千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「うーうあー」
「はーいはいはい、おばあちゃんですよー。おろろろろあびゃー、れろれろれろれろ~」
「キャッキャ」
今、私の目の前で繰り広げられているのは、私の子供をベルさんがあやしている光景だ。
どこにでもある祖母と赤子の心温まるやりとりではある。
祖母は次元超越魔軍にその人と言われる歴戦の女将軍ではあるし、見た目は26歳のまま止まっているのだけど。
泣く子も黙ると言われるこの人は、未だにブイブイ言わせている現役の軍人なのだが、何故だか毎日のように遊びに来る。まあネオエルフは複数の機体を同時に操れるので、軍人やりながらベビーシッターやってるのはなんら不思議ではない。
「ば……ばぁ……ば?」
「! ミカちゃん、今なんと!? 私のことをなんと呼んだの!」
「ばぁば!」
「聞きましたかユウ君! ミカちゃんが私のことをばぁばと呼びましたよ! この子は天才です! ユウ君、ねえユウ君!」
火が点いたように私を振り返って熱弁するベルさんに、私は苦笑を返した。
「いや、そりゃ生後1年半も経てば言葉くらい覚えるでしょうよ」
ネオエルフの成長速度は人間と大差ない。
むしろ1年半もかかったのかという思いさえある。私はもっと早かったぞ、なんせ私は天才だからな!
だが頭脳は遺伝しないとはいえ、なかなか大したものじゃないか。
「いいえ、この子は天才です! 末は博士か大臣か、きっと一廉の人物になりますよ!」
「欲目が過ぎる……」
「ミカちゃん、もっとたくさん言葉覚えて偉くなりましょうね!」
「あう~?」
とはいえ、博士も大臣も務めたことがある人が言うのだからなんとも説得力があるというか。
そんなベルさんに白い目を送るのは、我が妻のアルマだ。
「ベルさん、ミカちゃんばかりじゃなくて他の子も構ってくれません? 私そろそろこの子たちのご飯を用意しないといけないので」
アルマは背負い紐で前後に2人の赤子を結び付けている。そういえばそろそろご飯タイムか……。哺乳瓶で高純度エネルギーを飲ませてやらないといけない。
「はいはーい。ウリちゃんもラファちゃんもおばあちゃんのところに来ましょうね~。あーもう可愛い~最高~」
ベルさんはそう言って子供たちを受け取ると、頬ずりを送ってくんくんと匂いを嗅ぎながら満面の笑みを浮かべた。
まったく賑やかなことだ……。私は膝の上でくうくう寝息を立てている愛娘のガブリエルの頭を撫でながら、溜息を吐いた。
うちの子供たちは4つ子なのだ。
私とアルマのゲノムコードを参照しているので、間違いなく私たちの遺伝情報を受け継いだ可愛い子供たちである。
最初は子育てに慣れてないし一人から育てようと提案したのだが、私と結婚して母性本能が炸裂したアルマがどうしてもたくさん子供が欲しいと言い張ったのである。
案の定手が回らなかった。
子供一人ですら手を焼くというのに、それが4人ともなればなおのことである。
それが見えていたのだが、どうしてもユウちゃんの子供がほしいの! 2000年前に果たせなかった子供を作りたいの!と愛する嫁に駄々を捏ねられた私に、抗う術はなかった。人間保護施設の出身で子育てをしたことのないアルマは、育児を舐めていたフシがある。
そこで華麗に登場したのがベルさんである。
この人メフィのボディに鞍替えしたかと思いきや、それとは別に2600年前の姿を再現したボディもちゃっかり維持してたようだ。
まあさすがに子育てに慣れているというか、人間保護施設で飼育員やってた経験は伊達ではない。4人の赤ちゃんという危険物をてきぱきと処理し、授乳から寝かしつけ、あやしに下の世話と完璧にこなす手際はただものではなかった。
さすがに給料を払おうとしたのだが、ベルさんは笑って固辞するばかりであった。
「お金なんていいのよ~、私が好きでやってることなんだから」
「そうか? では言葉に甘えてしまうが……私自身が動かせる金もないしな」
「うんうん、そうして~。あー、それにしてもどの子もかわいい~! たまらん~! ユウ君も可愛かったけど、私の血を継いでると思うとなお可愛いわね~!」
「自分の血……?」
「……なんでもないのよ! ちょっと言い間違えただけ!」
首を傾げる私に、ベルさんはことさらに笑顔を浮かべていた。見守っているアルマの目が笑っていなかった。
まあベルさんとアルマの間に血縁関係はないから言い間違えなんだろうが、ベルさんに育てられた私もアルマもベルさんの子供のようなもんだからな。そのベルさんにとっては、私の子供は孫のようなものなのだろう。
ちなみにミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルという名前だ。私と再会する前からアルマが子供の名前を考えていたようで、渾身のネーミングとして提案された。何故かそのうち私に反逆しそうな気がする名前だなと思いつつ、私は頷いた。アルマの要望は何でも通してやりたい。
まあ、ベルさんの助力もありすくすくと育っているようで何よりだ。
私がくしゃりと頭を撫でると、目を覚ました膝の上のガブリエルが、こちらを見上げてうあーと言葉を発した。
「ゆー」
「やれやれ、アルマもベルさんも呼び名を変えないから、すっかり子供たちも覚えちまって。はいはい、お父さんだよ。ご飯の時間だから、ちょっと待ってなね」
「ゆー! ゆー!」
「よしよし、お腹空いたんだな。ちょっと待ってろってば」
言葉が通じるわけもなく、愛娘はしきりに私の名前を呼んでご飯を催促している。
まあ食欲があることはいいことだ、成長に向けて伸びしろがある。
ネオエルフのこの子たちにとって、成長とは内面の成熟にある。
ある程度精神年齢が上がったら新しいボディに引っ越しをするのだ。赤子から幼児期、小児期、成長期、成人と何度も引っ越しを繰り返して徐々に成長していくのである。
まあなんとも贅沢な話というか……。
年齢に応じてボディを新しく開発するのだ。それを全人口について、個々人の個性を備えたうえで。聞くだけでなんとも膨大なコストのかかる話であるが……。
私が暮らすこの
もう一度言う、次元統一超魔帝国である。中学生でも言わんぞこんな名前。名付け親は言うまでもなく次元皇帝ルシファーこと2000年前の私だ。
この帝国は次元を跨って膨大な版図を形成しており、そこから資源を山のように集めている。それでやたらとコストのかかるネオエルフのボディを維持しているというわけだ。
その版図を拡げたのが、蘇生されるなり帝位を宣言し、苛烈な拡張策を進めた次元皇帝ルシファーである。
その下には6人の将軍が集い、魔術と科学の融合によって生み出された技術で次元を超え、ほうぼうの異世界人やら神々やらを征伐して回ったという話だ。
その拡張は侵略される側にとってよほど強いトラウマになったのか、現在では太古の魔族の侵略と言い伝えられているらしい。
次元皇帝ルシファーこと私が魔王と恐れられながらも、現人神として崇められている理由もこれだ。
織田信長が敵対者にとっては魔王であっても、配下にとっては偉大な為政者であるように、今の繁栄をもたらしてくれた私をネオエルフは否定できないのだ。
暴政を敷いた次元皇帝ルシファーはやがてクーデターによって討ち果たされ、侵略は停止したが、その版図はなんだかんだ現在まで維持できている。
なお侵略され軍門に下った世界は、今や2000年も前から神々によって安寧を守られていると受け止めているらしい。支配してくれてありがとう我らが天の神々たち、お礼に私たちの世界の資源を供物として捧げます。単にシマを荒らされたから防衛してるだけなのだが、ものは受け止めようだな。
「おーい、遊びに来たぞ。茶でも出してくれやユウユウ」
「ああ、ロベルトか……」
「あ、飯時だったか? ガキがうるさく吠えてるじゃねえか」
私たちの居住空間に我が物顔で入って来たロベルトは、どっこいしょと空いている椅子の一つに座った。
「もうダーリンったら、新婚家庭にお邪魔するのにアポのひとつも入れないなんて!」
慌てて後を追ってきた金髪ツインテールのネオエルフに、ロベルトはあぁんと生返事を返す。
「そういうのはお前の方でやっといてくれや」
「もう! いつもすみません、うちの人が。これ、お土産のお菓子です」
「あ、いえいえ……」
アルマにぺこぺこと頭を下げるレヴィさんを尻目に、ロベルトはのんびりとガブリエルに目を向けている。
「お、なんだ嬢ちゃんいい椅子に座ってるじゃねえか」
「うあー?」
「今のうちに満喫しとけよー、次元皇帝様の膝だ。座ろうと思って座れるような場所じゃねえんだぞ?」
「うー」
「まあその次元皇帝様を倒したのはこの俺だがな!」
そう言ってロベルトはカラカラと高笑いを上げた。
どうやら次元皇帝ルシファーこと私はロベルトに敗れたらしいのである。
私の死後、ロベルトは荒れた世界を統一してエルフと人間をネオエルフとしてまとめあげ、王朝を築いたらしいのだが……それから2000年後、拡張戦争を繰り広げたルシファーの前に立ちはだかり、その野望を阻止したのもまた野に下ったロベルトであったのだ。
侵略された側の世界からは救世主と称えられたロベルトだが、その後新政権を立ち上げるわけでもなく、また野に戻ったらしい。
今はこうしてときどき好き放題のジジイとして顔を出す。こいつ死んだものとばかり思ってたのに、ちゃっかり生きてやがった。しかも嫁さんが六将軍の一人、レヴィさんである。何からツッコミを入れたもんか。
「ガブリエルに妙なことを言うな。茶を飲みたけりゃ自分で淹れろ」
「おう、そうさせてもらうわ。こぽこぽっとな。あーうめえ、やっぱ神殿の茶葉はいいの使ってんなあオイ」
ロベルトは勝手知ったる我が家という感じで、棚からマイ湯飲みに茶を注いで香りを楽しんでいる。
人間だったときは私に強いコンプレックスを抱いていたはずだが、今のロベルトからはそんな感情を感じない。すっかり角の取れた爺さんという口ぶりだ。
まあ、5000年も生きてるしな……。その5000年の間には王様として人々をまとめた時期もあれば、勇者として私の支配に立ち向かった時期もある。人間であった日々より、ずっと長いのだ。それがロベルトを成長させたのだろう。
まあ……それにしても。
私は周囲を見やる。
アルマが当時の姿のまま育児に振り回され、若々しい仕草のベルさんが赤子に頬ずりし、20代の姿のロベルトが爺むさく茶を飲み、その横でレヴィさんが土産に持ってきたお煎餅を齧り。
まるで人生のあらゆる時期が一度に来たような滅茶苦茶さ加減だ。
だが、長命種にとって日常とはこういうものなのかもしれない。少なくともネオエルフには寿命がない。生きようと思えばボディを乗り換えていくらでも生きられる。
その環境を整えたのが、過去の私こと次元皇帝ルシファーなのだが。
……ひとつ思うことがある。
何故ロベルトは次元皇帝ルシファーを倒すことができたのか。2000年をかけて修行したから、という考えも当然成り立つが。
私の配下として暴れたという六将軍も、いまだ健在である。サタナエルというのだけ自分一人で軍勢作るほどコピー増やしてレギオンとか名乗って暴れたという話だが、人格分裂起こして今は老人ホームで暮らしてるという、私自身は会ったこともないので捨て置くが。
その六将軍の誰一人、致命傷を受けていないのだ。私の身辺を守っていたはずなのに。レヴィさんは身内としても、どうやってロベルトは他の5人を突破したのか。
今の私たちの繁栄は、当時ルシファーが推し進めた拡張政策のお陰だ。
その版図を一切喪失することなく維持して、2000年経った今、私たちは4人の赤子を育てるだけの余裕を得られている。
もしも……私を破ったのがロベルトでなければ、今のアルブヘイムの繁栄はなかっただろう。先ほど次元皇帝ルシファーを織田信長にたとえたが、もし織田信長を破ったのが明智光秀でなく、武田なり北条なりであったとしたら。世は再び戦国に戻っていただろう。
明智が反旗を翻し、豊臣が仇を討つという織田政権内のクーデターであったから、織田政権は失われず豊臣の世で天下統一が成った。
それと同じだ。私を討ったのがその政権下にあるロベルトであり、討った後で即座に政権を投げ捨てて自分は野に下る。そうすることで拡張主義は止まり、六将軍の元で現状維持の共和制へと移行することができた。
それ以外の手段では、きっとルシファー本人ですら、暴走する拡張主義を止めることはできなかっただろうから。
おかしいとは思っていた。いくら再現が不十分でも、私が次元皇帝を名乗り、さまざまな異世界を荒らしまわって大暴れしたというのは、荒唐無稽がすぎる。
つまり……すべては今のこの状況を作るため、4人の赤子を何不自由なく育てる環境を作るための、命を懸けた芝居だったのでは……。
「なんだ? 俺の顔をジロジロ見やがって。可愛い嫁さんほっといて何やってんだ」
「いや……人間のときと変わらず。私はみんなに甘やかされているんだなと思ったのだ」
しみじみとそう言った私に、何を悟ったのかロベルトは快活に笑う。
「なーに言ってやがんだ! まあでも、少しでもそう思うならまたちょっくら暴れてくれや。ライバルがいねえとどうも燃えなくてよ」
そう言ってニヤリと笑うロベルトに、アルマが声を上げる。
「ちょっと! ユウちゃんを唆さないで! ユウちゃんは今私と子育てするのに忙しいの!」
「へいへい。まあそのうちな、そのうち。子供が独立して暇になったらでいいや」
ロベルトはお手上げというように降参のポーズを取ると、ペロリと舌を出した。
「お待たせ! ミルクできたからご飯にしようね」
「ゆうー!」
アルマが哺乳瓶を持ってくると、ガブリエルは嬉しそうに歓声を上げた。
この子もしかして嬉しいことは全部ゆうって呼んでないか?
無心で哺乳瓶に吸い付くガブリエル。
私はいいところまで飲んだらげっぷさせようと、その背中を叩くために手を置く。
我が子の温もりを膝に感じながら、私は不意に理解した。
ああ、なるほど。
こういうことか。
私には既に子供に継がせる願いなどない。すべての願いは私が……記憶にも残らない過去の私と、周りの人々が片付けてくれた。
子供たちは勝手に大きくなって、自分の好きに生きて行ってくれたらいい。ただ生きていてくれれば、それだけでいい。
エルフが人間を成長させようと、守り、育てていたように。
私は我が子が巣立つまで、こうして守り育てていくのだろう。
「ユウちゃんは、今幸せ?」
不意にアルマが訊いてきた問いに、私は微笑みを返した。
言うまでもない。
子供たちに囲まれた暮らしは騒がしく、ひどくストレスを抱えることもあるが、それでも我が子を憎く思ったことなどない。
「ありがとう、幸せだよ」
願わくば、この幸せが長く続いてくれますように。
噛みしめるような万感の一言と共に、私は子供を抱えたアルマを抱き寄せるのだった。