千年に一人の天才魔道士はバブみエルフに飼育されるようです 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ユウくーん、晩御飯食べ終わったかなー?」
私が夕飯を済ませてしばらく経ってから、ベルさんが食器の回収に訪れた。
今晩はハンバーグと野菜スープ、そして食パンだった。
この施設では黙っていても三食出て来るし、どれも栄養バランスがしっかり考えられたメニューだ。
飼育というからには動物園のサルに餌でもあげるように適当に投げ渡すのかと思いきや、そんな雑なことはされなかった。
エルフはどういうわけか人間をとても可愛がっているようで、万が一にでも人間が病気にならないように栄養面にはとても配慮したメニューを用意しているのである。
ただまあ、栄養面には気を配っているのだが、味はあまり良くない。まあうまいもん、早く出て来るもんは大体体に悪いからね。私も前世で忙しさにかまけてファストフードを食いまくったのが、寿命を縮めた大きな要因だろう。
それはそれとして、うまくて体に悪いものが食べたければ、人間の間で流通している貨幣を使って食うこともできる。人間の中にも料理を暇つぶしにしているような変わり者がいて、そいつが作る料理を貨幣を払ってエルフの配給の代わりに食べることが可能だ。
まあ、今の私は5歳児なので、自力で金を稼ぐことはできない。
体に悪いジャンクフードを食うなど、夢のまた夢だろう。
ゆくゆくは自力で金を稼ぐとして、ある程度大きくなるまではエルフの栄養管理に甘んずるしかない。
「おっ、残さず全部食べられたね。好き嫌いなくてえらいぞー、ユウ君」
ベルさんはニコニコと笑いながら、私の頭をよしよしと撫でた。
私は黙ってベルさんに撫でられるままにしている。
野菜スープを残さず食べただけでえらいえらいと頭を撫でられる溺愛ぶり……。
私の中身は30代のオッサンだし、この体は特にアレルギーなどもない。だからどんな食物でも食べられて当たり前だ。多少嫌いな食材であっても、ちゃんと残さずに食える。
だが他の人間たちは決してそうではないようだ。
いい歳をこいた30代のオッサンオバサンが、「この野菜やだ! 食べない!」と駄々をこねる場面を、何度か目にしている。そしてエルフに別の食べ物をねだるのだ。
私からすれば正気か? と思わず目を疑うばかりだが、この施設の中でわがまま放題に育てられた人間たちはいい歳をこいて我慢ができない。それでいて飼育動物根性は身についていて、エルフにねだれば別の食事を用意してもらえると思っているのだ。モンプチの味を覚えてドライフードを拒否する猫かよ。
そんな見るに堪えない光景なのだが、エルフにしてみればそんなわがまま放題なところも可愛く思えるらしく、デレデレとして代わりのメニューを用意している。
正直甘すぎると思うのだが、エルフにとって人間は可愛くて仕方ない生き物に思えているようだ。この世界に生まれて5年になるが、この価値観はまるで理解できない。
まあともかく、好き嫌いせずに野菜を食べられる私はえらいえらいと褒められるにふさわしい存在であるといえる。
ハードルが低すぎて頭がどうにかなりそうだ。実際他の大人がいい歳をしてワガママをぬかす姿は私をして目に余るので、こうして自室で食事を摂らせてもらっている。
食事を用意してもらっている身で大きなことは言えないが、私のことは基本放任してくれればいい。どうせ起きている間はエルフの魔術の教科書を読み解くか、魔術を実践するかしかしないのだ。日がな部屋に引きこもっているので、飯だけ用意してくれれば結構だ。
……と私は思っているのだが、担当のベルさんはことあるごとに私に干渉しようと様子をうかがっている。私のお世話を焼きたくて仕方がないらしい。
「じゃあユウ君、ご飯も食べられたから歯磨きしようね。お姉ちゃんが奥歯までしっかり磨いてあげるから、お膝に頭を乗せてねー♥」
そう言ってベルさんは正座して、ポンポンと自分の膝を叩いた。
むっちりと肉付きのいい膝が折り重なり、豊かなクッションを形作る。それでいてすべすべとした質感で、頭を乗せたらさぞかし夢心地の感触だろう。
「いや、いいよ。歯磨きくらい自分でできるし!」
私は振りほどくように視線を外し、ベルさんの申し出を拒絶した。
ベルさんはことあるごとにこうして私のお世話をしようとするのだ。
歯磨きをやってあげると言われるのも今に始まったことではない。
というかこの施設に来てからずっと私の面倒をみているので、私がまだ赤ん坊で身動きもとれない間はずっと、為すがままにされていた。離乳食を匙で掬って食べさせられるのはイライラしたし、オムツを替えられるのは恥辱の極みだった。
5歳まで育ってようやくある程度自分のことを自分でできるようになったのだ。食事も自分の部屋で摂ることを許され、私にとって念願叶ったりというところである。三十代半ばのオッサンがあれこれと世話を焼かれるなど、むずがゆくて仕方ない。
というのに、ベルさんの中では私は未だに赤ん坊らしく、本当に一人でやれるの? お姉ちゃんがやってあげなくて大丈夫?という目でちょっかいをかけてくる。
まあ……1万年生きる生き物のタイムスケールからしたら、5年などほんの一瞬というのはわからなくもないが。私たちが犬猫ってたった1年で大人になるんだなあと思うような感覚で、エルフは人間を見ていると思われる。化け物め。
まあそんな化け物ことベルさんの膝枕の感触は赤ん坊の頃から散々味わっている。
今更またその感触を味わおうとも思わない。
というかベルさんの胸って大きすぎて、膝枕されたら胸以外何も見えなくなるんだよね……。
「ほら、ちゃんと磨けたよ。これでいいでしょ?」
ぐちゅぐちゅと口をゆすいで歯磨き粉を落とした私は、大きく口を開いてベルさんに見せつけた。まだ乳歯とはいえ、歯磨き習慣には気を付けているので虫歯などまったくない。
「うーん……ちゃんと磨けてるね」
私の口の中をしげしげと見たベルさんは、どこか残念そうな顔で言った。
このやりとりも毎日やっているのだが、ベルさんは私の行動のどこかに瑕疵がないかと熱心にチェックしてくる。そりゃ歯磨き習慣も身に着くっちゅうねん。
それがわかっているので、私はことさらしっかりと日常生活を送るよう気を付けている。
傍目にも5歳にしてきっちり自立して生活する子供など可愛げの欠片もないと思うのだが、どれだけこちらが邪険にしてもベルさんは懲りずに私へ干渉してくるのだった。
人間の面倒をみるのが仕事とはいえ、よくもまあ毎日飽きないもんだ。
「ふわぁ……」
私は小さく欠伸をした。
ご飯も食べたし歯磨きもした。
あとはお風呂に入って寝るばかりだ。私の肉体はまだ5歳なので、豊富な睡眠を必要としている。睡眠は成長に重要な役目を果たすと知っているから、私も夜更かしなどせず8時には床に就いてしまう。
「ユウ君、もうおねむかな?」
「うん」
こっくりと頷く私の肩を、ベルさんはニコニコと笑いながら抱いてきた。
「じゃあ寝る前にお風呂入ろうね。お姉ちゃんが洗ってあげる」
「い……いらないよ。お風呂くらい自分で入れるって!」
全力で拒絶する私の額を、ベルさんはこつんと突いた。
「こればっかりはだーめ。一人でお風呂はユウ君にはまだ早いよ。湯船の中で溺れちゃったらどうするの?」
「……むぅぅ……」
今日もベルさんを説得することができず、私は臍を噛んだ。
大抵のことは自力でできるようになったのだが、未だ入浴だけは一人でさせてもらえない。体の隅々まで洗われ、湯船の中で100数えるまで上がらせてくれないのだ。
まあ確かに湯船の中で溺れるくらいまだ私の体は小さいし、前世でも子供が目を離している間に湯船で溺れたという事件も耳にしたので、まだ幼児と言っても過言ではない私を一人で入浴させられないのは妥当ではあるのだが。
じゃあシャワーだけでいいと言っても、ベルさんは決して認めてくれず、石鹸をつけたタオルでごしごし全身を洗われるのだった。
「さ、お風呂入るから服を脱ごうね。お姉ちゃんが脱がせてあげようか?」
「……自分でできる」
私は不本意ながら、渋々と着ている服を脱いだ。
ちなみにお風呂はすぐに用意できる。エルフにとっては湯船をお湯で満たすことなど簡単なことだ。蛇口も湯沸かし器も必要ない。魔術で無からお湯を創造して湯船に満たしてしまう。天才魔道士のはずの私でもできないぞ、化け物め。
「ほら、脱いだよ」
「うんうん、じゃあお風呂入ろうね」
服を脱衣所の籠に入れて声をかけると、ベルさんも上半身をたくしあげた。ブラジャーに包まれているとはいえ、大迫力すぎる胸だな……。
エルフ特有の色白な乳房は、抑えきれない豊かな母性を宿している。
私がさっと目を逸らすと、ベルさんはうふふーと笑った。
「相変わらずおませさんだねーユウ君。お姉ちゃんの胸が気になるの?」
「っそんなんじゃない!」
そんなんだよ畜生! 私は内心で絶叫した。
惜しげもなく肌を晒すベルさんは、無防備極まりない。私のような人間の幼児に裸を見られても構わないのだろう。
とはいえ、私の方は大いに構う。なんせ私の精神は30代のオッサンなのだ。
そんな私が5歳児としてベルさんの裸を眺めるというのは……そうアンフェアだ。裸というのは好き合っている間柄で見るものであって、覗き見るのはフェアじゃない。
そんなわけで私は極力ベルさんの方を見ないようにしながら湯船に浸かった。
しかしベルさんの体は本当に綺麗だな……前世のグラビアアイドルでも見たことがないほどの、均整がとれた絶世の美。まさに人種の違いというのを実感させる……はっ、いかんいかん!
目を伏せて湯船に浸かる私の頭を、柔らかな手つきでベルさんが撫でる。
その口調はどこか笑っているようだった。
「ふふ……ユウ君は本当に可愛いんだから」
可愛くないが!?