千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「何を言ってるのかよくわからないんだが……」
「ああごめんなさい、いきなり5000年後って言われてもよくわからないですよね。何から話したもんかな……」
女はああでもないこうでもないと、何やら首を捻っている。
うーん、見覚えがない女だが……。どこかで見たような気も……。
ああ、そうか。結月ゆかりだ。
紫色の髪とか、クールな感じの顔立ちとか、丁寧な口調とか、声質とかがパッケージのイラストにすっごい似てる。声が似てるとは思ったけど、ビジュアルまで似せなくたってなあ。
その胸は平坦であった。
じろじろ見られているのに気づいたのか、ゆかり(仮)はさりげなく胸を隠しながらこほんと咳払いした。む、視線がいやらしい感じだったかな……。
「ええと、まず貴方が命を失ってから、5000年が経過しています。私は貴方を蘇らせたメフィと申します。以後お見知りおきを」
「蘇生……」
「ええ。技術の粋を尽くし、生前の貴方の人格を完全に再現したはずです。どこか違和感などないですか?」
「ふむ」
私は拳を何度かグーとパーに開き、様子を確かめた。完全に以前と変わらない挙動をしている……ように見える。
「いや、とりあえず違和感はない」
「よかった。万全を期してはいますが、万が一がありますからね」
メフィと名乗った女性は、ほっと息を吐く。
「それで5000年というのは……」
「ああ、そうそう。貴方が死亡してから5000年が経過しているんですよ。貴方からすればいきなり見知らぬ世界に出現したように思えているでしょうが、落ち着いてくださいね」
まあ、こっちは死んでから別世界に呼ばれた前例があるけどな。慣れたもんよ。
あのときは過労死から赤ん坊転生だったが、今回は最初から大人の姿だ。
それにしても、私を蘇生させるのに5000年か……気の長い話だ。まあエルフは1万年生きるというし、ありえない話でもないのか?
そういえばこのメフィはエルフなのだろうか。まあこんな知的な人間がいるわけないからエルフなのだろうが、それにしては耳が尖っていないような気もする。
私の視線に気づいたようで、メフィは小首を傾げた。
「何か?」
「ああいや、すまん。君の種族が気になってな」
「ああ、ネオエルフですよ。貴方と同じです」
「ネオエルフ?」
なんだそれは。エルフの新種か?
怪訝な顔をする私に、メフィは告げた。
「5000年前、既存の世界がウイルスによって滅亡した際に、機械の体になることで生き延びた種族のことです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。滅亡? 特効薬の開発は間に合ったんじゃないのか? エルフは? 人間はどうなったんだ?」
「エルフも人間も、有機体の人類はみな死に絶えました。今や人類といえばネオエルフのことです」
……旧人類が解き放ったウイルスの特効薬の開発は間に合わなかった。
エルフの研究者はこぞって叡智の限りを尽くしたが、それでもウイルスの猛威には勝てなかったのだ。
だが、ある研究者が魂のに成功し、生身から魂を抜き取り、機械の体に移すことに成功した。当時、エルフから人間に魂を移す研究が行われており、その研究成果が大いに役立ったのだという。そんな研究もしてたのか。
こうして機械化することで滅びを回避したエルフと人間は、自分たちをネオエルフと名乗るようになった。
ネオエルフたちは機械でありながら魔術をも扱うことができ、そこには元エルフも元人間も区別はなかった。
そして5000年の時が流れ……今、ネオエルフたちは平等で平和な時代を生きている。
「では、エルフは……人間は……」
「先にも言いましたが、絶滅しました。5000年前には人間はエルフに支配される種族だったらしいですが、今は元エルフだの人間だの区別する人はいませんよ。みんなネオエルフです」
私は膝から崩れ落ちた。
「ちょ……グランドマスター!? どうしたんです、しっかりしてください!」
それは私の人生が否定されたのに等しい。
私の人生はエルフを見返すためにあった。いや……私はエルフになりたかった。エルフに対等な存在だと認められたかったのだ。
それがウイルスなんかで、私の知らない間に崩壊したのだという。
私の人生はなんだったのだ?
人間に生まれ、それでも諦めずに上を目指した果てに、何も得られなかったと……。
気付けばメフィがしゃがみ込み、必死に私の肩を揺さぶっていた。
「何か体に不良などありましたか? 大事な玉体です、大切にしなくては」
「ああ……すまない。何でもないんだ」
私は呼びかけに応えながら、眩暈を必死に堪えていた。
5000年後の世界。既に皆、とっくの昔に死に絶えている。
ベルさんも、アルマも、ロベルトも、レヴィさんも。度々に酒に誘ってきた七勇者とかいう気のいい連中も。
エルフは私より全然長生きすると思っていたのに、もうみんないない。
私はたった一人、知人が誰もいない世界に放り出されてしまった。
「何故……何故私を生き返らせたりしたんだ? 5000年前に死んだ人間など、今更何の役にも立ちはしないだろうに」
それは軽い非難を含んでいた。
知人が誰もいない世界になど行きたくなかった。永遠に黄泉に揺蕩っていた方がまだ良かった。ずっとずっと、眠りの淵にいさせてくれたらよかったのに……。
するとメフィは若干言いにくそうに口ごもってから、答えた。
「落ち着いて聞いてください、グランドマスター。貴方はネオエルフにとっての信仰対象なんです。宗教上のシンボルとして貴方の存在が必要とされており、私たちは5000年かけて貴方を再生しました」
「は????」
「貴方は旧人類から科学文明を簒奪し、ドローンの親になったでしょう。そしてドローンが魔術を使えるように改良した。そのドローンが、私たちネオエルフの素体になったんです。だから貴方はネオエルフ全員のマスターということになります」
メフィの説明に、私は銀河猫のようにぽかーんと口を開いた。
いや……いやいやいや。
確かにドローンには魔術防御を組み込んだ。魔術防御は魔力がないと発生しないから、確かにドローンは魔力を持つ存在だということにはなるが。
だからってこう……当時のドローンって、見た目完全にブリキ缶に手足が生えたような存在だったんだが。今のお前らって、かつての人類と完全に見た目同じだぞ。
それにアンドロイドにマスターが必要ってなんだよ。
むしろ機械生命なんて完全に宗教と相反する存在じゃないのか。合理的ではない。
「宗教というのは……?」
「話せば長いんですが……まあ、生身から機械の体に移った当時は、体のギャップとか社会不安とか、いろいろあったんです。ですがロベルトというネオエルフが新王に立候補し、混乱する社会をひとつにまとめ上げました。そのロベルトがグランドマスターを信仰する国教を作り上げ、今なおその教えは現代に受け継がれているという次第で」
「ロベルトが……」
なんだろう。
私やアルマが死んだ後も、ロベルトは生きて役目を全うしたんだ……という胸が暖かくなる気持ちと、余計なことをしやがってという気持ちが胸の中で拮抗している。
あいつ死人に口なしと思って、好き放題祀り上げてないか!?
「ロベルトと知人なのですか?」
「あ、ああ……まあ、幼馴染だ……」
「そうですか。ロベルトは立派な偉人ですよ。真っ先に元エルフの女性を妻に迎え、元エルフと元人間の懸け橋にもなりました。指導者の彼が範を示したため、大きな対立は起きなかったと伝えられています」
そうか……。
ロベルトもあいつの人生を全うしたのか。
5000年という時の壁に遮られ、もう会うことは叶わないだろうが、それでも友人として今に名が残っていることに、私は感慨深いものを感じた。
「それで……私を蘇生して、何をしろというんだ?」
「え?」
「私を5000年ぶりに生き返らせたんだ、何か用事があるんだろう?」
メフィは口ごもると、言いにくそうに答えた。
「いや……特には……」
「は?」
「グランドマスターは宗教的シンボルとして、いてくれるだけでいいんです。それだけでみんなの心の支えになりますから。時々みんなの前に姿を現して、あとは波風立たないように生きていてくれれば……」
………………。
ここに来て、何もせずに生きていろと来たか。
ええと……うん、いろいろと言いたいことはあるが……。
「お前それ、5000年前の人間の扱われ方と一緒だぞ……」
「ごめんなさい……」
ぺこぺこと頭を下げ、メフィは付け加えるように言った。
「もちろんグランドマスターみたいな人に何もせずにいろというのは無理だってわかってますから! とりあえずこの時代について勉強しててください! 十分に勉強して社会に慣れたら、次のステップを用意してますから、ねっ!」
本当だろうな……。
私はズキズキと痛む頭を押さえて、機械仕掛けのベッドに座り込んだ。
最下層の愛玩動物から一転して一番偉い造物主になったはずなのに、扱いが全然変わっていないのはどういうことだ……?
もうED曲が流れ始めている頃合いです。
次回、最終回。