌者だ。

 その引き金を引いてしまったのが私だとわかっていても、誰も私のせいだと責めようとしない。面と向かってお前が余計なことをしたからだと言ってくれればまだ楽だけど、誰も私のせいだと怒ってはくれない。その優しさが、逆につらかった。

 

 私の体調は、急激に悪化しつつあった。

 既に立ち上がることができず、車椅子で移動しなくてはならなくなりつつある。

 

 ユウちゃんは私の車椅子を押し、中庭に連れて行ってゆっくりと空を眺めた。

 ユウちゃんが研究室にこもり、一人で研究に打ち込んでいるのは知っていた。それは私からウイルスを駆除するための研究で、文字通りの心血を注いでいるようだ。だが、ユウちゃんの才能をもってしても、科学文明の結晶を乗り越えるのは難しいようだった。おそらく私の命が尽きる前に、ユウちゃんの研究が実を結ぶことはないだろう。

 

 それがわかっているのか、ユウちゃんは私によく構ってくれるようになった。

 私の命がまだあるうちに、精いっぱい私を記憶に焼き付けようとしているようで、それが嬉しくも悲しくもあった。

 

「……ごめんね。赤ちゃん、産んであげられなくて」

 

「いいんだよ。今は体を治すことに集中しよう」

 

 私はお嫁さん失格だ。

 ユウちゃんの子孫を、後世に残してあげることができない。

 それでもユウちゃんは精いっぱい私を大事にしてくれる。

 

 なら、せめて。

 

「……せめて、ユウちゃんの望みだけは、叶えてあげる」

 

 

 私は車椅子の自走モードを入れ、ひとり研究所に向かった。

 そして前々から密かに作らせておいた、人型機動兵器を見上げる。人類解放戦線との決戦に備え、設計図から完成させたものだ。人類解放戦線が攻めてくるのが予想よりも早かったから決戦には間に合わなかったけど、思わぬ形で役に立ってくれる。

 

 ねえユウちゃん。

 ユウちゃんの望み、私はわかってるよ。ずっとユウちゃんの後ろで貴方を見ていたんだもの。

 ユウちゃんの望みは、エルフに力を認めさせること。自分が愛玩動物ではなく、エルフと対等な知的生物だと認めさせたかった。

 だけど、どれだけ力をつけても、エルフは貴方を認めてくれなかった。科学文明をお土産に持ち帰ってすら、エルフは貴方を替えのきく存在だとしかみなさなかった。

 そして、魔術の研究ももうこれ以上進められない。エルフの大学に行くことができない以上、貴方の成長は頭打ちになってしまった。

 貴方はもう、自分がエルフと対等な存在だと認めさせる方法がなくなった。

 

 その一方で、人類解放戦線も貴方には勝てなかった。

 人類で最高の上澄みであるロベルトすらも、貴方には及ばない。

 貴方が感じたであろう絶望が、私には理解できるよ。

 

 エルフになれず、人間であるには強すぎる。

 貴方はこの世界で独りぼっちだと気が付いてしまった。

 その孤独を、歯を食いしばって耐えようとしていたんだよね。

 

 大丈夫だよ。

 私の残った命を全部使って、貴方の本当の望みを叶えるよ。

 私が貴方のラスボスになってあげる。

 貴方が本当に欲してたまらなかった、蓄えた全力を使い切らなければ勝てないような、本当に歯ごたえのある宿敵に。

 

『アルマ! どういうつもり!? 今すぐに投降しなさい!』

 

 ベルゼビュートからの念話に、私は苦虫を噛み潰した。

 

『貴方がどういうつもりか知らないけど……ユウ君の手で妻を殺させる気!? そんなの絶対にさせない! ユウ君の心に傷をつけるようなら、先回りして私がこの手で……』

 

「黙れよエルフ!」

 

 私はずっと思っていた憤りのままに吠えた。ユウちゃんをずっと取り巻いていた理不尽への怒りを、彼の代わりに叩きつけた。

 

「ユウちゃんの望みに向き合おうともしなかったくせに、のこのこ首を突っ込んでくるな! ユウちゃんの望みは私が叶える! もう残り時間も少ないのに、お前に構ってる時間はないんだ! わかったらそこで見ていろ、オリジナル!」

 

『アルマ……』

 

 ベルゼビュートは念話を打ち切り、コクピットには静寂が戻って来た。

 これでいい。もう誰にも邪魔はさせない。

 

 私は最後の一瞬まで戦えるよう、薬品を飲み下した。もはや日常生活を送ることはできないが、もういい。

 ユウちゃんの宿敵を演じられるなら、彼の望みを叶えてあげられるなら、私はもう何もいらない。これまでの人生でユウちゃんにもらったものを、すべて返そう。

 

 やがてユウちゃんが私の前に単身で現れる。

 まっすぐにこちらを睨み付けてくるその表情を拡大カメラで映しながら、私は万感の思いと共に呟いた。

 

「来てくれたんだね、ユウちゃん」

 

 

 ユウちゃんとの死闘は、まさに峻烈を極めた。

 

 用意した戦闘用ドローンはまとめてなぎ倒され、人型破壊兵器も耐用限界のギリギリまで追い詰められまだ動いているのが奇跡といえるほどだった。

 ユウちゃんは紛れもなく天才だ。その天才が、自分より強大なエルフを越えようと限界まで自分を追い詰め、力を磨いた。その力はもはや並みのエルフでは敵うまい。ベルゼビュートら六将軍、エルフの中でも最良の上澄みと比肩されるレベルだ。

 それがただ人間に生まれたというだけで、愛玩動物のレッテルで扱われるというのは、なんという理不尽だろう。

 

(動け……私の指先、ただ一秒でも長く……)

 

 私はそんな彼の宿敵と思ってもらいたい。

 全力を振り絞らなければ勝てない、そんな越えられぬ山だと思ってもらいたい。

 だからただ彼のために、私は自分を大きく見せ続けよう。ベルゼビュートから受け継いだ魂も才能も燃やし尽くし、私のすべてを捧げよう。

 私が一秒長く戦うほど寿命が削れる音がしているが、もうそんなものはどうでもいい。

 ただ、彼と過ごすただ一瞬のために。

 

 私は幸せだよ、ユウちゃん。

 ありがとう。人造の命に過ぎない私を、全力で愛してくれて。

 

 ダンスでも踊っているかのような、長く熾烈な戦いの果てにそのときは来た。

 私のコクピットを素裸にすることで、ユウちゃんに致命的な打撃を与えるチャンス。

 ほんのわずかの迷いもなかった。私は即座にユウちゃんに狙いを定めた。

 ユウちゃんもそうした。当然だ、私たちの愛に結末をつけるなら。

 それは相討ちが最も美しいのだから。

 

 

『さよなら、アルマ』

 

「さよなら、ユウちゃん」

 

 

 ユウちゃんの渾身の一撃が私の体を貫き、すべてが闇の中へ遠ざかる。

 私の攻撃はユウちゃんに届いただろうか。きっと届いただろうな。

 

 最期までありがとう、ユウちゃん。最後の最後まで、私を見ていてくれたね。

 最後に酷いことを言ってごめんね、母さん。貴方を自分だとは思えなかったけど、大好きだった。

 

 もう悔いはない。私は自分が生まれた意味を自分で探し、懸命に生き切った。

 でも最後にひとつだけワガママを言えるなら……。

 

「ユウちゃんの子供、産んであげたかったな……」

 

 

 そして私は命を終えた。

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